第二王子と異国の王子
馬鹿がやらかした!
弟は何度も癇癪を起し、とうとう部屋に閉じこもってしまったのだ。
私は頭を抱える。
そもそも歓迎の宴の席で、メアリール嬢に愛称呼びを強要する異国の王子と、それを寛容に受け入れたメアリール嬢に怒声を上げるという蛮行に走った弟が、問題だったのは認める。
だがその一瞬で、この王子は敵対すれば牙をむくということが分かってしまったのだ。
しかもその牙は、簡単に折れるものではなく分厚く、何本も隠し持っていることが理解できた。
父上は喉元に向けられた牙を、唯一のお気に入りであるメアリール嬢を差し出すことで事なきを得ようとしている。
冗談じゃない!
私は父上に苦言を申し入れた。
父親である宰相だってこんなことは許さないだろうと彼を見上げると、宰相は……笑っていた。
「ああ、失礼。確かに娘を贄として露骨に差し出されるのは気分がいいものではありませんが、まぁ、娘が楽しそうなので、それはそれでいいかなと」
はぁ?
この男は何を言っているのかと思うものの、確かにメアリール嬢は異国の王子を嫌ってはいない。それどころか、昔からの知り合いのように楽し気に接しているのだ。
皆、何を考えている?
私は一人、こめかみを揉む。
「大丈夫ですか、オーラン様? 医師を呼びますか?」
いつも無言で付き従っている護衛が、私のあまりの憔悴ぶりに見かねたのか声をかけてきた。
「いや、大丈夫だ」
そう言って振り返ると、廊下の先に美しい赤毛を見つけた。
メアリール嬢だと気が付いた私は、いそいそと彼女に近付く。
彼女は廊下の窓から外を眺めていた。
その雰囲気が気になった私は、少しだけ離れて窓の外を見てみる。
そこには、オセアン兄上が歩いていた。
憂い顔で見つめるメアリール嬢に、やはり以前兄上と何かあったのかと勘ぐってしまう。
だが今は、兄上より異国の王子だ。
私は足早に彼女へと近付くと、後ろから声をかけた。
少し驚いた表情を見せたメアリール嬢だったが、すぐに弟の見舞いだと話してくれた。
なんと律義な……、
彼女はすぐに癇癪を起す子供みたいな弟にも気配りができる、優れた女性だと改めて見直してしまう。
他の女性に目移りしたり怒鳴りつけたりする甘ったれた弟を、婚約者として優しく見守ってくれているのだ。
羨ましい、と素直に思ってしまう。
だがこの廊下は、弟の部屋とは全く逆の方向だ。
帰るにしてもホールとは、大分と離れた場所にある。
不思議に感じた私は、このしっかりした女性がまさか、迷子? と少しほんわかとした気持ちで送って行こうかとたずねる。
私の言葉に苦笑する彼女は、異国の王子に小用があると言った。
信じられないことに、自分から彼の部屋に行くつもりだったのだ。
彼女には自分が狙われているという危機感が、全くないのか?
私の表情から、感情が抜け落ちる。
そんな私に彼女は気にする風もなく、サッサと異国の王子の部屋へと行ってしまった。
ドス黒い感情が、私の中で渦巻く。
皆、美しく優しい彼女を欲する。
だが、彼女を守れるのは私だけだ。
それを彼女は分かっていない。
私は彼女を追いかける。
君を心から求めるのは私だけ。
そして、君を幸せにできるのも私だけなのだ。
レピュテイシャン殿下の許可を得て部屋に入ると、メアリール嬢の砕けた表情が目に入った。
驚愕したような表情に、彼女はこんな顔もするのかと嫉妬する気持ちを抑えて、仲間に入れてくれと入って行く。
その後、大量のチョコレートを机に置いて、頬張り始める異国の王子。
どうやら彼は、この国の菓子を大層気に入ったようで、メアリール嬢自らそれを届けに来たようだ。
そういえば後ろで控えていた侍女が、大量の袋を持っていたなと今更ながらに思い出す。
メアリール嬢を前にすると、周りを見ないのが私の欠点である。
穏やかな空気が流れる中、レピュテイシャン殿下の暴挙が突然始まった。
信じられないことに彼は、メアリール嬢に手ずからお菓子を食べさせようとしたのだ。
困惑するメアリール嬢と私。控えている彼女の侍女や護衛も驚いている。
ただ一人、レピュテイシャン殿下の側近だという男だけがすました顔のままだ。
メアリール嬢は彼の気分を害さないようにやんわりと、自分の手に乗せてくれと頼んだ。
すると彼は分かったというように頷くと、自分の懐から細かく刺繍が施されたハンカチをメアリール嬢の手の平に乗せると、その上にチョコレートを乗せたのだ。
その紳士的な態度に、たった今、婚約者でもない女性に馴れ馴れしくものを食べさせようとする蛮行を働いた男には見えず、私はその行動を呆然と見守るしかなかった。
メアリール嬢は慌ててチョコレートを口に含んだ。
高価そうなハンカチが汚れるのを、気にしたのだろう。
だがレピュテイシャン殿下はその行動を、チョコレートが気に入ったのだと勘違いして、次から次へと乗せていく。
メアリール嬢は小さな口をモゴモゴと動かすが、淑女の食がいいはずがない。
その内、苦しそうな表情をする彼女に、私は我慢ができなかった。
レピュテイシャン殿下に、これ以上続けるなら正式に抗議すると文句を言ってやると、何故かメアリール嬢が彼を庇った。
その理不尽な行動に、言い合いになってしまう私とメアリール嬢。
違う。私は君を助けたいだけなんだ。どうして分かってくれない?
自分の気持ちが伝わらないことに、イライラが募る。
そしてハッキリと分かってしまった。
私は優秀な君を求めているだけではないことを。
ただ単純に、そう、本当に単純に、君が好きなのだということを。