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昼食の問題

 授業が終わった後、約束通り昼食を共にするためレピュテイシャンを迎えに席を立とうとしたところで、スッと目の前に手を差し出された。

「食堂の案内を頼む」

 どうやらエスコートをしようと、レピュテイシャンが手を差し出してくれたようだ。

 メアリールは目を見張る。

 オリバーとの約束で、迎えに来てもらったことなど、一度もない。

 今も当然のように席に座ったままメアリールが来るのを、こちらを睨みつけながら待っている。

 メアリールは苦笑しながら、立ち上がった。

「……はい、もちろん。ですが、ここは学園ですのでエスコートはしないのが普通です」

「そうか」

 そんなオリバーを横目に、メアリールはやんわりとレピュテイシャンのエスコートを断るが、気持ちはほっこりする。

「お気遣い、ありがとう、ございます」

 思わず自然な笑顔を向けてしまった。

 レピュテイシャンも、そんなメアリールに気が付いたのだろう。

 ニッコリと微笑みあう二人に「おい、メアリール!」と椅子に座ったまま、オリバーが叫ぶ。

 いや、要人がいるのだからお前が来いよ。

 最早呆れて言葉もないが、メアリールは「はい、オリバー様」とニッコリ微笑み、オリバーの元へと行くべく「レピュはこちらでお待ちください」と声をかける。

 レピュテイシャンは首を傾げながら「何故、あいつはこちらに来ないのだ? たいした距離ではないだろう?」と言った。

 本当にな。

 内心レピュテイシャンの言葉に頷きながらも、仕方がないと足を向けた瞬間……。


「オリバー様、ご飯食べに行きましょう」

 モア・ラギットが、椅子に座るオリバーの後ろから抱きついた。

 硬直するオリバーとメアリール。


 後ろの扉から、オリバーの取り巻きの一人が慌てて入って来て、モアをオリバーから引き離した。

「モア、今日から当分一緒に昼食はとれないって言っただろう」

「もう、ペルタ様はヤキモチ焼きなんだから。いくら私が好きでも、私はオリバー様のものなんですからね。引き離そうとしても無駄ですよぅ」

「こ、こら、何言ってるんだ。オリバー様の前で、そんな……。俺はオリバー様に忠義を誓っているんだ。オリバー様の所有物を奪うはずないだろう」

「じゃあ、意地悪はやめてくださぁい。いつもみたいに仲良く四人で食べましょう」

「だから、そんなことじゃなくて……」

 そこで教室内がシーンと静まり返っているのに、はっと気が付くペルタ。


 いや、遅いって。


 机に突っ伏すオリバーと視線を逸らすもう一人の取り巻き。

 胡乱な目でこちらを見ている他の生徒と、どうしたものかなぁと目を瞑るメアリール。

 モアを羽交い絞めにしたまま、ペルタは固まってしまった。


 そんな中、キョトンとしていたレピュテイシャンが「ふむ」と顎に手を置き、メアリールの後ろから耳元に声をかけた。

「メル、オリバーは忙しいらしい。俺達だけで行っても問題はないんじゃないか? 世話人は二人もいらないと陛下には伝えておこう」

 人を惑わす魅惑の声に、メアリールは思わず耳を押さえた。

 公爵令嬢の矜持でどうにか、ひゃっ。という情けない声はおさえ込めたが、顔は真っ赤になってしまった。


「おい、人の婚約者と二人きりで食事をしようとするなんて、許さんぞ!」

 ひそめたはずのレピュテイシャンの声を聞き咎めたのは、今の今まで机に突っ伏していたオリバー。

「貴殿はその者と共に四人で食事をするのだろう? 邪魔をしては申し訳ないと思ったのだが。それに二人ではない。パズも一緒だ」

 オリバーの怒る意味が分からず、キョトンとするレピュテイシャンは、後ろに控えている学友の側近を指さす。


 すると、ペルタに捕まっていたモアがレピュテイシャンを見上げ、身を乗り出してきた。

「え、何、この人? めっちゃくちゃ綺麗」

 そう叫ぶとペルタの腕から逃れ、メアリールとレピュテイシャンの目の前に立つ。

 レピュテイシャンがメアリールの後ろにピッタリと身を寄せているので、モアの目の前にはしっかりとメアリールの姿があるはずなのに、モアは彼女がいないものとしてレピュテイシャンに話しかけた。


「初めましてぇ。私、モア・ラギットといいますぅ。オリバー様と一緒に、ご飯食べるつもりだったんですかぁ? だったらいいですよぅ。仲間に入れてあげますぅ」

 くねくねと身を捻り、メアリールの後ろにいるレピュテイシャンを上目遣いで見る。

「モア!」

 オリバーが堪らず、声を荒げる。

「いや~ん。オリバー様ったらヤキモチ焼いて、怒らないでぇ。私はオリバー様のために、彼を誘ってあげてるんですよぅ」

 そう言って「きゃっ」と皆の前で、オリバーに抱きつくモア。

 オリバーは顔面を蒼白にして「やめろ。今は離れろ」と、慌てて自分からモアを引き離そうとする。


 そんな茶番劇を見ていたレピュテイシャンは「昼の時間とは、どれほどあるのだ?」と後ろを振り返り、パズと呼ばれる側近に聞く。

 その言葉に、随分と時間がとられていたことに気が付くメアリールとオリバー。

「失礼いたしました。食堂へご案内いたします。オリバー様、本日は私がレピュとパズをご案内いたします。よろしいですね?」

 オリバーの方を向き、許可を取る。


 貴方が少女一人制御できていないから、こんなに時間を取ってしまったのよ。

 一緒に食事をするのなら、まずはその少女を言い聞かせなさい。


 メアリールの内心を読み取ったのか、流石に今の状態はまずいと感じたのか、オリバーは眉間に皺を寄せながらもコクリと頷いた。

「時間を取らせて悪かったな。メアリールに案内させるから、三人で行ってくれ」

 オリバーがレピュテイシャンに向けてそう言うと、モアが不満そうに声をあげた。

「え~、私は彼が一緒の方がいいなぁ。五人でお食事しましょうよぅ。あ、そちらの彼もお友達なら一緒に来てもいいですよぅ」

 側近のパズにも指さして誘うモア。

 ……どうしても、メアリールは数に入れたくないらしい。


 教室内に残っていた生徒が呆れて、オリバーを見る。

 どうすんの、この子?

 まさか他国の王子に、一緒にご飯を食べてあげる的な言い方をする者がいようとは。

 いくら学園内のこととはいえ、あまりにも失礼過ぎる。

 この娘の行動を許してきた自国の王子に、皆が責めるような目を向ける。

 その視線に気が付いたオリバーは「お、俺にどうしろと……」と椅子から立ち上がり「昼食の時間がなくなる。俺は先に行くぞ」と言って……逃げ出した。


 は?


「ええ? オリバー様、待ってぇ」

 モアはオリバーの後を追いかけようとしたが、その前にレピュテイシャンに向かって「ほら、貴方も行きましょう。グズグズしていたら、オリバー様が寂しがっちゃう」と手を差し伸べて来た。


 は?


「貴方綺麗だから。お話相手くらいにはなってあげるわ。でも私の一番は王子様であるオリバー様よ。私を好きになってもいいけど、それだけは分かっていてね」

 ニッコリと微笑むモアに全員……固まってしまった。


 この娘は、どこまで無礼なのだ?

 オリバーの取り巻きの二人も、流石に顔を青ざめさせる。

 クラッと目眩がしたメアリールを後ろから支えたレピュテイシャンは、ニッコリと彼女に微笑んだ。

「メル、今日は何を食べるのだ? 菓子はあるか?」

 レピュテイシャンは、メアリールの肩を抱くと、パズを伴ってスタスタと歩き出す。

 目の前にいる無礼な少女など、目にも入っていないようだ。

「え? ちょっと待ってよ。私と一緒に……」

 自分を無視して出て行く美麗の青年に、モアは慌てて手を伸ばす。

 腕に触れそうになったところで、ビリっと痛みが走った。

「いたっ!」

 慌てて手をひっこめたモアに向かって、レピュテイシャンはやっと視線を向けた。


「――俺に触るな」


 睥睨するレピュテイシャンに、モアはその場に座り込む。

 そうして何事もなかったかのように、その場を去る他国の王子。

 教室内は、シーンと静まり返ってしまった。

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