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王子達の嫉妬

 他国の王子を迎える打ち合わせのため、城に来てくれていたメアリール嬢を送りにオリバーと三人で廊下を歩いていた時、前からオセアン兄上が歩いてきた。

 オリバーが嬉しそうに兄上に駆け寄る姿を見ながら、私はメアリール嬢と二人で静かに兄上に近付く。

「やあ。三人お揃いということは、打ち合わせかな? 君には苦労をかける」

 兄上がメアリール嬢に、労いの言葉をかけた。

「いえ、私は何も……」

「そうだぞ、オセアン兄上。大変なのは俺とオーラン兄上だ。メアリールはあくまで俺の補助をするだけなのだから、苦労も何もない」

 甘ったれの三男坊は、この歳が十三も離れた兄上を父上以上に慕っている。

 そして兄上も、この甘ったれを上昇させるかのような扱いをするものだから、どうしようもない。

 頭を撫でながら、苦笑する兄上。

「オリバー、お前……」

「申し訳ありません。馬車を待たせておりますので、これで失礼させていただきます」

 それでも一応、注意をしようとしたのだが、先にメアリール嬢に挨拶されてしまった。

「あ、メアリール嬢」

 彼女の後を私がついて行こうとしたのだが、その前にグッと兄上がメアリール嬢の腕を掴んだ。

「え、何?」

 いきなりの出来事に、恐怖を隠せないメアリール嬢。とその行動に驚いた私とオリバー、とオセアン兄上。

 は? 兄上は自分の行動だというのに驚いているのか?

「あ、えっと……申し訳ない」

 慌てて彼女の腕を離すオセアン兄上。

「……いえ。あの、何か?」

 青ざめながらも、行動の真意をたずねようとメアリール嬢は警戒した様子で、オセアン兄上に視線を向けた。

「……君は、やはり、私の態度で、傷付いているのだろうか?」

「は?」

 は?

 思わず疑問を口に出すメアリール嬢と、心の中で出した私。

 オリバーは首を傾げている。

「あの、何を仰っているのか……? 私はオセアン様に対して、何も思うところなどございませんが……」

 どうにか言葉を出して、否定するメアリール嬢。

 だが兄上は、そんな彼女の言葉を無理していると捉えているようで、痛ましい表情をする。

「あの時は、私が悪かった。十歳の君にあんな言葉……大人げなかったと思う」

「ハァ……」

 最早、何を言っても無理だと思ったのか、メアリール嬢は無感情に応える。

「私は後悔している。君は今も昔も王族のために努力してくれているのに、私は君を無知な子供扱いしてしまった。君の心情など知ろうともせずに、一蹴してしまったのだ。……私は、今の君をとても素晴らしいと思う。美しい淑女だと」

「ハァ、ソウデスカ」

 必死な兄上に、興味のなさそうなメアリール嬢。

 なんだ、この兄上の熱量は?

 なんの話をしているのか?

 私とオリバーは、黙って首を傾げるしかない。


「君は真面目だから私達の役に立とうとしてくれるけど、異国の王子の相手など、嫌ならば断わってくれて構わない。かの国は我らの知らない未開の地だ。重鎮達は来るのが若造だと侮っているようだが、どのような人種かも分からないのが、本当のところだ。蛮族なら君のような可憐な令嬢が相手になど、できるはずもない」

 兄上は、そっとメアリール嬢の手を取った。

 それを見て、私の眉間に皺が寄る。

「私は陛下に学園での相手などオリバーだけで十分だと進言したのだが、聞き入れてはいただけなかった。だから君から、父上である宰相に相談して……」

「ご心配、ありがとうございます。ですが私は、嫌だなどと思ってはおりませんよ。異国のお話に興味があります」

 メアリール嬢はパッと兄上から手を離し、ニッコリと笑うと今回の役目は楽しみだと告げた。

「アンリ様の国へはいつ出発されるのですか? 向こうで大切なお話があると、父から聞き及んでおります。お忙しい中、お気遣いいただきまして感謝申し上げます」

 アンリ様と、兄上の正妃の名前を口にするメアリール嬢。

 確かに今回、私が異国の王子の滞在全ての権限を任されているのは、兄上が妻の国との変更された条約を、新たに交わしに行く予定があったからだ。

 わざわざ今それを口にするということは、メアリール嬢は兄上の心配は余計なことだと言いたいのだろうか?

 兄上は複雑な表情のまま、それでも心配していると口にする。

「……王子が来る頃は、まだこちらにいるよ。その一か月後くらいなので、私から見て彼が危ないと感じれば、すぐに君を引かせるよう再度進言するから」

「ハァ、ソウデスカ」

 またもやメアリール嬢は、興味がなさそうに応える。



 一体、兄上は何が言いたかったのだろうか?

 先程の会話では、兄上が昔メアリール嬢に失礼な態度をとったと捉えられる。

 その言動で彼女は傷付き、それをずっと引きずっているかのように聞こえたが、そんな会話ができたのは、父上に無理矢理引き合わされた中庭でのことだと考えられる。

 兄上は悪いことをしたと、それが心残りでメアリール嬢を心配しているのか?

 しかし、今の態度は……。

 どちらかというと、普通に男性として好きな女性を心配しているというように見えたが……。

 いや、考え過ぎだろう。

 兄上はとっくに結婚し、子供もいるのだ。それに十三も歳が離れていて、それを理由に兄上から断ったのだから。

 いくら知的な美少女に成長したからといって、今更彼女を欲しがる理由などないはずだ。ないはずなのだが……。



 準備万端で迎えた異国の王子は、蛮族などではなかった。

 国の豊かさを象徴した出で立ちに、洗練された所作。そして何より、今までにお目にかかったことがない程、美しい容姿をしていたのだ。

 誰もが見惚れてしまい、言葉が出なかった。

 向こうからすると、こちらの方が粗野な連中が多いと思われているかもしれない。

 そして、いつも微笑みを絶やさないメアリール嬢までもが、かの王子に見つめられ言葉を失っていた。

 彼女の動揺している姿を見て、心中穏やかではいられなかった。

 それは弟も同じだったようで、二人の間に入り、異国の王子を牽制していた。

 彼女は自分の婚約者だと。

 確かにそうだが、今まで彼女を蔑ろにしていたお前が今更嫉妬して、婚約者面するのかと少々ムカついた。

 だが、今は弟よりも目の前にいる異国の王子を牽制する方が大切だと、弟が背に庇ったメアリール嬢を更に後方へと下がらせ、彼にはあまり近付かない方がいいと忠告した。

 メアリール嬢には呆れた顔をされたが、これは仕方がないことだ。


 誰がこの状況を変えないかと陛下が座る壇上を見上げると、唖然とする父上と宰相、そして眉間に皺を寄せた兄上の顔が目に入った。

 なんて顔をしているんだ、兄上。

 私は眩暈がした。

 どいつもこいつも……メアリール嬢の価値を見出した男が、彼女を狙っている。だが、一番に彼女を必要としたのは私だ。

 結果的には私から手を引いてしまったが、彼女を追いかけたのだって私だけだ。

 私は再度、異国の王子に視線を向ける。

 余裕のあるその顔に、穏やかな表情を浮かべる彼が……もしかしたら一番の強敵になるかもしれない。

 私は唇を噛み締めながら、どうしたら彼女からこの王子を遠ざけさせられるか、思考を巡らせるのだった。

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