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初恋

 サーラは目の前が真っ暗になり吐き気を覚え、立っていられなかった。自分がどんなに努力してもイザヤは微笑んでくれる事は無かった。何時も難しい顔をして、時には苛立っているような顔しかしてくれなかったのだ。それなのにあの少女には欲しかった顔をしている。

 サーラは絶望で胸が締め付けられるようだった。この数年の努力が全て泡のように消えていった。

 どれくらい其処に立っていただろうか?身体は硬直して石となったかのようだった。重い足を動かして心の赴くままイザヤの居室へと向かった。すっかり陽は暮れて、彼の部屋の扉から灯りがもれていた。イザヤは在室しているようだった。サーラは静かに扉を開けた。

 その音に気が付いたイザヤが振り向いた。


「サーラ?どうしたのです?今は何も無い筈ですが」

 イザヤは何時も自分に対して丁寧な言葉を使う。それはカサルアに対してもそうだが彼とは違うのだ。カサルアに対しては絶大なる敬意であり、自分に対しては他人行儀なものだからだ。決して心を許す事の無い一線を引いた感情の表れなのだ。只一度、ルカドの転換時にのみ感情のままに言葉をぶつけられた事があった。それも何年前だっただろうか―――それ以来、彼の感情が揺れる事などなかった。

 サーラは、ふと、そんな事を思い出した。

「・・・・・用が無ければ、此処に来たら駄目なの?」

「そう言う意味では・・・・サーラ?」

 サーラの様子がおかしかった。自信に満ちて輝いていた瞳はまるで迷路を彷徨っているようだった。

「ねえ、イザヤ。私の事・・・・どう思っている?」

「何を突然言い出したかと思えば・・・ルカドといい貴女といい、何を私に求めているのか?」

「求める・・・・そうね、私は昔からずっと求め続けていたわ。そう、幼い頃からずっと・・・貴方だけを求めていた―――貴方が好き!貴方をずっと愛しているのよ」

 サーラは今まで素直に言葉に出来なかった想いを叫んだ。そして答えを聞きたかった。貴方は?と。

 イザヤは思いがけない告白を聞き、さすがに無表情が崩れた。驚きに銀灰の瞳を見開いた。

「な、何を・・・突然そんな事を・・・」

「わ、わたしは――」

 サーラの言葉の途中でイザヤの表情が一切無くなった。もう、何時もの彼だった。サーラは言葉を飲み込んでしまった。そう・・・何時もの冷たい顔・・・・見慣れているとは言っても今日ばかりはかなり堪えた。

「今はこのような話をする時期では無いでしょう。それに――」

 サーラは彼の話が終わる前に踵を返した。もう続きの言葉を聞きたくなかった。

「サーラ!」

 扉が閉まる隙間から彼女の瞳が見えた。悲しげな色に彩られたその瞳には光るものがあった。涙?勝気な彼女の涙など今まで見たことは無かった。


「さようなら・・・イザヤ」


 扉が閉まる音と別れを告げた声が重なった。

 イザヤは追いかけようとした足を止めた。追いかけたとして、どう言えばいいのか分からなかった。今でも彼女が自分の事を想っていたという事実は衝撃だった。何時も何か言いたそうな表情だったが、特にそのような素振りが無かったからだ。いずれにしてもこの雌雄を決するこの大事な時期に色恋沙汰にかまけている場合では無いのだ。そう思う心の奥では何かがざわめいているようだった―――

 本当にこれで良かったのだろうか?と何手も先を見通す事が得意なイザヤが珍しく判断に迷いがあったようだった。


 それからのサーラはさすがに普段通りには出来なかった。これ以上傷付きたくなかったからだ。イザヤを避け、目を合わす事も無かったが、任務をおろそかにする事は無かった。今まで以上完璧に、全てを忘れるかのように打ち込んでいたのだった。

 サーラが避ける分、逆にイザヤは彼女が気になって仕方が無かった。しかしあの日以来、必要以上の言葉を交わす事は無い。今までもそんなに話をしていたとは思わなかったが、まるで違うのだ。今までどれだけ彼女との距離が心地良かったのかと思い知った。たわいの無い話に軽やかな笑い声―――

 頭に過ぎるのはそんな彼女の姿だった。そして、あの夜の瞳―――



 ―――時は流れて、そして全てが終わった。


 ゼノアに勝利し、全ては終わって・・・・嫌、全てが今から始まるのだ。新たなる世界の幕開けに相応しい〝陽の龍〟を王座に戴き、四大龍の輩出。それらを中心とした各州での州公達の統治は始まったばかりだった。イザヤのする事は山積で充足した日々を送っていた。だが何か足りなさを感じていた。

 そう何かだ―――その何かがイザヤには分からなかった。全ては計画通りで満足出来る結果を出しているというのにだ。


「お久しぶりでございます。天龍王陛下」

 凛とした歯切れの良い声―――サーラがカサルアを後ろから呼びとめた。

 共に歩いていたイザヤは、はっ、としてカサルアより早く振り向いた。

 此処は天龍都のカサルアの居城「青天城」の一角だった。震龍州の砦と同様、その城は開放的な様相で、誰かれと気軽に行き交いながら会話するそんな感じだ。

 王となっても何ら変わることの無いカサルアはその誰をも魅了する笑顔を向けた。

「サーラ!随分、顔を見せなかったな?元気だったか?」

「はい、陛下もお変わりなく何よりでございます」

「そんなに畏まらなくていい。それよりもサーラ、益々綺麗になったな。それに今日は珍しく男装では無いんだな。とても綺麗だ。なあ、イザヤ?」


 サーラは本当に珍しい装いだった。公式の場でも彼女は男装をしていたのに、今日は艶やかに胸元が大きく開き、美しい身体の線を強調するような身体にピッタリそった衣装を着ていた。そして長く形の良い足が横に深く切れ目の入った衣から見えている。

 イザヤはこんな姿のサーラを見るのは初めてだった。だが―――

「そうですね。サーラ殿のお噂は方々で聞きますから」

 イザヤはそう答えているのに肝心のサーラを見てはいなかった。

「・・・・・・・・・・」

 サーラは無言でそんな様子のイザヤを一瞥した。

 カサルアはそんな二人を交互にチラリと視線を流したが、何食わぬ顔で話を続けた。

「それで、サーラ、忙しい君が突然此処に来た訳は?」

「・・・・申し訳ございません。時間が空きましたので急に思い立ちまして伺いました。色々な話が陛下に届く前に私自身から申し上げたかったものですから」

 サーラは言葉を切った。

「何?」

「はい、この度、私は隣州の兌龍州の公子と婚姻する事にいたしましたので報告にまいりました」

「兌龍州の公子?もしかして二番目の?」

 イザヤは聞き返すカサルアの声がまるで遠くに聞こえた。


(何だって?サーラが結婚する?兌龍州の公子と?)


 馬鹿な!と言いたかった。兌龍州の二番目の公子といえば愚鈍では無いが特別優れたものも無いごく平凡な男だった。サーラとは不釣合いもいい所だ。彼女にはもっと相応しい男で無いと許せなかった。


(許せない?何故だ?)


「ええ」

「本当に君はそれで幸せなのか?政治的にとか、誰かの為にだとか考えていないだろうな?」

 サーラは静かに微笑んだ。

「穏やかで誠実な方です。私は幸せになりたいと思っております」

「―――そうか。ならいい。祝福しよう」

「ありがとうございます。それでは急ぎますので失礼致します」

 サーラはそう言うと丁寧に頭を垂れて礼をとると、その場から離れて行った。遠ざかる彼女の後ろ姿を見送りながら、カサルアは隣で相変わらず平然と立っているように見えるイザヤに声をかけた。

「いいのかイザヤ?サーラを行かせてしまって」

 その声にイザヤは、はっ、と我に返った。彼は平然としていた訳では無かった。己の想いに耽っていたのだ。

「あの公子では駄目だ。サーラには似合わない」

「似合わないと言ったって、彼女が好きなら仕方が無いじゃないか」


(彼女が好き?サーラはその男を愛していると言うのか?)


 そんな事は無い!そんな筈は無い!と心の奥でまた誰かが叫んでいる。

 そんな彼の様子をカサルアは愉快そうに見ると、追い討ちをかけてきた。

「イザヤ、お前は本当に自分を抑えるのが習慣になっているようだな。たまには自分を解放するのも大事だと思うぞ。どうなんだ?お前、サーラの事が好きなんだろう?」

「ははっ、何を言い出すかと思えば馬鹿な事を。私は、彼女は貴方に相応しいと思っておりましたから」

「私に?それこそ要らぬ世話だ!本当に良いのか?お前、平静な振りをしているつもりだろうが全くなってない。お前のそんな顔は初めて見るな。やせ我慢せずに行ったらどうだ?イザヤ?」

 カサルアの言った通りだった。イザヤは何時ものようにしていたつもりだったのだろうが、完全にその表情は戸惑いと焦りに彩られていた。


 何時も生意気で我が儘だった少女。艶やかな女性となって現れた後は、自分と対等に渡り合っていた。目を惹かれずにはいられなかった。その彼女が、自分が認めない男のものになると言う―――


(認めない!認めてなるものか!)


 イザヤは走りだした。

「サ――ラ――っ!」

 風がサーラを押し留めるように吹いた。朱金の髪が舞い上がる。

「・・・・イザヤ?」

 イザヤは振り向いたサーラの手首を、荒々しく掴んだ。

「駄目だ!サーラ。私は認めない!」

 サーラは驚いて瞳を見開いていた。

「何を?あの人の事?」

 〝あの人〟と親しげに言う言葉にイザヤはカッとなり、彼女の残ったもう片方の手首をもっと強く掴んだ。

「許さない!どこが良いんだ、あんな平凡な男!」

「何故?何故そんな事を貴方が言うの?関係ないじゃない!貴方には全く!勝手な事を言わないでちょうだい。あの人は貴方なんかと違って、とても優しいし何よりも私を愛してくれているわ!」

「愛してくれるなら誰でもいいのか?誰でもいいと私には聞こえる。それともお前は・・・お前も愛しているのか?」

 サーラは大きく瞳を見開いて首を振った。

「貴方が・・・貴方がそんな事を問うの?私の気持ちを知っていて?」

 悲しく喉から搾り出すような声だった。イザヤは我に返った。何と言う事だ!あの夜の日からずっと?愚かなのは自分だった。先にその手を振り払ったのは自分だったのだ。今更だと彼女が言うのは当然だった。


 決別するかのようにイザヤの手を振りほどこうとするサーラを、イザヤは強引に引き寄せると手首の縛めを解き、両手は彼女の背中へとまわした。イザヤの広い胸の中にサーラはすっぽりとおさまった。突然の抱擁にサーラは驚き、逃れようとしたが彼の鋼のような腕はピクリとも動かなかった。抗えば抗う程その腕の力が増し、彼女を強く抱きしめていた。

 初めて腕の中へ抱いたサーラは見た目より更に細く、力を込めれば壊れそうだった。だが力を弱めれば自分の手が届か無い所へと行ってしまいそうで怖かった。

「・・・・サーラ。行くな。行かないでくれ!」

「なっ!何を言っているの?そんな――あっ・・・・」

 反論する彼女の唇をイザヤは無理やりにふさいだ。驚きに瞳を見開いたサーラだったが、イザヤの有無を言わせない性格そのままの口づけに、されるがまま身を委ねていった。そしてサーラもその情熱的な口づけに戸惑いながらも応え始めたのだった。長く甘く続く口づけは永遠に続くように思えた。

 余韻を残しながら顔を上げたイザヤは、まだ呆然としているサーラを真っ直ぐに見つめた。

「サーラ。愛している―――」

「!」

「私は本当に愚か者だった。他人の心理を読み操作するなど何時もしていると言うのに、己の心が一番分かっていなかった・・・・許してくれ・・・許すと言ってくれ。そして何処にも行かないと、私の腕の中にいると言ってくれ。言うまでサーラ、お前を放さない・・・」


「―――貴方って本当に勝手な人だわ。それに絶対、否とは言わせない・・・私は貴方の腕の中にいるのは嫌よ!」


「サーラ!」

 やはり、もう遅かったのか?いつも後悔などする気もなければ、したことも無いイザヤが初めて後悔した。

「イザヤ、貴方、勘違いしていない?私は貴方に守ってもらう必要なんか無いわ。私は私の力で立つ事が出来るのよ。貴方の隣にね」

 サーラは微笑んだ。

「サーラ?」

「――私の一大決心が水の泡よ。頭が痛くなるわ。どうしてくれるの?責任を取りなさいよ!」

「無論。いかようにも」

 膨れ面のサーラにイザヤが微笑んだ。間近で見た彼の初めての笑顔は、サーラが一番欲しかったものだった。やっと手に入れたのだ。長年の初恋をあきらめる為に決意したものだったが、逆にイザヤへの最も効果的な一手となったのだった。


 サーラは自分に優しく微笑む切れ長の銀灰の瞳を見つめながら遠い昔を思い出していた。雪が降り積った銀世界の中で彼と初めて出会った。冷たく綺麗なその姿は、ちっぽけな自分を全く相手にしてくれなかった。それが悲しくて泣くよりも怒って雪をぶつけていた。そして驚いたイザヤが初めて自分を見てくれた時に私は恋をした―――

 サーラは、くすっ、と笑った。

「どうした?」

「何でも無いわ。昔を思い出しただけ・・・貴方は意地悪だったなぁ~って」

「それを言うなら、お前は相当に我が儘だった」

「それはそうよ。貴方にかまって欲しかったのだから当然よ。貴方が悪いのよ」

 イザヤはあきらめたように首を傾げると、サーラがこれ以上毒舌を吐かないように再び彼女の唇を塞いだのだった。

 その様子を密かにカサルアとルカドは見守っていた。

「やれやれ、手間のかかる奴だ。人にはあれだけ気を回してズケズケ言うのに、自分の事は本当に無関心だったからな」

「でも本当に良かった。ぼく安心しました。兄さんには今まで苦労した分、幸せになって欲しいから。二人はお似合いですよね?」

 そうだな、とカサルアも同意して二人はそっとその場を離れて行った。


 四大龍「銀の龍」の称号を持ち天龍王の片腕であるイザヤと、「乾龍州」州公のサーラはその後、全州で最も忙しい恋人同士になったのは言うまでも無い―――


~終~


真面目にルカド&イザヤ→ラブになるかと焦ってしましました。女の子は弱々しく守ってあげたいタイプが好みですがサーラは結構気に入っていました。もっと書きたかったのですが、外伝は短編でと思っていたので簡潔にまとめました。物足りないと思った方、申し訳ございませんでした。このまま続編で短編の「銀とサーラ」を続けます


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