成り行きと思惑
「お前は何をやっているんだ、オリバー? いい歳をして部屋に籠って学園に行かないなんて……。そんなにレピュテイシャン殿下に、メアリール嬢を取られて腹が立つのか? ならばそんな拗ねるような態度ではなく、正々堂々と真正面からぶつかればいいではないか?」
第二王子が今いるのは、第三王子の寝室。
寝台のシーツにくるまって顔を出さない甘ったれの弟に、苦言を呈しているのだ。
「メアリール嬢はお前の婚約者なのだから、そこをハッキリと言ってやればいい。王族の婚約者に手を出して、国同士の問題にする気かってな。引き離した後は、お前がちゃんと公務として相手をすれば、問題ないだろう」
オーランはメアリールとは関係がない。ただの婚約者の兄なのだ。
だからなんの権利もない自分では、どんなにレピュテイシャンを邪魔に思おうが、何も言うことはできない。
だが、弟は違う。
どんなに不仲であろうと、正式に認められている婚約者なのだ。
唯一レピュテイシャンに文句を言えるのが、弟の立場だ。
羨ましいと、本気で思う。
それと同時に全く動きもしない弟を、歯がゆくも思う。
お前だってメアリール嬢に近付く彼を、腹立たしく思っているはずだ。
それなのにこんな所に引きこもって、彼らを二人きりにして、お前は何を考えているのだと怒鳴りつけたくなる。
だがオリバーは、なんの反応も返さない。
オーランは溜息を吐くと、もう一度オリバーに言葉を掛けようと口を開く。
「お前もいい加減、大人に……」
「兄上は、あいつの本性を知らないからそんなことが言えるんだ」
ガバッと勢いよくシーツを払いのけ、起き上がったオリバーの顔は真っ青だった。
「オリバー、お前なんて顔色をしているんだ? 本当にどこか具合が悪いのか?」
医師を呼ぼうとするオーランに、オリバーは必死でしがみつきながら首を振る。
「あいつの顔を……本当の顔を見たことがあるか、兄上? あいつは化け物だぞ。美しい顔をした化け物だ!」
「……美しい、のか? それならいつもの顔じゃないのか?」
オリバーの言っている意味が分からなくて、首を傾げるオーラン。
化け物と言うなら醜い顔を隠しているというのが、本当ではないのだろうか?
美しいのなら、それはいつもと変わらない。
「顔は、その、正直、そんなに変わっていないと思う。けれど、凄味があって、雰囲気がこう、ドス黒くて……」
「美人は怒ると迫力があるというからな。そういう類だろう」
確かに謁見の間で彼が怒っている時の雰囲気は、父王でさえ、畏怖したほどの凄味があった。
オリバーはそのことを言っているのだろうが、それは今更ではないのか?
ますます首を傾げるオーランに、オリバーは焦れたように「とにかく」と話しを進める。
「俺は、あいつから手を引く。世話はメアリールにさせとけばいい。メアリールなら、あいつは何もしないさ。なんていったって、お気に入りだからな」
そう言い切った弟に、今度はオーランが語気を荒げる。
「お前は、それでも男か? 自分の婚約者が、メアリール嬢が危険にさらされているというにのに、放っておくと言うのか?」
「どうせメアリールは俺のことなんか、婚約者とも思っていないさ。そんなに心配なら兄上が助ければいいだろう。メアリールに気持ちがあるのは、兄上の方なんだから」
そう言われて、オーランはハッとしたように身を引いた。
バレていたのか? この甘ったれた弟に? では、周囲にもバレている? そんなに私の態度は露骨だったのだろうか?
顔色を悪くするオーランに、流石にバツの悪そうな顔をするオリバー。
「……多分、皆には気付かれていないと、思う。俺は、その、メアリールをいいな。とは想っていたから、同じように想う兄上に、気が付いただけだ」
周囲には気付かれていないだろうと慰めるオリバーに、オーランはありがたく思うより、腹が立った。
お前と一緒にするな。私のメアリール嬢に対する気持ちは、お前の憧れとは違う。
本当に、本当に、好きなんだ!
そう叫びそうになったが、ここでオリバーと敵対しても仕方がない。
オーランは怒りに震え始めた体を落ち着けると、フウっと息を吐きオリバーに「それで?」と話しの先を促した。
「それでって?」
「お前はこのまま何もしないで傍観し、私がレピュテイシャン殿下と真正面から言いあう。なんの権利もない私は国の大事な要人に暴言を吐いたと、この国の体裁を守る為、一人破滅する訳だ。そして残ったお前は、無事に救出されたメアリール嬢と結婚する。とそういうことか?」
淡々と言うオーランの言葉が信じられなくて、オリバーは反論しようと言葉をあげた。
「なっ、そんなことは考えて……」
「そうなるだろう。私は彼女に対して、なんの権利もないのだから」
オリバーの言葉を遮って、オーランは当然のことのように言う。
オリバーは目の前の兄を見つめる。
そう、いうことなのか? そうなるのか?
俺が傍観するということは、メアリールを見捨てることで、兄上を一人破滅の道に追いやることになるのか?
オリバーはぐるぐると回る頭を押さえつける。
分からない。何が正しくて、何をすればいいのか?
オーランは、オリバーの頭をそっと撫でる。
「……兄上?」
「元々が間違っていたんだ。父上にお願いして元に戻そう。メアリール嬢を元の私の婚約者に」
「……そうだね。メアリールは元々、兄上の、婚約者だったんだ。兄上のものだったんだ……あ、でも兄上。今の婚約者の、ポリアンナ嬢は、どうするんだ?」
「婚約を破棄すればいいだけのことだ。慰謝料を多めに渡せば問題ない。オリバーもそれでいいね?」
オリバーは、コクリと頷いた。
小さい頃からそうだった。
この頭の切れる優しい兄の言う通りにしていれば、何の問題もない。
メアリールが婚約者でなくなるのは少し残念だが、元々が高嶺の花だったんだ。
どんなに頑張っても彼女は振り向いてくれないのなら、兄上に渡した方がいいに決まっている。
メアリールは兄上のものと決まっていたんだし、このままどこにあるのかも分からない国に攫われるよりは、その方がずっといい。
オリバーは頭の中で、化け物のような美しくも恐ろしい異国の王子と、天使のような優しい微笑の兄の顔とを思い浮かべる。
メアリールにとっても、これが一番いい方法なのだと。
彼女の幸せを、自分が守るのだとそんな風に考えてオリバーは、オーランが目の前に出してきた婚約解消の書類にサインをするのだった。