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神経伝達物質シグマ

作者: 古数母守

 シグマと呼ばれる神経伝達物質が脳の可塑性と深く関係していることがわかった。この神経伝達物質は神経細胞の働きを最大限に活性化させ、認知能力を著しく向上させるということであり、特に数的問題を処理する能力に反映されるようだった。つまり神経伝達物質シグマに恵まれていれば数学のテストで高得点を取れる。そうでなければ追試を受けることになる。そういうことだった。このニュースは数学の成績が芳しくなかった学生にとっては言い訳になった。自分の努力が足りないのではなく、自分は神経伝達物質シグマに恵まれていないだけなのだと言い張ることができた。それからしばらくして、神経伝達物質シグマが錠剤として摂取できるというニュースが流れた。子供の将来のためと言って学習塾に毎月高い月謝を支払い続けていた保護者たちは神経伝達物質シグマの入手に血眼になった。塾に通わせても本人がそれなりに努力しなければ結果には結び付かなかった。だが、神経伝達物質シグマさえあれば、本人の努力とは無関係に成績向上が見込めるのだった。しかしそれはとても高額という噂だった。そしてどうすれば入手できるのかもよくわからなかった。


「トップになったのはダミアン様の実力だ」

国内でも有数の進学校において、有力政治家の子息が数学のテストで好成績を収めたことが噂になっていた。確かに今までも十位には入っていた。でもいきなりトップを取るなんて何かおかしいのではないか? 神経伝達物質シグマが絡んでいるのではないか? 政治家に恩を売ろうとする連中がご機嫌取りのために進呈したのかもしれない。有力政治家であれば、オリンピックのチケットとか、値上がり確実な未公開株とか、何でも手に入れることができるだろう。神経伝達物質シグマくらい、あり余るくらい持っているに違いない。誰もがそう考えていた。

「自分たちの結果が悪かったからと言って嫉妬するのはみっともない」

取り巻きの連中は言っていた。

「神経伝達物質シグマなんて知らない」

取り沙汰された本人はそう思っていた。だがその物質は自分に内緒でこっそり料理に混ぜられていたかもしれなかった。これを飲めば頭が良くなるから飲めとか、まさかそんなことは言わないだろう。本当は神経伝達物質シグマを飲んでいるのかもしれない。でも俺はそんなことは知らない。そうやって一人で悩んでいた。


 だが、それからしばらくして誰でも手頃な値段で神経伝達物質シグマを入手できるようになった。普通に動画を視聴していると広告が入り、それを辿って行けば神経伝達物質シグマの購入ページに進むことができた。今なら通常価格の半額で入手できるということだった。歴史上の重大な出来事について陰謀説を唱える人たちが本を売る手法と似ていた。やせる薬や血圧を下げる薬の販売方法にも似ていた。少々怪しい購入ルートではあったが、それを知った人々はさっそく神経伝達物質シグマを手に入れた。そして子供に飲ませた。それで成績が良くなったかは微妙だった。みんなが神経伝達物質シグマを摂取したならば、誰かが飛びぬけて良い成績を取るのは難しそうだった。

 誰でも入手できるようになってから一か月程度経った頃、神経伝達物質シグマに関する続報が公開された。神経伝達物質シグマは数学の能力を高めるが、その状態が長く続くと脳に負担がかかり、知的障害が発生する可能性があるということが今になって判明したということだった。神経伝達物質シグマを除去するため神経伝達物質中和剤オメガが開発されたので、シグマを摂取した方は直ちにオメガを摂取してくださいということだった。広告に飛びついて神経伝達物質シグマを買い求めた人たちは例外なく中和剤オメガを購入した。


「一連の実験で明らかになったのは、努力が大切だなんて誰も思っていないということでした。努力しないで結果が得られる方法を誰もが望んでいるということでした。我が国の将来にとって、これは由々しき事態と考えられます」

国民の意識に関する調査を任されているとある組織では調査結果がまとめられていた。

「その調査のために神経伝達物質をばら撒いたのかね? 健康に害が生じたら大問題になってしまうのでは?」

「大丈夫です。あれはみんなビタミン剤です。害はありません」

振り回された子供たちは、少しだけ健康になったようだった。

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