10:礼儀作法の授業
昼からの授業の最後の締めくくりは、魔術科の授業だ。
魔術科の授業は前世にはなかった、魔法という不思議な力を学ぶ授業だ。
今からそれがどんな授業になるのか、楽しみでワクワクしてくる。
だがその前にオレには、貴族科の授業という試練があるのだ。
領地経営に関する授業であれば、テストさえ合格すれば、全て免除されるのだが、貴族科の授業には実技もあるのだ。
それがあの悪名高い、礼儀作法の授業だ。
その授業は歯の浮くような恥ずかしい言葉使いを強要され、できないと鞭で叩かれるというかなり鬼畜な授業なのだ。
「はい皆さん! 今日は初日ですので、社交の最も基本となる、挨拶からしていただくざます!」
この国で淑女の挨拶といえば、カーテシーだ。
カーテシーとは片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝をまげた状態で、背筋を伸ばし、挨拶の言葉を述べるというお上品な挨拶だ。
ちなみに紳士の挨拶もあるが、男性が行うのは、会釈のみという簡単なものが一般的だ。
「ヨーレシア様!! 腰の角度が違うざます!!」
ピシッ!!
「いて!!」
「言葉がお下品でざます!」
ピシッ!
「あいて!!」
このおばはんは、マダム・ヴィーゼレーラという名前で、この学園の名物おばはんだ。
とにかく生徒のやることにけちをつけて、鞭を振るうと噂の、どエス鬼畜ばばあなのである。
しかも先ほどから執拗にオレばかり鞭で打ってきてとてもうざい。
「マダム・ヴィーゼレーラ! 先ほどからヨーレシア様ばかり鞭で打つのは酷いと思います!」
たまりかねたフランちゃんが、オレを庇うように前に出た。
「なんですって? 貴女にも教育が足りていないようですわね・・・・」
するとマダム・ヴィーゼレーラは鞭をしならせながら、フランちゃんに迫る。
このばばあ・・・フランちゃんまでその鞭で打つ気か?
オレはフランちゃんの肩にそっと手を置き、首を横に振る。
フランちゃんはそれで何か悟ったのか、オレの後ろに下がった。
「あのぉ・・・・わたくしのカーテシーのどこがいけないのか、はっきり手本で示していただかなければわからないのですけど?」
オレはそのおばはんに、オレのカーテシーのいけない点について、優しく尋ねてみた。
「口答えは許しません! 淑女であればそれぐらい知っていて当然です! 出来ないなら、どこがいけないのか自分の頭でお考え遊ばせ!」
ビシッ!!
「いて! いい加減にしろばばあ!!」
するとおばはんは、そんな横暴な態度に出たのだ。
そんなばばあの態度に、オレはついに切れた。
「まあなんて言い草でしょうか!?」
血相変えて再び鞭を振るってくるが、これ以上その理不尽な鞭を喰らう気はない。
「まあ! 避けましたわね!?」
「そんなに偉そうなこと言うのなら、貴女はさぞ美しいカーテシーをなさるのでしょうね? それとも見本を見せられないのは、実はたいしたカーテシーが出来ないからでしょうか? そんな口先だけの方なら、授業をする資格はありませんよ!」
「むむむ!! いいでしょう! 見本をお見せしますので、その目でしかとご覧あそばせ!」
本来この国のカーテシーには、基本以外の細かい作法など存在しないのだ。
だとしたらそのルールは、このおばはんの考えた、生徒をいびるための独りよがりなものだ。
「「おおおおお!!」」
「すごいわさすがマダム!」「美しい!!」
だがマダム・ヴィーゼレーラの、美しいカーテシーに皆が称賛の声を上げた。
悔しいことにそのおばはんのカーテシーは、後光がさしたかの如く、美しいものだったのだ。
それは洗練された、細かい所作に裏打ちされた、美しさであると感じた。
「いかがでしたかヨーレシア様?」
おばはんは勝ち誇ったような笑顔で、オレにそう尋ねてきた。
だがあえてオレは、心を鬼にしてこう言おう。
「腰の角度が違うざます!!」
ぴたん!!
「ひいい!!」
オレはマダム・ヴィーゼレーラの手の甲に、渾身のしっぺを喰らわせてやった。
「わたくしのカーテシーのどこがいけないというのですか!? 説明してごらんなさい!!」
するとマダム・ヴィーゼレーラは手の甲をさすりつつ、怒り心頭でオレにそう尋ねてきた。
「口答えは許さないざます! 淑女であればそれぐらい知っていて当然ざます! 出来ないなら、どこがいけないのか自分の頭でお考え遊ばせざます!」
オレがそう答えるとマダム・ヴィーゼレーラは、唖然とした表情でオレを見つめた。
人は人の立場に立たなければ、他人の本当の痛みがわからないものである。
オレはこのおばはんの、無駄に高くそびえたった鼻っ柱を叩きおり、それを思い知らせてやったのだ。
「認めましょう・・・・。確かにわたくしの教育では、無駄に生徒に苦痛を与えていただけのようですからね」
「そうですわね。徹底的に心を折り、洗脳まがいな教えをするのは、どこかの軍隊だけにしてくださいませ」
オレは前世で見た軍人映画の中に、そんな内容があったのを思い出しながらそう言った。
「ではヨーレシア様・・・・。改めてカーテシーの見本を見せていただきましょう!」
そうおばはんは鞭を指でしならせながら、迫力のある笑顔で言ってきたのだ。
だが現在スーパー幼女なハイスペック脳の、オレの記憶能力を甘く見てはいけない。
「「おおおおおお!!」」
「さすがヨーレシア様ですわ!」
「マダムと寸分たがわぬカーテシーだわ!」
オレが先ほどのおばはんのカーテシーを、何一つ間違えることなく真似て見せると、生徒達から称賛の声が上がったのだ。
「お、おほほほほ! た、確かに素晴らしいカーテシーでございました・・・。ただ指の角度が少ぉ~しですが、違ったように思えます・・・・」
おばはんは青筋をたてながら、笑顔でオレにそう告げてきた。
悔し紛れにしても、もう少しましな発言をしてほしいものだ。
このばばあ・・・・。
「何かおっしゃいました?」
「いえ。空耳でしょう」
「「おほほほほほほほ!!」」
オレは笑顔でおばはんと睨み合いながら、高笑いをした。
こうしてオレはこの授業で、怒りながら笑うという、特殊なマダムスキルを獲得したのだった。
「ほっ! はっ!」
「また躱しましたわね! 素直に制裁をお受けなさい!」
オレはいまだにこりない、そのおばはんの攻撃を、これからは避けてやることにしたのだ。
冒険者を続けていたせいか、バランさんの特訓のたまものか、オレの回避能力は格段にアップしていた。
おばはんのその眠たい攻撃など、例え不意打ちであってもかすりもしない。
「はあはあ・・・・」
だがお年のせいかマダム・ヴィーゼレーラは、授業が終わることには、青ざめながら肩で息をしていた。
「これに懲りて、もう少しお年を考えた授業をなさった方が、よろしいのではないざますか?」
「おだまりぃぃ!! 次回の授業では覚えてらっしゃい!! あとわたくしはそんなにざますざます言っていないざまぁす!!」
そう言うとマダム・ヴィーゼレーラは、ずかずかと音をさせながら、教室を出ていった。
歩き方がお下品ざます!
「きぃぃぃぃ!! むきぃぃぃぃ!!」
どうやらオレの心の声が、おばはんに聞こえていたようだ。
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