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第三王子の回想

「オリバー様、こんな所にいたんですね。どうしてあちらに座られていなかったのですか?」

「……俺がいたら、モアもついてくるだろう」

「もう突撃して、兵士に追い出されていましたよ。これ以上、巻き込まれたくなかったから隠れましたけど」

「……モアは、あんなに、空気が読めない奴だったのか?」

「馬鹿だったみたいですね。あ、言っちゃった」

「……馬鹿な子ほど可愛いと、思っていたのだがな……」



 ――こんな時に、第二王子である兄上の言葉を思い出す。

 オーラン兄上はずっと父上に、一人の令嬢を押し付けられていた。

 政略結婚は王族の務めだと、オーラン兄上もそれを拒否してはいなかった。

 だが、何故かその娘とは中々会えないでいた。

 夜会や茶会、果ては偶然を装い、屋敷にまで向かったというのに、彼女は病気や用事だといって一向に姿を現そうとはしなかったそうだ。

 そんな中、オーラン兄上は一人の伯爵令嬢と出会う。

 もしかして自分は嫌われているのかと密かに傷付くオーラン兄上の目には、明るい彼女が魅力的に映ったらしい。

 避けられている令嬢とこうしていても埒が明かない。とオーラン兄上は、伯爵令嬢との婚約を父上に申し出た。

 意外というかなんというか、父上は簡単に了承した。

 拍子抜けしたオーラン兄上は、すぐに伯爵令嬢との婚約を発表したのだ。

 そして何故か俺は父上に連れられ、宰相の執務室でオーラン兄上を避けていた令嬢に出会ってしまった。

 俺達を見た令嬢は一言「やられた!」と叫んだ。

 何にやられたんだと辺りを見回すと、父上がニヤリと笑っているのが目に入った。

 宰相は頭を抱えていた。

 そうして気が付けば、彼女は俺の婚約者になっていた。


 正直に言おう。彼女はとても、美しかった。

 真っ赤に燃えるような赤毛は情熱的で、深淵のように真っ黒な瞳には、全身が引き込まれるようだった。

 堂々とした振る舞いも綺麗な所作も、非の打ち所がないように思えた。


 それを第一王子であるオセアン兄上に話したところ「彼女は努力を惜しまなかったのだな」と呟いた。

 どういうことだと首を傾げ、俺は彼女が第一王子であるオセアン兄上と面識があったことに気が付いた。

 オセアン兄上の言葉は、彼女を知らなければ出ない言葉だ。

 では、彼女は……オセアン兄上を狙っていた?

 いずれは王となるオセアン兄上の妃の座を狙って努力していたが、オセアン兄上とは年が離れすぎていた。そのため第二王子に鞍替えしたが、色々な理由で会うことが叶わず、第三王子である俺に色目を使ってきたという訳か。

 なんて傲慢で厚かましい女だ。


 オーラン兄上は、自分は嫌われているのだろうかと言っていたが、違う! 優し過ぎるオーラン兄上に、運命が悪女との仲を取り持たなかったのだ。

 上手く回避できた兄上と捕まってしまった俺。

 可愛そうな俺は、悪女の思い通りになんてなってやるかと、徹底的に彼女を拒否した。

 彼女は彼女で、王子の婚約者に納まってしまえば目的は達成したとばかりに、俺に寄り添おうともしない。

 弱い部分を見せれば、少しは可愛がってやるのにと考えていた時に、モアと出会った。

 モアの素直に甘えてくる姿や俺に向ける好意を隠さない言葉に、俺は心地よさを覚えた。


 だがオーラン兄上は、モアとのやり取りを学園の応接室で聞いていて、苦言を呈してきた。

「彼女の明るさに今は惹かれるかもしれないが、それは一時の感情にすぎない。メアリール嬢のように教養のある女性こそが、本当の意味で王子である私達を助けてくれると、私は思う」

「婚約者のポリアンナ嬢と何かありました?」

 俺はオーラン兄上が婚約者と喧嘩でもして、彼女やモアとは正反対のメアリールを褒めるのだろうと思い、そう聞いたのだが、オーラン兄上は首を軽く振って「私は彼女と会えないまま他の女性と婚約したことに、後悔している。会うことができてさえいれば、私は……」と言葉を濁したまま、俯いてしまった。

 は? 何を言っているんだ、兄上は? それではまるで、オーラン兄上がメアリールを想っているような……。

 俺はなんだかイライラして、机を大きく叩いた。

 驚いて顔を上げる兄上に「もう用事はすみましたよね。では城にお戻りください。俺も授業に戻ります」と言って、サッサとオーラン兄上を追い出した。


 それからオーラン兄上を見ると何故か心がもやもやするので、できるだけ会わないようにと避けてはいたが、他国の王子が留学してくるということで、そういう訳にもいかなくなった。

 城内はオーラン兄上が、学園内は俺とメアリールが担当するということで、三人で相談する機会が増えてしまったのだ。

 オーラン兄上とメアリールは、テキパキと話を進めていく。

 もやもやは、止まらない。



 そして、他国の王子がやってきた。

 絵画から飛び出してきたのかと思うほどの美貌と、この国では見かけられない褐色の肌をしている。

 同じ年だというのに堂々とした立ち振る舞いに、目が離せなくなる。

 だが、こいつもまたメアリールにちょっかいをかけてきた。


 どいつもこいつも、どういうことだ?

 メアリールは俺の婚約者だ。

 ふざけるなと声を荒げるが、メアリール自身が今までには見せたことのない笑顔で留学生の相手をしていることに、苛立ちを隠せなかった。

 つい粗野な態度をとってしまう。


 そして今まで気やすい態度を許していた、学友よりも少し親しい男爵令嬢の所為で今、俺はここにいる。

 教室から食堂に着いた俺は、いつもの席に座ろうとしてハタと気付いたのだ。

 ここにいては、モアがいつものようにやってくるかもしれないと。


 先程、今日から一緒に昼食はとれないと言ってあったにも関わらず、いつものように抱きついてきたモア。

 よりにもよって、メアリールと他国の王子の目の前で……。

 これでは俺が、婚約者がいるのに別の女とイチャイチャしている馬鹿王子に見られてしまうではないか。と慌てるが、モアは一向に気付くことなく、能天気な言葉を吐き続ける。

 しかも他国の王子を気に入り、メアリールを無視して自分の都合のよいことばかりを言い続けた。

 他の生徒から一斉に『他国の王子になんて失礼な。この馬鹿娘をどうにかしろ』という非難の視線を浴びる。

 どうして俺が? と思いながらも、俺がこのモアの行動を許しているからだ。と思い至り、たまらなくなってその場から逃げてしまった。



 食堂の隅に腰掛ける俺に何人かの生徒が気付くが、他国の王子とメアリールがやって来て、いつもの俺の指定席に仲良く座り食事を始めたため、スッと視線を逸らした。

 暫くしてモアが走って来て、そのままメアリール達がいる場所に突っ込もうとして、兵士に止められていた。

「どうしてよ? そこにはいつも私が座っていたのよ。そこは私の場所なんだから」と騒ぎ立てていたが、兵士により食堂からも追い出されていた。


 ――あそこは本来、メアリールの場所だ。

 俺が彼女を一切認めなかったため、座らなかったメアリールだけの場所だ。

 俺の眉間に皺が寄る。

 何故、あそこにメアリールと他国の王子が座っている?

 あそこはメアリールと……そして、俺の場所なのに。


 隣では疲れ切ったペルタとジェミが、短時間で食べられるようにと頼んだサンドイッチを無理矢理、胃に流し込んでいる。

 留学生が来て、学園での生活はまだ一日目だというのに、どうしてこうなった?

 俺は大きな溜息を吐きながらも、ジッとメアリールに視線を向けるのだった。

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