第二王子の告白
十五歳の時、私は父王に宰相の娘と会ってみる気はないかと聞かれた。
相手はまだ十歳だという。
私はそれを聞いて、あれ? と思った。
確か兄上が、先日お会いしたのではなかったか?
そのことを父上に伝えるとバツの悪そうな顔をして、歳が離れすぎだとオセアンには断られた。と正直に白状した。
「兄上に断られたから、次は私ですか?」
「そう言うな。彼女はとても優秀でな。宰相に似て頭が良く、容姿は母親似らしい。数年後には人目を引く美人になることは約束しよう」
「どうしてそこまで入れ込まれているのですか? 宰相に頼まれましたか?」
「いや、奴は猛反対した。可愛い娘に苦労はさせたくないとな」
「確かに王子妃になれば苦労はするでしょうが、猛反対っていうのは気に入りませんね」
「あいつは母親に似た美しい容姿を持ち、自分に似た生真面目な性格の娘を溺愛しているんだ。だから娘が望まない限りは、自分が協力することはないと言い切った」
「そこまで言われて……俄然やる気になってしまったのですね」
「ハハハ、嫌がられたらどうしたって手に入れたくなるのが、人ってものだろう」
「それは父上だけだと思います。それに巻き込まれる私はいい迷惑です。兄上も分かっていたから、年齢を口実に断ったのでしょうね」
「今すぐにとは言わん。彼女もまだ十歳だしな。彼女が十二歳頃には本格的に話をするつもりだ。お前が嫌ならオリバーでもいい」
父上との話しで、正直私はげんなりした。
兄上、断って正解です。
どんな少女であれ父上の思惑通りであれば、この先も何かとやかましく口を挟んでくるのは目に見えている。
兄上の妃ともなれば、将来の王妃だ。いつまでも父王や宰相に口を挟まれたのであれば、兄上も何かとやりにくいだろう。
私は大きな溜息を吐く。
「いいですよ。二年後に顔合わせをして、お互いに問題なければ婚約しましょう」
「いいのか? 気乗りしないのだろう?」
「私が断ったら、オリバーに話を持っていくのでしょう。話を聞いていれば頭の良い少女のようですし、オリバーでは合わないでしょう」
オリバーは一番下の王子ということで、何かと甘やかされて育っている。
同じ年の才女など、あのオリバーが認めて心を通わすなどできるはずがない。
生意気だと何度も癇癪を起こし、婚約破棄すると騒ぐのは目に見えている。
そうなるとお互いに傷付くだけだし、もしも本当に婚約破棄でもしたら、両家とも言い面汚しになる。
父上と宰相の間にも亀裂……は起こらないか。
この二人は妙に認め合っているところがあるからな。
まぁ、そちらの心配はないとしても、やはり王家と有力貴族の家とが揉めるのはよくない。
そう考えて父王の顔を見ると、ニタリと気持ちの悪い笑い方をされた。
ああ、確信犯だ。
オリバーを持ち出せば、私が頷くと読んでいたな。
私は頭痛を堪えるように、指でこめかみを押さえた。
二年の月日が経ち、私は宰相の娘と……会えずにいた。
いや、おかしいだろう⁉
彼女は十二歳なので夜遅くの夜会には出られないが、本格的に始まる少し前の時間なら子供も出席できる夜会がある。
そこで会う段取りを付けていたのだが、彼女は一向に姿を現さなかった。
まだ子供なので、夜会という場所に気後れしているのかと思い、茶会や王族主催の音楽会、町での偶然を演出したりもしたのだが、一向に会える気配がなかった。
最終手段だと直接、宰相の屋敷に出向きもした。が玉砕。
その場で宰相にたずねると、出かけているとのこと。
そんなに遊び歩いているのかと、嫌味の一つも言ってやると、今日はたまたまだが、いつもは寝台に横になっていると言われた。
少し前から病気がちになってしまったとのこと。
……バレバレな嘘を吐くなと、怒鳴りたくなる。
つい半目で宰相を見るが、ニッコリと笑顔を返された。
私だって何も好き好んで、宰相の娘と会いたいわけではない。
父王の命令だから仕方なく動いているというのに、なんだ、この嫌われようは?
――心が荒む。
そんな時、夜会で一人の少女と出会った。
彼女は伯爵令嬢だったが、気さくな明るい雰囲気でコロコロと笑う姿が印象的だった。
少し粗野な行動もあるが、私に向ける好意を隠さない姿は荒れた心にしみた。
そこで考えてしまった。
どうして私は、会ったこともないのに私を嫌っている五歳も年下の子供に、必死にならなくてはいけないのか?
婚約を結んだところで、子供のお守りをするようなものだ。
同年代の令嬢と交わすような会話は望めない。
それに何より、疲れた。
私は父王に、宰相の娘との婚約は諦めて欲しいとお願いした。
まず、会うことが叶わないのだから、どうしようもないではないかと。
だが、父王は明確な答えを求めた。
兄上は断るのに離れすぎる年齢を理由にした。私は……咄嗟に、頭に浮かんだ伯爵令嬢を口実にしてしまった。
気になる令嬢がいると。
気が付けばあっという間に、伯爵令嬢との婚約が成立してしまった。
呆然としながらも、子供と婚約するよりいいかと、無理矢理己を納得させた。が、婚約式を迎えたその日に早くも後悔することになるとは、自分でも思わなかった。
オリバーの婚約者として現れた五歳年下の少女は、十三歳とは思えないほど大人びていた。
真っ赤な髪に真っ黒な瞳は、無表情でいるとなんともいえない迫力を醸し出しているのだが、笑みを浮かべると途端に美しさが増す。いや、可愛さか。
私は凛とした美しい彼女を、可愛いと感じたのだ。
正直、数秒間は見惚れてしまっていただろう。
隣にいるオリバーが婚約の祝いを述べているのだろうが、子供がギャーギャー騒いでいるようにしか聞こえなくて、後ろで伏し目がちに控えている彼女と比べると、幼さが目立ってしまう。
不似合いだなぁと、二人に目をやりながら思ってしまう。
自分ならどうだろうかと。
伯爵令嬢の場所に彼女が立っていたならと……つい、そんなことを考えて思いっ切り頭を振る。
何を馬鹿なことを。
自分で彼女との縁を切ったくせに、今更彼女に思いを抱くなどありえない。
だが、もしもあの時会えていたらと思ってしまうのは、、仕方がないことだろう。