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勝手な大人

 メアリールが十歳の頃、この国の王様に突然呼び出された。


「デビュタント前に、一度会わせてほしいと頼まれたんだ。優秀だという噂をどこからか聞いたんだろうね。陛下はいつも突然だから、困ってしまう」

 宰相である父親には断ることはできなかったようで、メアリールは渋々城に向かった。


「おお、君がレートンの娘か。想像以上に美人だ」

 そう言って、この国の王様はメアリールに近付き、無断で抱きしめようとした。

 危機を察したメアリールは、サッとカーテシーをとり、王に対しての最高位の挨拶をする。

「メアリール・コルアンにございます。拝謁を賜り光栄に存じます」

「ふむ、逃げ方も上手い。流石、才女だ」

「当たり前です。私でさえ滅多に抱きしめることなどできないのに、どうして初対面の貴方が抱きしめようとするのですか?」

 宰相は国王を窘めると、娘を背中に隠した。

 幼馴染というだけのことはあり、気やすい雰囲気の二人を見てメアリールは、単に友人の娘が見たかっただけなのね。警戒することもなかったかと安堵する。

 暫く三人で雑談しながら、お茶をした。

 主に国王がメアリールに質問する状態となったが、ニコニコと上機嫌な二人を見ていると嫌な気はしなかった。

「陛下、そろそろ執務に戻りませんと……」

 そっと懐中時計を取り出した宰相は、時間を見て国王を促した。

「ふむ、そうか」

 頷く国王を見て自分の役目は終わったと、メアリールは父親に目配せされ、退室の許可をとろうとした。


 その時、誰かが執務室を訪れた。

 国王は立ち上がり扉付近で話しをすると、その者を中に招き入れて、メアリールに紹介した。

「ちょうど良かった。メアリール嬢、今から私の息子に相手をさせよう。今日は早めに宰相を返してあげるから、一緒に帰るといい」

 現れたのは、第一王子のオセアン・ルード・チェルリア。明るい金髪で青灰の瞳の美しい王子だった。

 メアリールはキョトンとする。

 何故、私が第一王子と時間を潰さないといけないのだろう?

 いくら美しい王子様だといっても、十歳のメアリールにとったら二十三歳の第一王子は遠い存在の自国の王子。ということだけだ。

 そこに何かが芽生えるはずもない。

「陛下、また無茶なことを……」

 父親が隣で国王に詰め寄っているが、国王はヘラヘラしている。

 軽く挨拶を済ませると、第一王子は宰相に声をかけた。

「宰相、私達は庭園にいる。終わったら迎えに来るといい」

 そう言って、今度はメアリールに視線を向けた。

「おいで。庭園を案内してあげよう」

 メアリールは内心で溜息を吐くが、ここは従っておくしかないと諦めて、第一王子の後に続くことにした。

 すると国王がそばに来て、メアリールの耳元に囁いた。

『未来の夫と楽しんでおいで』

 メアリールには王様の頭頂部に王冠ではなく、お花が一本フラフラと揺れているように見えた。



 しっかりと手入れの行き届いた庭園には、数人の貴族が優雅に散歩を楽しんでいる。

 色々な花に囲まれた庭は大層品よく、心地よい風に運ばれてくる花の甘い匂いに、これだけでも城に来て良かったなと思わせた。


 その内、何故か奥へと入り込んでいく第一王子。

 メアリールは足を止めた。

 そんなメアリールに気が付いた第一王子は「どうしたの?」と聞いてくる。

「……この奥は、もしかして王族専用の庭ではございませんか? 私などが一緒に訪れる訳にはまいりません」

 メアリールが前方にある、バラに囲まれたアーチを見た。

 護衛騎士が二人、アーチの横脇に立っている。

「ああ、気にしないで。陛下がここを案内するように仰ったんだ。奥に温室もあるから、そこで花を見ながらお茶をしよう」

「……いえ。いくら陛下の許可をいただきましても、私のような子供には、勿体のうございます。それにお茶は先程いただきましたので」

 第一王子は王様の命令だからと手を伸ばすが、メアリールは首を横に振り断った。

「そんな大層な場所ではないよ。ではお茶はしなくていいから、中を案内だけしよう。珍しい薬草なんかもあるからね」

「それは大変興味深いものではありますが、これ以上、オセアン様の手を煩わせる訳にはまいりません。私はこの辺りにいますので、どうぞオセアン様も執務にお戻りになってください」

「……大人びた口を利くけれど、やはり分かっていないようだね」

 断り続けていると、不意に第一王子が呆れた表情になった。


 フウっと肩をすくめると、第一王子は「いいかい? あのね……」と人差し指を立てて、子供に言い聞かすように話し始めた。

「陛下が、この時間を段取りされたんだ。君に断る権利はないよ。私だってそうだ。君に会ってこの庭園を案内して、話をして来いと。お互いに気に入れば婚約を、なんて仰ってはいたが、私達は歳が離れすぎている。君も、もちろん私もそんな気はない。ならばお茶くらいは付き合わないと、陛下の顔を潰すことになるだろう。それが貴族の義務ではないのか?」

 メアリールは城に来てからずっと、公爵令嬢として笑顔を絶やさなかった。

 陛下に抱きつかれそうになった時も、第一王子が現れた時も、内心の葛藤を隠して微笑み続けた。

 だがしかし、ここにきて、その仮面が剝がれそうになる。

 私は何も聞かされずに、城へ連れて来られた。

 陛下の顔を立てて、お茶に付き合ったし第一王子と庭園へも散歩に来た。これ以上、まだ付き合えというのか?

 しかも、王族専用の庭園になど足を踏み入れたら最後、貴族間でどんな噂を流されるか分かったもんじゃない。

 保身に走ってどこが悪い? 十歳の子供に、それ以上のものを求めてどうするのか?

 そんな風に考えていると、目の前の第一王子はメアリールのそんな様子を何と勘違いしたのか、溜息を吐いた。

「十歳の才女と聞いたが、子供は所詮、子供だな。我慢が全くできないようだ」


 ………………………………………………………………………………面倒くさい。


 メアリールは家庭教師の言う通り、小さい頃から必死で努力して勉強もマナーも完璧にした。

 不条理なことを言っているのは王族側のはずなのに、それでもメアリールの方が悪いと言われるのか?

 ああ、そう。

 ならば、それでいい。

 所詮、メアリールが素直について行っても、嫌だと暴れても、どうせ文句を言われてしまうのだ。

 そう思うと、反論するのも面倒くさくなる。


 メアリールがフフフと笑うと、第一王子は「何?」と不思議な表情で彼女を見た。

「申し訳ございません。殿下の仰る通り、子供の我儘でしたわ。どうぞ殿下のよしなに」

 子供の意見など聞かずに、好きにしろ。と言ってやると、第一王子は少し頬を赤く染めた。

「ああ、いや。分かってくれたのなら、いいんだ。どうやら君はとても素直な子のようだね」

 ニッコリ笑う、美貌の王子。


 この日を境に、メアリールは何においても、特に王族関係においては面倒くさがりになってしまったのだった。

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