勝手な生贄
「なんなのぅ、今の人? めちゃくちゃカッコいいのに、めちゃくちゃ怖いんだけどぅ。あ、あれかな? 私のこと気に入ったのに、最初からオリバー様が一番大事なんて言っちゃったから、拗ねちゃったのかなぁ?」
尻もちをつきながら、クルリといつも一緒のオリバーの取り巻き二人を振り返るモア。
え? あんなに露骨に嫌がられているのに、どうやったらそんなお花畑の答えが出てくるの?
二人があまりの言葉に何も言えずにいると、モアはその姿を肯定と捉え一人でペラペラと話し出す。
「でもぉ、それは仕方がないよねぇ。オリバー様は王子様なんだからぁ。モアの幸せを考えてくれるのなら、モアの相手は王子様が一番いいのは、ペルタとジェミもちゃんと分かってくれているものねぇ。あ、ねぇ、ねぇ、二人共。あの綺麗な人に言っといてくれないかなぁ? モアと仲良くしたかったら、オリバー様が一番なのは我慢しないと駄目だよってぇ」
……オリバー様は、この少女を無垢で素直な可愛い娘だと仰っていた。
ひたすら慕ってくる姿も愛おしいと。
正直自分達もそう思って、二人を応援しながらも可愛いモアに恋心を抱いていた。
だが、これは……ただの馬鹿、コホン、ただの欲の塊ではないのか?
地位の高い男を落とそうとしながらも、見目の良い男をそばに置き、複数の男からちやほやされたいという、女の欲の塊……。
二人は頭を抱えながらも、とりあえず食堂へと先に逃げたオリバーを追いかけるべく、無言で教室を出て行った。
座り込んでいたモアは、当然二人が起こしてくれるものだと思っていた。
それがこちらを少しも見ないで、そのまま立ち去って行ったものだから、慌てて起き上がる。
「あ、待ってぇ~。何、何、もしかして競争? ずるぅい。オリバー様の元に先に辿り着くのは、私なんだからぁ」
バタバタと、貴族の女性とは思えない速さで出て行くモア。
当事者が全ていなくなった教室では、同じように食堂に行く者とその場で弁当を広げる者とで別れた。
いつものように日当たりのよい場所で、お弁当を広げる優雅な時間は、彼らには残されていなかったのだ。
「お口に合いましたでしょうか?」
「ふむ。美味いには美味いが、少し濃い気もするな。我が国は素材の味を生かすため、薄いものが好まれている。だが菓子は別だ。このチョコレートというものは、絶品だ」
ニコニコとチョコレートを頬張る青年レピュテイシャンに、またもや子供のレピュの姿が重なる。
「パズは、如何です?」
「主と同意見です。我が国にはお菓子というものがあまり作られていませんので、このチョコレートというものには驚かされました」
無表情のパズは銀髪で銀の瞳を持つ、レピュテイシャンの側近だ。
メアリールが彼を呼び捨てにしているのは、主が愛称で呼ばれているのなら、自分もパズと呼び捨てにしてほしいとお願いされたからだ。
だが、メアリールには、このパズの名前も引っかかる要素ではある。
子供のレピュにお供の者をたずねた際、レピュはパズという名前を口にしていなかっただろうか?
「では後ほど、滞在先のお部屋にチョコレートをいくつかお届けいたしますね」
ニッコリと微笑む三人に、周囲の学生は頬を染める。
彼らが座っている席は、一般生徒から一段高い場所にあり、そこは身分のある者が座る場所として確保されている場所だった。
普段はオリバーが、モアを連れて座っている。
メアリールは、学友と一緒だからと一般席に座っていた。
当然、本日もオリバーはここに座り、要人であるレピュテイシャンと世話役のメアリールと一緒に食事をとる予定だった。
だが先程の騒ぎで、オリバーは逃げるように先に行ったため、彼の姿はここにはない。
後から来たモアが、オリバーがいないにも関わらず当然のようにここに座ろうとして、城から派遣された兵士に止められていた。
レピュテイシャンがいるため、いつもより多めの兵士が城より派遣されている。
彼に何かあれば、責任問題だけではすまなくなる。下手をすれば魔道具を豊富に生み出す国と、戦争になる恐れだってあるのだ。
チェルリア国の上層部がそれに気が付いたのは、歓迎の宴でオリバーを威嚇したレピュテイシャンの態度からだった。
始終柔和な美しい彼を、チェルリア国の上層部は侮っていた。
この王子ならばチェルリア国に利益をもたらす商談ができると、彼の美しさにゴクリと飲む生唾にも打算な考えが含まれていた。
だがレピュテイシャンは、意に添わぬことがあれば例え他国の王族であろうと反論すると、わずか五名の従者と共に威嚇してきたのだ。
貴族が集まる夜会の中、三十名の騎士が会場中に待機し、扉を挟んだ城内には百名の騎士が警護している。城外を合わせれば数百を超えるであろう武装した者がいる他国で、レピュテイシャンは敵意を隠しもしなかった。
それが同国の令嬢のためなのだから、チェルリア国に正当性はない。
オリバーの父であるこの国の王は、愚息のしでかしたこととはいえ、レピュテイシャンに少しは、若者は血の気が多いと嫌味の一つも言いたかった。だが、それは許されなかった。
レピュテイシャンの纏う怒気のようなものが、彼を窘めれば一気に爆発し、少なくとも会場の貴族に負傷者が出ることは間違いないだろうと思わせたのだ。
所詮来るのは十七歳の若造なのだから、欲しがるものは全て与え有頂天にした後、言葉巧みに操り、第一王子の権限をフルに使わせ、魔道具を格安で手に入れようと考えていた上層部は、未開の地の得体のしれない種族だったことを、思い知らされた。
彼は危険だと。
簡単に自分達の思い通りになるような者ではないと、危険を察した陛下の言葉により、その場にいる全員が、無断で彼に近寄ることを禁止された。
先程からの様子からただ一人、宰相の娘メアリールだけはどうやら彼に気に入られたようだ。
元から予定されていた世話役ではあったのだが、学園内を問わず彼に会うことを許す。とメアリールだけが、本人不在のままだというのに王直々に許された。
父親の宰相と名ばかりの婚約者であるオリバーが悲鳴を上げるが、このチェルリア国を守るため彼には機嫌よく留学を終え、この地を去ってもらわなければならないと王は思った。
少しの犠牲は仕方がない。
メアリールは、知らないところで勝手に生贄として差し出されていたのだ。