Ar02 先生と教え子、従者と主人①
見覚えのない空間。毛布に包まれた感触。鎖で壁に繋がれた左腕。
「目が覚めたかい?」
そして、投げかけられた優しげな声。それらが、意識を通り戻したアルマが最初に認識したものだった。
身を捩って声のした方を向く。自らの寝かされていたベッドの脇に、一人の男の姿があった。髪は薄い赤色で、後ろで結って一つにまとめている。少し大きい金色の瞳はどこか優しげな雰囲気を帯びており、アルマと視線が合うと柔らかい微笑みを見せた。
会ったことはない。だが、誰なのかは知っている。
「……デイヴ・アバーナシー」
レージュア王国辺境伯。武に秀で、極めて高い戦闘能力を持ちながらも非常に聡明であり、加えて温厚で誰にでも分け隔てなく接する人格者。魔法には疎いが、それでも単騎で苦も無く一個大隊を壊滅させることができ、二国間での戦争が膠着する要因の一つでもある。
「君がアルマ・リヴォルタ君だね。話に聞く通りの……いや、それ以上だ。あの町に限らず、マーティアで防衛を担う者は私が直々に選抜したのだが、ここまで一方的にやられるとは思ってもみなかったよ」
やれやれ、といった様子で苦笑するデイヴ。まるで親しい友人を相手にしているかのようだが、これが彼の素である。部下が大量に死んだ――それも、目の前にその元凶がいるというのに随分と軽いが、役職柄ということで割り切っているのだろう。或いは、憤りというものを巧妙に隠しているのかもしれない。
さて、と息を吐き、彼はアルマを見据える。
「こうして君を捕らえた以上、私は相応の対応をしなければいけない。とはいえ、別に荒事が好きというわけでもないし、可能な限りは君を殺したくない。君もここで死ぬのは御免だろう?」
「……いえ、死ぬことに対して特には。任務を遂行できなくなるのは避けたいですが」
「おっと、訂正しよう。どのような内容かはっきりと知っているわけではないが、君も任務を遂行できなくなるのは困るだろう?」
「それならば、その通りです」
「つまりは、ここで死ねば任務を遂行できなくなるから、それは御免だということだね」
デイヴが少しばかりの溜息を吐いて、こめかみを指で叩く。率直に言えば、彼はアルマのことをどこか軽く見ていた。人形のようだと言われていることは知っていたが、まさかここまで自分の命というものに頓着していないとは思っていなかったのだ。
大馬鹿者め、と彼女の養父に心中で毒づく。この年齢になって、未だ心というものを知らないなど、一体どういう教育をしてきたのか。殴り倒して問い詰めてやりたい気分だった。
「君が望むなら、私は君の命を奪うようなことはしない。だが、私にも立場というものがあるし、無条件でというわけにもいかない」
逸らした視線を戻し、金色の双眸がアルマを見つめる。その顔に再び笑みが宿り、指を立てて、デイヴは明るい声になるよう努めてその提案を口にした。
「そこで、だ。私とゲームをしようじゃないか」
想定外の言葉のはずだが、アルマの表情に変わった様子はない。何の色も浮かべずに、続きを待っている。
「ここは私の屋敷でね。特殊な魔法によって、私が認めた者以外は外に出ることのできない結界が張られている。私が構築したものではないから詳しい原理は私にもわからないが、つまり君はこの屋敷から出ることができない」
一度話を区切り、だが、と続ける。
「脱出する手段がないわけでもない。この結界の核は私の命になっているそうだから、私を殺せば魔法は解除され、君はここから抜け出し、任務に戻ることができるというわけだ。……と、前置きが長くなったね。まあ、ゲームと言っても話は簡単さ。君に、一日に一回だけ、私を殺す権利を与えよう」
「一回の定義はどのようにされるのですか」
「君が能動的に私を殺そうとした場合なら、私が君を取り押さえるか殺されるまで。毒殺のような間接的な手段であれば、私がそれを防ぐか殺されるまで。但し、私以外に危害を加えたり、二回以上殺そうとした場合は君を殺す。そうなれば、君の任務は失敗で終わることになる」
失敗しても特にペナルティは用意しないよ、とも語るが、殺すと告げたデイヴの目は酷く冷たかった。温厚ではあれども、そうした割り切りはできる人物なのだろう。
本来であればこのまま殺される身だったはずであり、これに乗らない手はない。だが、アルマには彼の思惑がわからなかった。はっきり言って、デイヴに一切のメリットが存在しないのだ。
「ああ、普段は自由に過ごしてもらって構わないよ。この屋敷のことは何も知らないだろうから使用人も付けよう。男性と女性ではどちらが良いかな?」
「まだ受けるとは言っていませんが、どちらでも」
「それもそうだ。まあ、同性の方が何かと接しやすいだろうし、女性をあてがうことにしよう。……さて、ここからが本題だ。私を殺してこの屋敷から出られるまで、君には私の講義を受けてもらう」
「……講義?」
唐突に出たこの場に似つかわしくない言葉に、アルマが首を傾げる。無論言葉としての意味は知っているが、何故講義を受けることになるのか。
「人の思考や感情というものについての講義だ。これでも、私はうちの学生達に講演を行ったこともあってね。わかりやすいと評判さ」
「いえ、そういったことを聞いているのではないのですが」
微笑むデイヴに淡々と告げる。変わらず何を考えているのかはわからないが、アルマにとっては好都合である。任務を完遂するには、それしか道はないのだから。
アルマは彼の目を見据え、提案を呑む旨を示す。
「わかりました。現在時刻がわからないため、始めるのは明日からでよろしいでしょうか」
「受けてくれてありがとう。始めるのも明日からでも問題ないよ。一度君にこの屋敷を案内する必要があるからね。私を殺そうとするのなら、武器も必要だろう? 好きなものを使うと良い」
そう言いながら、デイヴがアルマの左腕を拘束している鎖を外していく。特に警戒した様子もなく無防備にも見えるが、今アルマが攻撃を仕掛けることはないという確信が彼にはあった。
彼の見たアルマ・リヴォルタは、一般的な知識や常識といった日常生活を送るのに必要なもの、そして人を殺す術を身に付けただけの、無垢な子供である。一見すれば、常に落ち着いて年齢に見合わぬ程に聡明な印象を受けるが、その実情緒や心の豊かさという点での教養は全く育まれていない。感情の起伏が極めて少なく、心といったものに対する理解が乏しい。自分が人や物事に抱く感情を把握しているかすら怪しく、人形と呼ばれるのも納得してしまえるような人物だった。
「ちなみに、今は夜だ。君の寝る部屋を用意しておいたから、先にそちらに行こうか。その後にディナーとしよう。他の部屋の案内は食べ終えてから。それも終わったら、とりあえず今日は寝なさい。ゲームは明日君が起きてから始めるということで頼むよ。……それと、私のことは先生とでも呼んでくれ」
「わかりました……先生」
アルマが頷く。言われたことに素直に従うのも、本当に人形のようだなとデイヴは考える。酷く整った容姿の人形。可愛らしいというよりかは、美しい、綺麗といった言葉が似合う。恐らく、もう少し感情豊かになっても、それはそのままだろう。そう思わせるだけの美貌を、彼女は持っていた。
――そしてそれが、彼女と相対した人間の恐怖をより引き立たせるのだろうと、心中でぼんやりと呟いた。
*
セシル・マティスはアバーナシー家に仕える使用人である。普段は若くして屋敷の管理補佐を務める身ではあるが、今の彼女には主直々に命じられた特別な業務があった。
鏡の前に立ち、身嗜みを整える。薄紫色の長い髪をポニーテールにし、ホワイトブリムとエプロンドレスを身に着けていく。その際、幾つかの『小道具』を袖やスカートの中に入れ、いついかなる時でも新たな主の要望を遂行できるように準備をした。
自分の姿に問題がないことを確認し、移動式のハンガーラックを持って部屋を出る。長い廊下を歩き、一つの部屋の扉の前に立つ。この扉の先に、彼女の新たな主がいた。丁度起きたところなのか、部屋の中で人が動く気配があった。セシルは四度ノックをし、声をかける。
「おはようございます、アルマ様。御部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「では、失礼します」
扉を開け――そして、息を呑んだ。長い銀髪は窓から差し込む光によって一本一本が煌めいており、扉へと顔を向けたことで揺れた前髪から覗ける深紅の双眸は、まるで二つの紅玉のよう。起こした上体は白いネグリジェに包まれており、銀色の髪も相まって触れば溶けてしまう雪のような印象を受けた。艶のある黒い左腕は不似合いのようで、しかし作り物めいたその容姿と調和している。義手の調子を確かめているのか手の開閉を繰り返しているが、その際に鳴り響く金属音がより彼女を彩っている。
人形のような雰囲気を身にまとい、人間離れした容貌で、アルマ・リヴォルタがそこにいた。
「……何か?」
首を傾げて発せられた、彼女の透き通るような声で漸く現実に引き戻される。セシルはアルマと比べて大して長く生きているというわけでもないが、こうも長くの間見惚れるといった経験は初めてだった。いや、長い間見惚れていたというのは錯覚なのかもしれない。だが、少なくとも、セシルがそれ程までに心を奪われたことは事実である。
頭を振るい、呼吸を整える。改めてアルマの方を向き、平静を取り戻して口を開く。
「いえ、何でも。不躾にも申し訳ありません。……改めまして、自己紹介を。本日付でアルマ様の身の回りの御世話を担当させていただきます、セシルと申します。つきましては、お召し物についての相談をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい」
「ありがとうございます。幾つかこちらの方で見繕わせていただきましたが、ご希望はございますか?」
「動きやすいものであれば特には」
かしこまりましたと一礼し、部屋の外に置いていたハンガーラックを中へと入れる。動きやすいものとなると、あまり長い丈のものは良くないだろう。屋敷に運び込まれた時の服装から判断するに、袖や上着は丈が長くとも問題ない――寧ろ暗器を隠せるためか都合が良いようだが、下半身全体を覆うようなスカートは論外だ。吊るしてある衣服はアルマに似合うか否かという基準で用意されたものであるため、条件を加えて絞り込んでいく。
動きやすい服装で、しかし露出の激しいものはよろしくない。彼女は気にしないかもしれないし、彼女に対しそういった感情を抱くような不埒な輩はこの屋敷にはいないが、だから良いというわけでもない。
(……となると、むやみに着飾るようなことはせず、ワンポイントとして装飾を付ける程度で良いでしょう。普段着にする以上着やすさを重視して、上半身はブラウスに上着――ブレザー辺りが無難ですね。デイヴ様の目的も考慮し、何着か追加で持ってくるとしましょう。その場合、下半身は――)
衣服に向けていた視線を一度アルマへと向かわせ、すぐに戻す。動きを阻害せず、違和感なく合わせることのできるもの。加えて、『少女らしさ』を強調できるようなものが良い。美しく無機質であるかのような印象を服装によって和らげ、年相応の女の子に見えるように。
難しくはあるが、セシルにとっては得意分野でもある。従者は主の品格を落とさぬよう、身嗜みにも気を配る必要がある。そのため、些細なことで印象を変える術や、人の魅せ方というものを熟知していた。
(――キュロットスカート。外から見た際には柔らかなスカートという印象を与えられ、丈を調整すれば暗器を隠すことも可能ですね。動き回っても下着が見えないのも良いことです。これならば御二方の意に沿えますし……色に関しては、御自分で選んでいただくことにしましょう)
ブラウスの上にブレザーを羽織り、キュロットスカートを穿いたアルマの姿を想像する。ミステリアスな雰囲気を醸し出しながらも、可憐さを前面に押し出した年相応の女の子。それでいて精神的にはまだ幼く、綺麗さと可愛らしさの両立した『少女』。
「……破壊力が高い」
「…………?」
小さく漏れた言葉にアルマが首を傾げる。その様子も今のセシルには刺激が強いものだったため、何でもありませんと返しながらも目を逸らす。既に衣服の選定は終えているが、まだ選んでいる振りをしているのである。その間に一度思考をリセットし、平静を取り戻して再びアルマへと視線を向けた。
「投げナイフのような暗器用のホルダーはこちらで取り付けてしまってもよろしいでしょうか」
「お願いします」
「かしこまりました。取り付ける箇所のご希望等がございましたら、いつでも仰ってくださいませ」
一礼し、傍にあった椅子に座る。袖やスカートの中に入れていた『小道具』――縫い針や鋏、切れ地に糸といったものを取り出し、ブレザーの裏地に取り付けるために手を加えていく。このような作業は手慣れたもので、手元を見なくとも形を整え、正確に針や糸を通すことができた。
不意に、窓から差し込んでいるものとはまた別の光を感じ、セシルは手を止めずに顔をそちらへと向けた。見れば、アルマの左手の人差し指の先端に、小さな光の球が出来ていた。魔法で作ったものだろう。
「綺麗ですね」
「綺麗……という感覚は、私にはよくわかりません」
「今はわからなくとも、きっとわかる日が来ます。アルマ様は人間で、生きておられるのですから」
アルマがセシルを見つめる。表情から内面を読み取れはしなかったが、その仕草から微かに何を考えているかが理解できた。
「私は、人間なのでしょうか」
「人間ですよ。どこにでもいる、普通の女の子です」
「普通の女の子とは、何なのでしょうか。私は一般的な女子とはかけ離れた生活を送っていると思いますが」
「この御時世では、女子であろうとも戦争に駆り出されることは珍しくありません。殺しの技術を学んでいることも、感情が希薄なことも。数で言えば少数かもしれませんが、それでも一般的で通じるものです」
「どこにでもいるのですか?」
「全員ではないでしょうが、一つのコミュニティに一割から二割はいるのではないでしょうか」
きっと彼女は、困惑しているのだ。
「私は、人形と呼ばれています」
「ええ、存じております」
「養父様には殺しの技を教えられました」
「それも存じております」
「一般的……なのですか?」
「多いとは言いませんが、貴族や軍人の家で育てられれば少なくないでしょう。戦争がなくとも、魔法生物の被害を食い止めるのも彼らの務めですから」
心というものを知ることなく、殺しの技術や一般的な知識を与えられて育った。自分にかけられる言葉にも温かみというものはなかったのかもしれない。少なくとも、レージュアの兵からは恐怖や怒りの感情しか浴びせられなかっただろう。それどころか、味方であるはずのアミュレイトの人間が向ける態度も同じだった可能性すらある。
セシルのように、彼女を人間だと評した者は限りなく少なかったのだろう。だから優しい言葉に慣れておらず、困惑している。
「義手は」
「流石にそれは少ないかと」
苦笑して返す。長引き、泥沼化したこの戦争では、腕や足を失うことは死に直結する。互いに過激な思想に囚われやすくなっているのだ。五体満足で生還するか、戦場で命を落とすかのどちらか二つに寄ってしまっているのも無理はない。
「その義手はアルテア侯の作成したものなのですか?」
「はい。私はどうやら体質に異常があるらしく、この義手を通してでなければ魔法が使えないのです」
アルマの言葉に対し、セシルがよく理解できなかったかのような声を漏らす。
「異常、と申されますと」
「魔力の生成や制御は問題なく行えるのですが、外部に出力することができません。身体の内側で暴走した魔力が弾けるのだとか」
魔法は生成した魔力を制御し、命令を与えることによって初めてその形を成す。しかし、魔力を肉体の外側に放出する機能に欠陥があるため、魔力は身体の内側で魔法としての形をとろうとし、行き場を失って暴走した挙句にそのまま弾けてしまう……というのがアルマの弁だった。
アミュレイト王国アルテア侯爵――ジェント・リヴォルタ。爵位持ちの騎士でありながら、かの国における魔法の発展の八割は彼の功績として讃えられる魔法研究家にして魔法学の第一人者でもある。その養子というだけあって、彼女の説明は魔法に疎いセシルでも理解しやすいものだった。指先に灯した光で描いた図形を交えて語り、どんな小さな質問にも律義に、そして淀みなく返す。彼女の気質故か冗長になることもなく、短く簡潔に話してはいたが、それがセシルの理解を助けていた。
「アルマ様はこれからデイヴ様の講義を受けられるという話でしたが……どうやら、アルマ様にも講師としての才能があるようですね」
「そうなのでしょうか」
「ええ。魔法についても、貴女様についても、非常にわかりやすいお話でした」
そう口にしながら、アルマへと笑いかける。それに対して彼女が特に何か反応を示したわけではないが、心なしか穏やかな空気が流れているような気がした。
さて、と呟き、立ち上がる。
「お待たせいたしました。本日はこちらのブラウスとブレザーをお召しになってくださいませ。スカートはこちらからお選びください。朝餉はその後、食堂にてお願いいたします」
加工を終えた衣服を畳んでアルマの座っているベッドに置く。その後、ハンガーラックを移動させると共に吊るしたものの並びを変え、彼女の方へ複数のキュロットスカートが来るように調整した。
アルマが身体を寄せて衣服を手に取る。まずはブラウスとブレザー。使われている素材の性質や強度を確かめるかのような触れ方で、特にそれらのデザインを気にした様子はない。まだ彼女の内面に変化があったわけでもないため、この段階で『少女らしさ』を彼女に求めるのも酷な話だろう。
一度手を放し、次に様々な色のスカートの方へ動かし――そこで、彼女の手が止まった。
「どうされましたか?」
その理由はセシルにも推測できるが、敢えて尋ねる。
「どれを選べば良いのか、わかりません」
アルマの言葉はセシルの予想していた通りだった。
恐らく彼女には、自主的に何かの選択を行うという経験がない。あったとしても、精々任務を遂行する為の判断や選択といったものだろう。だが、今回はそういった目標があるわけではない。彼女の指針となる命令は与えられていない。
だからなのだろう。今の彼女は何かを求められているというわけではない。故にどうすれば良いのかがわからない。彼女を縛っている命令という鎖は、彼女の行動原理でもあったのだから。
(ですが、それがアルマ様に最も必要なこと。誰かから言われたからではなく、自分の意思で。誰かの為でもなく、自らの為に。自分だけの歩みを見つけ、踏み出さなければならない)
それはいつか、彼女にとって大きな財産になるだろう。心を育み、一人の女性として成長する為の糧となる。
(……とはいえ、まだ早過ぎるかもしれませんね。今のアルマ様は何も知らない無垢な子供にも等しい。流石にヒントくらいは出しても問題ないでしょう)
そう結論付けて、セシルは彼女の方へと足を運ぶ。失礼しますと告げて手を拝借し、スカートへと触れさせる。顔の向きも僅かに変え、全体が見えるように動かす。
「あまり難しく考える必要は――いえ、そうではありませんね。私の意見ではありますが、考えなくて良いのだと思います。見て、触って、それらを感じ取り……偶然にせよ必然にせよ、目に留まったものを選ぶ。きっとそれが、アルマ様自身でもまだお気付きになられていない、小さな心の声に従うということなのではないでしょうか」
「目に留まったもの……それに……心の、声」
言われことを全て理解しているわけではないだろう。それでも、ぼんやりとスカートを見つめ――そして、その裾を握る。彼女が手に取ったのは、蒼のキュロットスカートだった。
「考えなくて良い、などと言った身でお尋ねするのも気が引けますが……何か、それをお選びになった理由でも?」
セシルが問う。それに対し、アルマは手に取ったスカートを見つめたまま、小さな声で呟いた。
「わかりません。でも……これを見て、養父様の瞳が頭をよぎりました。これと同じで、空のように蒼い瞳が」