07:料理屋
馬車に乗せられてやって来たのは、小奇麗な料理屋だった。
意外に近い距離にあったので、徒歩でも十分に来れたとは思うのだが、金持ちのお嬢さんにとっては、治安的によくないのかもしれない。
「お嬢様。今日の注文はいかがなさいますか?」
席に着くとすぐにウエイターがやって来て、ローレッタさんに注文内容を尋ねて来た。
「今日はボアの肉にするわ。4人分用意してちょうだい。角の子は大飯ぐらいだから、パンを多めにお願い」
「かしこまりましたお嬢様」
ウエイターはローレッタさんに恭しく挨拶すると、そのまま厨房に引っ込んでいった。
見たところこの料理屋には、メニューとよべるものが無いようだ。周囲を見ると他のウエイターが直接お客さんの注文を聞いているから、もしかしたら注文内容はウエイターと相談して決めるのかもしれない。
「お先に水をどうぞ」
「いただくわ。4人分お願い」
しばらくすると先ほどのウエイターが、子樽とゴブレットを4つ運んでやって来た。
このゴブレットは冒険者ギルドの酒場にあるような、酒樽のような構造のゴブレットではなく、木を彫り込んで作ってあった。
シンプルなデザインでどこか歪だが、その歪みが味があって、またいいのかもしれない。
コポコポ・・・
ウエイターが子樽を傾けて、ゴブレットに水を入れていく。
「ヨッシー。ゴブレットを眺めてないで、テーブルに置いてちょうだい。ウエイターが水を入れられないわ」
ゴブレットを手に取り、まじまじと眺めていたら、ローレッタさんに注意されてしまった。
「ごめんなさい。木のゴブレットは初めて見たので珍しくて・・・」
というか前世でゴブレットは持っていなかった。
だいたいうちはコップだったし、置いてあってもワイングラスぐらいなものだった。
「貴女のゴブレットは、柔らかくて透明なのかしら?」
「ぶっ!!」
いきなりローレッタさんが、ペットボトルについてほのめかしてくるから、飲みかけた水を少し吹き出してしまった。
「そ、そんなゴブレットが、この世にあるんですかね?」
とりあえず誤魔化した風に装ってみる。
「さあ・・私は見たことはないけれど・・・貴女はあるのかしら?」
ローレッタさんは何か含みのある笑顔で、オレに尋ねて来た。
ペットボトルのゴブレットは、流石にオレも見たことはない。
「ご注文の食事をお持ちしました」
しばらくすると再びウエイターががやって来て、ワゴンに乗せた肉やスープの乗った皿を、次々とテーブルに並べていく。
最後に二段目にあったフランスパンをより分けて、鉄製のトングではさんで、並べた皿に置いていく。
他の皿にはフランスパンは、二切れほどだが、コロンの皿には山盛り乗せられた。
「ではお祈りをしましょう」
ローレッタさんの合図でお祈りが始まる。
オレも見よう見まねでお祈りする。コロンは宗教が違うのか、お祈りのポーズが少し違っている。
そして食事が始まる。
料理の内容は、フランスパンが二切れに、ポトフ、ボア肉のステーキの横に、蒸し野菜が並べられている。思ったより寂しい食事だが、洞窟のころよりは随分豪華な内容だ。
テーブルにはきちんとカトラリーが並べられている。
中世では貴族でも食事を手掴みで食べていたと、スマホで読んだことがあったので、この世界もそうかもと心配していたのだが、マナーのようなものはしっかりとあるようだ。
さっそくオレはスプーンを手に取り、ポトフからいただく。
ポトフはジャガイモやニンジン、ボア肉らしき肉が入った、前世で見た物とそう変わらない内容だ。
味が少し薄いのは気になるが、もしかしたらこの世界の人達には、このくらいの味が普通なのかもしれない。
「えい! むー!!」
フランスパンは目が細かく硬い。
手でちぎろうとしても、非力なオレではなかなかちぎることが出来ない。
「がぷ!」
仕方なくそのままかぶり付く。
周囲に微笑ましく見られている気はするが、今は気にしない。
オレはその硬いパンを食べるのに夢中だ。
「むぐむぐ!」
うん! やっぱり硬い!
「お前力弱いな~。そんなんじゃ強い冒険者にはなれないぜ?」
そう言って来たのはガキ大将だ。名前は確かバリーだったか?
オレはそう言うバリーに、自分の首からかけている金属の冒険者証を、見えるようにさりげなく服から出す。
「嘘!? 貴女その歳でもうDランクなの!?」
しかしそれに反応したのは、目ざとそうなローレッタさんだった。
「嘘!? お前・・・そうか、お前魔術師だったもんな。ちくしょー! 俺も魔法が使えたらな~・・・」
それをバリーは一瞬信じられないような目で見たが、オレが魔術師というのを思い出して、納得したようだ。
「コホン!」
するとコロンがわざとらしく咳ばらいをした。
見るとコロンは怪訝な顔つきで、オレの冒険者証を見ている。
つまりうかつに冒険者証を見せるなと伝えたいのだろう。
冒険者証を見せたのは少しうかつだったか?
ここらじゃあまり目立つと攫われると聞いたことがある。これからは気を付けよう。
そう思いつつオレは、冒険者証を再び服の中にしまい込んだ。
ギシギシ・・・
次にオレはボア肉のステーキに挑む。
そのボア肉は硬くて厚めのようだ。ナイフで切ってもなかなか切れない。
正面にいるバリーはその硬い肉を美味しそうに頬張っている。
この世界の人は硬い肉やパンが好きなのかもしれない。
そう思いつつオレもそのナイフで切った肉を、口に入れる。
「むぐむぐ!」
うん! 硬い! でもこれはこれで食べ応えがあっていいのか?
前に食べたボア肉の焼き肉は、初めから薄く切っていたので、あまり硬くは感じなかったが、本来は歯ごたえがあるものなのかもしれない。
でもスマホで調べれば、肉を柔らかくする方法はわかる気がする。
「ところでローレッタさんは、何故オレ達を食事に誘ってくれたんですか?」
さりげなくコロンの大食感を理由に断ろうとしたが、けっこう強引に誘われたような気がする。
「貴女という人物を知るためよ。父が面白い娘だと言っていたから」
ローレッタさんは綺麗な所作で、ナイフとフォークを使いながら、オレにそう言った。
そんなにあの商人のおじさんとの出会いに、面白い要素はあっただろうか?
あの時のことを思い出してみるがわからない。
「魔法も使えて聡明なのに、自分では全く自覚がないのね?」
オレが聡明? 周りからはそう見えるのだろうか?
確かに中身は大人の男だからな。
見た目としゃべり方のギャップから、そう感じるのかもしれない。
「ああそうそう・・・何か他にも珍しい物があれば売ってくれって、父から伝言よ」
なるほど・・・今度何か珍しい物でも持って、お礼に伺うのもいいかもしれない。
そう思いながらオレは、硬い肉やパンと格闘する。
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