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イザヤの懸念

 カサルア達が本拠地とする震龍州の砦ではイザヤが珍しく外を見ながら溜息をついていた。いつも打ち合わせに使う中央の尖塔部分にあたる最上階の窓から眺める景色は、砦を一望出来る。だが彼の瞳に映っているのはそんな景色では無いようだった。

 その珍しい溜息を聞いたカサルアが書き物の手を止めてイザヤを見た。

「イザヤ、どうした?悩み事か?」

「いえ、別に」

 振り向いたイザヤは普段と変わらない無表情だった。

「別に――と言う顔でも無いようだが?」

 カサルアの金の瞳が見透かすように、イザヤの銀灰の瞳を射抜いた。

「・・・・貴方にはかないませんね。これでも人に気持ちを悟られるなど無かったのですが・・・」

「そうか?イザヤは分かりやすいと思うが?」

 イザヤは苦笑した。

「そう言うのも貴方だけです・・・・今日は妹ジェマが来るので少し考えていました」

「ああ、あの元気な妹さんか。砦の皆も大歓迎だろう、美人だしな。しかし、お前は反対だったよな?」

「ええ。しかし貴方が決められた事に否は申しません」

「・・・・・まぁ、イザヤお前の気持ちも分かる。私にも妹がいたから・・・危険な目に合わせたく無いと思う気持ちはな。だが彼女の決心は固く志も高く、私は逆に感動さえ覚えたよ。そんな彼女を受け入れなかったとしたらきっと個人で活動すると思った。それこそ危険だ。無茶しそうな性格じゃないか?」

 イザヤは再び苦笑した。

「貴方は本当に何でもお見通しですね。しかし貴方の身内の話は初めて聞きましたが妹君は今何処に?」

 朗らかに笑っていたカサルアの表情が一瞬のうちに変わった。まるで暗い海の底でも覗いているかのようだった。

「・・・・妹は・・今いない・・・」


(カサルア?)


 彼とは出逢ってから寝食を共にし、今まで出逢わなかった時間を惜しむかのように色々と話をし、お互い理解しあえていると思っているが・・・・カサルアには何か触れられないものがあった。その何かがイザヤの推測をもってしても分からなかった。金の瞳の奥に宿る心が見えないのだ。今の言葉から察するにカサルアの妹はこの世に存在しないのだろう。しかもあの様子だと普通では無い離別だったのでは無いか?と想像される。触れてはならない傷だったのではないかと―――


 イザヤが言葉を発しようとした時、妹ジェマの気を外に感じた。砦の結界内に入ってきたのだろう。しかしその傍には居る筈の無い弟ルカドの気も同時に感じたのだ。

 イザヤは先程まで何気なく見ていた窓から外を見た。正門から入って来た人物の顔まで判別出来る距離では無いがその二人に視線を送った。

 その時、ルカドは何かに誘われるかのように、ふと上を見上げた。

 距離もあり視線が合うなど考えられない状況で、イザヤとルカドの視線が絡み合ったのだ。それはまるで間近にいるような感覚だった。その吐息さえ聞こえるかのように―――

「兄さん・・・・」

「・・・・ルカド」

「イザヤ、どうした?」

 イザヤは、はっ、としてカサルアの方へ向き直った。

「いえ・・・妹が到着したようなのですが・・・弟も一緒でして・・・」

「弟?ああ、宝珠に発現したという?一番下の?」

「ええ、そうです。まさか!カサルアまたジェマに頼まれたなんて無いでしょうね?」

「ははは、違うな。でも良いじゃないか?お前の弟なんだから妹と同じく志が高いんだろう?歓迎すべきだろう?」

 イザヤは珍しく眉間に皺を寄せていた。


「弟は私や妹と違って物静かな性格ですから考えられません・・・・」

「そうか?まあ、いずれにしても会いに行こう。話しはそれからだ」

 イザヤは更に深く眉間に皺を刻みながら言った。

「カサルアはこのまま此処にいて下さい。行ったら話しがややこしくなりますから」

「ややこしくなる?どういうことだ」

 イザヤは小さく溜息をついた。

「カサルア貴方は自分の事が分かっていない。田舎から出てきた私の弟が貴方を見たらどうなるか・・・・宝珠の性できっと貴方から離れなくなる可能性が大きいでしょう。此処にいる宝珠達が良い例です。私は弟まで此処に居させるつもりはありませんから」

「まるで私は害虫のような言い方だな」

「害虫?とんでもない。貴方は虫を魅了する大輪の花です」

 イザヤはそう言うとカサルアを称えるように深く頭を下げた。

「ああ、もう分かった、分かった。さっさと行けばいい。私はお前の言う通り此処で大人しく仕事をしていれば良いのだろう?」

「はい。そのようにお願いします」

 分かった、とカサルアは手を振ってイザヤを追い出した。

 イザヤは足早に妹達の所へ向いながらその心中は焦っていた。ジェマはまだいい。男勝りで龍なのだからそれなりに頑張れるだろう。だがルカドはまだ子供だ。その上、虫も殺さないような優しい性格のあの子をこのような殺伐とした場所に居させるなど出来ない。きっと仲の良いジェマについてきただけに違いない―――


(早く追い返さなければ、取り返しのつかない事になる・・・・・)


 イザヤは懸念していた。発現したばかりで龍に免疫の無いルカドが、もし〝無二を誓いたい龍〟と出逢ってしまったらと―――

 此処にはカサルアだけでは無く、宝珠を魅了する龍が何人もいるのだから―――

 二人の居る部屋の近くまで来た時は既に遅かった。扉の向こうから聞こえてくる声はその会わせたく無かった者達筆頭の面々だったのだ。

「長旅で疲れたでしょう?疲れをとって差し上げましょうか?」


(レン・・・)


「へぇ~イザヤの妹と弟?髪とか瞳の色はそっくりだけど全然似てないよなぁ~」

「ええぇ――ひど~い。そりゃ兄さんは絶世の美女と謳われた母似ですけど」

「あははは、ごめん、ごめんそんなつもりで言ったんじゃ無いよ。雰囲気が随分違うなぁと思っただけだよ。君は十分可愛いよ。なあラシード?」


(ラカンにラシード・・・)


 イザヤは急ぎ扉を開いてその部屋に足を踏み入れると、ジェマとルカドを素早く見た。彼女達の前に立つのは〝翠の龍〟のレンに〝碧の龍〟のラカン、それと〝紅の龍〟のラシード。彼らはカサルアに次ぐ強い龍力の持ち主達だった。力もだが並外れた容姿と共に二人を魅了するには十分だった。女の子のジェマはもちろんだが、ルカドもただ呆然とその三人を見つめている状態だ。

 イザヤは心の中で舌打ちをして彼らに声をかけた。

「三人共、戻っていたのだったら早くカサルアの所へ行ってくれ。彼が報告を待っている」

 冷たい言い方にラカンはむっとした。

「そんな言い方は無いだろう?此処まで彼女達を案内して来たのにさ」

「そうよ!兄さん。案内の人とはぐれてしまったところを連れて来てもらったのよ。だいたい――」

 イザヤはジェマに、黙れ、と言うような視線を送ると彼女は黙った。それがラナ家の掟だった。兄に逆らう事は許されないのだ。

 ラカンは大げさに肩をすくませた。

「怖いねぇ~俺らは退散するとしようか。行こうぜ!レン、ラシード」

 ラカンはそう言うと手をひらひらさせながらイザヤの横を通り過ぎ、レンはその美しい顔でにっこりと微笑みながら挨拶し、ラシードは一言も喋る事も無く踵を返した。


 ルカドは、あっ、と思い最後に出て行こうとするラシードを追いかけて声をかけた。

「あの、ありがとうございました」

 ラシードには珍しく肩越しに振り返りルカドを見た。その真紅の瞳はその色とは正反対に冷たかった。全てを拒絶するような光を放っていたのだ。

 ルカド思わず立ちすくんでしまった。初めて会った人からそんな態度をとられる経験など今まで無かったからだ。自分はまだお礼を言っていなかったからと思って声をかけただけだったのに、何か気に障る事でもしてしまったのかと心配になってしまった。

 ルカドのそんな思いを知らずにイザヤは勘違いをしていた。先程から懸念していたものが的中したと思ったようだった。

「ルカド!」

 イザヤの責めるような呼びかけにルカドは、はっ、として振り返った。夢にまでみた兄だった。扉から現れた時は大きく心臓が跳ね上がったようになり、指先まで一気に血が逆流したような感覚だった。身体中が熱くて目眩がしそうになった。それに今は自分の名を呼んだのだ。嬉しさのあまり飛びつきたかったが気持ちを抑えた。そして此方を見る切れ長の銀灰の瞳から逃れるように下を向いたのだった。それはジェマの忠告だ。


 ―――いい?ルカド。絶対兄さんに〝兄さんの宝珠になりたい〟なんて言ったら駄目よ。そんな事を言ったら即、追い出されるからね。あんたは宝珠になったばかりだし、実績を積まなくっちゃ兄さんは認めてくれないわよ。わかった?―――


 姉の言う事は良く分かった。だから我慢した。

「ルカド。お前は帰りなさい。此処にいるべきじゃない」

 イザヤの有無を言わせない言い方だったが、ルカドはうつむいたまま首を横に振った。

 それだけは絶対に譲れないのだ!絶対に―――

 イザヤの宝珠になれなくても良い・・・・それでも近くに居たかったのだ。何故?何故なのか何度も自分に問いかけてはみたが答えは出なかった。

「・・・・・嫌、嫌だ!絶対に此処にいる!ぼくは絶対に帰らない!」

 ルカドは叫ぶように大きな声を出した。イザヤが驚いたくらいだった。こんなにはっきりと自己主張をする弟を見たのは初めてだったからだ。

 二人は〝帰れ〟〝帰らない〟の押し問答を繰り返していたが、ルカドは頑として折れなかった。交渉にたけている筈のイザヤがとうとうあきらめてしまったぐらいだ。

「此処に残るのは構わない。だが、一歩入り込めば二度と出て行く事は許されない・・・・誓いは死をかけて行なってもらう。道は絶たれる・・・・後戻りは出来ない。それでも?」

 イザヤの表情は兄のものでは無かった。今まで家庭の中でも無愛想な兄だったが冷たさは感じなかった。しかし今は触れれば凍りつく氷の刃のような顔をした龍が其処にいた。

 初めて見る兄のその表情に怯えながらもルカドの決心は変わらなかった。

 イザヤは上を向いて瞑目した。その心中は既に遅かったのか?と言う思いが過ぎっていた。


(やはりラシードだろうか?ルカドの特性は炎が強いようだ―――ラシードなら奴は宝珠を相手にしないから良いようなものだが・・・)


 宝珠は龍の力を増幅させる〝珠力〟は龍力の源でもある四大要素「炎」「水」「風」「地」の相性がある。もちろんどの龍でも力を増幅する事は出来るのだが、相性が良ければその力は何倍ともなる。それもあって宝珠は必然的に自分の特性に合った龍に惹かれる傾向にあった。

 惹かれているかもしれないと思うラシードは有名な〝宝珠嫌い〟だから少しは安心出来るとイザヤは思い直した。もしラシードのような龍と契約でも結んだらと思うだけでやり切れなかった。力の強い龍は当然ながら最前線で動くのだからルカドには行かせたく無かったからだ。嫌な事や苦労などは自分だけ負えばいいと思っていた。そんな気持ちも考えず、妹や弟までもがこの急流へと身を投じるのを止める事も出来無い自分に腹立ちさえ覚えるのだった。

 急に黙りこんだ兄の様子が気になったルカドは逸らし続けていた視線をイザヤに向けた。やっとまともに見た兄イザヤは、厳しく引き結んだ口元と暗く光る瞳でルカドを見つめていた。


(もしかして・・・・怒らせてしまった?)


 そう思うと鼻の奥がツンと痛くなってきた。涙が出そうだった。

「兄さん。ごめんなさい・・・・ぼく、兄さんの役に立つように頑張るから」

 イザヤはまだ無言だった。厳しい顔はそのままだ。室内は静まり返っていた。

 その沈黙を破ったのはジェマだった。二人の話し合いに口をはさむ事無く遠巻きで様子を見ていたが、けなげな弟を助けようと思ったようだ。

「兄さん!それぐらいにしたら?ルカドだって発現したらもう一人前なんだから、生き方だって自分で責任持つわよ。それに貴重な宝珠よ。兄さん達にとっても良い話じゃない?」

「お前は!ルカドを―――嫌、もういい。勝手にすればいい。そのかわり私に甘えるな!お前達を特別に扱うことは無いと思え」

 承諾と拒絶の言葉―――ルカドは嬉しくもあり悲しくもあった。だが第一歩を踏み出したのは確かだ。希望に向かって一歩一歩進んで行きたかった。

 ルカドは微笑んだ。

「ありがとう。兄さん。ぼく、頑張るよ」

 イザヤはルカドの心に秘めた固い決心を覗くように瞳を細めると踵を返した。カサルアと他三人が待つ塔へと向かったのだった。

 イザヤが去るとルカドは急に足の力が抜けて床に座り込んでしまった。

「ルカド、良く頑張ったね。偉い、偉い。これでまずは一安心ね」

 ジェマはルカドの頭をグシャグシャに撫でながら言った。

「そうだね・・・・ちょっと不安だけどね」

「はははっ、そうよね~しかし、さっきの三人めちゃめちゃ素敵だったわね?たおやかで優しげなレン様に気さくで爽やかなラカン様。それからなんと言っても紅のラシード様。あの冷たさが良いわねぇ~見たでしょう?あの瞳の色。真紅よ!地・水・炎、そして兄さんの風が揃ってあれだけの龍力でしょう身体が感電したようだったわ。凄いと思わない?」

「ん・・・・そうだね」

「まあ!ルカドったら関心が薄いんだから!更に上をいくカサルア様と会ったら腰を抜かすわよ~だけどあんたは兄さんしか興味ないか」

「ね、ねえさん!大きな声で言わないでよ!内緒にするって姉さんが先に言ったんじゃ無い」

 ルカドは紅潮した顔でジェマに抗議した。

「ごめん、ごめん。だけど兄さんに匹敵する龍があれだけいるんだから兄さん以外にも心が動くかもよ。あんたは全然免疫が無いんだからね。それに他にも宝珠はいるんだから負けないようにね」

 ルカドは姉の話に耳を傾けながら、他に心移りするかもと言う姉の言葉に心の奥では〝絶対のそんなこと無い!〟と叫ぶのだった。


やっぱり最初の頃のラシードって好きですね。冷た~い感じがとっても良いです。ここの注目はイザヤの弟に会わせたくない面々が・・・既に手遅れだったシーンですね。イザヤの焦りとは逆に私は、ニヤニヤしてしまいます。ルカドはまるでヒロインですね(笑)

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