平和的な解決
「メル、メル、この菓子美味いぞ。こっちもどうだ?」
メアリールは今、レピュテイシャンの膝の上で山のように積まれたお菓子に、舌鼓を打っている。
いや、なかば強制的に口に放り込まれているといっても、過言ではない。
ここはブリック国の城。
レピュテイシャンの私室だ。
聞いていた白亜の城は想像していた以上に壮大で美しく、連れて来られた時は緊張もしたが、すぐに落ち着いた。
今では城のありとあらゆる場所を熟知し、どこもかしこもメアリールのお気に入りの場所となっている。
特にレピュテイシャンの私室はメアリールの好みに変えていいと言われ、メアリールの私室も隣にちゃんとあるのだが、こちらにいることの方が多くなった。
レピュテイシャンはメアリールと初めて会った時にしてもらった〔特別〕が大好きで、結婚した後は常にこの体制でいることが多い。
特別、すなわち相手の膝の上に座る行為。
レピュテイシャンが大人の姿の時はメアリールを乗せ、子供の姿の時は反対にメアリールの膝の上に乗っている。
当初こそ、かなりの抵抗をしたものの一週間も経てばすっかり諦めてしまったメアリールである。
チェルリア国に魔物が襲来し、レピュテイシャンが暴れたのは三年前のこと。
あの後、騒ぎに駆け付けたチェルリア国の騎士が目にしたのは城の西側にある壁が、全て綺麗に切り取られているという惨状だった。
メアリールの拉致報告を受けた宰相が、パズと共にやって来たのも全てが片付いた後。
どうやらメアリールが連れ去られたのは、レピュテイシャンがあてがわれていた部屋から隠し通路を使って奥へと入り込んだ、隠し部屋だったらしい。
窓が一つもなかったのは、部屋と部屋との間に作られた空間だったからである。
王族しか知り得ない場所を、何故レピュテイシャンが探り当てたのかはパズ曰く、指輪の反応と実はレピュテイシャンは城の構造を熟知していたというとんでもない理由だった。
「心配しなくても、ただの趣味ですから口外はいたしません」
パスからはそんなことを言われ、その場は信用するしかなかった。
そしてレピュテイシャンが現れたのは、唯一外に面した壁を取り払った所からだった。
それはまるで、城自体が建築中であるかのように、綺麗に壁だけがない状態だ。
建物の残骸が地面のどこにもない。
後で落ち着いたレピュテイシャンに確認したところ、スパッと切り取った後、消滅させたとのこと。
どうやって? と泣き叫びたくなったが、色々見聞きした後では全ては最早納得するしかない。
説明を聞いたところで、宰相の理解の範疇をこえているのだから。
負傷者が出ていないことが、何よりの幸いである。
当初、レピュテイシャンは話ができる状態ではなかった。
腕に抱えたメアリールを抱きしめたまま、いや、メアリールに抱きしめられたまま空に浮かんで降りてこなかったのだ。
切り取られた城にいた者は、ほとんどが気を失っていた。
その中に行方知らずになっていたオーランがいたのは、皆が驚くことだった。
更に目を覚ましたオーランにより、全ての罪が明らかとなった。
レピュテイシャンに説明を受けていた通りの内容に、オーランは素直に頷いた。
その際、メアリールの誘拐の罪まで被ろうとしたので、オデットとオディールは慌てて自分達の罪を告白した。
王族三人に寄る大きな罪に、国王陛下は異国の王子を受け入れた時からの心労で、とうとう倒れてしまった。
だが、それを良しとしない宰相に尻を叩かれる。
「逃げてんじゃねぇぞ、コラ! こちとら娘と娘婿が被害者なんだ。ちゃんと責任とりやがれ!」
「はい!」
宰相の喝を聞いた国王陛下は震えあがり、レピュテイシャンはそれで溜飲を下げることとした。
ブリック国の面々により拍手喝采された宰相は、もちろんお咎めなしである。
どうにか国王陛下としての責務を果たそうと踏ん張る国王の元に、全てを聞いた王妃とオセアンが慌てて駆け付けて、共に改善に向けての対処に動き出した。
意外と早く帰ってこられたオセアンが、帰路の途中の山が一つなかったような? と首を傾げていたが、余りの忙しさに誰も気にとめなかった。
その後、何人かが外観が変わったと言ったものの、そのまま忘れ去られることになる。
カッタス国はレピュテイシャンの予想通り、チェルリア国と同様に魔物の襲撃にあった。
オリバーのいた辺境領からの報告により、カッタス国は魔物に蹂躙され、なすすべもないとのこと。
国の崩壊寸前で助け舟を出したのは、レピュテイシャンに命令されたチェルリア国。
正確には、チェルリア国を通して派遣されたキアラである。
あっという間に魔物を全滅させたキアラは、チェルリア国同様、カッタス国でも女神扱いされた。
一応お目付け役としてパズが同行していたので、いいように利用されることもなく、パズとキアラの計らいでチェルリア国とカッタス国との和解が結ばれた。
和解の条件の一つとして、カッタス国の末の娘マチルダ王女がチェルリア国に嫁ぐこととなった。
実質の人質である。
彼女はカッタス国の国王が、一番可愛がっている子供である。
彼女の為ならどんなことでもすると言われるほど、子煩悩を発揮していた国王は、彼女をチェルリア国に嫁がせるのを最後まで拒否していた。
それを認めさせたのが、当の本人であるマチルダ王女だった。
魔物に破壊され、一日も早い復興を余儀なくされているカッタス国だが、他国にも戦争を仕掛けようとしていたことが知られてしまった以上、この国に未来はない。
そこに手を差し伸べてくれたチェルリア国に、恩義を返すのは当然だと説き伏せたのだ。
中々に肝の据わったマチルダ王女を気に入ったキアラが、まだぶつくさ言うカッタス国の国王をボコったのはご愛敬。
保留となっていたオデット、オディール、オーランの罪は、土下座するオリバーの顔を立ててレピュテイシャンが許すことにした。
謁見の間で、国王陛下や上層部を前に辺境領から戻って来たオリバーは、速攻でレピュテイシャンに土下座したのだ。
「この度は誠に申し訳ない。謝ってすむことではないが、謝らせてくれ。兄や姉が迷惑をけかた。本当に申し訳ない!」
オリバーのそんな姿に、周囲は目を見開く。
あの矜持の高い甘ったれ王子が、皆の目の前で頭を下げるなんてありえない。
周囲がどよめく中、レピュテイシャンはニヤニヤ笑ってオリバーを見る。
「辺境領はどうだった?」
頭を床につけたまま、オリバーは応える。
「勉強になった。俺がどれほど浅はかで愚かだったことか、よく分かった」
そんな様子のオリバーに、レピュテイシャンは隣にいるメアリールと目を合わせると、コクリと頷いた。
「……三人の処分は、お前に任せよう」
周囲が一斉に息を呑む。
オセアンがたまらず、前に出る。
「レピュテイシャン殿下、それはオリバーには余りにも荷が重い。私達でさえ、まだ結論付けられないのだから」
だがレピュテイシャンは、必死で弟を擁護するオセアンを無視する。
末の弟に自分達の罪を決めさせることとなったオデット、オディール、オーランは顔色を変える。
そんな酷なことを、弟に背負わせることなどできない。
だが、意見を発することもできない。
自分達は罪を裁かれる側であるのだから。
騒めく周囲の中、オリバーが声を絞り出す。
「俺は……まだ、甘ったれだ。兄姉を牢に入れたくない」
「構わない。お前が考える罰を言ってみろ」
レピュテイシャンはあくまでオリバーの意見を聞くと言っている。
それがどんなに軽く、甘い罰であっても言葉にしろと言っているのだ。
オリバーはしんと静まり返った部屋で、一人意を決して顔を上げた。
兄弟だからこそ、、王族であるからこそ、考えられる最大の罰を、俺の口から述べるんだ。