二日目の出来事
二日目にして第三王子と他国の王子は、別々の馬車に乗って登校した。
――呆れて言葉も出ない。
公務として任されていた他国の王子様のお相手を、あっさりと拒否した形になる。
ハア~っと溜息を吐いたメアリールは、馬車から降りて来るレピュテイシャンの元に行くと「おはようございます」と朝の挨拶をした。
「おはよう。わざわざこんな所まで迎えに来なくてもいいのに。いくら世話役でもそんなことまでしていたら疲れてしまうぞ。教室で待っていてくれたら、俺の方から挨拶に行く」
ニッコリと挨拶を返してメアリールを気遣ってくれる姿など、あの甘ちゃん王子には一生かかっても真似できないだろう。
メアリールは素直にお礼を言った。
「ありがとうございます。では明日からは教室で待たせていただきますね。それと、オリバー様は逃げられた……コホン、お忙しいみたいなので、これからはパズと三人で行動をとることになると思います。申し訳ございません」
「構わない。というか、俺はその方がいい。メルと二人きりの方が楽しい」
「メアリール様は三人で、と仰ってくださいましたが、レピュテイシャン様のお耳には届いていませんでしたか?」
「無粋だな。そこは気を利かせろ」
気やすい関係の主従の会話に、メアリールは思わずクスクスと笑ってしまう。
二人といると、今まで公爵令嬢として気負っていたのが馬鹿らしくなる。
メアリールは、彼らの世話役をしている自分が楽しんでいることを理解していた。
子供のレピュと会った時も何故か彼を構いたくなったが、青年レピュにも構いたくて仕方がない。
メアリールはそんな自分の心の変化を不思議に思いながらも、始終笑顔を絶やすことなく、教室に向かった。
席に着くと、メアリールは預かっていた二人のノートを持って、レピュテイシャンの席へと近付く。
そこで二人に昨日の教科のノートを渡し、注意点を説明した。
「こんなに細かく……大変だっただろう。ありがとう」
メアリールの努力を労うレピュテイシャンと勉強熱心なパズが「早速ですが、ここは……」とメアリールに話しかけてくる中で、レピュテイシャンは自然に自分の席をメアリールへと譲る。
気付けば自分が座らされているという状態に驚くメアリールだったが、周りはそれ以上に驚いている。
息を吸うように自然とレディファーストを行う紳士と、それに答える美しい淑女。
いつしか二人に、憧憬の念を抱く生徒が倍増していた。
二日目にして、似合いの二人を見たいという生徒で、教室の外は大騒ぎになっていたのだ。
そんな中、現れた第三王子はその光景に唖然とする。
気にくわない他国の王子と登校の馬車を別にするべく、わざと寝過ごし遅れたという体を装った第三王子は、取り巻きの二人と昨日散々問題を起こしたモアを引き連れ教室へとやって来た。
本当は、モアとは少し距離を置くつもりだった。だが、馬車が降り立った所で待ち伏せされては、強く拒否する訳にもいかず、渋々彼女を腕に巻き付け歩いてきた。
腕に当たるモアのささやかな胸が気持ちいいとか思っている訳では、断じてない。
ただモアには一応、注意はしておいた。
「モア、何度も言っているが、俺は第三王子として要人の世話をしないといけない立場なのだ。いくら気にくわない相手だとしても、我慢して接するのが俺の役目なんだよ。だからモアも俺との距離を一旦開けてくれないだろうか? 宝石でもドレスでも好きな物をプレゼントしよう。それで少しの間だけ我慢してくれ」
「えぇ~、オリバー様に会えなかったら、モア、寂しくって死んじゃうぅ~。宝石とドレスは嬉しいけどぉ、オリバー様と会えることの方がモアにとったら大事だよぅ」
ベッタリと腕に絡みつき、涙目で見上げられて、それでも拒否できる男がこの世にいるだろうか? いや、いない。自制心の強い俺が無理なのだから、他の奴なんてもっと無理に決まっている。
「そ、そうか。だったら、少しだけ……。そうだな、昼食は無理でもこうして朝や放課後なら……」
相好が崩れ緩い言葉を口にした途端、取り巻きの二人の呆れた目にハッとなる。
な、なんだよ、その目は? お前達だってつい昨日までは同じ顔をしていただろう。
そんなやり取りをして教室の前まで来ると、廊下には人だかりができていた。
王子のオリバーの存在にも気付かないほど、熱中して窓の隙間から教室内を覗いている。
そこで聞こえた言葉。
「ああ、本当に素敵」
「なんて絵になるお二人かしら」
「褐色の肌に最初は驚いたけれど、それがまたエキゾチックで憧れちゃうわ」
「コルアン様の赤毛と、とってもお似合いだと思わない?」
「あんな柔らかい表情のコルアン様を拝見したのは初めてだ」
「か、可愛い」
「殿下と一緒にいるコルアン様を大きな女性だと思っていたが、ブリック殿下と一緒にいる姿はそうでもないんだな。あれか。もしかして殿下が小さいからそう感じるのか?」
最後にはそんなことまで話す生徒達。
オリバーの癇癪が起きるのも無理はない。
バンッと大きな音を立てて、教室の扉が開かれた。
驚く教室内の生徒をよそに、オリバーがメアリールへと突進してくる。
「メアリール、何故俺を迎えに来ない?」
扉と同じように、荒く机を叩かれて一瞬怯むが、背中に当てらてたレピュテイシャンの手の温かさに、背筋を伸ばす。
いつでも助けるぞ。と言われているようで、自然と力が湧いてくる。
「突然どうされました? 今までそのようなこと、仰られたことはありませんでしょう」
冷静に言い返されて、ますます苛立つオリバー。
「昨日の俺の様子がおかしかったことくらい、お前だって分かっているだろう。心配して会いに来るのが婚約者として当然のことだろうが」
バンバンっと机を叩きつけるオリバーに、レピュテイシャンは目を据える。
「……私は、レピュテイシャン殿下のお相手という大事な役目を、陛下より命ぜられました。申し訳ありませんが、今、何より優先するのはレピュテイシャン殿下が不自由されないよう、気を配ることだと考えております」
「婚約者の俺より大事だというのか?」
目を見張るオリバーに、メアリールは眉を顰める。
「オリバー様も私と同じ役目を担っているはず。お考えも一緒だと思っておりましたが……」
その言葉に、オリバーは我に返る。
そうだ。自分は父上に、けして他国の王子の不興を買うなと注意されていた。
彼はあの、不思議な力を発する魔道具が作れる唯一の国の王子。
そして、本人の力も侮れない。
甘く見ていたら酷い目に合うのはこちらだと、この世に恐れるものはないと思っていた父王が、そんな言葉で自分を窘めた。
オリバーはそこで初めてレピュテイシャンを見た。
「ひっ!」
思わずそう叫び、後ろへ下がろうとして後ろの机に当たって倒れてしまった。
「オリバー様!」
自分の名前を呼ぶメアリールや、助けに寄るペルタとジェミ。
「メアリール様、酷い。オリバー様になんてことするの?」とモアは何故か、メアリールに文句を言っている。
皆、何を見ている?
ここにいる、恐ろしい化け物が目に入らないのか?
オリバーはガタガタと震える体を抱きしめ、青い顔で口をパクパクと動かしていた。