嬉しい婚約
「やった、やった、やったぁ~!」
嬉しそうに黒い羽を広げて、談話室の天井を飛び回るレピュテイシャン。
そんなレピュテイシャンに「降りてきなさい。まだ話は終わっていませんよ」と下から声をかけるパズ。
そんな二人をよそに、メアリールは父親を穴が開くほど見つめていた。
「お父様、本当? 本当に陛下や上層部の皆様は、私とレピュの結婚を承諾してくれたの?」
信じられないと疑う娘に、宰相は優しく微笑む。
「ああ。正式な決定は後日になるが、概ねその方向で動くだろう。あれほど強力な魔道具の力を見せつけられて、断れる人間などいるものか。オリバー様が婚約を解消してくれていたのも、運が良かったな」
ハハハと笑う宰相に、メアリールは胡乱な目を向ける。
「……もしかして、お父様。上層部に怒っていた?」
「当然だろう。お前が優秀なのをいいことに、利用しまくっていた奴らだぞ。王子の婚約者という名目で、色々仕事を押し付けられていただろう。あれは本来、第三王子の婚約者がするような仕事ではない。お前も分かっていただろうに」
そう言われて、メアリールは肩をすくめる。
ええ、分かっていたわよ。オリバー様が逃げ回って仕事をしないから、私が代わりにしていたけれど、段々と量が増え、難しい内容にもなっていたわ。
本来のオリバー様の仕事ではないのは見るからに明らかだったけれど、だからといって断るのも面倒くさかったのよね。
宰相はやはり娘も分かったていたかと、胸の前で腕を組みソファの背にもたれる。
「女の身のお前を、どうにかして私の後釜にする気でもいたのだぞ。逃げられないように王族と婚姻関係をもたせて。そんな奴らに私が気を許すと本気で思っていたのか?」
「陛下とは、良い友人関係ではなかったのですか?」
父親の憤慨ぶりに、メアリールは少し引いてしまった。
いつものほほんとした態度をとっていた父親が、実はこんなにも怒っていたのかと。
「悪い奴ではないのだが、やはり王族というべきかな。傲慢なのだよ。優秀な者は、早いうちから手の内に引き込もうとする。それは王としては大切なことだが、人心を無視しては碌なことにならない。そこが甘いのだな。分かっていないのだよ」
そう言った宰相は、ふうーっと溜息を吐く。
「私は男だし、幼い頃から陛下の役に立つのだと育てられたから構わなかった。それが公爵家に産まれた私の役目だと思っていたからな。だが、お前は違う。確かに貴族の女性として、嫁ぎ先の力になるのは、大切なことだと思う。けれどそれだって限度があるだろう。お前が納得し受け入れているのなら、私の後を継いで男性並みに仕事をするのも構わない。けれどお前は嫌がっていた。そんなお前をだまし討ちのような形で手に入れられて、父親として怒らないはずがない」
一息にそう言われて、メアリールは驚きに目を丸くする。
怒りを抑えるかのように目を瞑りながら語る父親を、メアリールは初めて見た。
父親のそんな姿に、目が離せなくなる。
「……私は一度、君に対しての接し方を間違えた。だから、どうにかしてオリバー様との婚約を破棄しようと動いていたのだが、どうしてもうまくいかなかった。オリバー様の君に対しての言動を破棄の理由にしようとしても、それならば誰がいいのかたずねられ、オセアン様やオーラン様の側室でもいいのかと言われてね。そんなわけあるかと怒れば、それならばオリバー様しかいないと笑われた。もしかしたら陛下は純粋に私の子と自分の子を結婚させたかっただけなのかもしれないが、上層部は明らかに君の力を当てにしていたんだよ。それが分かっていたから、私は迂闊には動けなかった」
そこでやっと目を開き、メアリールを見た。
いつの間にか羽を引っ込め、メアリールの横に座っているレピュテイシャンを見ながら微笑む。
「殿下には感謝しかありません。娘を見初めてくださり、そして娘の心を開かせてくれた。私は貴方様が何者でも構わない。娘が本気で愛し、娘を本気で愛してくださる貴方様なら、素直に娘との仲を祝福したいと思います」
父親の誠の言葉を聞き、メアリールは涙を流す。
メアリールの知らぬ間に、レピュテイシャンと話を進めてた父親に、驚きながらも愛を感じていたメアリールだったが、まさかここまで想っていてくれたなんて。
メアリールがポロポロと涙を流す間、レピュテイシャンはハンカチを差し出し、背中を擦ってくれている。
何も言わずにただ微笑む姿に、いつしかメアリールの涙も止まる。
「……お父様、ありがとうございます。私、レピュのそばで幸せになります」
「ああ、そうしなさい。君の人生は君のものだからね」
柔らかな空気の中「ところで殿下」とメアリールから視線をレピュテイシャンへと移した宰相が、舌なめずりを始めた。
あ、これ。宰相モードに入ったわ。
一気に表情を失くしたメアリールと目をランランと光らせた宰相に、レピュテイシャンは苦笑する。
「メアリールを包んでいた繭なのですが、あれはあのままこちらで頂いても宜しいのでしょうか?」
「ああ、かまわない。メルの結納金の一つとでも思ってくれ」
「少しだけ調べさせたのですが、あれは上質な布になりますね。どうやってお作りに?」
「魔物の繭を使用しているからな。常の物より丈夫で美しい物が出来上がるはずだ」
「そうなのですか? やはりブリック国の品は魔道具をはじめとした魔物に由来した物が多いのでしょうか?」
「それだけではないが、他国と比べるのならばより珍しい物の方がよかろう。普通に金塊などの鉱物も取れるし、海に面しているので海の恵みもいただける。メルに不自由はさせないぞ」
流石一国の王子様。
レピュテイシャンは単純なように見えて、しっかりと国の豊富さも見せつける。
「なるほど。土地も豊かで作物が実りやすいとも聞きましたが、誠ですか?」
「ああ。大抵の作物なら収穫できる」
「ハア~。確かに魔の森がなければ、一発で他国に狙われてしまいますね」
それほどの豊かな土地。どの国も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
メアリールは少し不安になった。
多分、父親も同じように感じたのだろう。
他国が攻め入るようなことはないのだろうかと。
今までは無事だったが、これからは?
レピュテイシャンがこうして他国に出向くようになり、メアリールが嫁ぎ他国との交流を持ってしまえば、今まで謎に秘めていた国は表に出てしまわないだろうか。
注目を集めれば、我が物にしようと企む国も出るかもしれない。
二人の懸念に素早く気付いたのは、後ろで控えていたパズ。
「失礼ながら、口を挟む無礼をお許しください。お二人のご心配は最もでございますが、我が国に関しましては、それは杞憂となりましょう」
「だが、現実にレピュテイシャン殿下が我が国に留学されたのは、諸外国にも知れ渡っております。交流を持たせてもらおうと、我が国にも圧力をかけてくる国も既にあります。魔物退治の方法を聞き出し、乗り込んでくる国がないとは言い切れません」
宰相は国同士の現状を口にする。
メアリールも滞在している他国の大使から、レピュテイシャン殿下と話をさせてくれないかと強請られたことがある。
やはり裏では既に動いている者がいたのかと、眉を顰める。
そんな二人をよそにレピュテイシャンは、ハハハと笑う。
「いや、無理だし。俺達からどんな話を聞こうと、魔の森を突破することなんて不可能だ。海も然り。知らない船が許可なく、我が領域に足を踏み入れることは絶対にできない」
自信満々に言うレピュテイシャンに、宰相は目を丸くする。
どこからそんな自信が出てくるのだろうかと。
メアリールはこっそり、レピュテイシャンの耳元に話しかける。
『それは貴方達が魔族だから?』
『まあな。魔の森は魔物の宝庫だ。普通の人間が数匹倒したところで、どうにもならん。もしも運よく全滅させられたとしても、魔王が魔界から魔物を連れて来る。永遠にいなくなることはない。海も同じ。海に住む魔物が許可のない船を見たら、あっという間に転覆させられる』
メアリールは目を丸くする。
そんなに魔物がそばにいるなんて、思いもよらなかった。
それはもう日常の一つになっているのだろう。
だがメアリールは、それを怖いとは思わなかった。
どんなに魔物がそばにいようと、万が一他国が攻めてこようと、絶対にレピュが守ってくれる。
レピュテイシャンに絶対の信頼を寄せるメアリーにとって最早、怖いものなど何もないと思わせるのだった。
そんな二人を横目にパズは、宰相にも納得できるように補足した。
「我が国ではご存知のように、色々な魔道具を開発しています。その一つに不審者の侵入を察知する物があります。それは国の至る所に配備されていて、簡単には解除できぬものであります。それ以外にも一歩足を踏み入れれば、雷に打たれたような状態を起こす装置が施されたり、縄が巻き付き拘束する道具もあります。国中の者と会話できる魔道具もありますし、姿を映し出す物もあります」
宰相とメアリールは、呆然とパズの説明を聞いていた。
なんだ、それは? 一体どういう仕組みなのだ?
二人の理解の範疇を簡単に超えた説明に、どうしていいのか分からなくなってしまう。
「防犯は完璧ですし、何より我が国には一人で魔物を倒せる精鋭が、千を超えているのです。ある意味来るなら来いと、楽しみにする連中もいるでしょうね」
あ、ブリック国を狙う国は終わったなと、理解できた。
宰相は目を閉じて思う。
そんな国に喧嘩を吹っかけたなら、その国は反対に滅亡するだろう。
いくらなんでも地形が変わる。なんてことにはならない、よなぁ?




