愛称と案内
マルチカ学園の中心には、学園自慢のバラ園が存在する。
休憩用の東屋が各所にあり、中央には女神像が優雅にそびえたつ噴水が設置してある。
そこに見目の良い男子生徒二人が、これまた美しい女子生徒一人を挟んで仲良く歩いていた。
三人の後ろには男子生徒が三人、お供のようについて行っている。
男子生徒の一人は、この国の第三王子。後をつける男子生徒の二人は、第三王子の取り巻きの学友だ。
女子生徒は、第三王子の婚約者。
そして前を歩く最後の一人は本日留学してきた、ブリック国というあまり聞きなれない国の王子様。
後ろに続く一人は、当然他国の王子のお供となる。
彼も年齢が一緒だということで、王子と共に留学してきた学友の一人だ。
「本当に綺麗な所だな。メル、君と一緒に来られて嬉しいよ」
「ハハハ、俺もいるでしょう。目が悪いのかなぁ、レピュテイシャン殿下は?」
「メルと二人とは言っていないが?」
「ハハハ、確かにな。だが、メル、メルと。いくら愛称呼びを許したからといって、人の婚約者を人前で呼ぶのはどうかと思うな」
「ならば君も呼ぼうか、王子。オリバーだったかな? 俺のことはレピュでいいぞ」
「ハハハ、呼びたいと言った訳ではないのだが。ところで何故、メルなのだ? メアリールとかメアリーとかではないのか?」
「俺はこれがいい。な、メル」
二人の会話を呆れながら聞いていたメアリールだったが、レピュテイシャンに微笑まれてドキッとした。
メルと呼ぶのは、レピュテイシャンだけだから。
城で紹介されたのは三日前。
城の謁見の間で、レピュテイシャンとオリバーが不穏な空気を漂わせる中、メアリールは挨拶は終わったとして、第二王子により先に家へと帰されたのだ。
次の日の夜には歓迎の宴が開かれたのだが、彼のあまりの美しさに会場中が息を呑んだのは言うまでもない。
彼に挨拶に行った際、美しく着飾ったメアリールを素直に褒めたたえた後「君をメルと呼んでもいいよね? 俺はレピュでいい」と王族を前にシレっと言い放ったレピュテイシャン。
いつもなら内心面倒くさいと思いながらも笑って受け流すメアリールなのだが、またもや子供のレピュが頭に浮かび、コクリと頷いてしまった。
同じ顔に同じ名前で同じような口調。若干、青年レピュテイシャンの方が優しくはあるが、メアリールにはどうしても子供のレピュテイシャンと目の前の彼を切り離すことができなくて、気が付けば全てを許してしまっているのだ。
「じゃあ、学園でもよろしく。メル」
「はい、レピュ」
そう言って、微笑む二人に驚いたのは周囲で、特に王子二人は目を見張る。
「メアリール、貴様何を言っている⁉」
叫んだのはオリバーだった。
その声にビクッと体を震わせたメアリールを、レピュテイシャンは咄嗟に自分の腕の中に引き寄せた。
「女性に対してそのような口の利き方は、気に入らない。今の行動が問題ならば俺に言え」
レピュテイシャンはメアリールを自分の後ろに隠すと、オリバーを見据えた。
その緊迫した状態に、ブリック国のお供も主のそばに寄って来た。
オリバーも決して背が低い訳ではないのだが、レピュテイシャンをはじめとしたブリックからの来訪者は、全員この国の男性よりも背が高い。
その六人から見下ろされる形となったオリバーは、あまりの迫力に顔を青ざめさせた。
「あ、はは。みっともないぞ、オリバー。婚約者を愛称で呼ばれてヤキモチでも焼いたか? レピュテイシャン殿下、そう身構えないでくれ。オリバーはメアリール嬢を寵愛しているのでな。思わず大きな声が出てしまったのだろう」
「なっ……」
思わず息を呑んでしまったメアリールの耳に、、軽快な声が響いた。
陛下が慌てて状況を和ませてくれたのだ。
オリバーはとても不服そうに声をあげたが、陛下の側近数人により羽交い絞めという行動でその口を塞がれた。
騎士が簡単に王子には手が出せないので、陛下と機転を利かせた側近のおじ様達による連携プレーであろう。
奥へと引きずられていくオリバーを横目に、レピュテイシャンも「失礼した。我が国では女性を尊重する傾向が強いので、声を荒げるなどという行為は暴挙とみなされ警戒してしまうのだ」と笑顔で応じた。
レピュテイシャンの笑顔で周囲は頬を染め空気は和み、どうにかその場は収拾がついた。
その後は父親である宰相に促されて、またもやその場を早々に去るメアリール。
以上が二日前の出来事であり、本日王子二人が同じ馬車で登校してきた時には、オリバーの顔は引き攣っていた。
どうやら、かなり父親である陛下に言い含められてきたのであろう。
メアリールが合流しても、一切目を合わせずにレピュテイシャンの言葉にだけ嫌味を返す状態だ。ああ、メアリールと目を合わせないのはいつものことだった。
学園での青年レピュテイシャンは、美しい容姿だけではなく色気まで醸し出している。
女子生徒だけでなく、男子生徒や教師陣まで、彼に熱い視線を向けていた。
その様子も、オリバーには気に入らないのだろう。
あまりの熱視線に建物の中にはいられなくなり、バラ園まで逃げてきたのだが、距離を取りついてきている生徒も多数みられる。
レピュテイシャンのお供は寡黙に後をついてきているが、オリバーの取り巻き二人はキョロキョロと周りに目がいき、落ち着かない様子だ。
「次の授業の後でお昼となるのですが、レピュは昼食はどうなさいますか? 食堂でご用意はさせていただいているので、そちらでよろしいでしょうか?」
メアリールはレピュテイシャンのメル発言を無視して、この後の客人の予定を確認する。
「メルも一緒ならば、喜んでそちらに向かおう」
そんなメアリールの態度にも一切気にせず、嬉しそうに応える青年レピュテイシャン。
「俺も一緒なのをお忘れなく」
隣でレピュテイシャンを睨みつけながらも、口角を上げるオリバー。
「いつも二人は、一緒に昼食をとっているのか?」
そうレピュテイシャンに問われて、オリバーとメアリールは真顔で無言になる。
いつもは……というか、入学当初から二人は昼食を共にしたことがない。
二人共、同性の友人と授業の流れでとっていたのだ。
まぁ、ここ最近はオリバーが例の少女、モアと一緒にいて取り巻き二人と共に四人で食事をする姿をよく目撃されていたが……。
メアリールはニコリと笑い「そろそろ授業の時間ですわ。参りましょう」と言って、話を逸らした。
露骨に話を変えられても、レピュテイシャンは嫌な顔一つしない。
笑顔で「ああ、そうだな」と言ってメアリールの後について行く。
鷹揚な態度に、ブリック国第一王子としてのレピュテイシャンの器が分かる。
その横でオリバーが「チッ!」と舌打ちしている姿が目に入った。
ああ、小物臭い。
そんな風にメアリールが考えてしまうのは、仕方がないことだろう。