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「どうしたの? むずかしい顔をして」
──あぁ、今日もなんて美しいのだろう。
一糸纏わず寝具に沈む彼女の姿は、まるで女神のようだ。
そんな人に微笑まれて、正気を保てる者などいるのだろうか。
炎をも打ち破る剛炎の魔力を受け継いだ彼女の髪は、それを体現するかのように真っ赤に染まる。
いつもは髪色を引き立たせるために、黒のドレスを着ることが多い彼女だが、今は手の届く場所にその白い肌をさらす。
まぶしすぎて、眩暈がしそうだ。
……そんなことを考えながら、衣服に袖をとおす。
「? ヴィル?」
「…………いえ、本日の天気を予想しておりました」
「! ふふふ。あなたでも冗談言うのね、意外だわ」
赤く色づいた唇が私の名を紡げば、それはこの上ない女神の祝福だ。
……そう、錯覚してしまいそうな自分を制する。
いけない。
勘違いしては、いけないのだ。
いくら体を重ねていても。
いくら、熱を近くに感じても。
私たち魔女の騎士は、彼女らに一番近い存在なれど、……心まで通わすような、『恋人』といえるような関係ではないのだから。
少なくとも……今は、まだ。
「そういえば、そろそろね」
「何がでしょう?」
「もう、忘れたの? ハルバーティの継承の儀」
「ああ、彩風の魔女様ですね」
「体が丈夫ではないと言っていたけれど、早いわね……」
「御身に宿すは歴代様の魔力、致し方ないでしょう」
魔法使いの頂点である大魔女とは、適性のある属性をお持ちの先代大魔女から、そのすべての魔力を受け継いで成る。
元は遥か昔の大魔導師が、弟子である女性達にそれぞれの属性を託したとも言われ、魔法使いでの強者といえば魔女。
形式的な意味でも大魔女を立てていると同時に、なぜかこの世の優れた魔法使いは女性が多いのだ。
色々な説があり、理由は定かではない。
「では、騎士殿も役目を解かれるのですね」
「そうねぇ……。どうなるのかしら?」
試すような視線を向けられる。
私は、貴女のおっしゃりたいことがよく分かります。
決して口には出してくださらないことを。
果たして、魔力を継承し、一般人となんら変わらない元魔女の傍らに。
継承の儀によって契約が無効となった魔女の騎士が、残るのかどうか……と。
それを私に問い、なんと言わせたいのか。
私には、それが……痛いほど、良く分かります。
「貴女は、どうあって欲しいのです?」
「わたくし?」
少しだけ。
ほんの少しだけ、私からも試すように質問を返す。
きっと本当の心は、見せてくださらないのだろうけれど。
「そうねぇ……。ハルバーティには」
いたずらに微笑む妖艶なお姿とは対照的に、その瞳の奥には別のなにかが見えているようだ。
「魔物とは無縁の……平穏で、健やかに。……生きて欲しいわね」
「……そう、ですね」
魔女と騎士が、どうあって欲しいのか。
それは、決して彼女の口からは聞けない。
なにせ彼女は、大魔女のなかでもとりわけ複雑な立場だから。
「自由と彩りを司る魔女に、本来仕事はさせたくないわよねぇ? わたくし達に自由なんて、あってないようなものじゃないの。ねぇ?」
「……」
「……ちょっと! 冗談、よっ」
「分かっておりますよ」
彼女は破炎の名をもつ魔女。
純粋な、滅ぼす力でいえば世界最高の魔法使い。
つまり、大魔女の存在意義である──人類を魔物から守り抜く。
その使命の、いわば要の存在なのだ。
「わたくしの時代に現われないとも限らないもの」
「……どこまでも、お供いたします」
「あら、従順だこと」
「元より、私の命は貴女のものですから」
「ふふ、そういえばそうね」
私たちを繋ぎ、絆ともなる魔女の騎士の契約は、時には壁ともなる。
本来争いを好まない彼女たちにとって、それは大きな枷なのだ。
「また、してあげましょうか?」
「っメイラ様」
その白い肢体を現した彼女が、シーツだけを身に纏いこちらへと向かってくる。
そればかりか、使命に耐えられるのか不安になりそうなほど細い腕を伸ばし、私の頬に手を這わせる。
……こ、こんなことをされて、正気を保てる自分を褒め称えたい……。
いや、やっとの思いで保っているだけで、いつ決壊するかは不明だ。
油断してはならない。
「……お戯れを」
「望むなら、返してあげるわよ?」
「必要ありません」
「まぁ、強情ね」
そして彼女はまた試すのだ。
魔女の口づけにより、元々持っていた魔力を彼女に預けた自分の命は、彼女の絶命と共に潰える。
だが、いくら私が死んだところで、彼女に危険は及ばない。
そう、何も魔女のことを知らない一般の者から見れば、体のいい捨て駒だ。
彼女たちもまた、そう思っている。
そう思っているからこそ、優しい魔女たちはいつも選ばせる。
『早く魔力を受け取れ』と。
『魔女の使命に付き合って、命を脅かす必要はない』と。
だが、私には分かる。
それは本心であって、本心ではない。
使命のために誰かを巻き込みたくはないというのに、使命など関係なく誰かと共に在りたいと。
他の騎士は知らないが、少なくとも私は……、魔力など。
二人を繋ぐ、唯一のものが返されるなど、望んでいない。
「誰に似たのでしょうね?」
貴方の一挙手一投足を逃さないように。
そして、大魔女としての答えではなく。
一人の女性として望んでいるであろう、答えを返す。
願わくば、貴女の最期のその時まで。
ただ側に、……共に在りたい。
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既存作品、これからも公開する『大魔女と騎士たち』のシリーズ作品をぜひお楽しみください。