王女の計画
「……では、城壁で倒れている私だけをここに運び、メアリール嬢は眠っている所を隠し通路を使ってここに運び込んだと、そういう訳ですか?」
オデットの長い話しを聞き終えたオーランは、二人の奇天烈な勘違いに呆れてしまう。
いや、確かにオーランが裏切ってカッタス国にレピュテイシャンを引き渡そうとしていたと考えるよりは、はるかに平和的でこの二人にはお似合いの花畑思考なのかもしれないが、それにしたって……と、無意識に溜息が出る。
「ですが、隠し通路を使ったとはいえ、よくメアリール嬢が一人になった瞬間を狙えましたね」
オーランが呆れながらも、少し感心する。
自分が言うのもなんだが、レピュテイシャンのメアリールに対する執着心は普通ではない。
ハッキリ言って異常だ。
先日の指輪が何よりの証拠である。
持ち主に危険が近付くと繭に本人を閉じ込めてしまう指輪など、異常の何ものでもない。
あわよくば囲って、自分一人が愛でていたいという心の表れではないか。
あんな指輪を婚約者でもない女性に持たせるのだから、レピュテイシャンの執着心がいかほどのものか考えるだけでもぞっとする。
冷静になれば、そいういうことがより謙虚に理解できる。
それを就寝中とはいえ、あんな地震が起きた後によく彼女を一人にしたものだと驚いてしまう。
必ず誰か、城の侍女にでも室内で待機させているものだと思っていた。
「侍女頭を使って、彼女の居場所を侍女達から聞き出したのよ。それで様子を見ようと部屋に行ったら、彼女一人が眠っていたの。私達、とっても運がいいのね。すぐにそこの騎士達に運ばせたわ」、
「そこからここは、そう遠くない距離にあるのよ。因みにここも隠し通路と同じ書物に書かれていた、隠し部屋みたい。掃除はしてあるみたいだから、お父様が使っていたのかしら?」
オーランの問いに運だけで片付けてしまうオディールと、この場所の説明をするオデット。
窓がないのは確かに変だと思っていたオーランは、隠し部屋だと聞かされて納得する。
しかし、ここまでされてメアリールに反応がないのを不思議に思う。
そしてチラリと横にいるメアリールを見る。
だが、拘束が邪魔して確認できない。
仕方なくオーランはオデットに、メアリールの指を見るように言う。
「オデット姉上、メアリール嬢の指に指輪はありますか?」
「え、指輪? オディール、どう? あるかしら?」
オデットは、隣で立っていたオディールに確認させる。
オーランの方に横向きで眠っているメアリールは、シーツを深く被っていたのでオディールがシーツを勢いよく捲る。
チラリと見えたが彼女もまた、後ろ手に縄で拘束されているようだ。
「えっと……ええ、あるわね。やだ、すっごく素敵。何これ? 婚約指輪?」
大きなダイヤモンドの周りに小さな赤い石が散りばめられている指輪に、オディールはごくりと喉を鳴らす。
どうやらあの時の指輪は、まだメアリールの身につけられているようだ。
以前、発動したのはメアリールに危険(あの時の何が危険だったのか今でも分からない)が迫った時だったが、今はその指輪は発動する気配もない。
本人が眠っている状態である為、危険と察知されていないのだろうか?
それとも、メアリール本人が物理的に危害を加えられていないから発動しないのだろうか?
オーランは自分の思考の中で、不安要素があることに気が付いた。
まさか……と思いながらも、恐る恐る姉に確認する。
「メアリール嬢に……薬、なんて使っていませんよね?」
「あら、バレた? 少し睡眠薬を嗅がせたわ。でも、安心して。体に害はないから」
「何やってるんですか!」
あっさりと白状する姉に、オーランは思わず怒鳴りつける。
どうりで先程から、一向に起きる気配がないはずだ。
婚約式とあの地震で、心身ともに疲れていたとしても隣でこれだけ騒げば普通は目が覚めてもおかしくはない。
いや、心細やかな彼女なら起きて当然の事態である。
それが全く動く気配がなく、依然として彼女は眠ったままなのだ。
オーランは、自分に怒鳴られて驚いている姉達を睨みつける。
「とにかくこの縄を解いてください。仮に私と彼女が恋仲だとして、一体どうしてこのような状態になってるのですか?」
オーランの質問にオデットは、何故か嬉しそうな顔をする。
「フフ、本来は貴方も眠ったままで第三者にこの姿を発見させるつもりでいたのよ」
「もちろん縄は解いてね。一つの寝台で年頃の男女が一晩過ごしたのが見つかれば、たちまち噂になるでしょう。だけどそこで私達が証言するの」
「は? 証言? 何を?」
オデットが信じられないことを口にすると、オディールもまた信じられないことを口にする。
オーランは訳が分からなくなる。
この私に醜聞を擦り付けるつもりでいたのか?
以前、姉達にレピュテイシャンの寝台に潜り込ませようかと考えていたことは、きれいさっぱり棚上げするオーラン。
ポカンと呆ける彼に、オデットとオディールは得意気に自分達の計画を話し始めた。
「この二人は秘密の恋人同士だったって、お父様の前で訴えるのよ」
「異国の王子が彼女を欲しがったから国の為、お互いの立場の為に泣く泣く二人は別れたの。でもあの大きな地震の後、命の危険に直面した二人は何よりもお互いが大事だということに気が付いた。惹かれあう二人が衝動のまま一緒にいたのは、全くおかしなことではないわってね」
「二人の恋物語は、貴族平民関係なく話題になるわよ。もちろん誰もが悲恋の恋人同士として同情するわ。私達もあちらこちらで吹聴するから、任せてちょうだい」
「ああ、もちろん国の心配もしなくていいわよ。私がレピュテイシャン殿下の元にお嫁に行ってあげる。どうせ政略的なことで彼女が選ばれたのでしょう。宰相が動いたのよね。分かっているわ」
それまでどこか熱を帯びたような表情で代わる代わる語っていたオデットとオディールだったが、レピュテイシャンの話題になると突如、険悪な雰囲気に変わった。
「何言ってるのかしら、オディール。レピュテイシャン殿下に嫁ぐのは、姉である私に決まっているでしょう」
「あ~ら、お姉様は一度嫁いだ身。穢れてしまっているじゃない。その点、私は綺麗なままよ。あの綺麗な顔には綺麗な身の私こそが相応しい」
「はっ、年齢を考えなさい。年上の良い所は経験豊富なところよ。その年で相手に任せるしかできないのなら、年下の方がいいに決まっているでしょう」
「げ、下品ね。やっぱり一度嫁いだ身の方は、恥というものを忘れたのかしら?」
「なんですって! どの面下げて我が身が綺麗などと言えるのかしら? 皺だらけの顔であの美貌の隣に立とうだなんて、厚かましいにもにも程があるわ」
「皺って……よくもそんなことが言えるわね。自分の方が年上のクセに。言葉遣いも酷いものだわ。王女がそんな言葉を使っていいと思っているの? ああ、そうね。お姉様はもう王女ではなかったわね。公爵家に降下されたのだから」
「そ、そんなことは関係ないわ。出生が大事なのよ。私は第一王女。貴方より上の存在なのよ」
「少しばかり早く産まれたからって、威張るんじゃないわよ!」
ギャーギャーと喚き散らかしていたかと思うと、とうとう取っ組み合いの喧嘩が始まった。
オーランは呆けるばかりである。
え~っと、なんだっけ?
途中までは、姉上達の計画を聞いていて……少しばかり、いいかも。なんて思ってしまったことに、恥ずかしくなる。
要するに、まだブリック国の王妃の座を諦めてはいなかったということか。
城が混乱している状況を利用してオーランを使うなどと、姉達の逞しさに舌を巻くしかない。
先程、騎士が裏切った自分を身を挺して庇ってくれた時点で、己の愚かさに呆れた。
だが、今もまた姉の暴挙を目の当たりにして、つくづく情けなくなる。
私達王族は、本当に己の欲しか見えていないのだなと。
オーランは隣で眠るメアリールに意識を飛ばす。
どうにかして彼女を無事に、レピュテイシャンの元に帰す方法はないか。
最低な自分が償えることは、もうこれしかないのだから……。
そして、目の前で喧嘩している姉達を止めようとして口を開きかけた瞬間、ドンっという音と共に部屋の壁が大破した。