その後の展開
メアリールが指輪を発動させたあの日から、二週間後。
異例の速さで、レピュテイシャンとメアリールの婚約が正式に受理された。
宰相の根回しによりチェルリア国、国王陛下並びに上層部の承認を得たことにより、話はトントン拍子に進んだのだった。
その間、第一王子は予定通り妻の祖国へと旅立ち、第三王子はまたもや自室へと引きこもってしまった。
どうやら羽を広げて飛んでいったレピュテイシャンへの恐怖が益々膨らみ、またメアリールとの婚約が破棄になったことで、山より高い矜持が潰されたようだ。
あくまでも第三王子側の意向で破棄になったと公には伝えられたのだが、その後のレピュテイシャンとの婚約で、第三王子はすっかり振られ男と印象付けられたのだ。
そんな中、第二王子だけが通常の業務に付いている。
だが、彼もまた無傷ではいられなかった。
メアリールと婚約する為に先走って、今の婚約者と別れてしまったのだ。
慰謝料をたっぷり払い、独り身になった第二王子。
国王陛下は、自分の子供達のことを考える。
欲に目が眩み、どのような国かも分からない国の王子を迎えてしまった為に、第一王子は自信を失い、第二王子は婚約を解消し、第三王子は引きこもってしまった。
二人の王女もそれぞれ様子が変で、あれほど熱い視線を送っていた異国の王子が住まう区間には一切近寄らなくなってしまった。
第一王女オデットは、一度自国の公爵と結婚したのだが早くに先立たれてしまい、何かあるごとに王女面して城に戻ってくる。
今回も異国の王子が来るということで、城に居座っていた。
第二王女オディールは、気位が高く婚期を優に超えているというのに、いまだに結婚相手を決めないでいる。
この二人が異国の王子に出会った瞬間、獲物を捕らえる獣のような目をしたので、何か問題を起こすのではないかと気にはしていたのだが、最近の態度を見ると彼女達にも何かあったのかもしれない。
あわよくば、どちらかが王子を射止めれば豊富な資源を持つ国との繋がりが持てる上に、厄介ごとが一つ減ると思い、二人を自由にしてしまった結果がこれだ。
相手は強力な魔道具を持つ国の王子なのだ。
何があってもおかしくはない。
いや、子供達の問題はこの際些細なことと捉えても構わないが、何よりの損失は、長年苦労して手に入れた宰相の娘を奪われたことだ。
彼女には、宰相と同様の期待を持っていた。
王子妃として迎え入れ、宰相の後釜になってくれればと密かに願っていたのだ。
だがそれを、物の見事に打ち砕かれた。
結局、国王陛下の企みは全て、最悪の結果となってしまったのだ。
一瞬、味方になってくれなかった親友であり、誰よりも頼りにしていた宰相を恨みもしたが、元々は彼の娘を利用しようとしたのがいけなかったのだと、後悔する。
これ以上、宰相を怒らせて彼まで離れてしまったら私はどうすればいいのだ。と結局は頼りになる幼馴染にそばにいて欲しいだけの国王陛下だった。
「陛下、レピュテイシャン殿下とメアリール嬢の婚約祝いの宴を、城であげてはいかがですか?」
「は?」
オーランが国王陛下の執務室に、確認してほしい書類があると訪れたので国王陛下がそれに目を通していると、不意にそんなことを言ってきた。
目を丸くする国王陛下と宰相。
国王陛下は『あんなにハッキリと振った相手の婚約を、自分の領域で祝いたいだなんて一体何を考えているんだ?』と首を捻り、宰相は『城で宴を開くとなると王子二人がいない今、指揮を取るのはオーラン様。何か嫌がらせでもする気か?』と疑惑を込めた視線を向ける。
「嫌ですね、お二人共。その目はなんですか? 色々とありましたが、これからはメアリール嬢を絆に友好国として手を結ぶのですから、皆で祝ってあげたいと思うのは当然のことでしょう。婚約式は身内だけで慎ましやかに行うと聞いたので、宴ぐらいは城であげさせてくださいよ」
そう言うオーランに益々疑惑の念が膨らむ宰相。
難しい顔をしている宰相に、オーランは苦笑する。
「正直申しますと、私達王族がメアリール嬢に長年にわたって迷惑をかけていたことを、私は心底悔いているのです。先日も私が行き過ぎた行為をして、また彼女を傷付けてしまいました。せめてものお詫びにと、宴を開くことを思いついたのです」
ジッとオーランに見つめられた宰相は、言葉を詰まらせる。
王子に詫びだと言われては、反論する言葉がない。
「それに、ちょうど滞在中の諸外国の大使から、また夜会を開いて欲しいとの要望があったのです。レピュテイシャン殿下と交流を持ちたいのでしょうね。普段の夜会では早々に引き上げられるので、まともに会話もできない方も大勢いるようです。その方達もお呼びすればお喜びになるでしょう」
少しオーランの意図が読めたと宰相は思った。
確かに、レピュテイシャンが留学していることを嗅ぎつけた諸外国から徐々に大使が派遣されてきている。
その大使から、レピュテイシャンとの目通りを頼まれていた。
だが、レピュテイシャンからはあくまで学生としてこの国に滞在しているのであって、外交をする為ではないと言われていた。
その為、各国との目通りは一切受け入れないと言われていたのだ。
それを不服に感じている大使は大勢いて、せめてもとチェルリア国側は夜会を開いてそこにレピュテイシャンの出席を願い出たのだが、毎回ほんの少し顔を出し皆がその美貌に言葉を失っている間に退散してしまうので、誰もまともな会話ができないまま日々が過ぎていたのだ。
今はメアリールの婚約者として宰相の屋敷に引きこもってしまったので、城に来ることはほとんどない。
そんな状態なので諸外国には、どうしてチェルリア国だけ交流が持てたのかというやっかみが、集中してしまっている。
そのことに関しては、国王陛下並びに上層部も頭を抱えていた案件なので、オーランの言う婚約祝いの宴は確かにいい案であると感じた。
自分の婚約を祝う宴なのだ。
流石に、途中退場する訳にはいかないだろう。
そこで国王陛下が宰相に言葉を掛けた。
「私はオーランに賛成だが、宰相はどうだ? 結婚式はブリック国で行うのだろう? 宰相も参列しないのであれば、婚約披露ぐらい城で行えばいい。諸外国もそれで納得するだろう」
――全く、ただでは起きない方だな。
オーランはメアリールに振られた今、せめてもと諸外国との問題を解決する為にそれを利用しようと考えたのだろう。そして国王陛下もまた、それに乗っかった。
ある意味、オーランが一番王の資質を持っているのかもしれない。
宰相は大仰に溜息を吐いて見せた。
レピュテイシャンは、確かにこの世で一番メアリールを大切にしてくれる存在かもしれない。
ブリック国の王子としての言い分も考えも分かる。だが、自分もメアリールの父親であると同時にこの国の宰相でもある。
諸外国からやっかまれては、このチェルリア国も辛い立場になる。
宰相である以上、この国を守る義務も自分にはあるのだ。
一応レピュテイシャンには前もって相談するが、ここは宰相として拒否することはできないなと考えた。
「……私は、レピュテイシャン殿下の意見に従いたいと思います」
「それは当然だ。殿下の意に添わぬことをしたいとは思わない。まずは彼の承諾を得てからだ」
宰相の言葉に、国王陛下は最もだと頷く。
「分かりました。では二人には私の方からお話しいたしましょう。それでよろしいですか?」
オーランが国王陛下と宰相に承諾を得る。
レピュテイシャンが頷けば、色々と指揮を取るのはオーランになるだろうから。
「任せたぞ、オーラン」
「よろしくお願いいたします」
二人の了承を得ると、オーランはニッコリと微笑んだ。
「忘れられない宴にいたしましょう」