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急遽のお茶会

 メアリールが誘った少年は、素直に頷き馬車に乗ると先に乗っていたメアリールの膝の上に、さも当然のような顔で座り込んだ。

 驚くメアリールと侍女の「なんて失礼な」と怒鳴る声に、不思議な顔をする少年。

 服装からすると、貴族か裕福な商人の子供であることは間違いないだろう。

 甘えん坊なのかな? とメアリールは侍女を落ち着かせ、そのまま御者に出発するよう声をかける。


 ゆっくりと進みだす馬車に「おお、動いた」と少し興奮している少年は、メアリールの膝の上で楽しそうに鼻歌を歌っている。

 メアリールは少年の肩に手を置き、自分に意識を戻すよう声をかけた。

「貴方は誰? どこの家の子かしら?」

「お前こそ誰だ?」

「お前って、誰に向かって言っているんです? メアリール様は……」

 少年の不躾な言葉に、主を軽んじられたと憤る侍女を落ち着かせ、メアリールは自己紹介をする。

「まぁまぁ、カチア。私はメアリール・コルアン、公爵家の娘よ」

 この時点でメアリールは、己の感情を不思議に思っていた。

 どうしてだろう? この子がどんな態度をとっても、怒る気にならないわ。

 あまりにも綺麗過ぎるからかしら? 

 心の中で首を傾げるメアリールを、チラリと見た少年は、軽く溜息を吐く。

「名前だけでいいだろう。わざわざ爵位まで言わないといけないのか?」

「……そうね。自分を名乗るのに、お父様の爵位は必要なかったわね」

 少年の言葉にハッとするメアリール。

 確かに自己紹介する時、自分はいつの間にか爵位や立場を口にするようになった。

 それが貴族社会における常識といわれるかもしれないが、自分はそれを不服に感じていたのではなかっただろうか?

 それに名乗れば、ある程度の貴族ならば爵位は分かる。

 聞き覚えのない家名ならば、平民か他国の人間と考えられる。少年の言う通り、わざわざ爵位を言う必要はない。


 そんなメアリールの様子に気が付いたかどうかは分からないが、少年は「まあ、いい」と、窓の外を眺めながら自分の名前を口にした。

「レピュテイシャン・アスモ・ブリック。レピュと呼べ」

 聞いたことのない雰囲気の名前だと思った。

 念の為、国内貴族の名前を思い浮かべるが、ブリックという家名は見たことがない。

 平民には思えないし、他国の貴族の子供なのかしらと考えながらも、とりあえず少年を愛称で呼ぶことに同意する。

「レピュね。分かったわ。私はメアリールでもメアリーでも……」

「俺はメルと呼ぶ。ところでお前の屋敷はあそこか?」

 そう言って少年の指さす先には、コルアン公爵邸が見えていた。


 広大な敷地内に、ドンと構える巨大な屋敷。その奥には小さな建物が見える。

 門を抜け、屋敷を過ぎると迷うことなく、そちらに向かう馬車。

「俺がいるからこちらに。という訳ではないのだろう」

「ええ。私が普段住んでいるのは、こちらの別棟よ。大きな場所は苦手なの」

「俺もだ。住居に必要以上のでかさは必要ないと思う」

 ニヤリと笑う少年の顔に、何故かゾクッと背筋が騒めく。

 この子は……かなりの高位貴族の者かもしれない。



「う、っま~~~~~い!」

 別棟に着くと、少年は当たり前のように二階にあるメアリールの部屋まで着いてきた。

 慌てて執事と侍女が引き離し、応接室へと追いやる。

 メアリールが着替えを済ませ応接室へ着く頃には、お菓子の皿が山のように盛り上げられていた。


「申し訳ありません、メアリール様。お皿を片付けさせてほしいとお頼みしたのですが、メアリール様にお見せするのだと仰って、このようなお目汚しを……」

「メル、見ろ。この皿の数。お前が部屋に引きこもっている間に、俺はこの量を食べてしまったぞ」

 頬にクリームをつけて、嬉しそうに報告する姿を見ていると、どうしても怒る気にはなれない。

 メルと初めての愛称にも、嫌悪感は一切ない。

 メアリールは思わすクスッと笑うと、執事に「大変だったでしょう。ごめんなさいね」と労いの言葉をかけて、少年の前のソファへと座る。

「……何故、そんなに離れた所に座るのだ?」

「これが初対面では適度な距離よ。馬車では特別サービスだったの」

「……そうなのか。では俺は得をしたということか。よし、ならば次に会った時は、俺が特別サービスしてやろう」

 にっかり笑う少年の顔を見ていると、メアリールは自分が一緒になって笑っていることに気が付く。

 なんだろう? これが、微笑ましいという感情かな?


「私のアップルパイは、残してくれている?」

「もちろんだ。そのワゴンに確保している」

「失礼いたします、メアリール様」

 そう言って、先程は皿を片付けられない状況に困惑していた執事が、大事そうにアップルパイのお皿を抱えて持ってきた。

 隣でメアリールのお茶を用意する侍女に向かって少年は「もう皿を片付けてもいいぞ」と言う。

 三人の侍女が、いそいそと片付けに入る。

 少年はメアリールに食べた皿を見せたことで、満足したようだ。


「料理長は、まだお菓子の用意をしてくれているの?」

 執事にたずねると「はい。次から次へと用意しているうちに、楽しくなったようですね」と返した。

 どうやら少年の食欲と美味いという言葉を耳にして、嬉しくなったのだろう。

「まだ食べられそう?」

「これは美味いからな。まだまだいけるぞ」

 メアリールは少年のご機嫌な態度を見ながら、改めて話をするべく姿勢を正した。


「それで、レピュはどうしてあんな道端に倒れていたの?」

「腹が減った。それだけのことだ」

「……お供の人はいないの?」

「飯を探しに行った。戻るまで力を使わないように寝ていた」

「……道の真ん中で寝ていたら危ないわ。端に寄ろうとは思わなかったの?」

「端に寄るのも力を使う。面倒くさい」

「……怪我したらどうするつもりだったの?」

「俺は怪我などしない」

「………………」


 うん、ちょっと面倒くさくなってきた。

 まぁ、終わったことをやいやい言っても仕方ないし、なんかレピュなら本当にどうにかしていたかもしれないしね。


 フウっと溜息を吐きお茶を一口飲むと、ジッと見ている執事と目が合ってしまった。

 そういえば少年を紹介した時、執事には「勝手に連れて来られたのですか? こんな子供を?」とものすごく驚かれてしまった。

 私室に向かう途中も「メアリール様らしくない。どうしてそんな非常識な行動をとられたのか……」とブツブツ言っていた。

 その所為で、メアリールの部屋に一緒に入ろうとする少年の対応に遅れたのだ。

 多分彼の目は、無事に少年をお供と引き合わせうるよう話をしろと言っているのだろう。

 確かに、周囲の確認もしないで少年を連れて来たメアリールにも非はある。けれど、そのお供もこんな可愛い子供を置き去りにして、食べ物を調達しに行くのはどうかと思う。

 背負っていくなり、誰かに調達しにいくよう頼むなりすればいいではないか。

 機転の利かなさも警戒心のなさも、お供としてどうなのだろう?

 少しお灸を据えたい気持ちにもなるが、流石に大事にはしたくない。

 メアリールは、フィナンシェを頬張っている少年の方を向く。


「元の場所に人を送ろうと思うの。レピュのお供の人が戻ったら、こちらに迎えに来てもらうようことづけるけど、それでいい?」

「パズに? 必要ないぞ。メルのお蔭で力は戻ったからな。一人で帰る。パズにもそう伝えた」

「え? まさか貴方、魔道具を持っているの?」

「ああ。別にそんな物に頼らなくても問題はないが、あるにはあるぞ」

 メアリールをはじめとした応接間にいる執事や侍女は、その言葉に驚きを隠せなかった。

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