ディオネ
「………ふむ、ハズレだな。兄上の人を見る目の無さにも困ったものだ」
壁に貼り付けられたようにして串刺しにされた何人目かも分からない勇者を眺めながら僕は呟いた。
………退屈だ、刺激が足りん、強者との勝ち目の薄い戦いを求めて、それだけを望んでこっち側に来たというのに。
「なにワガママいってるの!私だって戦いたかったのにネザーくんが突っ込むから私最近全然戦えてないんだよ!?」
亜麻色の髪を揺らしながらディオネが僕に怒鳴る。
月日の流れとは恐ろしいもので最初は敬語で名前の後には様と付けていたディオネも気付けばタメ口で呼び方も君付けだ。
おそらくはバンディットを真似てのことなのだろうから気にはしておらんが。
「まあそういうなディオネよ、貴様は小鬼たちに相手をしてもらえるではないか?」
既にバンディットが魔王になってから短くない年月が経過している。
その間にディオネは随分魔物たちとの仲を深めていた。
間違いなく僕たちの中で最も魔物や魔人たちから慕われているのはこの女だろう。
「ゴブリンたちは殺せないでしょ!」
それは確かにその通りだ。
小鬼とて我らが魔王軍の貴重な戦力、僕たちの我儘でそれを削ぐわけにはいかない。
しかしディオネの鬱憤が溜まっているのもまた事実であり、僕の責任といえばそうなのかもしれない。
………仕方ない、久々にやるか。
「殺してしまえばいい。たかが小鬼、百や千死んだとて変わるまい?」
バンディット然り、イツァム・ナー然り、僕も好んで逆鱗には触れたくないのだがな。
------ピシッ、ピシッ
久々に聞いたなこの音を。
ディオネが怒りを露わにした時の音。
両足に強烈な風を纏った際の地面が割れ、裂ける音。
両腕に纏った風が巻き上げた小石が、自らの肌に触れて弾ける音。
僕にとって戦い辛い相手。
無我夢中に自らの身体の全てを刃に、または盾にして暴れるだけの単調で単純な暴力。
策を弄して与えた痛みで得られるはずの隙が存在しない破壊的なまでの怒涛の攻撃の前触れ。
「………謝らなくていいよネザーくん。挑発だってことは分かってる」
くく、付き合いの長さ故か。
だがディオネよ。貴様の纏ったその魔力も、怒りに満ちたその顔も、とてもではないが許してくれそうには見えんぞ?
「でも殺すッッッ!!!!!!」
「くははははは!!!かかってくるがいい!!!!」
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「………お?随分久しぶりじゃねえか?ネザーとナーガがやり合ってんの」
俺は黒く伸びた髪を弄り、ニヤニヤと楽しそうにしながら側近たちに言った。
自らが所有している城で起きていることとは言え別にこの城に対して思い入れはないしな。
「はぁい、ここ半年くらいは平和だったんですけどねぇ」
「しょうがないでしょ、ここに来た最近の勇者連中じゃあの2人には物足りないわよ。今回もどうせまたネザー様がけしかけたんだろうけど」
腰まで伸びた金髪ごと上半身をゆらゆらと揺らす勇者のパーティの元僧侶と、肩より少し下まで降ろした朱い髪の元大魔導。
「まあネザーならナーガは殺さねえだろうし、ナーガじゃネザーは殺せねえし問題はねえけどよ。けどまあ確かに退屈………だよな」
「あんたそれ魔王になってからずっとじゃないの、たまには勇者の相手でもしてみたら?」
「………冗談だろ、勇者なんてフィーナだけで腹一杯だよ」
エルザの提案を俺は顔を背けながら拒絶した。
もう期待なんてしねえ、アイツ以外の勇者なんか興味もねえ。
「また仲良くなれちゃう可能性があるのが嫌なだけじゃない、フィーナのことで勇者と仲良くなるのがトラウマになってんでしょ」
「うっせえよエルザ。メアリーもニヤニヤしてんじゃねえ」
図星なんだろうな、これは。
だから俺ははそれを否定しない。
エルザの言うそれがその通りだと自他ともに分かっているから。
「ふふ、フィーナ様もきっと天国で笑ってますね」
「1人でな」
「フィーナが天国に行けたって話だったら友達くらいいる設定にしてあげなさいよ……」
エルザの同情の混ざったような突っ込みに俺は小さく笑った。
どうせ友達はできてねえだろうしな。
バァン!!!
「ナナシくん!!!ネザーくんが私を虐める!!!!」
扉を勢いよく開け、ものすごい勢いでナーガが部屋に突撃してくる。
きっとネザーにいいようにあしらわれたんだろうな。
「ネザーを殺せるくらい強くなればいいだろ?まあ頑張れよ」
「ナナシくん冷たくない!?」
こいつも距離感が変わったもんだ。
会った当初は敬語で、もっと落ち着いた雰囲気のある女だった気がするが。
「………虐められただと?この加減知らずのバーサーカーが」
ナーガの後を追うようにネザーが部屋に入って………ちょっと待て。
「………おいネザー、マジかお前。ボロボロじゃねえかよ」
ネザーの服がボロボロだ。
あの戦闘の天才とも言えるネザーの服が。
「バンディットよ、駄目だこの女。この城を吹き飛ばしても構わないとでも思っている」
ネザーの言葉にナーガを見るとナーガは目を逸らした。
こいつマジか……
「………ナーガ」
「………だってネザーくん躱すのうまいから避けられないような範囲で一気に攻撃しないと当たらないし、ある程度致命傷になるような怪我させないと私の魔力じゃトドメさせないじゃない………」
「別にネザーの攻略法なんか聞いてねえんだよ」
………それにしてもまさかナーガがそこまで強くなっているとは思わなかったな。
確かにしばらく戦ってるとこは見てなかったけどよ。
「でも多分メアリーとエルザ、あとディーンさんなら確実に殺せると思う」
「絶対やめろよ?」
今のこいつは本当にそれをやりかねない。
殺すことに対するブレーキのようなものがこいつには多分役目を果たしていない。
変わったのはきっとナーガだけじゃねえ。
俺も、みんなも、魔族たちも、そして人間も。
俺とフィーナが本気で戦って、『正義』が『悪』に負けたあの日から。
-------あぁ、退屈だ
そう呟くネザーを横目に、俺はため息をついた。