勇者の凱旋
城の中を歩く私を城内の人間たちがジロジロと見てくる。
………いや、正確に言うのなら私の携えた剣を、だ。
見る者が見ればすぐに分かる、あの剣はフィーナ・アレクサンドの剣だと。
剣だけが城に凱旋し、持ち主がいないという現実が彼らにどれだけ突き刺さるものなのだろう。
それでも、きっとここまで死の証拠があったとしても、私が拾ったとか盗んだとか難癖をつけてフィーナ・アレクサンドの生存に希望を持つ人間すらいるはず。
「やはり目線を送らずにはいられませんか、この剣に」
「………あぁ、気になるだろうが許してやってくれ。真実を知る彼らの中にも『勇者』の生存を望む者はいたのだ」
何が生存を望むだ。
『勇者』の敗北からすぐに、国に逃げ帰ったような連中の分際で。
………でもまあ、気持ちは分からなくはないけど。
「諦めた方がいいですよ、私はフィーナ・アレクサンドが殺されるところを見ていましたから」
私の発した言葉に、門番が足を止めた。
「………その続きは王の御前で聞かせてもらう」
門番が声を発するまでの間が言っている。
もう言うな、と。
これ以上フィーナ・アレクサンドという英雄の死を突き付けてくるのをやめろと。
それほどまでにあの男は強さを信頼された人物だったのだ。
私にだってそれは分かってる。
ナナシお兄ちゃんとの闘いがどれだけ凄まじかったかを私は見ているのだから。
斬られて回復して、刺されて回復して、何度もあの悪意に立ち向かったあの男、弱いはずがない。
魔族すら身が竦むようなナナシお兄ちゃんの悪意に立ち向かおうとできる心、それに向かって足を進める心、あの眼を正面から見ることができる心。
あの時の幼い私には絶対にできない、今だって無理かもしれない。
世界中どこを探してもナナシお兄ちゃんに立ち向かえる人間なんてそういない、ネザー・アルメリアかナーガ・ディオネなら可能かもしれないけど。
1番それが可能なフィーナ・アレクサンドがダメだった。
まああの2人とフィーナ・アレクサンドじゃ戦う目的が違うんだろうけど、ならばなおさらナナシお兄ちゃんにはきっと勝てない。
ナナシお兄ちゃんは『悪』じゃ勝てない。
『正義』じゃなきゃ、何よりも、誰よりも、『正義』じゃなきゃダメなんだ。
ナナシお兄ちゃんと真逆の場所からじゃなきゃ、ナナシお兄ちゃんを殺せない。
ナナシお兄ちゃんの隣じゃ、ナナシお兄ちゃんは救えない。
-------あぁ
「………挫けそうだよ、ナナシお兄ちゃん」
「何か言ったか?」
「………いえ、なにも」
足りない、まだ足りない。
今の私じゃナナシお兄ちゃんはきっと殺せない。
もっと『正義』にならないと。
『悪』を倒すのは『正義』じゃなきゃいけないんだから。
何度となく自分に言い聞かせた『正義』という言葉。
自分が大好きな人と敵にならなければいけない関係性。
受け入れられない、受け入れたくない。
今からでも叶うならナナシお兄ちゃんの隣にいたい。
昔みたいに遠慮気味でなく、ただ年下の女の子としてナナシお兄ちゃんにたくさん甘えたい。
きっとナナシお兄ちゃんはそれを許してくれる、ったく、とか少し面倒そうにしながらも少し乱暴に頭を撫でてくれたりするかもしれない。
-------望むな、リリレイ。
ナナシお兄ちゃんに優しさは多分もう残ってない。
『悪』の人たちに対する気遣いみたいな打算的な優しさはあるかもしれないけど、私のような『正義』に対して幼いというだけで注ぐ優しさはきっと彼にはもう残ってない。
「ついたぞ、ここが王室だ。くれぐれも失礼のないように」
気が付けば私の目の前には一目で王の部屋だと分かるほどに立派な扉があった。
門番はその扉をゆっくりと開く。
視界にこの国の人間なら誰でも知っている顔が見えた。
綺麗な金色の髪の髪、少し鋭い目、赤を基調としたマント。
ネザー・アルメリア曰く、フィーナ・アレクサンドと同じ救われなかった正義にして、ナナシ・バンディットと出会うべきだった男。
「やぁ、初めまして。私がこのアルメリアの王………って、言われなくても分かるか」
若き王、優しき王、民に最も近き王。
アルメリア王国 第一王子
ヘル・アルメリア。