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第一王子と第二王子

 やった、やった、やった! やっと手にした。

 弟とメアリール嬢の婚約解消の書類だ。

 いつか機会がないかと、常に肌身離さず持っていたこの書類。

 私とポリアンナの為に使うつもりだったが、まさかオリバーがサインするとは思ってもいなかった。

 あいつはああ見えて、矜持だけは高いからな。

 メアリール嬢よりもあいつにサインさせるのが面倒だと思っていたのだ。

 後はメアリール嬢に弟が真実の愛に目覚めてしまったと嘘を吐けば、彼女は簡単にサインしてくれるだろう。

 彼女にはオリバーへの気持ちなど、全くないのだから。


 完成した書類を持って父上に直訴すれば、両者が合意の上の書類に流石の父上も文句は言えないだろう。

 それに父上は、メアリール嬢さえ手に入れば相手は誰でも構わないのだ。

 すぐに私との婚約を成立させればいい。

 その為にまずは、ポリアンナを騙して婚約解消のサインをさせなければならない。

 書類さえあれば、ポリアンナの伯爵家などどうとでもなる。

 それこそオリバーにも説明したように、慰謝料を多めに払えば文句はないだろう。


 メアリール嬢の優しい笑顔が、目に浮かぶ。

 ――長かった。

 彼女に初めて会った時から、随分と時間が経った気がする。

 それほど私は、メアリール嬢を求めていたのだと改めて気が付かされる。



 オーランが感動に身を震わせていると、前から第一王子のオセアンがやって来た。

 彼にも思うところはあるオーランだが、今は平静を保ちつつニッコリと笑う。

「兄上、こんな所で如何なされました?」

「ああ、オーランか。いや、オリバーの様子を見に来たのだが、あの子はどんな具合だろうか?」

 オセアンは片手を上げて挨拶すると、心配そうに眉を八の字にする。

 オーランはわざとしかつめらしい顔を作って、対応した。

「思わしくはありませんね。体、というより心が弱っているようです」

「そうか……。やはりあの子では、メアリール嬢の婚約者という立場は無理だったようだな。私の我儘であの子にも迷惑をかけた」

 ……ん?

 いきなりオセアンの口からメアリールの名前が出てきたことに、首を傾げるオーラン。

「オセアン兄上。メアリール嬢の責任って、我儘ってどうしいうことですか?」

「ああ、君にももう少しで迷惑をかけるところだったんだ。ちゃんと話さないと失礼だよね。実はメアリール嬢は、元々は私の婚約者候補だったんだ」

 ――知っている。

 だが、オセアン兄上のというよりは、息子の誰でもいいから縁を結んで欲しいというのが父上の要望だったはず。

 仲の良い宰相が、王族に娘をやりたくない発言をしたから意地になって三人のうちの誰かに嫁がせようとしたんだ。

 まぁ、元から、メアリール嬢は優秀だったから、素直に欲しかったというのも理由ではあったようだけれど……それと、兄上の我儘とは一体なんだ?

 オーランは黙って、オセアンの話しの続きを聞くことにした。


「初めて顔合わせをした時、メアリール嬢はまだ十歳の幼い少女だった。二十三歳の私からしたら到底、縁を結べる相手ではなかったんだよ」

 もちろんだ。そこでメアリール嬢と婚約したら、私は兄上のロリコン説を声高らかに訴えていた。

「けれど、彼女は大人びた口調で対応してきて、私は少し悔しくなってしまってね」

 ん?

「大人げないと分かっていて、王族専用の庭園に誘い、素直について来ない彼女に子供だと言ってしまったんだ」

 は?

「すると彼女は、私に謝罪して素直について来てくれた。その姿は可愛かったんだけれど、このまま絆されたらちょっと、私の性癖に問題が生じてしまうだろう。だから早急に彼女との婚約を断ったんだ」

 おい。

「今考えると、彼女は私に気に入られようと精一杯大人の振りをしていたのだろうね。私の態度は彼女を深く傷つけてしまった。それでも彼女は私のことが忘れられなくて、それからも努力を怠らず、今では立派な淑女の鑑とよばれるような存在になった」

 おい、おい。

「彼女がオリバーと婚約して、私はこれで彼女の努力が実を結ぶと思った。けれど、オリバーの方が子供過ぎて彼女との差は開くばかり。今度はオリバーに負担をかける状態となってしまった」

 ちょっと待て。

「このままではいけないと考えていた矢先に、異国の王子がやって来た。今は彼の機嫌を取る為に、彼女を生贄として差し出している状態だ。また彼女を傷付けている。私は彼女に対して、責任を取りたいと思っているのだ」

 ……何が言いたい?

「私はメアリール嬢とオリバーを自由にする為に、二人の婚約を破棄してもらうよう父上に願い出ようかと思う。その上で彼女を私の側室に……」

「ふざけるな!」


 殴らなかったことを、褒めてもらいたい。

 ふぅふぅと、怒りで呼吸が荒い私に、兄上は驚いた顔をする。

 どの口がそれを言う?

 彼女を側室にだと?

 馬鹿も休み休み言え!


 オーランは震える体を抱きしめて、冷静に話しをしようと深呼吸する。

 目の前にいる第一王子は第三王子ほどではないが、やはりいずれ王を継ぐ者として周囲から愛されて育った。

 皆が自分を好きでいて、当然だと思っているのだ。

 メアリール嬢が優秀なのも、自分を慕うが上の努力の賜物だと本気で思っている。

 だからこそ出た、側室発言。

 自分の寵愛をメアリール嬢に与えれば、彼女はもちろんのこと、オリバーも喜ぶと信じて疑わない。

 時期三十歳になろうとする男の妄想に、オーランは吐き気がする。


「……失礼、兄上。ですが、それはあまりにも浅はかな考えではありませんか?」

 オーランの不躾な言葉に、オセアンはサッと頬を朱に染める。

「それはどういう意味だ、オーラン?」

「メアリール嬢が優秀なのは、別に兄上の寵愛を得たいからではありません。それに側室など持てば、それが誰であれアンリ様は傷付かれるでしょうし、何よりメアリール嬢の父上である宰相が、側室などという立場を彼女に許すはずがありません。愚策です、兄上」

 オーランがキッパリ言ってやると、まさか反対されるとは思っていなかったのか、オセアンは目に見えて動揺する。


 兄上は馬鹿ではないのだが、少しご自分を過剰評価されている節がある。

 そこを上手く操ってやろうと思っていたのだが、こうなると愚か者にしか見えないな。


 オーランは背筋を伸ばし「ですが、兄上の仰ることも最もです」とオセアンの意見を、今度は肯定する。

「先程、兄上が仰ったようにどうやらオリバーには、メアリール嬢の婚約者という立場は無理だったようです。異国の王子の世話を、メアリール嬢一人に押し付けている状況に責任を感じているようでもありました。ですので、私はオリバーにメアリール嬢との婚約を解消するよう申しました」

 オセアンはオーランの話しを聞いて「では……」と勢いよく前にのめり出た。

 そのオセアンの顔の前に手を翳して、オーランはニッコリと微笑む。

「いえ、先程も申しました通り、オセアン兄上では障害があります。ですから、私がメアリール嬢と婚約いたします」

「は?」

 オセアンがポカンと口を開ける。

 何を言われたのか、咄嗟に分からないと言う顔だ。

「……お前には、ポリアンナ嬢という、理想の婚約者がいるだろう?」

「誰が理想ですか? たまたまそばにいただけの女性ですよ。あの時は会ったこともないメアリール嬢に振り回されるのが嫌で、つい彼女と婚約しただけにすぎません。それに私と彼女はまだ婚約者という立場だけ。既に結婚し、子もいる兄上とは状況が違いますし、私なら彼女を王子妃として迎え入れられます」

 そう言われて、オセアンは黙ってしまった。

 確かにオーランならば、彼女をちゃんとした立場で迎え入れられる。だが、とオセアンは顔を上げる。

「彼女が好きなのは私だ。私の為に頑張っていたのに、それを見て見ぬふりはできない。彼女の努力を認める為にも、私が彼女を受け入れるべきだと、私は思う」

 真面目な顔で力説するオセアンに、オーランはつい胡乱な目を向けてしまう。

 妄想もここまでいくと哀れだな。


「どうしてそのように思うのですか? 彼女が兄上を好きだとでも言ったのですか?」

「目を見れば分かる。彼女はいつも何か言いたげな表情で私を見ている」

 オセアンの必死な態度に、オーランはつい黙ってしまった。

 ……確かに私も、彼女が兄上を見ていたのを目にしたことがあり、その時は勘違いしてしまったが、後になって考えてみたらあの視線は、熱い視線、というようなものではなかった。

 どちらかというと呆れたような感じだったが、それを説明するのは難しい。

 オーランは考える。どういえば兄上は諦めるだろうかと。


「兄上の仰ることは理解しました。ですが兄上、アンリ様を蔑ろにしてはアンリ様の祖国が黙っていませんよ」

 妻の名を口に出すと、兄上はサッと顔をこわばらせた。

 アンリ様の国とは友好国で、いくつもの条約を交わしている。近々、新たな話し合いをする為に兄上自身が訪問する予定となっている。

「アンリ様との仲も良好で、子も可愛いのでしょう? わざわざ波風を立てる必要はないと思うのですが」

「それでは、メアリール嬢に対して私はあまりにも非情ではないか……」

 いや、元から兄上のことなど彼女の眼中にもないと思うのですが、とは流石のオーランも言えない。

 オーランはニッコリと笑って「ですから私がいるのです」と自分の胸に手を当てる。

 オセアンはどういう意味だ? というように首を傾げる。

「私は第二王子として生きている身。元より長兄のスペアとしての存在なのです。ですからメアリール嬢のことは私にお任せください。兄上の分まで彼女を幸せにいたします」

 そう言うとオセアンは、顔をこわばらせた。

「違う。お前は私のスペアなどではない。お前はお前だ。そのように考えてはいけない」

 ガシッと両腕を掴まれたオーランは、驚いて兄の顔を見つめる。

 こういう言い回しなら諦めるかと思って言ってみたのだが、思いのほかオセアンは真剣に受け取ってしまったようだ。

 オーランはムズ痒くなる体を叱咤して、オセアンの腕をやんわりと解く。

「申し訳ありません。失言でした。ですが今のは、貴族なら当然の考え方なのですよ。まして王族ともなれば尚更のこと。兄上は王太子として、アンリ様とこの国をまとめていってください。私はメアリール嬢と共にそんな兄上をお支えしたいと思います」

「オーラン、お前……。いや、ありがとう。お前の気持ちを、嬉しく思う」


 はい、落ちた!


 オーランは神妙な顔つきのオセアンと共に、頷きあう。

 これで兄弟は味方につけた。

 後は父上を口説き落とせば、私の勝ちだ。

 オーランは笑いが込み上げるのを、必死で我慢した。

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