迷惑な騒動
お久しぶりの新作です。
楽しんでいただけたら幸いです。
チェルリア王国の王都中心地にある、門だけで一千万レリア(チェルリア貨幣)はかかったであろう貴族の子供が通うマルチカ学園、別棟二階図書室の人気のない一角で、メアリール・コルアン公爵令嬢は、固まっていた。
「コルアン様、来てくださったのですね。嬉しいわ」
「コルアン様、さあさあ、こちらへ」
「コルアン様、どうか彼女に仰ってください」
「コルアン様、どうぞ、お気持ちをお伝えください」
「コルアン様、私達のためにもお願いします」
一人の少女を囲んで、図書室ではありえない音量で叫ぶ、あまり見覚えのない五人の令嬢。
その令嬢に何故か自分も一緒になって、少女に何か言ってやれと言われているメアリールは、心の中で大きな溜息を吐いた。
はあぁぁぁ~~~~~。勘弁して。
メアリールは放課後、時間があればこの図書室に通っていた。
元から本好きであったメアリールだが、最近は気に入った小説が続編ものだったため、続きを読むために足しげく通っているのだ。
お蔭で彼女の最近の行動は、一部の生徒に把握されてしまっている。
そんな状態で起きた今回の騒ぎ。
ちょうど彼女が司書と話している最中に、女性の金切り声が聞こえてきたのだ。
メアリールの立場上、放っておくわけにもいかず内心、嫌々ながらも司書と共にその場に向かった。
そうして彼女の姿を見た一人の令嬢が、嬉しそうにメアリールの名前を呼んだのだ。
誰です、貴方? と思いながらもよくよく見れば、一人の少女を五人の少女が囲んでいる。
思わず司書と目を合わすメアリール。
これは、あれ? いじめ、とかいうやつかしらねぇ?
そう認識した途端、五人の令嬢は次々と騒ぎ立てる。
その内容は、誰が聞いてもメアリールも仲間であるかのよう、いや、主犯がメアリールであるかのような言葉である。
何、それ? 私も仲間だと、そう言いたいのかしら?
メアリールが困っていると、囲まれていた少女が一際高い声で叫びだした。
「酷いわ、メアリール様。私をこんな所に呼び出して、大勢でいじめるなんて……私がオリバー様と仲がいいからって、あんまりですぅ」
そう言って、ワッと泣きだす少女。
その言葉で、やっと彼女が誰なのかに気付くメアリール。
ああ、あの甘ちゃん王子……コホン、私の婚約者オリバー・ルード・チェルリア第三王子様と最近一緒にいる令嬢ね。確かモア・ラギット男爵令嬢だったかな。
だが誰にも彼女を紹介されたことはなく、話もしたことがなかったメアリールは、何故彼女に親し気に名前で呼ばれ、自分に呼び出されたことになっているのか理解できず、首を傾げてしまう。
そんなメアリールの疑問をよそに、モアの言葉を聞いた令嬢五人が一斉に反応した。
「酷いのはどちらよ。手当たり次第、男性にばかり声をかけて。婚約者がいらっしゃる方もいるというのに、一体どういうつもりなの?」
「だ、だって私、この学園にまだ慣れていなくてぇ。色々教えてもらったのが、たまたま男性だっただけですぅ」
「嘘言わないで。女子生徒がそばにいたって、わざわざ男子生徒に聞きに行ってるじゃない。何度も目撃したわよ」
「そんなの、たまたまじゃないですかぁ。やだ、私のこと見張ってるんですかぁ? こわ~い」
「失礼ね。じゃあ、なんで貴方はわざわざ男性に触るの? そんな必要ないでしょう」
「え~、それはぁ、ついクセでぇ。深い意味はないですよぅ」
「やっぱり貴方、元平民だって噂は本当のようね。ラギット男爵の庶子で、ついこの間まで市井で暮らしていたそうじゃない」
「別に隠している訳じゃないですけどぉ。オリバー様だって知っていますよぅ。その上で何か困ったことがあったら言えって、頭撫でてくれるんですぅ」
「よくも、婚約者であるコルアン様の前でそんなこと言えるわね。コルアン様、大丈夫ですか?」
何が?
ああ、あの甘ちゃん王子……コホン、オリバー様の話をしているのか。
でも、あんまり興味ないな~。
正直、どうでもいい。
ていうか、帰りたい。
「ほら、コルアン様がお怒りのあまりお声が出なくなっているわ」
「ちゃんとコルアン様に許しを請いなさいな」
「平民の分際で、王子様と仲良くするなんて許されないことよ」
「二度とオリバー様に近付かないで」
「男子生徒にも馴れ馴れしくしないと、今この場で誓いなさいよ」
五人の令嬢が勝手に、メアリールの気持ちを代弁しているかのように叫ぶ。
モアは「いやん、こわぁい」と目に涙を溜めて、見物している男子生徒に助けを求める。
男子生徒は顔を赤くしながらも、メアリールをチラチラと意識している。
彼女は泣き真似が上手だなぁ。なんて思っていると、司書の女性がこっそりとメアリールに囁く。
『メアリール様が何も仰らないと、この場は解散できませんよ。本を読む時間がなくなってしまいます』
「……モア・ラギット様、でしたかしら? 私は貴方を存じませんが、お話を聞いていると少しお身軽な行動が目立つらしいですわね。少し自重なさっては如何かしら?」
「酷い! 私そんなに軽くないわ。やっぱり、オリバー様と仲がいいのが気に入らないんですね」
「それはどうでもいい……コホン、オリバー様と仲がよろしいのかどうかは存じませんが、それでしたら尚更、オリバー様の友人として気軽な行動は慎むべきかと思います」
「ほら、コルアン様も仰って……」
「貴方方も。ここは図書室ですよ。本を読むところなので、大声でお話されるのはどうかと思いますわ」
「「「「「……申し訳、ございません」」」」」
気が付けば他の生徒達も集まってきていて、メアリールには喧嘩両成敗として双方を注意するしかなかった。
内心で、甘ちゃん王子なんてどうでもいい。早く帰って本の続きが読みたい。ていうか、本気で貴方達、誰? と思っていようと、これ絶対私を巻き込んで、私を中心にモア・ラギット様に文句を言おうと思っていたんだろうなぁ。図書室でこんな騒ぎを起こす自体、私を待ち伏せしていたとしか考えられない。とか思っていようと、それを口にする訳にはいかない。
メアリールはくるりと身をひるがえすと、何事もなかったようにその場を後にする。
途中、司書の女性に『これでいい?』『お疲れさまでした』と目配せして、サッサと出口に向かう。
最高の見せ場になると期待していた生徒達も、主になる女性が帰ったと確認して解散していった。
モアを囲んでいた五人の令嬢も、そんな空気にそそくさと逃げるように立ち去って行く。
一人残されたモアは「え? これで終わり? 私、放置?」となかば呆然としていたが、その内図書室から出て行った。
『本当にお気の毒ですね、メアリール様は』
モアの背中を見送る司書は、一連の騒動に巻き込まれた高貴な女性に憐憫の情を覚える。
彼女は、本当は本好きの優しい令嬢なのにと。