表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

宝珠の属性

 〝他にも宝珠がいるんだから負けないようにね〟


 とジェマが言っていた。確かに龍と未契約の宝珠がこの砦には何人もいた。もちろん龍と契約した宝珠達もいたが彼女らはその主である龍と行動を共にする事が多いのであまり接点が無かった。

 此処に来て数日で、兄イザヤが遠い存在だと言う事が身にしみて分かった。カサルアがこの組織の指導者だがその片腕がイザヤで、先日は気さくに言葉を交わして貰っていた三人の龍達はイザヤと同等の力を持つ中心人物・・・・いわゆる幹部といったところだ。ゼノアに反旗を翻すだけあって巨大な組織となっているので近づく事も出来ない存在だった。その彼らに付き従う龍達と、当然ながら彼らに憧れる宝珠達は数多くいた。龍が宝珠を欲しても宝珠達が承知しない限り契約は成り立たない。宝珠があくまでも主導権を握っているのだ。しかし宝珠が龍を選び契約を促しても龍が断れば話にならない。しかし断るような龍は普通いないのだがカサルアを筆頭に他四名は例外だった。宝珠達の申し出は何時も軽くあしらわれていたのだ。望まれる事しか知らなかった宝珠達にとって考えられない事だった。


 宝珠達は頼もしい龍と契約を結びたいのは当然なのだが、此処にそんな目的の為に集まっている訳では無い。とは言っても志を同じくする力ある龍が集まるこの砦は宝珠達の大いなる希望でもあり楽しみなのだ。新しく入って来たルカドもそう言う意味では彼女達(ルカド以外皆女性だった)の競争相手の一人とみなされていた。しかも珍しい男性型。イザヤとの兄弟関係は伏せてあったにも関わらず、ある意味十分目立っていた。そして更に注目を集めてしまった事がおこってしまった。

 大人しく目立たず過ごしていた数日経ったその日。ルカドは仲間の宝珠数人と回廊を歩いていた。修練所に行く途中だった。歳若く経験の少ない宝珠達は力珠を磨く訓練を毎日行なっていた。何時でも戦線に出られるように日頃から鍛えるのが日課なのだ。


「やあ!ルカド。もう慣れたかい?」


 突然回廊から見える庭先から声がかかった。

 誰?と思う間もなく周りにいた宝珠達が歓喜の声を上げて騒ぎ出した。

「キャ――っ!ラカン様よ!」

「うっそ――ラシード様もいるわよ!」

 ニコニコと笑いながら歩いてくるのは宝珠達の憧れの的でもあるラカンと、寄り道をする彼が気に入らない様子のラシードの二人だった。

「何処に向かっているの?」

 ラカンはルカドの顔を覗き込むように言った。

「あ、あの・・・・」

「ん?何?」

「あ、あの・・・」

 ルカドの小さな声を聞き取ろうとラカンは更に顔を近づけてきたのでルカドは真っ赤になってしまった。龍力の強さに酔ってしまいそうなのだ。

「修練場です!ラカン様!」

 脇で答えたのはルカドと一緒に歩いていた宝珠達の一人だった。

「へぇ~そうなんだ。頑張ってるね」

 答えてもらった彼女は頬を染めながら輝いていた。ラカンと言葉を交わすなど若輩の彼女達にとってまたと無い機会だったからだ。

 ラカンは悪戯っぽく笑った。

「修練場と言う事は、ルカドは未経験だろ?龍との手合わせ?俺がつきあってやろうか?」

「ラカン!いい加減にしろ!そんな暇は無い」

 突然馬鹿な事を言い出した友にラシードは冷たく諌めた。

「暇?どうせカサルアが戻って来るまで俺ら暇じゃん!ほらっ、ラシードお前も来いって」

 ラカンは、さあ行くぞ!と言うなりラシードの肩をしっかり押さえ込むと彼を無理やり連れて行った。


 修練場ではちょっとした騒ぎになっていた。それは当然だろう。このような場所にまず現れない二人がいて、そのうえラカンが入ってきたばかりの宝珠の訓練を手伝っているからだ。

「そうそう、ルカド良いよ。そう、力を抜いて受け入れるんだ。そうだ。そう開放して・・・いいかい?少し力を入れるよ―――そう、そうだ。いいよ」

 ラカンの碧色にほのかに輝く龍紋の力を受けてルカドが輝き始めた。ラカンの右手がルカドの左手をつかんでいたが、その左手には珠紋が浮かび上がっていた。

 ルカドから注がれた宝珠の力を水の槍に変えたラカンはその槍を、退屈そうに壁にもたれかかっていたラシードに放った。

 一瞬の事だった。迫る水の槍から身をそらす事無くラシードは炎を放ち、力を相殺したのだ。その衝撃で周りは水蒸気でむせ返った。

「馬鹿か?お前?」

 力を放ったラシードは壁にもたれたままでラカンを一瞥しただけだった。

「つまらんなぁ~もっと驚けよなぁ~ほんとつまらん奴。なぁ~ルカド。ルカド?」

 ルカドは震えていた。初めて龍に力を注いでその力が倍増されるのを目の当たりにしたからだ。身体が自分の物じゃない感覚だった。


 身体から心までその龍に侵されるような感じ―――吐き気がしそうだ。何か喋らなければ・・・・


「あ、ありがとうございました。ラカン様。力の出し方・・・良くわかりました」

「そう?もう一回してみようか?」

「そんな!申し訳ないから良いです!」

「遠慮するなって!あっ、待てよ。ルカドは特性的に炎だからなぁ~ラシード!お前が相手してやれよ」

 周りの宝珠達から悲鳴のような声があがった。

 ラシードはもう付き合いきれないというような冷たい視線をラカンに送ると、さっさとその場から去って行った。宝珠を嫌うラシードがそんな事を承知する筈も無かった。

「ほんと!へそ曲がりなんだからなぁ~アイツはぁ~オイ!待てよ!じゃあ、ルカドまたな!」

 ラカンはルカドの頭をポンと叩いてラシードを追いかけて行った。

 呆然と二人の姿を目で追いながらルカドは、はっ、とした。周りの視線が痛かったのだ。特別扱いをされたルカドに対する嫉妬なのだろう。ルカドは居たたまれずその場から走りだし、二人の後を追った。

「ラカンさまぁ――」

 ラカンは立ち止まって振り向いた。同時にラシードも。

「どうした?」

「あの、お礼を言ってなくて・・・ありがとうございました」

「くぅ――っ。良い子だなぁ~ルカドは。ほんと!イザヤの弟とは思えないな。もっと付き合ってあげたかったけど君の場合だと特性と合う奴と練習した方が良いと思うよ。こいつは冷たいから付き合ってくれないけどな」


 特性が合うもの同士が一番理想だが、それに固執する事も無いとルカドは思っていた。増幅するのは同じだし、もちろん合えば言う事無いのは事実だが・・・・・イザヤは「風」だ。

「特性はそんな大事ですか?合わなくても宝珠の力は使えるのでしょう?」

「おめでたいな。お前死ぬぞ」

「ラシード!」

 ラカンがラシードを諌めるように鋭く名を呼んだ。

 だがそれを気にする事なく彼はその真紅の瞳でルカドを責めるように見つめた。

「宝珠はおめでたい。自分の力も分からず龍を選んでいるのだからな。お前、さっきラカンがどれだけ力を抑えていたか分かっていたか?特性が合わなければ力の強い龍の宝珠なんかになれないんだ。なったら最後・・・身体ごとバラバラだ!」

 ラシードは嗤っていた。その胸元をつかみながらラカンが怒鳴った。

「ラシード!お前そこまで言う必要無いだろう!」

「本当の事だろう?おおかたイザヤの宝珠にでもなりたくて追いかけて来たのだろうが・・・奴も迷惑だろう。力を注げない宝珠なんて無価値なうえ足手まといだ」


 ルカドは血の気がひいた。真意を言い当てられた上、力の差を思い知らされたのだから―――


 大きく見開いた銀灰の瞳から涙が溢れ出てきた。

「ルカド・・・」

「ぼく・・・ぼく・・・兄さんの宝珠にはなれないの?」

「ああ、そうだ。迷惑だろう」

「ラシード!お前!黙っていろ!ルカド、今日みたいに訓練してさ、力磨いたらさ」

「無駄だな。甘い事言って希望持たす方が残酷だろう?」

「ラシード!黙っていろ!」

「―――あ、ありがとうございました。良く分かりました・・・ぼく、これで失礼します」

 ルカドはきつく瞳を閉じて涙をぬぐうと走り去って行った。

「あ~あ。泣かせちゃったよ。お前ほんと!宝珠には最低な奴だな!だけど気づいただろうが?紅のラシードさんよ。あれは火の龍と組めばかなり化ける。お前の力でも受ける事が出来そうだ。女の宝珠が面倒ならあの子にしたら?男の子だったら恋愛沙汰にならないしな」

「・・・・・恋愛沙汰?そんなのが嫌で嫌っている訳じゃない」

 ラシードの瞳が暗く光った。

 ラカンは不味いと思った。これ以上、彼の閉ざされた心に踏み込むのは止めにした。

「いずれにしてもルカドも大事な仲間なんだから考えてやってくれよな」

 ラシードの心は其処には無かった。ラカンの言葉など聞こえていない。彼が時折見せる足元に広がる漆黒の闇を覗いているかのような表情だった。どれだけの傷が心に刻まれているのだろうか?ラカンにはそれを察する事が出来ても癒すことは出来なかった。ラシードの心の扉を開く事が出来る人物が現れるのはまだもう少し先の事だった―――

 ラカンは軽く溜息をつくとラシードの肩を叩いた。

「さあ、行こうか」



 ルカドは泣きながら走った。絶望で胸が苦しくて息が出来ない。誰かにぶつかって抱きとめられた―――その人は甘い花の香りがした。宝珠の中でも一番年上で実力も経験も一番で、皆から一目おかれているイリスだった。

「どうしたの?何があったの?」

 イリスはルカドがイザヤの弟という事は知っていた。彼女が事実上、この砦の宝珠達をまとめている人物だからだ。凛とした白い花を思わせるような彼女は優しく、慈愛に溢れて誰からも好かれていた。

 その彼女を見た途端、ルカドは更に泣きだしてしまった。幸いにイリスの部屋がすぐ近くだったので彼を部屋に入れて思い存分泣かせる事にした。

 ようやく気持ちが治まって泣き声も小さくなった頃を見計らってイリスが子守唄を歌いだした。優しい旋律と、透きとおるような声は次第にルカドの心を癒してくれた。

 泣きやんだルカドに彼女は再び同じ問いかけをした。

 するとルカドはポツリ、ポツリと話始めた。

「―――だからぼくは兄さんの宝珠になれないんだ。そうなったらもうぼくどうしたらいいか・・・・ううん、なれないなら死んだほうが楽かも・・・・こんなに胸が苦しいんだから・・・」

(ああ・・この子はもう既に龍を選んでしまっているんだわ。契約に関係なく魂にそれを刻んでいるのね)

 宝珠は龍を選ぶ。それは心に従って選ぶものだが無二を誓うまでその心は揺れ動くのは普通だった。誓いたい龍に出逢わない者もいれば、普通は複数と出逢ってしまう者が多い。そんな場合、宝珠は吟味をするのだ。自分を捧げるのに相応しい相手かどうか・・・・それがよく宝珠が〝お高くとまっている〟といった陰口になっているのだった。ルカドは早々に見つけてしまったのだ。そうなればもう他の龍は見えないだろう。でも彼はまだいい―――

「ルカド。ある宝珠の話をしましょうか?うんざりするぐらい龍達の申し込みが殺到した彼女は嫌気がさしたし龍も嫌いになったのよね。それで全てを捨てて旅に出たの。宝珠と分かったら大変だから顔を汚したり輝く髪は逆毛を立てたりしてみすぼらしい農家の娘のような格好をしてね。だけどその旅の途中で出逢ってしまったのよ。運命の龍に―――毒虫に刺された私を助けてくれた彼は地の龍だった。それは心地良い力で治してくれたのよ。力強い地の力に娘は驚きその力にも惹かれたけれど異性としても惹かれたわ・・・・」

「その宝珠は・・・・もしかしてイリス様の事ですか?」

「そう私の事よ。身体から毒が抜けて熱も下がり、久しぶりに湖で身体を洗って身支度をして彼の前に立った時の彼の顔ったら今でも忘れないわ」

「お、驚いたでしょうね」

 イリスは微笑んだ。とても綺麗だとルカドは思った。

「ふふふ。彼はその治癒の力を使って人々を助けていたわ。ゼノアに苦しめられた貧しい人々を中心にね。私も彼を宝珠として手伝いたかった。だけど私の特性は〝地〟では無かった―――」

 ルカドは、はっ、とした。

「それでも宝珠はある程度こなせる筈だった。だけど私は〝地〟だけは全く駄目だったのよ。しかも彼の力は強かった。そこで私は禁忌とされた貴石を探しに出かけたの」

「禁忌の貴石?」

「そう・・・その貴石は宝珠の特性を変える事の出来るもの・・・」

 ルカドの瞳が輝いた。

「じゃあ」

「だけど成功すればの話―――その石を使ってなりたい特性の龍と力を注ぎあうというのだけれど、その激痛に耐えられなくて死ぬ宝珠がほとんどという代物だったの。成功率は一割から二割・・・だから禁忌。それでも私は彼の宝珠になれないのなら死んだ方がいいと思っていたのよ。今のあなたと同じね。彼は宝珠なんかどうでもいい自分と普通の女性として結婚して欲しいと言ってくれたけれど私の宝珠としての性が承知しなかったのよ・・・・」

「それで?今、こうしているっていう事は・・・」

 イリスは悲しそうに首を振った。

「使って無いのよ」

「え?どうして?」

「その貴石を手に入れて戻って来た時、街は火の海だった・・・・ゼノアに皆殺されていたのよ。彼も最後まで抵抗したようだったけれど魔王に敵うものでは無かったわ。もう少し私が早く帰っていればと何度も自分を責めたわ。でもその転換が成功するとも限らなかったけれど、失敗しても自分が死ぬだけで彼が死ぬ姿を見なくて済んだでしょうね。彼は私の唯一の龍だった・・・・」

 ルカドは何と言っていいのか言葉が出なかった。彼女の言葉の端々には痛みがまだ残っていた。契約をした宝珠が龍の後を追って死を選ぶのは普通だった。契約したら最後、心が共に死ぬからだ。では未契約だった彼女はどうなんだろうか?新しい龍を選ぶのでも無く、亡くなった龍の影を想っている。

「私、死んでいないでしょう?簡単には死ねない。ゼノアを斃して彼が救いたかった人々の生活を取り戻すまではね。ルカド、簡単に死にたいと言うものでは無いわ。契約が出来なくても宝珠になれなくてもあなたの龍は生きているのだから・・・・彼の為に何が出来るのか考えるのよ。間違った答えを出したらいけないわ―――さあ、昔話はおしまい!でも、何かあったら何でも相談してね。一人で抱え込むのはよく無いから」

 彼女がどれだけの想いでこの答えを見つけたのか・・・・ルカドは自分が恥ずかしくなった。死にたい思いを抱えていてもそれを乗り越えて今を生きている彼女の強い心が眩しかった。お礼を言ってイリスの部屋から出たものの一つの言葉が頭から離れない。

〝禁忌の貴石〟成功率は一割から二割―――

〝答えを間違ったらいけない〟と言ったイリスの言葉も過ぎったが、答えは一つだった。

 その夜、砦からルカドの姿が消えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ