お菓子な出会い
チェルリア国の宰相を務める公爵の令嬢、第三王子の婚約者メアリール・コルアン十七歳。それが彼女を紹介する時に使われる言葉だ。
それだけで、彼女がどれほど高い地位にいるかが理解できる。
そして想像される人物像としては……。
隙のない毅然とした淑女。
傲慢な我儘令嬢。
どちらかである。
この二つを連想させるのに、メアリールの容姿も一つの原因となっていた。
燃えるような赤い髪に真っ黒な瞳。豊満な体つきにすらりと伸びた手足。
凛とした佇まいと、バラを連想させる美しい相貌は、先程の人物像を否応なしに想像させてしまう。
それが人々が見る、表面上のメアリール・コルアンである。
そして……。
「お腹すいた~。マドレーヌなかったかしら?」
「クッキーならありますよ。けれど屋敷に着いたら、料理長がアップルパイを焼いているはずです」
「うっ、どっちかってことよね。う~ん、運動するから両方っていうのはどうかしら?」
「見なかったことにいたしましょうか?」
「大好きよ、カチア」
これがメアリール・コルアンの中身である。
「今日は本当、酷い目にあった」
学園からの帰り道、馬車の中で大きく伸びをしながら呟くメアリールに、侍女のカチアは同情の眼差しを向ける。
「甘ちゃん王子関連ですか?」
「そうよ。陛下に騙されて婚約させられた、甘ちゃん王子をカッコイイと思っている節穴の目をお持ちの令嬢方の揉め事に、まんまと利用されたわ」
「それは……最早、通常業務のような気もしますが」
「そんなの通常業務にしたくない。というか、そもそもあんなのいらないのに、どうして私があれを大事にしていると思われているのかしら?」
「婚約者、という肩書ですかねぇ」
「いらない、いらない。陛下に熨斗付けて返すわよ」
「熨斗って、なんです?」
「さあ? 東の国の言葉らしいわ」
そんな会話を腹心の侍女とする公爵令嬢は、実のところ婚約者の第三王子とは仲が良くない。
出会いは、四年前のことである。
元々は第二王子の婚約者にと望まれていたメアリールだったが、第二王子との対面を果たす席でいつも体調を崩していた。
それというのも、陛下が宰相であるメアリールの父親と幼馴染で仲がよく、息子の嫁にと望んでいたからだ。
自国の宰相である公爵家の娘。美しく淑女然とした知的な娘。
陛下のメアリールに対しての評価は、まともに会話したこともないはずなのに月日を重ねるごとに上昇していった。
それを耳にしたメアリールは、勝手に想像で人を理想の女扱いしてんじゃないわよ。と陛下の思い通りにならないよう、画策した。
ようは第二王子から逃げ回ったのである。
その結果、第二王子はメアリールに会う前に、理想の女性に出会った。
第二王子との婚約が白紙に戻ったと油断していたメアリールは、父親に用事があると呼ばれ城にある宰相の執務室に出向き、そこに現れた陛下と第三王子と出会ってしまったのだ。
第二王子が駄目ならば、第三王子がいる。
陛下の思惑にまんまとハマったメアリールは、顔面を蒼白にさせ「やられた!」と叫んでしまった。
それが陛下と初めて会った第三王子へと、放った言葉である。
その言葉で、陛下と父親には自分が病弱でないことがバレてしまい、その後は体調が悪いとの嘘は全く通じなくなってしまった。
第三王子は第三王子で元は兄、第二王子の婚約者候補だと聞いていた少女だったのに、いつの間にか自分の婚約者の立場を得た宰相の娘に、厚かましいと嫌悪感を抱いた。
そんな二人が仲よくなるはずもなく、今に至る。
現実に何か大きな衝突をした訳ではないのだが、お互い用事だけ済ませると後は会話らしい会話もしない。
王子からプレゼントも渡さないが、陛下が王子の名を偽って渡したプレゼントも全て封も開けずに返している。
そんな冷え切った状態なのに、学園では婚約者として仲がよいと思われているのは心外だ。
第三王子の、偉そうにふんぞり返る姿を思い出す。
あれならば第二王子の方がまだマシだったなと考えたところで、馬車が大きく揺れた。
ガクンと急停車する馬車にメアリールと侍女は転げそうになるが、どうにか踏ん張ることができた。
外では「危ないだろう。引かれたいのか⁉」と御者の叫ぶ声が聞こえた。
侍女であるカチアが状況を知ろうと、御者に声をかける。
「申し訳ありません。子供が道端に寝ていたものですから」
「子供?」
メアリールは、馬車の窓から身を乗りだし覗いてみる。
よくは分からないが、黒い塊が馬の足元に見える。
バンッと勢いよく扉を開けると、その塊は顔を上げた。
なんて……綺麗な子……。
それが初めて少年を見た、メアリールの感想だった。
真っ黒な艶のある黒髪に黄金の瞳。夜会に出席するような正装で、黒いローブを羽織り、何故か頭には小さな角のような突起物が二つある。
年齢は……七歳くらいだろうか? 滑らかな白い肌が少年の幼さを伝える。
見惚れそうになったメアリールだったが、少年のぐぅ~っというお腹の音で我に返った。
「もしかして……お腹、すいている?」
「もしかしなくても、すいている」
メアリールがそう聞くと、少年は不貞腐れたように答えた。
「いけません、お嬢様」
「メアリール様、私が……」
御者と侍女に少年のそばに行くことを止められたが、メアリールは大丈夫だと首を振り、少年に近付いた。
「クッキーならあるけど、食べる?」
「なんだ、それは? ん、甘い匂いだな」
「甘いお菓子よ。どうぞ」
しゃがみ込み、袋に入ったクッキーをそのまま少年に手渡す。
少年はむくりと起き上がり、二・三枚手にすると一気に口に放り込んだ。
顔に似合わず豪快だなぁと見ていると、少年の表情はパア~っと輝きだす。
余程美味しかったのだろう。少年は夢中で袋の中のクッキーを食べ始めた。
ニコニコとその様子を見ていると、メアリールの視線に気が付いた少年は、んっとクッキーの袋を差し出してきた。
「お前のだろう。全部食う訳にはいかない」
「あら、律義ね。大丈夫よ。私は帰ればアップルパイがあるから」
「パイとは、なんだ? それも甘いのか?」
「ええ。食べに来る?」
「「お嬢様!」」