不思議な少年
この世界には魔族という闇に生きる、人間とは別の生き物が存在している。
見た目は人間と変わらない彼らは、別の領域に暮らしており、普段関わることはほとんどない。
だが、魔族になれない魔物という獣に近い姿の力の弱いものが、人間との境の森で暮らすことがよくある。
魔物は人語を理解できるものが少なく、制御できるものではなかった。そのため、欲のまま人間の領域に足を踏み入れ、人間を襲うこともしばしばあった。
魔物は異形の姿をしており、人間よりも一回りも二回りも大きなものがほとんどだ。その体躯にあった力でなぎ倒されるのだから、人間にはなすすべもない。
そんな中、人間の底力で倒した魔物の体から、赤い石が発掘された。
それは魔石と呼ばれるものだった。
魔石には、魔族が使用する力と同じような力が込められていた。
その力とは、魔法と呼ばれる不可思議な力のことで土や風、水などの自然の力を自由に操りることができる力のことをいう。
そしてその魔石の力を物の中にはめ込み、誰もが使える道具に仕上げた者がいた。
それを人々は、魔道具と呼んだ。
ザラザラザラッ。
レピュテイシャンがポケットの中の物を取り出し、机に広げた。その数ざっと二十程。
それは装飾品であったり、玩具のような物であったが、全てが小さく赤い石がはめ込まれていた。
今の会話からしても、魔道具であることは間違いない。
執事と侍女達は唖然とした表情で、それを見つめていた。
その中からヒョイと取りあげたのが、小さな赤いピアス。
「他者と連絡がとれる魔道具はこれ。相手も持っていないと使えないから、限られた者としか連絡はできない。改良の余地ありの品物だね」
「レ、レピュ。そんなにいっぱいの魔道具、どうしたの?」
メアリールは震える手で、品物を指さした。
魔道具は、魔石を使用して作るもの。
魔物一頭に対して、魔石は一つ。
人間の力で手に入れるには、かなり大変な作業だ。
そういう訳で、魔石は大変珍しく、またそれを使用して作る魔道具は、かなりお高い代物となる。
メアリールだって公爵家の娘だ。
魔道具の一つや二つは持っている。だが、それは緊急時に使用するもので、普段は大事にしまい込んでいる。
それが子供のポケットからザラザラと玩具のように出てくるのだから、驚くのも無理はない。
レピュテイシャンはメアリールが何を言いたいのかよく分からないらしく、コテンと首を傾げている。
そして、ポンッと手を叩くと一つの魔道具を手渡してきた。
「やる。菓子の礼だ」
メアリールは驚きのあまり、レピュを凝視してしまう。
何を言っているの、この子は? こんな高価な物、お菓子となんて引き換えにできる訳ないじゃない。
「レピュ、魔道具はとても珍しい物。それを簡単に人に上げたりしたら、ご両親に怒られるわよ。人にとられないように、ちゃんと大事にしまいなさい」
メアリールは、レピュテイシャンと出会ってから初めて彼を叱った。
偉そうな態度も言葉も、そんなのはどうでもいい。
初めて会った令嬢の膝の上に座るなんて暴挙も、許そう。
だが、これは別だ。
こんな簡単に魔道具なんて珍しい物をちらつかせて、もしもこの先、変な輩に目を付けられたら……。
ここで彼をしっかり叱っておかないと、彼がどんな酷い目にあうか分からない。
頭の突起物は気になるが、ただでさえ裕福な家庭の子供だと分かる身なりで、お供の一人も付けずに道の真ん中で倒れているような子だ。
メアリールは、キッとレピュテイシャンを睨みつける。
そんなメアリールにレピュテイシャンは不思議そうな顔をしていたが、次に頬を染め、満面の笑顔を向けてきた。
ドキッ!
今までお目にかかったこともないほど美しい容姿のレピュテイシャンの心からの笑顔に、つい心臓が跳ねた。
メアリールはドキドキしたまま「叱っているのよ、私は。笑わないで、ちゃんとききなさい」と言うが、レピュテイシャンはニコニコと笑顔のままだ。
「メルは可愛いな。気に入ったよ。今日はこれで帰るけど、また近いうちに会いに来る。これは俺からのプレゼント。魔除けだよ。俺がいない間、危険から君を守ってくれる」
そう言ってメアリールの手をとると、右手の薬指に指輪をはめた。
大きなダイヤモンドの周りに、小さな赤い石が散りばめられている。
ピアスと一緒の所から取り出したのだから、これも魔道具なのだとすぐに分かった。
しかも、これほど大きなダイヤモンドということは、それだけでもかなりの価値だ。
簡単に、子供からもらえるようなプレゼントではない。
「駄目よ。こんな高価な物もらえない。それに帰るなら送って行くから、馬車の準備をさせるわ。ちょっと待っていて」
そう言って執事に目配せしてから、指輪を引き抜こうとするが、何故か指輪は外れない。
驚いてレピュテイシャンを見ると、悪戯が成功したかのような笑顔で「水に濡れても大丈夫だから、問題ないよ」と言う。
問題大ありだ。
メアリールはどうにか外れないかと奮闘するが、指輪はまるであつらえたかのようにメアリールの指に綺麗に収まっている。
そんなメアリールをよそに、レピュテイシャンは黙々と机に広げた魔道具を片付けると「じゃあ、またな」と言って手をあげる。。
「だから待ってよ。馬車の用意がまだよ」
馬車の手配をしに行った執事が戻ってこないかと扉を確認するが、レピュテイシャンは必要ないと手を横に振る。
「一人で帰るって言っただろう。メル、次にあった時も、ちゃんと俺の名前を呼んでね」
その言葉が終わらないうちに、パッと目の前のレピュテイシャンが消えた。
はっ?
目の前の空間に少年の姿はなく、メアリールと侍女の三人はポカンと口を大きく開ける。
後で考えれば、それが魔道具の力だということは分かったのだが、この時のメアリールは達は急に起きたこの不可思議な現象を理解できなかった。
そうして名家の公爵家、別棟の応接室であがる悲鳴。
公爵令嬢として生きてきたメアリールにとって、腰が抜ける経験など初めてのことだった。