表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

Ar02 先生と教え子、従者と主人②

 何本かの銀食器が宙を舞う。勢い良く向かってくるそれらを、デイヴは指で挟んで器用に掴み取り、即席の武器として用いるかのように構えた。


光で(fill with)満たせ(the light)


 テーブルの上を駆けるアルマが小さく言葉を発すると共に、その左手の指に挟んだ二本の短剣が輝き始める。魔法による強化だ。それを確認し、デイヴは溜息を吐きながらも小さく笑って見せた。


「やれやれ。食器が破損すると朝食を摂れなくなってしまうのだがね」

「武器の指定はされなかったので」


 右手に持った小皿を投擲しながら返す。左の手の甲に触れた瞬間、器用にも全身を使い衝撃を和らげるようにすることで受け止められたが、その間にテーブルから滑り降りるようにして懐へと潜り込む。勢いを殺すことなく腕を振り上げ、短剣でデイヴの首を掻き切ろうとするも、彼は右手の指の間に挟んだ食器でアルマの腕を押し、軌道を横へずらして回避する。

 その直後、アルマが短剣を手放した。一本はデイヴの顔へ、もう一本はアルマの右手へ。即座に右手で握り直し、もう一度デイヴの首を斬るべく振るう。顔に迫る短剣に対処すればもう一本の短剣への対応は間に合わず、だからと言ってそちらを放置すれば、殺傷力の向上した短剣は彼の整った顔を容易く抉るだろう。

 アルマが本能的に理解した、殺しの最適解。短剣を手放した左手でデイヴの右手首を掴み、身体を大きく動かすことも制限する。加えて互いの足を絡ませることで完全に身動きの取れない状況を作り出し――


「はい、ここまで」


 ――次の瞬間には、アルマの首筋にナイフが添えられていた。

 一瞬の出来事だった。彼女の優れた知覚能力でも、何が起きたのかを理解できたのは声をかけられてからだった。目が、耳が、デイヴの行動を遅れて認識していく。

 デイヴはアルマが手首を掴む直前には既に行動を終えていた。指の間に挟んだフォークを一本宙に放り、親指で弾いて顔へと手放された短剣と衝突させ、互いの軌道を捻じ曲げる。そしてそれとは別のフォークの叉を使い、アルマの着ているブラウスとブレザーの右袖口を絡め取った上で腕に押し当て、予め可動域を絞ることで空振りさせたのだ。

 これにより、彼女は動きを制限していたはずが逆に逃げられない状況に陥っていた。攻撃が失敗に終わるまでに、デイヴは悠々と左手の指に挟んだナイフを握り直してアルマの首筋に添えたというわけである。


「……参りました」


 全て把握し、手を降ろす。小皿は彼の左の手の甲に乗ったままだった。

 デイヴが穏やかに笑い、アルマに声をかける。


「素晴らしい腕だ。確かに、これ程であれば殺し合いで勝てる者は少ないだろう。うちの兵士達が束になっても傷一つ負わせられないのも納得がいく」


 ――殺し合いであればね。そんな音のない声は、アルマには届かなかった。


「さて、朝食としよう。ここは少し荒れてしまったから、庭園の方で食べようか」


 食器を元の場所に戻し、使用人に指示を出しながらデイヴがそう口にした。言われるがまま連れられて食堂を出る。昨日も通った廊下だが、視線を遮るものは少なく奥まではっきりと見えるため、身を潜めるには向かないだろう。

 角を二回曲がり、エントランスホールに到着する。セシルとも食堂にいた者ともまた別の使用人が扉を開けると、白く染まった庭園がアルマを迎えた。


「最近は雪が続いたのもあって、晴れている時の景色は格別だね。積もった雪が良い味を出している。アルマ君はこういったものは好きかい?」

「よくわかりません」

「では、スラム街などと比べるとどちらにいたいかな?」

「それは……ここでしょうか」

「ほう。それは何故」

「衛生の観点から見て、こちらの方が優れているように思えます。見た目程寒くもないので、体調を崩す心配もないかと」

「ということは、ああいった場所にいる意味は少ないと」

「はい。物乞いに時間を奪われることもありますので」


 成る程、とデイヴが頷く。


「覚えておきたまえ。君のその認識は、それに対して良い印象を抱いていない――つまりは、好ましく思っていないということ。少なくとも、君はそれが好きではないということだ」


 これが『好き』と『好きではない』という感覚、心の動きだよと続け、彼は笑う。穏やかな笑み。その姿にどこか既視感を覚えたが、それはデイヴが背を向けたことですぐに霧散した。

 振り向かずに、背を向けたままの状態で、続けて言葉をかけてくる。


「他に『好き』なものや『好きではない』ものはあるかな? まだよくわからないようであれば、今の感覚と比較してみても良いよ」

「本を読むことは『好き』……なのでしょうか。訓練や魔法の研究を行っていない時に読書をするのですが、スラム街で過ごすよりは有意義かと」

「空き時間に読書か。何かきっかけがあったりはするのかな」

「何かする習慣がなかった時に、養父様から『ロート姉弟と宝石の鍋』をいただきました。何かすることがないのならこれでも読め、と。それを読み終えたら『ザーフィルの旅』を。これは続き物でしたので、一冊読み終えるごとに次のものを貰っていました」

「『ザーフィルの旅』は普通の小説だから兎も角、『ロート姉弟と宝石の鍋』はあまり幼い子に読ませるものではないと思うのだがね」


 デイヴが溜息を吐く音が聞こえた。

 『ロート姉弟と宝石の鍋』はアミュレイトやレージュアとはまた別の国で生まれた有名な童話である。ある二人の姉弟が希少な宝石を求めて冒険していた時、先に進むには荷物の大半を捨てねばならない状況に陥った。進めば確実に宝石が得られることがわかっていたため、採算が合うと判断して先に進み、無事宝石を手に入れる。しかし、残った荷物の一つである鍋に宝石を詰め込んで持ち帰ったところ、それらは擦れ合って表面に傷がついており、挙句の果てに入手した全てが求めていた宝石に見えるよう、希少価値の低い別の種類の鉱石の表面を加工したものだったという落ちがついた。

 加工品である以上当然ながらこれらの鉱石は廃棄されたものなのだが、加工された目的を端的に言うと詐欺の為である。希少な宝石と偽って高く売りつけようとした者達はすぐに捕まり、鉱石は扱いに困って人の寄らない場所に廃棄されたというわけである。ロート姉弟は詐欺事件の真相が露呈してから希少な宝石の情報を聞きつけたのだが、欲に目が眩んだ結果その真偽を確かめようともせずに行動し、大損をした。最終的にはそれが原因で貧困に喘いでいる二人の姿が描写されている。これはその教訓として語られる物語で、宝石の鍋という名称も随分な皮肉である。

 元々童話は残酷な話も多く、一般にはそのような場面を改変したものが流通している。だが、この『ロート姉弟と宝石の鍋』に関して言えば、改変されたものは全くと言って良い程に出回っていない。それ故に、デイヴは子供に読ませるものではないと口にしたのだ。


「まあ、そこは私が口を挿むことでもないか。それらを読んで何か思ったことはあるかな」

「『ザーフィルの旅』は序盤に描写されたものが後の伏線や問題を解決する鍵になっていたりと、筆者の技量を感じさせるものでした。全体を通して、人の繋がりを意識した作品に思えます。それと……『ロート姉弟と宝石の鍋』は、読み終えてからも養父様に『ザーフィルの旅』をいただくまで繰り返し読んでいたのですが、こちらは一冊読み終えるとその旨を伝えていました」

「新しいものを貰うまでに、先の展開を予想するようなことはあったかい?」

「はい。それだけで時間がなくなることもありました」


 アルマが首肯する。


「それは『興味』という感覚だね。君は先の展開が気になったことで、予想をしたり、次の一冊を貰いに行ったりした。それらは全て、君が物語に関心を持っていたことによるものだ。心が惹かれた、と言い換えても良い」

「……『興味』」


 振り向きながらデイヴが語り、反芻するように小さくアルマが呟いた。自分でも自覚していなかった感覚、心の動き。まだよくわからないが、悪い印象を抱くことはなかった。少なくとも、スラム街で過ごすよりもこの『興味』に従って行動した方が有意義に思える。


「『好き』と『興味』には、関連性があるのですか?」

「そうだね。人は好きなものについてもっと知りたいと感じる――つまりは、興味を抱くことが多い。これはその逆も成立し、興味を抱いて知っていく内にそれを好ましく思うようになることもある。嫌いだからこそ興味を抱くこともあるが、それもこの関連性に含めて良いだろう。対象を嫌う感覚は『好き』の反対である『好きではない』の一種でもあるからね」


 歩きながら質問に答え、デイヴは庭園に設けられた椅子に座る。テーブルを挟んで反対側の椅子を指差し、アルマも座るよう促した。

 アルマが促されるままに座った直後、再び扉が開かれた。現れたのはセシルをはじめとした複数の使用人であり、全員が何かしらの荷物を持っている。彼女ともう一人がそれぞれアルマとデイヴの方へと進み、一礼する。


「エプロンをお持ちしました。本日は快晴ではありますが、暖かいというわけではありませんので防寒具としての機能も持ったものになっております」


 失礼しますと告げ、アルマにエプロンを着せる。セシルの手の動きに淀みはなく、すぐに終わった。

 どうやらエプロンの生地は二重になっているらしく、裏面は毛布のように柔らかい。それだけでなく、エプロン自体が体を覆える程大きいこともあって、感じていた肌寒さがすぐに消えていった。防寒具としての機能を持っているというのも本当らしい。


「こちらはハーブティーになります。砂糖やミルクはお好みでお入れください」

「と言っても、まだ自分の味の好みもよくわからないようだからね。最初は何も入れずに飲んで、その後少しずつ追加して比べてみると良い」


 テーブルにティーカップが置かれ、ハーブティーの鮮やかな琥珀色が視界に入る。アルマは持ち手を握ると、デイヴの言う通りに何も入れずに口にした。茶葉の香りが広がり、仄かな甘みと独特の渋みが舌を刺激する。それを感じ取ると同時に、ふと一つの記憶が蘇る。確かめるようにゆっくりと嚥下すると、茶葉の香りがより深く広がる感覚がした。


「……カルメール草ですか?」


 口を衝いて出た言葉に、デイヴが小さく目を見開いた。


「正解だ。飲んだことでも――ああ、君もアルテア侯も優れた……いや、それくらいでは足りない程の魔法使いだったね。過去に口にしていても不思議ではないか。寧ろ飲んでいない方がおかしいくらいだ」


 カルメール草とは、魔力に対する耐性を保有する植物である。その免疫機能は平均的な人間のものよりも強力であり、より多くの魔力を蓄積することができる。このように茶葉として使用すると、飲んだ者の体内の魔力を吸収する働きを持つ。特に魔力を多量に生成して身体を傷つけてしまった場合、体内に残る魔力の残滓が回復を妨げてしまうため、吸収させて抑制する為にしばしば飲用される。

 養父は魔法の研究を行っているだけあり、頻繁にこれを飲んでいた。アルマに魔法の指導を行う時や訓練させる際には、彼女にも飲むよう指示していた。その旨をデイヴに伝えると、彼は興味深いと言いたげな顔をしてみせた。


「アルテア侯もまた人の親、ということかもしれないね。君の身体が傷つくことを良しとしなかったのかな?」

「回復が遅れるとその後の活動に支障が出ると仰っていましたが」

「それもあるだろう。しかし、口先だけでは何とでも言えるからね。合理的な性格をしていればそう判断するのに違和感はないが、それだけでは君の身を案じていることを否定する材料にはなり得ないよ」


 話題はアルマの養父――特にその内面へとシフトしていった。アルマはデイヴの言葉に従い、時折砂糖とミルクを追加してカルメールティーの味を変えつつ、料理を口にする。その合間に彼の問いに受け答えする流れが自然と出来ていた。


「養父様に拾っていただいたのは五年程前のことでした」

「ふむ、思っていたよりも最近のことのようだね。私は拾われる前の君のことをよく知らないから判断しづらいが、四年半で武芸や魔法を鍛え上げたのは見事なことだ」

「その前は孤児でした。言葉も扱えず、一般的な常識もなかったことは自覚しています。それと、厳密には四年半ではなく三年半です。養父様から一人前と評していただいたのがその頃でした。それ以降、ビランチャ隊に加わるまでは魔法の研究の補佐を中心に活動していました」


 一度空になり、カルメールティーを追加してもらったティーカップを口に付けて告げる。デイヴはアルマの語った話に大きな驚きの色を浮かべた。


「言語を習得せず、一定量の知識を持つこともなくある程度まで育った人間がそれらを後から身に着けるのは困難だと聞いているのだがね。どうやら君の父君は、指導者として見ても一流なのだろう。それに……一年か」

「どうかされましたか?」

「いや。一人前と認められてから、戦争に関わるようになったのは随分と間があったと聞いてね、少し気になったのさ。ビランチャ隊はアルテア侯が直々に率いている特殊部隊と有名だからね。もっと早くから加えることもできただろうに」

「養父様は私を隊に入れようとしていなかったそうです。以前そういった話を聞きました」


 それは彼女の養父――ジェント・リヴォルタに連れられ、騎士達の詰所を歩いていた時のことだった。騎士団に所属している者か、或いはその関係者か。いずれにせよ、アルマの知らない者に話しかけられ、煩わしそうに対応している彼の姿を後ろから見ていた。話の内容はいつも同じで、延々と繰り返されることに苛立った結果、最終的には話しかけてきた者達全員を鍛錬場の地面に沈めたことを覚えている。


 ――エドの奴は庇ってくれているが、議会の連中が五月蠅くてな。身寄りのない子供を拾って育てるのであれば、それに足るだけの価値を証明しろとのことだ。

 ――無視してやっても良いが、あの手の連中は何をしでかすかわからないからな。これだから、家督を継いだだけの無能は困る。


 溜息を吐き、他人に愚痴を漏らしている姿をアルマは見たことがなかった。それどころか、拾われてからは殆どの時間をジェントと共に過ごしていたため、彼が誰かと接している姿を見たのはこれが初めてだったのだ。


 ――拾ったのには理由があるが、お前の考えているようなことではない。くだらない妄想をしていないで、鍛錬でもしていたらどうだ。

 ――隊に加えようとしなかった理由だと? お前には関係ない。……だから、その品のない妄想をやめろと言っているだろう。


 会話の内容はアルマについてのものだった。拾った場所やその理由、養子にした際の待遇に王国上層部での扱い。それと、彼女に対するジェントの抱いている感情と、その逆も。彼が品がないと告げた者のように、アルマをそういった(・・・・・)視線で見ていた騎士失格と言わざるを得ない輩もいたが、そういった手合いは全て稽古と称した一方的な蹂躙によって何も言えなくなっていた。


「それはまた……なんとも言葉にしづらいね。まあ、アルテア侯がどんな人柄なのかはある程度わかったが」


 それらを聞いたデイヴは、顔を手で覆って盛大な溜息を吐く。話している間にどちらも朝食は食べ終えており、既に茶会のようになっていた。

 カルメールティーを飲み干し、エプロンを脱いでデイヴが立ち上がる。


「さて、そろそろ戻ろうか。歯を磨いて、口も漱いでおいで。終わったら今日の講義を始めるよ。私は一階の応接室で待っているからね」

「はい、先生」


 先生と呼ばれ、小さく笑んでから手を振って屋敷の中に入っていくデイヴ。それに倣うように、アルマもティーカップの中身を空にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ