二人の王子
――マジ面倒くさい。
マルチカ学園内にある応接室へと向かう廊下を一人で歩くのは、メアリール・コルアン公爵令嬢。
歩く姿も美しい彼女の姿を、周りの生徒は羨望の眼差しで見つめていた。
誰かが彼女を〔マルチカの赤いバラ〕と例えたことがあり、生徒は皆その通りだと頷いたが、彼女自身は〔萎れたアネモネ〕だと思っている。
だがアネモネの花言葉は〔君を愛す〕や〔はかない恋〕など恋愛にちなんだ意味があることを、彼女は知らない。
なんとなく家の花瓶にさしてあったものを見て、そう言ったのだ。
けれど、それもあながち間違ってはいないかもしれない。とそばにいる侍女のカチアは思う。
恋愛に全く興味のない公爵令嬢は、第二王子から逃げ、第三王子とも歩み寄ろうともしないままだ。
周りの男性に興味なんて、もつわけがない。
十七歳にして枯れている。そんな風にメアリールの内情を知る侍女には思われていた。
この日も何故か第三王子に呼ばれ、公務の話だとわざわざ学園内の応接室に呼び出されたのだ。
面倒くさい。
公務の話だから他の人に聞かせたくないのかもしれないけれど、わざわざ呼び出す必要なんてないんじゃない。
手紙でいいわよ、手紙で。
そんな風に脱力しながら歩いていたのだが、周囲からは熱い眼差しで見られていた。
そして応接室の前に来ると、何故か扉の前で第三王子と先日図書室で囲まれていた少女が、イチャイチャしていた。
「オリバー様ぁ、どうして私はついて行っては駄目なんですかぁ? 私も挨拶したいですぅ」
「悪いが、本日は公務の話だ。俺としてはモアに聞かせてもなんの問題もないと思うのだが、口やかましくいう奴もいる。いつもの所で待っていてくれ」
「やっとオリバー様の身近な人に挨拶できると思って嬉しかったのに、残念ですぅ。でもモアはオリバー様のことが大好きだから、ちゃんということききますね。オリバー様を困らせたくはないですから」
「くっ、可愛いことを言ってくれる」
そう言って、第三王子に身を寄せる少女と少女の肩に腕を回しながら、もう一方の手で拳を握る第三王子。
……馬鹿がいる。
ここはまだ応接室の前の廊下だ。
生徒も沢山行き来している。
公衆の面前で一応名ばかりとはいえ、婚約者がいる王子が他の女とイチャついているとは……頭が痛すぎる。
踵を返して立ち去りたいが、そういう訳にもいかないだろう。
どうしたものかと悩んでいると、第三王子と目が合った。
パッと少女を己から引き離す第三王子。
あ~、私のことはお気になさらず、そのまま、そのまま。と言いたいのだが、流石にそれは駄目だろう。
メアリールは何事もなかったかのように二人に近付き、第三王子に向けて「ご歓談中、申し訳ありません。お呼びと伺いました」とペコリと頭を下げた。
「あ、ああ。中に入れ。話がある」
そう言って第三王子はコホンと咳払いをすると、ポカンと口を開けて見ている少女を横目に扉を開けようとした。
バツが悪そうな第三王子をよそに、少女はメアリールを睨みつける。
「メアリール様って本当に意地悪。オリバー様と私の邪魔ばかりするんだもん。今だってわざと邪魔したんですよね。ヤキモチですか?」
少女がそう言うと、第三王子は「え?」と言ってメアリールを見る。
なわけないでしょ。何言ってんの、このちょっとお粗末そうな脳みその持ち主は?
内心、呆れてものも言えないような状態であっても、長年沢山の人の前で公爵令嬢の仮面を被ってきたメアリールは、そんな悪意のある発言にもニコリと微笑みを返す。
「滅相もございません。私はオリバー様にお呼びいただいたので、この場に参りました。王族であるオリバー様のご不興を買うような真似はできません。今、私が邪魔だと仰せでしたら、後程改めて参ります」
少女から第三王子に視線をやると、王子は「うっ」と言葉を詰まらせ、もう一度咳払いをした。
「いや、中で人も待たせている。一緒に来い。モア、先に行っていてくれ」
そう言って、一人でサッサと応接室に入って行った。
逃げたわね。
そう思いながらも視線を少女に戻して会釈をし、王子の後について行く。
中に入りきらないうちに後ろでは少女が「意地悪なメアリール様になんか、絶対に負けないんだからぁ」と叫んでいた。
う~ん、頭が痛い。そう思い、つい目を閉じてしまうと応接室の中から「大丈夫? なかなか凄い子だね」と柔らかな声が聞こえた。
パッと顔を上げると、そこいいたのは第三王子だけではなく、なんと第二王子がいた。
タラ~っと冷や汗が落ちる。
第二王子は昔、婚約が嫌で散々逃げ回っていた相手だ。
お互いに婚約者がいる今でも、会うのは気まずい。
「ご無沙汰しております、オーラン様。ご一緒だとはつゆ知らず、失礼いたしました。お待たせしてしまったでしょうか?」
「久しぶり。君は変わらないね。大丈夫。問題ないよ。扉の外での会話は聞こえていたからね。オリバー、いくら学友でも少し距離が近いように感じるね。気を付けなさい」
第二王子は柔らかなクリーム色の髪をかき上げ、ニッコリとメアリールに微笑み、弟を窘めた。
第二王子オーラン・ルード・チェルリアとまともに顔をあわせたのは、彼が晴れて理想の女性と婚約式を行ったその日。
第三王子の婚約者として紹介された日だった。
ポカンとした表情で自分を見つめる第二王子に、ちょっと罪悪感を抱いた。
ごめん、君から逃げといて結局王族につかまったよ。でも君も私なんかより理想の女性を見つけられたんだから、結果良かったよね。
そんな言い訳を心の中でしながら、ニッコリと微笑むメアリールに第二王子は複雑な顔をしていた。
その後何度か公務で会うこともあるが、そのたびに柔らかな微笑みで迎えられる。
結構いい人だったんだなと、心の中で何度も詫びを入れた。
すまん、幸せになってくれ。と。
今もまた、メアリールを怒るどころか第三王子の行動に、苦言を呈してくれている。
だが正直、それに関してはどうでもいい。
できれば先程の少女との仲を進めて、私との婚約を破棄してくれるとありがたい。
そんなことまで考えだすメアリールを、第二王子は婚約者が他の女にうつつを抜かして傷付いていると勘違いしている。
弟を窘めた後、痛ましい表情をメアリールに向けた。
「悪いが、兄上には関係ないことだ。俺が誰と仲良くしようとメアリールは気にしない。そうだろう?」
第三王子は第二王子に顔を向けたまま、チラリとメアリールを見る。
金髪の青い瞳の気の強そうな第三王子と、クリーム色の髪に青灰の優しそうな第二王子は、割と仲の良い方だと聞いている。だが、この時は第三王子もモアの話をされ、面白くなかったのだろう。
つっけんどんな言い方に、喧嘩でもされたらかなわないと思ったメアリールは、第三王子の言葉を肯定することにした。
「はい。王族の行動に意見することは、許されません」
俯き加減のまま、うっすらと笑みを浮かべるメアリール。
「そういう問題ではないだろう。それに君だけはオリバーに忠告することが許されているはずだ」
それでも第二王子は、メアリールの立場を尊重しようとする。
本人達がいいって言ってるんだから、もういいじゃん。
第二王子の優しさを面倒くさがるメアリール。
もうこの会話飽きた。
やはりメアリールには、恋愛は向かないようだ。
心底面倒くさくなった彼女は「オーラン様の恩情には感謝いたします。ですが本日わざわざ学園にいらっしゃったということは、何か直接私に伝えたい用事があるということではありませんか?」と無理矢理話しを変えた。
メアリールの言葉にハッとした第二王子は「そうだったね。それに立たせたままで悪かった。座って」とソファに座るよう促した。
やっと本題に入れるとホッとしたメアリールは、素直に勧められるまま二人の王子の前に腰を下ろした。