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風の宝珠

 通された客室の扉が閉まると同時に、サーラは溜息まじりにルカドへ問いただした。

「それで、お前は何をしに来たの?それにイザヤは?」

 ルカドは彼女に答えていいものか迷った。お披露目の日以降、何度かは会ったがほとんど話す事も無かった。近寄り難い雰囲気だったのだ。彼女は常にその場の中心であり辣腕の宰相である母さえもその影のような感じがしていたのだ。だからこそ信頼出きる気がした。そう決心すると事の経緯を全て話したのだった。

 時折、爪を噛みながら話を聞いていたサーラは、じっとルカドを見つめていた。そして彼の独白が終わると、サーラのその何の色と表現したら良いのか分からない不思議な色の瞳に強い光りが宿った。

「お前の決心は良く分かったわ。私がオーガ公からその禁忌の貴石を譲ってもらってあげる」

「え?サーラ様が?」

「公は私の希望を叶えるしかないのよ。私の機嫌をとってより多くの農産物を仕入れたいでしょうからね。だから難なく私なら出来るわ」

 此処はお金に不自由の無い州だが作物の実りが乏しい。サーラの乾龍州で豊富に実る農作物は喉から手が出るくらい欲しいのだ。だから好条件で取引したい為、何かとサーラ達の機嫌をとろうとするのだった。

 程なくサーラは禁忌の貴石を手にして戻って来た。彼女が差し出した手のひらで、妖しく輝く石をルカドは見つめた。


 望みを叶えてくれる希望の石なのか、死をもたらす滅びの石なのか?〝生か?死か?〟


 ルカドは恐る恐る手を伸ばしてその貴石に触れようとした瞬間、サーラはその石を手の中に握りこんだ。そしてルカドに視線を合わせ、ゆっくりと問いかけた。

「ルカド・・・もう一度聞くわ。本当にやるのね?」

 ルカドは伸ばした手はそのままで、コクリとつばを飲み込んで頷いた。

 サーラはゆっくりと指を開きルカドに石を手渡した。

 その石は見た目の大きさよりずっしりと重かった。ルカドは大事そうに両手で包むように感触を確かめた。その彼を横目で見ながらサーラは静かに言った。

「それ、イザヤに言っては駄目よ。絶対に反対される・・・それに誰に力を注いで貰う訳?風の龍としないと意味は無いのでしょう?イザヤは絶対にしないわよ。お前が大事なんだから・・・」


 ルカドは、はっ、とした。そうだった―――この先の事は考えていなかったのだ。


 当惑した表情のルカドを、ちらりと見たサーラは溜息をついた。

「お前、大人しそうなのに無鉄砲なのね。誰もそんな相手をしてくれないわよ。後味悪いじゃない?ほとんど失敗するのだから自分が殺すみたいでしょう?誰もしたくないわよ。そんな役」

「あっ・・・・・」

「考えても無かったという顔ね?―――分かったわ、私がしてあげる。私は炎の属性が強いけど、風の属性もある双龍だから、お前に協力してあげる」

「本当ですか?でも・・・どうして?」

「そうね・・・お前と私では全く違うようでいて同じようなものかと思ってね。振り向いて貰いたいのに完全な無視――私の存在なんて道の端に転がる石のようなもの。苦しくて、いっそ自分の存在を消してしまいたくなった時もあったわ。だけど私の立場はそれを許されないし、それらを全うする責任と義務がある・・・・私には出来なかったけど、お前の覚悟に付き合ってあげる。もし、お前が死んでイザヤに一生怨まれるならそれも良いと思う。無視よりずっと良い―――」

「サーラ様・・・・兄さんの事をそんなに?」

「喋りすぎたわ。今の話は忘れなさい。いずれにしてもこの城でするのは不味いから、明日此処を出てからにしましょう。出来れば自州に戻った方が都合良いのだけれど、イザヤが待ち構えているでしょう?次元回廊でも使われると厄介だし・・・・何とか目を盗んで実行しないとね。分かった?ルカド」

「はい、サーラ様。ありがとうございます。ぼく絶対に風の宝珠になります!」

 嫌な役を引き受けてくれたサーラに感謝しながらルカドは祈った。


 成功しますように―――と。


 翌朝、早々に城を後にしたルカドとサーラを待ちうけていたのは当然ながらイザヤだった。

「あら?もう商人ごっこは止めたのかしら?」

 馬車から顔だしたサーラは皮肉たっぷりに言った。

「・・・・・サーラ様。この度はルカドがお世話になりました。お礼を申します。さあ、ルカド」

 一緒に来いと銀灰の瞳は命令していた。

 ルカドはその視線を避けるように俯くと、手の中の石を握りしめた。

「直ぐに帰すとは言って無いわよ。イザヤ」

「サーラ様」

「怖い顔をしても駄目。お前のそんな顔私は何時も見慣れているから平気。ちょっと城下町で買物にでも付き合ってもらっても良いでしょう?こんなとびきりの宝珠を連れて歩いてみたいじゃない?」

「貴女が?」

 イザヤは怪訝そうに言った。記憶する限り彼女は普通の少女のような戯れはした事も無く、どちらかといえば毛嫌いしていたからだ。

「そうよ。私だって普通の女の子の龍のようによ。だから供もいらないわ。お前達は此処に残ってなさい。直ぐに戻るから」

 サーラはそう言うと従者達に指図してルカドを伴って、軽やかに馬車から降りると城下町の方角へと歩きだしたのだった。

 ルカドは、ちらり、と兄を横目で見たが付いてくる気配は無いので胸を撫で下ろした。悪いことをしているかのように動悸が鳴り止まない。一刻でも早く兄の傍から離れたかった。


 賑やかな通りを抜け、人の波を縫いながら二人は人通りの少ない路地裏へと進んで行った。建物の影に入ると其処は肌を刺すような強烈な日差しを遮る格好の場所だった。

 緊張と暑さで額から流れる汗を手で拭ったルカドはサーラを見た。彼女は汗一つかいてなく涼しい顔をしている。龍は己の体温を調節する事が出きるから気候はさほど関係無いのだった。宝珠だった麗しの母親とは程遠い十人並みの容姿だと、皆はサーラを批評していたがルカドは今の彼女を見て、とてもそうとは思えなかった。意志が強く凛とした眼差しをした彼女を眩しく感じるのだった。

 サーラが、ぼう~と自分を見つめていたルカドを正面から見返してきた。

 その瞳は何とも不思議な色合いだった。龍の瞳の色は己の力の源に要因するがサーラのように源が一つで無い場合、特定の色にならないのだ。光りの加減によって変化するのだった。

 ルカドは再び魅入ってしまった。

「ルカド!何ぼやっとしているの?さっさと済ませるわよ」

「あっ、は、はい!」

「・・・・・・覚悟は良い?」

 ルカドは口元を引き結んで力強く頷くと、禁忌の貴石を差し出した。

 その石を一緒に包み込むようにサーラが手を重ね、石に向かって力を放出し始めた。逆にルカドはその石からサーラの力を自分の中へと取り込んでいく。二人を中心に金色に輝く風が渦巻いているようだった。


「何をやっているんだ!」


 イザヤの大きな声が聞こえた。様子のおかしい二人を後からつけていたのだった。人通りから消えたと思ったら、強い力の放出を察知して急ぎかけつけたのだ。

 尋常では無い様子の二人をイザヤは引き離しにかかったが強力な力場で手が出せなかった。そこでイザヤも力で押さえつけようと龍力を右手に集め出した時だった。サーラが叫んだ。

「イザヤ!邪魔をしないで!貴方は黙ってルカドを見守りなさい!この覚悟をしっかりとその瞳に焼き付けて心に叩き込むのよ!」

 イザヤは、はっ、として二人の重ねた手を見た。妖しく光るその石を―――

「ま、まさか・・・・禁忌の・・・」

 力が突然消滅したと同時に、ルカドが力なく倒れ込むのをイザヤは素早く支えた。

 肩で息をしながらルカドは弱々しく兄に告白した。これが最後かもしれないからだ。

「兄さん・・・ごめんなさい。ぼく、どうしても兄さんの宝珠になりたかったんだ・・・・」

「ルカド、お前・・・・」

 イザヤは言葉を続けようとした時、ルカドの拒絶反応が始まった。狂ったように手足をバタつかせて痛みで叫び声を上げだした。イザヤはどうする事も出来ずに暴れるルカドを抱きしめた。


「サーラ!こうなる事は当然知っていたはずだ!何故した!」


「相変わらず他人の気持ちが分からないのね?」

「私に対する嫌がらせか?それならやりすぎだ!ルカドに、もしもの事があったらお前を一生許さない!」

 常に無表情を崩さない彼が、まるで砂漠に吹く灼熱の風のように激した。イザヤにとってルカドは特別な存在だったのだ。苦境の中、幼かった弟の無垢な笑顔や仕草に何度も心が救われていた。ルカドが物心付き始めた頃になると、自らの感情を制御できるようになり、もうルカドの助けなどいらなかった。だが彼の存在は心の奥深くにしまわれた聖域のようなものだったのだ。

 サーラはそんな彼の感情など昔から知っていた。自分がそんな存在になれるものならなりたかった。でも結局は関心を引く為の嫌な事ばかりをしていた。


 そして今回は最大のもの―――


 嫌がらせのつもりでは無いが、彼はそう思うだろうと予想はしていた。ルカドにも言ったが無視されるよりずっと良い。悲しいような嬉しいような複雑な顔をしてサーラは何も返答しなかった。

「ち、ちがう・・・サ、サ―ラ様は・・・うっ、うわわわっ――」

「ルカド!」

 見るに耐えない苦しみようにイザヤさえも目を覆いたくなった。可憐な容姿はゆがみ、喉がつぶれるまで叫んでいる。イザヤはただ見守るしかなかった。ほとんど死に至らしめると云われる禁忌の力の転換は自殺と変わらないのだ。ここまでの決意を弟にさせてしまった自分をイザヤは悔やむしか無かった。安全な場所で守りたいと思う心が裏目に出たのだ。何と言う皮肉だろうか?このままルカドを亡くすのだろうか?

 イザヤは行き場の無い怒りをサーラにぶつけてしまった。彼女が生まれる前から男だったらジェマが花嫁で、女だったらイザヤの花嫁にと決められていた。親達の呆れた約束事だった。平和な時代ならまだ良かった。しかしあの事件後、自分はまだいいが幼い妹や弟達から母を奪って成長した彼女に対して反発を感じていた。

 だが常に気になる存在でもあった。容姿はさほど気にするものでも無かったが博識だからろうか?機知にとんだ会話は皆を魅了していた。それに一般の令嬢達とは違い、飾り気の無いさっぱりとした性格で男女を問わず常に輪の中心だった。だから自然と目は彼女を追っていた次第だ。だがそんな自分を認めたく無くて無関心を常に装っていた。

 彼女が自分に好意を寄せているのは薄々気がついていた。しかしこの情勢の中、切れるものは例え親や兄弟であろうとも断ち切って望むのが当然だと思っていた。深みにはまる前に断ち切ったのだ。恋にうつつを抜かす暇は無いからだ。


 ルカドが再び痙攣して、つぶれた喉からかすれた叫び声をあげたと思ったら急に大人しくなった。そして左手には金色の珠紋がくっきりと浮かびあがり、身体全体がその光りで輝き始めたのだ。その強力な珠力は風だった。

「ルカド・・・・」

「―――兄さん・・・ごめんね、心配かけて・・・」

 かすれた声だったが言葉ははっきりとしていた。拒絶反応を乗り越えて転換を成功させたのだ。イザヤの腕の中でルカドは辺りを見回した。

「兄さん、サーラ様は?」

 イザヤは、はっ、として振り向いた。彼女がいた筈の場所には陽の角度が変わってしまって明るく照らされた埃っぽい地面がぽっかりと見えるだけだった。

 ルカドの変化を確認したサーラは静かにその場を後にした。心の中でルカドを羨ましく思い、そして自分も負けられないと思ったのだった。あの気弱なルカドがイザヤと並んで歩む為に死を覚悟してまで望んだのだ。自分は今まで何をやっていたのだろうと悔しくなった。結局、自分の立場に甘えていたのだ。

「私も―――」

 サーラは、ある決意を胸に抱き離龍州を後にするのだった。


 もともと珠力の潜在能力が強かったルカドはこの転換で完全に覚醒したようだった。しかも望んだ通りの風の特性を持ちイザヤの龍力に十分対応できる宝珠となったのだ。そしてイザヤに無二の誓いを捧げ契約の宝珠となった。さすがのイザヤも此処までしたルカドの心を酌んだのだった。


 それから三年、あれ以来サーラとは会っていなかった。今でも彼女の悲しいような嬉しいような顔が、ふとした時に鮮明に過ぎる。何を思ってそんな顔をしていたのだろうか?と気になっていた。そして思わず投げつけたままの言葉もそのままだった。

 会ってはいないが彼女の噂は時折耳にしていた。今まで州を支えてきた宰相である母ネフェルをも凌駕する手腕を発揮していると云う。正式に州公になるのも間近だろうとも聞いている。

 今のところ故郷とは母との密約で表立った争いは無いのだが、そんな状態を何時までも続けていけるとは思ってはいない。新たなる条件を提示し、あの母を説得しなければならないだろうと思ってはいる。


(また行く必要があるな・・・)


 イザヤは軽く溜息をつくとカサルアの執務室の扉を叩いた。

 カサルアの招き入れる言葉と共に、扉を開いて入室したが先客がいた。鮮やかな朱金の豊かな長い髪を背中に流したその龍は、男の服装をしていたが女性だった。すんなりと伸びた手足に見事な曲線を描いた身体。振り向いたその容貌は極めて艶麗だった。


 あでやかで美しい―――


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