種
富士裾野・第六演習場に天草翔は居た。
犯罪は、国際化・組織化・凶悪化・常習化し、一般人の生活を脅かすに充分な脅威となり、警察組織だけでは対処・抑止に不充分であるとされ、防衛省・警察庁の全面協力による新たなる組織を内閣官房長官直轄という異例の体系で発足させる事を国民に認知させて世間を賑わせた。組織立上げには逮捕術に優れた者や銃火器の扱いに長けた者が選出される他、一般人からも専門的な知識と技術を体得する訓練生を募り、ニ年間で基礎を叩き込むカリキュラムが組まれ《地域に根差す安全の種》と成べく【FIFTH】は誕生した。
天草翔は【FIFTH】訓練生であり、所属する13班は個性的。当人は国の為ではなく母の為、安定性と高収入と世間体を考慮して高校卒業後の進路をそこへ決めた。御大層な大義名分など持ち合わせている方が嘘臭い。実に正直な青年である。
各班5名同部屋、窮屈に感じた部屋も私物が無くなれば案外広い。初めて来た日がフラッシュバックする、長く感じた訓練生活も振り返ればあっという間。朝の点呼と食事を済ませると制服を支給され、着替えて集合を命じられた。
「いよいよだな。」
「配属先で何も起きなければいいんだけどな。」
何事にも前向きな桐生鎌に対し、班長朱智治は気弱な台詞。それを聞いて頷く黒土竜也も、いつもどおり。こんなやり取りも今日でおしまいかと思うと急にセンチな気分になるものだが、ロッカールームで天草翔に声をかけて来た江田良一に対しては別。
「写真の彼女も見納めかぁ~」
ニ年間、江田良一は天草翔のロッカーを覗き込んでは写真を見て羨ましがっていた。コレばかりは今日で終わると思うと胸がすく。
支給された制服に袖を通した2班から13班まで総勢60名、縦5×横12の隊列が演習場に綺麗に並ぶ。シリアルナンバー入のコンバットナイフとハンドガンに興奮と緊張を覚える中、集合時間調度、ヘッドセットから指示が下る。
「私の声は聞こえているだろうか?聞こえている者は休め。」
全員が一斉に休めの姿勢をとると、落ち着いた諭す様な声は続く。
「全員が無事にこの日を迎えられた事を嬉しく思う。君達は昨日までの訓練を経て今ここに【FIFTH】として立っている。【FIFTH】とは何か、5つのSである。Special・Security・Service・System 特殊な安全を奉仕する組織であり、最も重要な5番目のS、Self 自分自身であり、全ての事が他人事ではないと云う事だ。生活や存在を脅かされる事などあってはならない。君達には今日から犯罪と戦って貰うのだが、手始めに、その心構えを示して頂きたい。」
興奮と緊張に重圧が加わり休めの姿勢全身が硬直する。
「私の指揮に従う覚悟を魅せて欲しい。我々の敵は狡猾で残虐だ、躊躇している暇は無い、敵は既に紛れている。」
苦楽を共にした60名の中に裏切者がいる?!
噂はあった。受刑者が罪を軽くする為に訓練に参加している、テロリストグループが訓練に紛れている、眉唾物の話だが頭の中に咄嗟に思い浮かぶ6班の顔を目で追おうとした瞬間、指揮は全員に下った。
「隣だ殺れ」
大半の者は理解出来ず硬直、周囲の反応を見ようとする者数名、即座に反応した者数名、犠牲者1名、悲鳴を上げる者2名。表情も変えず淡々と他人の命を奪った者と目が合う。脳裏に浮かぶのは〈次は自分の番〉異常な状況に理性を失った者の身体に異変が生じる。
【Apicomplex】
訓練期間中、メディカルチェックや食事で投与・摂取されてきた有機金属化合物。それは原生生物を模して造られ体内に留まり宿主を守るナノテクノロジーが産んだ〈怪物の種〉原生生物は共生進化、所謂合体が得意である。
理性を失った宿主の危機にApicomplexは反応する。鮮血を目の当たりにし、刺殺に怯え、身を固めようとした宿主のDNA情報からクロカタゾウムシのゲノムを選び硬化、血に染まったナイフを弾いた。
Apicomplexは宿主の本能と潜在能力を活かし共に生き延びようとする。
断末魔と悲鳴は連鎖し、混乱と恐怖が理性を奪うと、
演習場から人の姿が次々と消えて行く。
「なんだっ!どうなってんだ指揮官!」
取り乱した江田良一は助けを求めた。13班班長:朱智治に理性は無く、只、落ち着けとしか言えず、班員:桐生鎌はナイフを手に惨劇の中へ、班員:黒土竜也は現実逃避。
13班にも異変は来た。
江田良一は蝙蝠、朱智治は蜘蛛、桐生鎌は蟷螂、黒土竜也は螻蛄、其々のゲノムを選んだApicomplexが宿主の姿を変える。
ーなんだコレー
天草翔以外、人間の姿は転がる数体の死体のみ。
訓練を終え正式に【FIFTH】として治安維持や犯罪撲滅に向かうのではなかったか、母親を安心させられる筈ではなかったか。人が気持ちの悪い生き物に姿を変えて争っている、認めたくない非現実的な事が目の前で起きている。思考と意識を失い膝から地面に落ちる瞬間《この場から逃げ出したい》に反応したApicomplexは飛蝗のゲノムを選び宿主を跳躍させた。
だが遅れをとった飛蝗は、既に他の動きを封じるべく撒き散らされた蜘蛛の糸にかかり、自ら活路を開こうとした蟷螂に右膝から下を切り落とされた。その刹那、本能は更に強くApicomplexに訴えかける。膝から下へ集まったApicomplexは右脚を生成し、蜘蛛の糸を蹴破り二度目の跳躍を成功させる。
阿鼻叫喚地獄絵図を逃れロッカールームへ向かった天草翔は、鏡に映る化け物に身構えた。同じく身構える化け物が自分であると理解するのに時間はかからない。
ーなんだよ……コレ……ー
演習場の化け物へ声が響く。
「素晴らしい覚悟を魅せて貰った、今ここに居る君達を歓迎しよう。」
そこへ登場するのは1班、始まりの4人【FIFTH】の指揮官を務める吾妻昇・教官を務める仁志拓真・広報及び秘書を務める喜多嶋倫子・参謀を務める皆川壬。
蝙蝠が声の主に襲いかかる。吾妻昇は上空から降ってくる蝙蝠の足を冷静に躱すと、顔に似合う派手なバングルの装飾を内側に回す。「変身」と呟きバングルとベルトを合わせると眩しい光と共に『Revolution』ベルトから音声が発せられ、吾妻昇は黄と黒で彩色された西洋の甲冑を纏った様な姿に変わっていた。
手にしたスウェプト・ヒルト・レイピアの先端を蝙蝠の鼻先に突き付ける。
「私に牙を剥くのがType:Batとは少々出来すぎだな。」
『Revolution』仁志拓真はベルトと親指の指輪で深緑の甲冑を纏った様な、亀の様な姿に変身すると、化け物達に整列の号令を下す。それは異常という光景を超えていた。
「君達は見事Apicomplexに順応した。【FIFTH】の一員として 【Masked Raider Project】に参加して貰う。」
西洋の騎士の様な、蜂の様な姿の吾妻昇は落ち着いた口調で続ける。
「平和とは何か、正義とは何か、我々が守るべきモノは何か、それは【FIFTH】そのもの。我々の様な存在は平和が脅かされてこそ意味がある、そうでなければ無用の長物だ。しかし力は放棄してはならない、むしろ魅せるべきだ。」
美しい秘書、喜多嶋倫子の声は艶やか。
「貴方達は本来の姿を隠し善良な市民を装い一般の生活に侵入し恐怖を与える。」
亀を思わせる深緑の甲冑からは仁志拓真の厳しい声。
「健全な肉体と精神を練磨し正義を掲げる我々が世の中に不要であるなど謳われてはならんのだ。」
何処から見てもまだ子供の皆川壬の声はあどけない。
「同じ様な事は昔から行われてる、これは公共事業だからね、拒否権は無いよ。」
理解が追いつかぬまま事態は収拾した。唯一はっきりしている事は、従う他選択肢は無いと云う事。
そして、この声はヘッドセットを通じて天草翔にも聞こえていた。
ー犯罪の自作自演?嘘だろ?ー
気持ちと頭はリンクしない。信じたく無いが、今はどんな可能性も肯定できる。
ロッカールームでは天草翔が、演習場では化け物達が、冷静さを取り戻し気持ちが鎮まると人の姿に戻り始めた。正式に【FIFTH】の一員となった彼等に下った最初の指令はグランド整備。
人間と人間だったモノを埋める作業に嗚咽と嘔吐が付き纏う。
深緑の亀から怒号が飛ぶ。
「6班は噂どおりだ、気に病む必要など無い。さっさと作業を終わらせて、配属先の確認をしておくように。」
喜多嶋倫子は見た目も喋り方も艶っぽい。
「それと、メディカルチェック♡」
皆川壬は見た目と喋り方が合わない。
「皆は覚醒したばかりだから、変身の練習もしないとね。自分のタイミングで姿を変えられる様にならないと意味無いから。」
吾妻昇は江田良一の肩を掴む
「【Raider Style Type:Bat】君には逃走者の捕獲をお願いしよう、同じ班の者には協力して貰え。」
静かな語り口は清流のせせらぎの様に沁み入る。掴まれたのは肩だけでは済まなかった。
【Masked Raider】=【仮面の侵入者】となった訓練生と天草翔の戦いが始まる。