Ar03 使い手と道具、養父と養女②
「二番八式」
男の声と共に無数の光剣が視界を埋め尽くす。それはまるで光剣の葬列。間を置かずして一斉に射出されたそれらを、アルマは右手で握った長剣で弾き、受け流し、或いは左手に携えた光の盾で逸らして捌いていく。一手間違えれば間違いなく死に至る連撃。それを為している張本人であり、彼女の養父でもあるジェント・リヴォルタは涼しい顔をしていた。
彼はアルマが死ぬとは思っていない。自らに迫る死を察知できる彼女は、察知できてもどうにもならないようなこと以外で命を落とすことはない――そして、そもそもそんな状況に陥ることを本能レベルで避けている。そう思えるだけの力を見せてきて、彼はその能力に絶対の信用を寄せているからだ。
その信用に応えるかのように、光剣から解放されたアルマは傷一つ負っていなかった。所々身にまとう衣服は裂けているが、肌から血が流れているといったことも一切ない。限りなく完璧に光剣の葬列を処理できた証である。
「一番八式、六番三式、三番零式」
次に現れたのは炎槍の群れだ。先程と同様、勢いよく飛翔してアルマを襲う。それに加え、今度は大地から生えた無数の刃が虚空から出現して彼女の逃げ道を塞ぐ。更に炎槍の群れがある一定の地点で突然消失し、別の場所からその姿を見せて牙を剥いた。
三番零式――大気や風、空間に干渉する魔法の極致。ジェントの戦術を数段高度なものに押し上げている一つ。それは次元を捻じ曲げ、線で結ばれない二点を結ぶという人知を超えた力を持つ。
しかし、これも自然に発生する現象ではある。この世界には目に見えない領域、空間、次元が存在しているとはジェントの言葉だ。彼であれば魔法を組み合わせることで現象として存在しないものを創り出すこともできるが、その歪さにこそ魔法の根源と深淵が宿ると語っていた。
「裂けろ」
まともに詠唱している暇はない。故にアルマは既に完成した魔法――光の盾に一節分の詠唱を加え、改編する。その直後、盾を構成する光は拡散し、無数の小さな鏃となって彼女の周囲に展開、射出された。
光と炎が衝突し、連鎖的に爆発を起こしていく。その膨大な熱と光量で全身から水分が失われ、乾き、灼けていく感覚がする。至近距離で轟音が響き、アルマから聴覚も奪っていく。
大地の刃は爆発に巻き込まれたことで大半が砕けた。残ったものを長剣で捌こうとし、それよりも先に彼女の身体は長剣を地面に突き立てて伏せることを選んだ。
「――」
虚空から大量の水が流れ出てきて、何もかもを押し流そうとする。これもまたジェントの魔法だ。一時的に聴覚を失ったことで声は聞こえなかったが、性質は四番、型は二式。直線軌道を描いて持続する水による攻撃。激流がアルマを呑むが、長剣を突き立てて楔としたことで、辛うじてその場に留まることに成功した。
「世界を照らし、再び闇へ」
長剣が遮って出来た空間で酸素を取り込み、水に隠れるようにして飛来してきた光剣を掴むと同時に詠唱して魔法を起動させる。これは本来ならもっと長い詠唱が必要になる魔法だ。それを二節に簡略化すれば威力も規模も小さくなってしまう。
それを解決するのがこの光剣だ。生成した魔力を一気に放出し、ジェントの魔力を追い出すことで既に完成した魔法であるこれの制御を強引に奪い取る。そして先程盾にしたように詠唱を加えて改編し、更に並列して義手に仕込まれた増幅の魔法陣で威力と規模を底上げした。
左手で握った光剣が形を失い、光の奔流が周囲一帯に解放される。それによってアルマの動きを制限していた膨大な量の水は蒸発し、或いは弾き飛ばされた。放出し続けるのが二式の魔法である以上、すぐにまた押し寄せてくるだろうが、その場を離脱するには十分だ。
剣を引き抜き、後ろへ退却して時間を稼ぐべく動き出す。それと同時に、背を向けることもなく長剣が後方へと振るわれた。何か硬いものを斬る感触が右手から伝わる。視界に入れてはいないが、それが大地から生えた刃であることは見るまでもなく理解していた。
あのまま水に呑まれていれば、押し流された身体はこの刃に刻まれていただろう。そうなれば間違いなくアルマは死ぬ。それでもなお躊躇なく攻撃を続けるところに、ジェントの歪な信用が表れていた。
「光をここに」
複数の光の鏃が形成され、その大半が刃の表面を這うようにして駆けていく。ジェントの立っている場所周辺の地面から生えたものである以上、これを辿っていけば必ず彼の近くに到達する。間違いなく有効な一手と言えるだろう。
「甘い」
戻ってきた聴覚がジェントの声を認識すると同時に、目印でもあった刃が消失する。空間を結ぶ魔法を解除したのだ。光の鏃はあらぬ方向へ飛んでいき、今二人がいるこの鍛錬場の壁に衝突して弾けた。
だが、こうなることはアルマもわかっていた。残った光の鏃が一斉に前方へと射出され、ジェントへと飛んでいく。
「そう来ることもわかっていた」
そして、それら全てがまだ放出されていた激流に呑まれて消えていった。
先程の水も彼の魔法によって虚空から出現していた。元々の発生源はジェントの前方だったのだろう。しかし、それならばわざわざ空間を歪曲させての攻撃にする必要はない。アルマが彼の正面に立っている以上、何もせずとも彼女へと向かっていくのだから。
考えられることは一つ。アルマの本能が導き出したジェントを殺す為の解すらも、彼は見抜き誘導していたということに他ならない。
「ここまでだな」
未だ放出され続けていた魔法が不意に消える。
「悪くはない。だが、敵を殺す最適解を理解する力も、自らを殺すにはどうすれば良いかということを相手が理解していれば欺かれるだけだ。相手が理解していることを認識しない限り、今のようにその場での最適解にしかならん。戦況は常に変動するものだ。本能に頼らず、もっと読む力を鍛えろ」
「わかりました」
ジェントの言葉にアルマが応答する。二人とも息を乱したり顔色が変わったりといったことはない。
これが普通。これが日常。
この二人だけの世界。養父と養女でありながら、それだけには留まらない奇妙な関係。
使い手と人形。
研究者と助手。
師と弟子。
他の人間には決して理解できず、表現することも難しい。それがこの親子だった。
「前にも言ったが、魔法使いは戦略上では個人というよりも兵器に近い。故に、魔法使いを殺す時には如何にして個人に落とし込むかが重要になる」
そこで一度言葉を止め、ジェントは腰に提げていた剣を抜く。
「その点では、今回は落第と言わざるを得ない。接近することはおろか、俺に剣を抜かせることすらできなかったからな。……お前を駒に当てはめると、魔法使いではなく魔法を使える狩人とするのが適切だ。自分の持つ手札を常に意識しろ。使えるものは何でも使え。必要があれば使い潰せ」
彼が軽く剣を振るえば、それだけで鍛錬場の地面に裂傷が刻まれる。その裂傷も一瞬で壁に到達するまでに拡大した挙句、壁が割れて崩れた。
ジェントの前ではただの剣ですら戦況を覆す兵器になり得る。彼に近づくには、魔法の嵐を潜り抜けるだけでなく、剣への対処も行えなければならない。
「考えることをやめるな。思考を続けろ。殺し合いで最も重要なことは分析だ。本能的に理解するだけでなく、理性で認識しろ。殺し合いでなくとも、それがいつかお前にとって大きな意味を持つことになる」
そう言うと、ジェントは剣を納めて鍛錬場の修復を始める。彼が暴れたせいで随分と荒れており、酷い有様になっているが、それら全てが瞬く間に元の姿に戻っていった。
やがて修復も終わり、アルマは彼に連れられて鍛錬場を出る。実戦形式の稽古が終わった後には、二人揃ってカルメールティーを呑むのが習慣になっていた。それが終われば適度に休憩を挟みつつ、型稽古と魔法の研究だ。
不意に、ジェントが立ち止まる。顔だけで振り向いて、視線を後ろへ――アルマへと向けている。
「……どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
アルマが問えば、彼は短く返して再び歩き始めた。それを追求することもなく、アルマもまた付いていく。
取り付けられた窓から廊下へ、陽の光が差し込んでいる。
丁度影になった部分に、優しげな三日月が浮かんでいた。
*
ベッドから降りる。靴を履き、剣を取る。
「剣を振るうには狭いですね」
小さく呟き、窓に手をかけて外へ出る。アルマに与えられた部屋は一階であるため、特に危険もなく無事に中庭に降り立つことができた。
「……寝間着ですが、まあ良いでしょう」
気が付けば、何故か剣を振りたいと思っていた。アルマは今までこうした欲求を感じたことがない。それ故に欲というものがどういったものなのかは感覚としては理解していなかったのだが、いざ自覚してみると不思議なものだった。
「『興味』も知りたいという欲求の一つだとは聞きましたが……まだ、よくわかりません」
だが、身体が勝手に動くというのは欲求の表れなのかもしれない。手帳を開いて懐かしさというものを知るまでにもそのようなことがあった。
剣の型稽古を行いながら、アルマは思考する。以前養父に教わったように、思考し続ける。考えれば考える程わからないことが増えていくが、わからない――即ち、未知のことに対しては、やはり『興味』が芽生えていくのだろうか。この疑問すらもまた『興味』の対象になるのかもしれない。
「人間には、三大欲求というものがありましたが」
食欲と性欲、睡眠欲。生理的、本能的な欲求の中でも代表的なものだと聞いている。
先程の身体が勝手に動くことは本能的なものと言っても良いだろう。アルマは自分に迫る死を理性ではなく本能で理解した時、勝手にそれを避けるべく動こうとするのだから。であれば、三大欲求とは本能的という点で共通項があると考えられる。
となると、やはり何らかの欲と結びついているのか。
「そういえば、三大欲求は人によってそれぞれの強さの比率が異なるのでしたか」
これは欲求にも強弱や優先順位があるということなのだろう。アルマはデイヴに話を聞く為のメモを残すよりも、その時にはまだわからなかった懐かしさという感情や感覚を優先した。それは興味、知りたいという欲求が後者の方へと強く向けられていたからなのではないか。
「わからないことばかりですね」
型稽古は次第に剣舞へと様変わりしていた。幾つか剣の型を養父に教わった際、教養としてこれも覚えておけと教えられたものだ。
逆手で長剣を握り、身を屈めて回る。何週かしてから剣を順手に持ち替えながら軽やかに舞い上がり、着地する際は羽の如く柔らかに。左手を開くように広げ、その最中に魔法で光の扇を形作って握る。剣で斬りかかるような動作をゆっくりと行い、扇を舞わせながら素早く後ろへと下がる。
緩急のある、優雅であると同時に苛烈さも感じられる剣舞。貴族の養女である以上アルマは令嬢と言えるわけだが、それに相応しい品位ある舞だった。
「これが懐古というものなのでしょうか」
型稽古から剣舞までの変遷は、養父に習った順番と同じだった。過去を想い、なぞり、味わう。養父や先生に様々なことを教えてもらった身ではあれど未だ未知は多く、これもまた彼女にとって初めての経験だ。
「……初めてなのは、私に懐かしむ過去がなかったから?」
覚えている最も古い記憶はスラム街での生活。養父の命令に従い、自らの手で賊の頭として殺した男に使われていた日々。ある時は気に入らない者を排除する道具のように、ある時は主の欲を満たす奴隷のように。管理しやすいようにか満足な食事を与えられることもなく、泥水を啜ったこともあった。
「気持ち悪い」
その言葉を発したのが自分だと気が付いたのは、身体の異変を察知してからだった。
喉の奥がひりつく。胃液が込み上げてくる感触がする。身体が微かに震え、扇が霧散したことで空いた左手が剣を握ったまま下ろした右腕を押さえつけている。意識は髪と下腹部に向けられ、過去の記憶がフラッシュバックする。
これは知っている。経験したことはなかったが、知識として頭の中に入っている。
「これが嫌悪……これが、恐怖」
震える身体で窓に手をかけ、部屋へと戻る。靴を脱ぎ、ベッドの上で小さくなって布団を被る。
そうやって過ごしていると、震えが治まってきたのを感じた。精神的な苦痛には、安心できるものやことに身を預ければ良いと聞いたことがある。アルマにとって、与えられたこの部屋は既に安心できる空間なのだろう。
深呼吸をし、乱れた息を整える。これらも初めての経験ではあったが、気分は決して良いとは言えなかった。思考がまとまらず、何度も同じことを考えてしまう。
思い出されるのは泥の味。今も舌にこびりついているような錯覚を起こし、落ち着いてきた身体の反応が再び荒ぶり始めていく。
「……養父様」
声が漏れ出る。あの環境からアルマを連れ出したのは他でもないジェント・リヴォルタだ。どのような意図があったにせよ、彼に拾われ養子となったことでそれまでとは比較にならない程の恵まれた生活を送れるようになったことに変わりはない。
目を閉ざすだけで、彼の姿が脳裏に浮かび上がる。適当なようで丁寧に整えられたオールバックの黒髪。空を思わせるような蒼い瞳。どこか威圧感がありながらも端正な顔。安らぎとは無縁の容姿だが、思い出すだけで心と身体が鎮まっていく。
「感謝、安心……それだけでは、ないのでしょう」
自分の中で眠っていた感情が解けていくのがわかる。少しずつ声が聞こえてくる。
自覚したばかりの嫌悪と恐怖と、その対象から解放してくれたことへの感謝。
その行動から生じたのだろう信頼と、守ってくれたことから芽生えた安心感。
「きっと、私は養父様に会いたいと思っているのですね」
傍にいたい。養女としてでもなく、人形としてでもなく。弟子としてでも助手としてでもない。
ただただ、養父に会いたいという欲求だけが膨れ上がっている。
この日、アルマ・リヴォルタは初めて心の叫びというものを聞いた。
*
視界の隅で、一組の親子が笑っている。父親が娘に小さな箱を差し出せば、娘はそれを開けて中身を取り出す。入っていたのは緑がかった橙色の宝石が取り付けられたブローチ。娘は満面の笑みを父親に見せ、何かを言った。その後着ている服にブローチを取り付け、その場で小さく踊り出す。
「紅柱石か」
アルマの視線に気付いたのだろう。隣に立つジェントは彼女の視線の先にあるものを見て、そう口にした。
「何故石を贈っているのですか」
「そういった慣習がある。あの父親は娘のこれからの出会い……良き伴侶を祈って贈ったのだろうな」
二人は今、街を歩いていた。この親子は鍛錬場か研究室、後は書斎に籠っていることが多いが、外出することもそれなりにはある。正確には、アルマが自主的に外へ出ることはなく、ジェントに共に来るよう言われなければ外出はしない。
ジェントが領主を務めるアルテア領は戦時下でなければ大半の者がそこそこ以上の裕福な暮らしをしている。戦時下であっても半数は変わらず生活できており、これは彼が領主として優れている証と言えるだろう。
国境付近に存在する町であっても戦場にならず、平穏に過ごせるのも彼の為せる業だ。彼が指揮を執るビランチャ隊は所属する誰もがジェントの目に留まった精鋭であり、優れた能力を有している。ジェントの作った魔法を組み込んだ装備のテスターとしての側面も持ち合わせていることもあり、アミュレイト王国の騎士団の中でも群を抜いて高い戦略的、戦術的価値を持っている。
「何か欲しいものや気になったものがあれば遠慮なく言え。あれば役に立つかもしれない程度でも良い。ああ、隊の備品でなく私的なものでも構わん」
大きな商会の出している店舗以外にも、個人経営の露店をはじめとした幾つもの店が並んでいる。二人の外出する機会が多いとは言えないため、来る度に並んでいる店が変わっている印象を受けた。
食材に関しては気にする必要はない。そういったことは何かリクエストがない限り使用人が考えるようにしているし、そもそも基本的に町で買うのではなく取り寄せるようにしているのだ。食材よりかは小物を見て回った方が良いだろう。そう判断し、横道を通って雑貨店の並ぶ区画へと移動する。
どうやらどの店も盛況のようで、沢山の話し声が二人の耳に届く。売れているものの傾向に客と従業員の互いに対する愚痴や不満。競争相手の動向がどうとか、馬鹿な客を上手く乗せて高い値段で売ってやったといった自慢話まで。優れた聴覚は喧騒の中でも一字一句違えず聞き取ることができた。最後の話にジェントが少しだけ顔を歪ませ、少し悩んだような素振りを見せてから軽く魔法を使ったのをアルマは見た。
直後、自慢話をしたあくどい店主の目の前で極めて小規模な爆発が起き、腰を抜かす。視認したわけではないが、それを把握してジェントは少しだけ笑んだ。
「良いのですか?」
「領主に聞こえるように領民を嘲笑った罰だ。一応言っておくが、店主も領民だとかわざと聞こえるように言ったわけではないといった野暮な指摘はいらんぞ」
くつくつと笑いを噛み殺し、ジェントは街並みを眺めながら歩く。
「俺はこの町が好きだ。領主としてもそうだが、一人の人間としてもだ。民は活気に溢れ、健全な戦いに火花を散らす。時には大きな諍いとなって血が流れることもあるが、取り返しのつかないことになる前に終わるのが常だ」
適当な露店で指輪を買う。店主に価格以上の金を手渡し、釣銭も戻せば店主は若干の罪悪感と大きな喜びの混ざった表情でジェントに礼をした。
「無論、それは領民や町民として共通のコミュニティに所属しているからこそだ。争い続けても余計な火種を生むだけだからな。国同士の戦争が泥沼化しかねない理由もそこにある。根本的に別の存在であるが故に、自陣営に大きな被害が出ないと矛を納めることが難しい。これはそれぞれを率いる上層部の面子の問題でもあるがな。簡単に引いてしまえば、相手にも第三者にも舐められ不当な評価をされかねない。評価評判といったものは、コミュニティを存続させるには決して無視できない」
「養父様は、戦争が嫌いなのですか?」
「ああ、嫌いだ」
即答だった。
「戦争に参加するにはこれで三度目だ。その度に多くの者を殺してきた。命乞いをする者も、罪のない女子供も。国の為などと嘯き、殺しを繰り返してきた。それを無駄とも無意味とも言うつもりはないがな。それは戦争で死んだ全ての人間に対する冒涜なのだから」
淡々とジェントは語っていく。
「もう俺の手は血で汚れ切っている。魔法など極めたところで、結局はより多く、より効率的に破壊と殺戮を行えるようになるだけだと気付いたのはいつだったか。……目を背けていただけで、最初から自覚していたのかもしれんな」
「ですが、養父様は今も魔法の研究を続けています」
「そうだ。俺が奪った全ての命に報いる為に、この命が散るまで魔法というものを研究し、研鑽し続けなければならない」
不意に立ち止まる。突然のことでアルマは一瞬その背にぶつかりそうになるが、優れた肉体の制御能力で衝突するよりもだいぶ前に、余裕を残して静止した。
「お前もまた多くの命を奪ってきて、そしてこれからも奪うのだろうな」
だが、と一度置いてからジェントは振り向く。
その瞳には優し気な色が浮かんでいて。
その口調は固くもどこか穏やかで。
「目を逸らすな。
前を向け。
歩き続けろ。
俺達生者には、その権利と義務がある――それを忘れるなよ、アルマ」
この日初めてアルマの名を呼び、微笑んでみせた。
「それは、命令でしょうか」
「そうだな。命令でもあり、忠告でもある」
「では、そのように」
「……流石に、まだこの言葉の真意を理解できはしないか」
アルマの耳でも聞き取れない程小さな声で呟き、当然だなと自嘲する。
ジェント・リヴォルタは、やろうと思えばアルマに心というものを教えることができただろうと自覚している。それでもなお、彼は彼女に首輪を付けて制御する道を選んだ。はっきり言って、父親失格である。
彼は自らの心すらも無視し、ただひたすらに合理的な選択肢を取り続けるだろう。長い目で見て、それが国や誰かの為となるのであれば。そういった人物だからこそ、数少ない友と多くの敵を作った今の彼があるのだ。
アルマに向けた視線を前方へと戻し、再び歩き出す。その瞳に宿るのは、堅く脆く、醜く美しく、苛烈で静謐な決意と感情。
「きっと、わかる日が来るさ」
誰よりも彼女を想っている。
誰よりも彼女を案じている。
――それは、愛以外の何物でもなかった。