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奇妙な三角関係

「これは……すごい数のチョコレートだね。レピュテイシャン殿下は、それほどチョコレートを気に入られたのですか?」

「うん、美味いな。それにこんなに種類があるとは思わなかった」

「そうですね。私は甘い物が苦手なので、これほどの数のチョコレートを初めて見ました」

「そうなのか。それは勿体ないことだ。だが、これなどはさほど甘くないぞ。食してみるか?」

「そうですね。……いや、申し訳ありません。またの機会に」

「そうか。残念だ」

 パク、モグモグモグモグ、ごっくん。

 パク、モグモグモグモグ、ごっくん。

 パク、モグモグモグ……。

 レピュテイシャンのチョコレートを食べる咀嚼音だけが響く中、メアリールはそっと第二王子を盗み見る。


 机いっぱいにチョコレートを広げたレピュテイシャンが、一人用のソファに座り口いっぱいに頬張っている横で、オーランが二人用のソファで、ゆったりとお茶を飲んでいる。

 メアリールは、オーランの前の二人用のソファに腰を下ろしているが、内心とても落ち着かない。

 どうしてこの三人でのんびりと、お茶をしているのかしら?

 サッサと帰ってくれないと、レピュと話の続きができない。

 イライラしながらも顔には笑みをつくり、目が合ったオーランと「美味しいお茶ですね」なんて会話をしている。

 ああ、この時ばかりはあの第三王子の恋人の、お馬鹿令嬢が羨ましい。

 世間体など気にせずに、己の心のままに叫びたい。

 オーラン様、すぐに帰ってください。

 レピュ、先程の会話の真意はなんなの? 私を揶揄っているの? と。



「はい、あ~ん」

 気が付けば、チョコレートが目の前に差し出されていた。

「えっと……」

「なんか考え込んでいるみたいだが、あまり悩むな。とりあえずこのチョコを食べろ。中にクリームが入っていて美味いぞ」

 どうやらレピュがチョコレートを手にして、メアリールに食べさせようとしていたようだ。

「あ、ありがとうございます。では……」

 チョコレートを受け取って食べようと思ったメアリールは、手を差し出す。

 だがレピュはニコニコと笑ったまま、その手を離さない。そして先程よりも口元に近付ける。

「あの……」

「早くしないと、手の体温でチョコが溶けてしまう」

 メアリールは固まってしまった。

 えっと、それは私に、レピュの手から直接食べろと、そう、言っているの、かしら?


 その行動に気が付いた第二王子が、慌てて立ち上がる。

「レピュテイシャン殿下、流石にそれは淑女に対して失礼ではないですか? メアリール嬢は弟の婚約者ですよ」

「うん。それがどうした? オリバーも他の令嬢と仲良くしていたようだが?」

 レピュテイシャンが首を傾げながら、第三王子の学園での行動を話す。

 第二王子は揶揄われたと思い、顔をカッと朱に染め悔しそうに俯きながらも、言葉を返す。

「それは、あいつが馬鹿なだけで……。とにかく、メアリール嬢は我が国の公爵家の令嬢で、そのような行為を許される女性ではありません」

「そのような行為とは? オーラン殿下の言っている意味が分からない」

 またもや首を傾げるレピュテイシャンの姿は、本当に自分の行動の意味が分からないらしく、裏があるようには到底見えなかった。


 レピュの言うように、子供のレピュと目の前の彼が同一人物だとしたら、私の膝の上に座ってきた時と同じく、悪気は一切ないのでしょうね。

 って、何を考えているの、私は。目の前のレピュが子供のレピュと同一人物のはずなんてないのに。

 あれでしょ、あれ。お国柄の問題でしょう。

 レピュの国、ブリックでは、男女の距離感がちょっと、他国より近いんでしょうね。

 友人とか思っているなら尚更、こういう行為も平気なのかもしれない。


 メアリールは内心慌てながらも、笑顔を張り付けながらレピュテイシャンをやんわりと注意する。

「申し訳ありませんが、そのチョコレートを食せと申されるのなら、この手に乗せていただけますか? この国では夫や婚約者でもない限り、異性の手ずからいただく訳にはまいりません」

 そっと手の平を上に向けて、渡せと言ってやる。

 その行動を見た第二王子は、あからさまにホッとする。

 レピュテイシャンはキョトンとした表情をすると、パズの方を向き「そうなのか?」と確認を取っている。

 コクリと頷く側近にやっと納得したのか、レピュテイシャンは懐からハンカチを取り出すと、それをメアリールの手の平に乗せ、その上にチョコレートを乗せた。

「悪かった。とにかく食べてくれ。気持ちが乱れている時は、美味い物を食べると落ち着く」


 紳士!


 メアリールは呆然とレピュテイシャンを見上げる。

 この人は本当に、子供なのか紳士なのかどっちなのだろう?

 メアリールの手を汚さないように、自分のハンカチに乗せるだなんて……そこで、ハッと我に返る。

 上等な生地に細かな刺繍が施されたハンカチが、チョコレートの色に染まっていく。

 え? え? チョコレートの汚れって洗濯で落ちるの?

 洗濯などしたことのないメアリールに、そんな知識はない。

 慌ててパクリと口にすると、レピュテイシャンはニッコリと笑顔になる。

「な、美味いだろう。これもいけるぞ」

 そう言って、すぐに別のチョコレートをハンカチに乗せる。

 やめなさい!

 そう思うものの、ハンカチが汚れるのが気になり、慌ててもう一つも食べる。

「メルも気に入ったか? 良かった。これも、どうぞ」

 またもや、ヒョイと乗っけられるチョコレート。

 やめろ~。

 最早、涙目である。

 公爵令嬢として生きてきたメアリールにとって、早食いなど経験したこともない。

 しかも少量を少しずつ口に運ぶ令嬢が、モゴモゴと口を動かし、新たな菓子を手の平に乗せているなんて……。ああ、確実にハンカチが茶色に染まっている。

「レピュ、も、もう……」

 お手上げ状態になり、レピュテイシャンのチョコレート攻撃を止めようと抗議しかけた時、オーランがメアリールとレピュテイシャンの間に割って入った。

 彼の表情は、心なしか険しいように見える。


「レピュテイシャン殿下。いくら貴方に悪気がないとしても、これ以上メアリール嬢に無理を強いるようならば、正式に抗議させていただきます」

 驚いたのはレピュテイシャンではなく、メアリールの方だった。

 え? え? なんで、そんな大事になるの?

 ただ単に私が、高価なハンカチを汚すのが嫌だっただけなんだけれど。

 意外と貧乏性の公爵令嬢メアリールは、そんなこと言ってる場合じゃないと、慌ててチョコレートをハンカチごと机に置くと、どうにかオーランを落ち着かせようと必死に笑顔をつくる。

「オーラン様、どうされたのですか? レピュは美味しいチョコレートを食べさせようとしているだけですわ。まぁ、ちょっと量は多いかもしれませんが、悪気はないのですよ」

「悪気がなければ何をしてもいいのかい? それに君も困っていたんじゃないのか?」

 図星を刺されて、うっと怯むメアリールだが、それでも公爵令嬢の仮面は外さない。

「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。レピュには後でちゃんと話しておきますので」

「君が注意することではないだろう。君は彼の世話役であって、婚約者ではないのだから」

 そう言われて、メアリールはコクリと頷く。

「はい、世話役です。考え方の違う他国から来られた要人の世話をさせていただくのが、私の役目ですわ」

「!」

 オーランは目を見張った。

 確かにメアリールの言う通り、他国から来た王子様がこの国の考え方と同じはずがない。

 この国では常識であることも、他国に行けばそれは常識ではなくなるのだ。


 だが……。とオーランは思う。

 この王子は、城では誰に対しても通常の距離感を保っている。

 レピュテイシャン殿下の容姿に惹かれた、姉達に対してもちゃんと節度ある態度をとって正直、適当にあしらっているようにも見える。

 そんな彼がメアリール嬢に対してだけは違うのだ。

 父王の仰たように、メアリール嬢を気に入っているのは分かる。だが、果たしてそれだけのことなのだろうか?

 あまりにも馴れ馴れしい距離感に、封印していた嫉妬心が湧きだしてくる。


 認めよう。

 私はメアリール嬢が欲しいのだ。

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