悪意
私は王に門番と同じような説明をした。
ナナシお兄ちゃんとフィーナ・アレクサンドの決着から彼らを取り巻く環境まで私の知っている限り全て。
「なるほど、確かに君はあの戦いの場にいたようだ」
「はい。戦ってはおりませんが」
戦っていないのではなく戦える力がなかっただけなんだけど。
まあわざわざそれを言う必要もないだろう。
「だが残念ながら今君を勇者に選ぶことは出来ない。現在の勇者が魔王のところへ向かっているところだからね」
「………無駄なことですよ、あの人を殺すのに選ばれて勇者になるような人間では」
王室の空気が凍りつく。
でも事実なのだから仕方がない。
王の横に立つ白髪の男が今にも爆発しそうな赤い顔で私の前に立つ。
「おい!王の御前だぞ!?言葉を慎め!!」
「いや、構わないよヘリオ。けれど私たちが納得できるだけの理由を聞きたいかな」
理由、ね。本当に分からないのか。
いや、分かった上で聞いているのだろう。
分からないはずがない、この人はあの戦いに参加していたのだから。
「生半可な『正義』ではあの人の『悪』を殺せない、ということです。信念無き『正義』がフィーナ・アレクサンドが勝てなかった相手に勝てるほどの強さを持つはずがありません」
単純な話だけどこれがなかなかどうして難しい。
力とは違って心や信念は鍛えようとして鍛えられるものではない。
「貴方たちにだって分かるはずですよ。特にヘリオ騎士団長ならナナシ・バンディットと会っているはずですから」
「………ふん、そんな事は言われんでも分かっている。だが腑に落ちん、奴にフィーナ・アレクサンドが勝てないほどの力があるか?ディーン・ナイトハルトやネザー・アルメリアが地位を捨ててまで仕える信念があるか?」
「それはあの戦いの結末で分かりますよね?勝ったのは『悪』です。決して惜敗なんかじゃない、『正義』の惨敗ですよ」
私の言葉に2人が沈黙する。
それにしても門番といい、騎士団長といい、王といい、よくもまあこんな小娘に言われた言葉を飲み込めるものだ。
素直に感心する。
「君なら必ずナナシ・バンディットを殺せると?」
「その質問に絶対と答えられるほど私は強くないです。でも私だからこそナナシ・バンディットに対して持つ武器があります。縋ることのできる可能性が私にはあるんです」
「それはなんだ?」
「ナナシ・バンディットを理解していること、です。貴方たちでは一生を10回繰り返しても理解できないかもしれないですけど」
きっと100回賭けても分からない。
『正義』と『悪』のどっちかにしかいない人間じゃ絶対に分からないんだ。
どっちにもいる私だから、どっちにもいられない私だから、どっちつかずの私だからこそ分かる。
そしてもうきっと、誰にも分かってもらえない。
そうでなくてはならないんだろう。
そんな人間は2人もいてはいけない。
誰かを巻き添えになんてしたくないし、そもそも私には出来ない。
「でもきっとそれでいいんです。きっと分かってはいけないんですから」
「………理解か。そう、かもしれないね、だから私はネザーをこっち側に戻せなかったのだから」
「ネザー・アルメリアですか、ナナシ・バンディットとは違う類の人間ではありましたが彼もまた怪物と呼ぶに相応しい力を持つ男でしたね」
強い男、抜け目ない男、決して見逃さない男。
そして何よりも、誰よりも。
------恐ろしい男。
あの悪人達の中で唯一、ナナシお兄ちゃんを理解できてしまっていた男。
それが私には何よりも恐ろしい。
1番ナナシお兄ちゃんと長くいたメアリー・ロッドですら信頼はしていたけど理解はしていなかった。
だからこそ、彼女はナナシお兄ちゃんの隣にいられた。
1番ナナシお兄ちゃんを慕っていたナーガ・ディオネは恋焦がれてこそいたけれど理解はできていなかった。
だからこそ、彼女はナナシお兄ちゃんを追いかけられた。
でも、理解できる人間が現れてしまった。
何故ネザー・アルメリアが悪にいるのか、私にもいまだに理解はできていないけれど。
きっと楽しいのだろう、ナナシお兄ちゃんに興味があるのだろう。
だからこそ私は彼が怖い。
ナナシお兄ちゃんを理解して、それでも共にいるあの男が、私は誰よりも怖い。
「………王にとっては酷なことかもしれません。ですが悪を滅ぼすのなら、真っ先に消すべきはあの男です。将を射んとするならばまず馬からと言う話ではなく、ナナシ・バンディットを殺すのなら、ネザー・アルメリアの存在は絶対に後回しには出来ません」
彼らを殺すには、まずあの男からなんとかするべきだ。
彼を殺すなんて、彼を倒すなんて絶対に無理。
真正面からだろうが闇撃ち不意打ち騙し討ちだろうがきっとあの男には通用しない。
------だから利用する。
彼をこっち側に引き摺り込む、いや言い方が正しくない。
彼はきっとこっち側になんて来ないし興味もない。
でも
「………ネザー・アルメリアとナナシ・バンディットを戦わせてみせましょう」
きっと容易いことだ、こんなことは。