07:レティーの魔法
「それじゃあ傷を見せてもらうよ」
「はい・・・」
レティーくんはオレの右腕をとり、その右腕に出来た三センチメートルほどの長さの切り傷を、まじまじと見た。
先ほど狩を終えたオレたちは、テゼルー村に帰ってきた。
それは大物を仕留めての、村人からの歓迎を受けての帰還だった。
その大物のビッグボアは、現在村人総出で解体を行っている。
コロンもその中に混ざり、武勇伝を語りながら、解体を手伝っている様子が見える。
「これくらいの傷なら、すぐに治るよ」
まあそれもそうだろう。傷は浅いし、枝で軽くこすれた程度の切り傷なので大した傷ではないのだ。
にも拘わらずレティーくんは、オレの傷の手当てを開始するようだ。
村への帰宅途中でオベールさんが、レティーくんは傷の手当てが出来る魔術師だと言っていたが、看護師または医師のような資格でも持っているのだろうか?
レティーくんは上品で整った、まるで少女のような顔立ちをしている。
体型も細く、心なしか丸みを帯びているようにすら錯覚する。
前世で男だったオレは、目を合わせて話をしているだけで、少しドキドキしてくるくらいだ。
本当に男なのか疑わしいくらいだが、それが男の娘というものだ。
そうオレがいろいろと思考を働かせていると、レティーくんがオレの傷から一センチメートル離れた位置に指先をかざし、傷に沿って移動させる。
何やら呪文のようなものを唱えていたようだが、おまじないか何かだろうか?
「傷の具合はどうだい? 痛いとか、しみたりとかは、していないかい?」
オレが再び傷口を見ると、傷口は薄っすらと光を帯びていた。
「えっと・・・これは?」
「傷口が化膿しないように、魔法をかけたんだよ」
魔法による消毒のようなものだろうか?
傷口にばい菌がいるかもわからないので、それが果たして本当に効果を発揮しているかは判断できない。
「では続けるね・・・」
レティーくんの治療は、まだ続くようだ。
再びレティーくんは呪文を唱えると、先ほどと同じように、オレの傷に沿って指をゆっくりと動かした。
すると不思議なことに傷口がむずむずして、少しかゆいようなくすぐったいような感じがした。
「え? もしかしてこれって?」
再び見るとオレの傷口はぴったりとくっつき、薄い皮膚がはっているように見えた。
「次はちょっとチクッとするけど、我慢してね」
そう言うとレティーくんは再びオレの傷に沿って指を動かした。
するとオレの右腕の傷口は、レティーくんの指の動きに沿って、消えていくではないか。
オレはその様子に驚愕し、痛みすらあるかどうかわからなくなっていた。
前世の医学が発達した世界でも、傷が瞬く間に塞がるような光景は、手品くらいでしか見たことはない。
だが目の前の様子は、明らかにタネも仕掛けもなく、傷がゆっくりと消えていっているのだ。
もうそれは奇跡としか、言いようがない光景だった。
「レティーくんは僧侶だったの!?」
回復魔法と言えば、定番では僧侶の魔法だ。
この異世界でも僧侶がいたことに、オレは感激を覚えた。
「え? なんでボクが僧侶なの?」
「え? 違うの・・・?」
傷を治すのは、この異世界では僧侶の役割ではないのだろうか?
「ボクは最初に言ったとおり魔術師だよ。ボクは治癒または回復魔法の得意な、魔術師なんだ」
どうやらこの異世界では、回復や治癒の魔法も、魔術師が使うようだ。
この異世界での僧侶は、宗教の教えを広めたりするだけの人なのだろう。
そしてオレにとって、初めて経験した治癒魔法は、衝撃そのものだった。
水魔法はコロンに見せてもらったことはあるが、レティーくんの魔法は、それとは違った衝撃だったのだ。
「レティーくんはすごいですね! オレこんな奇跡的な光景は、初めて見ましたよ!」
オレは感激しながら、レティーくんにそう言った。
「ボクはヨッシーの方がすごいと思うよ。
君は無詠唱で色々な魔法を使うだろ? 料理の時も、水を出したり、火を付けたりしていたよね?」
するとレティーくんは、少し照れながらもそう返してきた。
オレの魔法はスマホを使った、似非魔法なので耳が痛い。
「えっと・・・この治療魔法には、代金は発生するの?」
「ははは! 君はおかしなことを聞くね?
ボクの魔法で君がお金を払うなら、君が戦闘で魔法を使うたびに、ボクもお金を支払わなくちゃならなくなるよ?」
なるほど。傷の治療こそがレティーくんにとって、戦いなのかもしれない。
戦いとは何も武器を振るったり、魔法で攻撃するだけではない。
敵の情報を探り戦いを有利にしたり、傷の治療をしたり、戦士たちに食料を提供するのも、また戦いの一部なのだ。
「どうしてもお礼をしたいなら、ボクは甘いお菓子を所望するかな?」
レティーくんは可愛く笑いながらそう言った。
彼は見た目以上にちゃっかりしているようだ。
「じゃあこれ。朝の残りだけど・・・」
オレはそう言いつつ、朝方出した駄菓子詰め合わせの中にあった、チョコクッキーをレティーくんに渡した。
「ありがとう。後でいただくよ」
「それじゃあ傷の治療ありがとうございました」
そう言うとオレは、現在解体中のコロンの元へ向かおうとする。
「あ、そういえばヨッシー。ある剣のアーティファクトに心当たりはないかな?
聖剣アルゲースっていうんだけど、ずっと探していてね・・・」
するとレティーくんが去り際にそんなことを聞いてきた。
「聖剣アルゲースですか・・・心当たりないですね」
異世界だから聖剣もやっぱりあるのか・・・。
でもなんでオレに、そんなことを尋ねるんだろう?
「ははは! ありがとう。知らないならいいんだ。」
そう言うとレティーくんは、何時も一緒にいるベルトランのいる場所まで、駆けて行った。
そう言えば以前スマホの通販ショップで、一時的にではあるがライトセイバーのような剣を、購入したことがあったな。
レティーくんはその噂でも、聞きつけたのかな?
聖剣アルゲースか・・・。
このスマホの通販ショップを見たら、玩具の中に普通にありそうで怖いな。
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