リリレイ
ナナシ・バンディット
『勇者』に選ばれ、『悪』を選び、『魔王』になった人間。
悪い貴族から村を守るために貴族に逆らい、貴族から追われる身となった私の父が救ったらしい。
私は両親と逃げた際、貴族に捕まって奴隷として売られてしまったわけだけどそれは別の話。
今するべき話はそんな話ではない。
なぜ私がこうなったのか、そうなることを選んだのかを説明するために少しだけ話をしよう。
自己紹介が遅くなったけど私の名はリリレイ・フルート。
魔界で奴隷として売られていたところをナナシお兄ちゃんに救われた。
『悪』に奴隷から人間にしてもらった。
-------そんな私が、あの時見たものの話。
あの時、そう、ナナシお兄ちゃんとフィーナ・アレクサンドの戦い。
その戦いの数少ない目撃者。
「リリレイよ、お主にはこの戦いを見届ける権利がある」
イツァム・ナーのお爺ちゃんに連れて来られた魔界で、私はイツァム・ナーのお爺ちゃん……いや、昔の呼び方の方が呼びやすい。
ナー爺にそう言われた。
唐突な上にまだ幼かった私には意味がよく分からなかったのかもしれないけれど、この数分が私の人生を変えたことは確かだった。
「もちろんこれは義務ではない、瞬き一つせず見届けるもよい、目を逸らすもよい。あの小僧の行く末はこの火龍が見届ける、だがきっといつか分かる日が来る……次はお主じゃ」
ナー爺の言葉を鵜呑みにするように、私はその戦いを最後まで見届けた。
最初は恐怖で目を逸らしてしまったところもあったけど、戦いが終わりに近づくにつれてそんなことは気にならなくなっていた。
あの2人が、あまりにも楽しそうだったから。
戯れ合うように、遊ぶように、本気で殺し合っているように見えた。
だけど、本人たちはどうだったのかは分からないけど、私は気付いてしまった。
2人がお互いに敗北を望んでいると。
お互いがお互いを殺したくないんだ。
フィーナ・アレクサンドはきっと、ナナシお兄ちゃんの『悪』が間違っていないのかもしれないと思っている。
なら、ナナシお兄ちゃんは?
ナナシお兄ちゃんが『正義』が間違っていないなんて思うわけがない。
もしそうならこんな状況は起こり得ない。
ならなぜ?
その答えは単純で、私が、いや、私だからこそ分かったのだろう。
ナナシお兄ちゃんには『正義』があった。
力が弱い者、心が弱い者、立場が弱い者。
彼らを守るために戦っているナナシお兄ちゃんが、私にはどうしても『悪』だとは思えなかった。
そして私。
あの時の幼かった私は、ナナシお兄ちゃんの力になんてなれない。
ただ旅の邪魔になるような奴隷の少女を救ってくれたあの行為が『悪』なわけがない。
きっと、あれはナナシお兄ちゃんの優しさだった。
結果としてナナシお兄ちゃんはフィーナ・アレクサンドを殺し、『魔王』として君臨したわけだけど。
絶対にフィーナ・アレクサンドは、ナナシお兄ちゃんを殺すことができた。
ナナシお兄ちゃんはフィーナ・アレクサンドという『正義』が自分を殺さないと信じたんだ。
そして、出来るならその信頼を裏切って自分を殺してくれることを期待した。
でもフィーナ・アレクサンドはその期待を裏切った。
彼の『正義』はナナシお兄ちゃんを裏切った。
きっとそれが、ナナシお兄ちゃんが本当の『悪』にならない唯一の方法だった。
でももう、なってしまった。
ナナシお兄ちゃんが抱いていた『正義』への期待はあの戦いの勝利によって打ち砕かれた。
もうナナシお兄ちゃんの中に『正義』なんて存在しない。
だからこそ、私しかいないんだ。
私はリリレイ・フルート。
人間の世界にいられなくなった人間ばかりが集うあの魔界で、ナナシ・バンディットが打算なき優しさで救った唯一にして無二の存在。
『悪』の『魔王』に残っていた『正義の残骸』。