勇者への道
「私を『勇者』にしてください」
アルメリアという大きな国にある城の前で立っている門番に私はそう言った。
門番は一瞬唖然としていたがすぐに普段通りの真顔に戻る。
「………いいかいお嬢ちゃん?勇者というものはなるものではなく、選ばれるものなんだ。憧れる気持ちは分からなくはないが、してくださいと言われてはいどうぞというわけにはいかない」
まあ、当然だよね。
門番としては模範的とも言える解答。
十八歳にも満たない、それも女が目の前で『勇者』になりたいなどと言えばそれはそうだろう。
でも、私だってそれではいそうですかと引き返すわけにはいかない。
私には命に換えてもやらなければならないことがあるのだから。
人生に換えても返さなくてはならない恩があるのだから。
「………『魔王』ナナシ・バンディット。私ならフィーナ・アレクサンドを殺したあの男を殺せます」
門番は私の発した言葉に再び唖然としていた。
当然だ、『魔王』の名も、フィーナ・アレクサンドの死も公表されていないのだから。
騎士団や王族などを除く人間以外は未だにフィーナ・アレクサンドが生きていて、『魔王』を倒すために戦っていると思っている。
それだけ人間たちにとって、フィーナ・アレクサンドという男の存在は大きなものだった。
しかし彼は『魔王』に殺された。
かつての友だった男を殺すことができず、結果唯一無二とも言える友に殺されるという無残な死を遂げた。
「なんだ?そのデマは?」
はは、とぼけるのなら唖然としちゃ駄目じゃない。
まあこの国にいる人間でフィーナ・アレクサンドが殺されたと考えるような人はいないかもだけどね。
「メアリー・ロッド、エルザ・アルカ、ネザー・アルメリア、ナーガ・ディオネ、ディーン・ナイトハルト、イツァム・ナー。錚々たる顔ぶれですよね、かつては前魔王も一緒にいましたが」
私の並べた名前に門番は三度唖然とした。
門番は少し考えるような素振りをしたかと思ったら、私の目を見て言った。
「………少し待っていてくれないか?」
「はい………あ、伝言でしたら追加をお願いします。その子はフィーナ・アレクサンドの剣を持っていたと」
私の言葉にまたもや唖然とし、私の腰に携えた剣を見る門番。
2、3秒だろうか、剣からようやく目を逸らした門番は私に背を向けて言った。
「………そう…か、本当に……」
掠れたような声で、絞り出したような声で。
彼もずっと待っていたのだろう、勇者の凱旋を。
王国の騎士としてフィーナ・アレクサンドを死を知らされていたとしても、理解はできたとしてももそれを信じることができなかったのだろう。
私と同じように十八歳にも満たない少年の。
『正義』を選ばざるを得なかった子供の敗北を。
『魔王』を殺すために旅立った『勇者』の死を。
「………すまなかった。やはり待つ必要はない、私についてきてくれ」
「………わかりました」
やはりそうだ、この門番が私を追い返そうとしたのは優しさだった。
私のような少女が『勇者』になって危険な目に合わないために、『勇者』に選ばれてしまったりしないように。
優しい国だ、反吐が出るほどに。
優しさに囲まれているせいで、その外側にある悪意が見えていない。
だからナナシお兄ちゃんに負けたんだよ。
優しさで幸せになれても、その幸せは続かない。
だから私はもう、覚悟はできてる。
殺す覚悟も、殺される覚悟も。
それが『正義』だと、ナナシお兄ちゃんが教えてくれたから。