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Ar01 ビランチャ隊の殺戮人形③

 肥大化した頭部の二つの空洞では、瞳の代わりであるかのように瘴気が揺らめいている。横に広い胴体からは細長い触手の如く瘴気が伸び、それらは所々で絡み合い、翼にも見えた。最大の特徴である三本の左腕は、完全に肩まで裂け、瘴気が新たな腕となって生えている。その数は、元の複腕も含めて九本である。

 これが、それが魔法生物と呼ばれる所以。既存の生物ではありえないようなことを実現させる力。体系化された技術としてではなく、己の身に宿した生物の能力として、魔法と同じ原理の力を扱う生命。

 男が小さく舌打ちする。とても小さい音だったが、アルマはそれを聞き逃さなかった。恐らくここまでくると制御が困難、またはできないのだろう。となれば、眼前の男は自分とこの魔法生物を町の外へ誘導しなければならなくなる。

 それを理解し、再び町の中央部へと駆け出した。男はアルマの排除に加えて、魔法生物への対処もする必要が出てきた。つまり、彼女と魔法生物の距離を離せば、どちらか片方にしか手を割けられなくなる。

 当然、アルマを追ってくるだろう。あの魔法生物は外縁部で暴れるだけで、明確な破壊の意思はない。町の中枢を破壊しようとする彼女の方が処理を優先すべき敵だ。


「――(call t )(he light)


 だから、その前提を壊してしまえば良い。一瞬逡巡しながらもすぐに追いかけてきたのを確認すると、アルマは素早く左手を躍らせ、その言葉を紡ぐ。光の鏃が魔法生物目掛けて飛翔し、瘴気ではない、まだ生身のその身体へと突き刺さった。それに反応し、瘴気の翼と左の複腕がアルマへと殺到する――そう、町の中央部に駆け出している彼女の方へと。

 魔法生物の光無き瞳に宿っているのは、怒り。それと殺意。身体に何度も穴を開けられたことに対しての激情を示しているかのように、魔法生物は彼女を狙っている。追いかけ、翼と複腕で襲っている。周囲への被害を顧みない猛攻は、アルマよりも男を苦しめていた。

 アルマを追っている都合上、二者の間に位置しているということもあるだろう。だが、このまま彼女が町の中央へと到達しても、魔法生物が攻撃の手を緩めることはないことに対して、心理的な圧力が強くかかっている。

 攻撃を避けるだけなら魔法生物の進路上を離れ、別ルートで追跡を行えば良い。だが、アルマは男がそうしている間に身を隠すことができるし、彼もそれを理解している。故に最短距離を走り続けなければならない。

 しかしそれでも、アルマと男の距離は一向に詰まらない。要因は二つあった。一つは、装備重量の差だろう。アルマは現状殆ど丸腰に近いのに対し、男は鎧と大剣という重装備だ。それでもかなり素早く、それこそ訓練された軽装備の兵士の全速力と同等、或いはそれよりも少し速く動いているのだが、生憎と相手が悪かった。瞬間的な速度なら兎も角、長距離を走り続けるのであれば、音もなく軽快な動きを行えるアルマの方が有利である。

 もう一つは、アルマが後方の確認もせずに魔法生物の攻撃を避けられること。彼女は自らに迫る死を、感覚として察知し、理解することができる。そんなことは男が知る由もないのだが、後ろを一切見ることなく翼と複腕の嵐を完璧に潜り抜けているその姿は、まるで野生の獣のようにも見えたのだろう。

「化け物が……!」

 男が明確に焦りを見せる。アルマは残った三本の短剣を全て右手で抜くと、速度を維持したまま詠唱を始めた。


地に(ax )繋ぎ(the)留め(neck)純潔(buss the)を穢し(orchid)そして静寂(calm the )は訪れる(pang down)


 自らへ迫る死の気配や翼や複腕が風を切る音から男の位置を割り当て、前へと駆けたまま短剣を後方へと投擲する。男が雪を踏む音に乱れが生じた。


骸は(decorate)染まり( the queen)新たな(elect)秩序が(the )築かれ(ruler)(felici)(tated)の望みは(the)果たされた(sacrifice)


アルマと男の距離は開いている。いや、彼女が開かせた。


「――繰り(give)返さ(the)れし革命(terminus)をここに(repeatedly)


 詠唱を完成させたアルマの左手に光が集い、その身体の何倍もある大斧となる。実戦で運用するには長く、下手に行使すれば隙を晒すことになる七節詠唱の魔法。しかし、それだけの価値があるものでもあった。

 足を雪に突き入れるどころか、その下の石畳を砕きかねない勢いで地に着け、急停止。身体は慣性に従って前へ動こうとするが、その勢いを殺すのではなく、強引に捻って回転させ、後ろへと持っていく。それまでの速度を乗せた、光の大斧による渾身の横薙ぎが、並ぶ建物を叩き割りながら男へと放たれた。

 直撃すれば、まず命を落とすであろう一撃。男は受けようとはせず、スライディングで躱してアルマへと接近する。後ろにいた魔法生物は翼と複腕ごと胴体が両断され、遂にその命の灯が潰えたかのように瘴気が霧散した。

 彼女の攻撃はまだ終わらない。指先で柄を回転させて持ち直し、今の一撃の軌跡を逆側からなぞるようにして再び薙ぎ払う。男は低く跳躍してこれも躱すが、更に続いた振り下ろしを避けることはできなかった。その大剣を盾として受け止める。

 大剣が軋む。

 身体が震える。

 地面に罅が入る。

 アルマは左手だけで扱っていたが、大斧は極めて重かった。いや、大斧そのものが重いわけではない。男の真上で、大斧を構成する魔力の一部が天へと向かって噴射され、その勢いに押されているのだ。


「――お、お、おぁおおおおおおおおッ!」


 男が吼える。全身に限界まで、或いはそれ以上の力を入れ、鎧の隙間から血を噴き出させながら耐える。魔力を過剰に生成し、その性質で肉体に負荷がかかるが、それに反発するかのように身体のリミッターも外れていく。

 魔力を用いた戦闘技能の一種。命を削るような真似ではあるが、魔力に対する免疫機能が強ければ強い程、身体能力を無理矢理引き上げることができる。過剰に生成した魔力の影響で動けなくなるラインを見極めていなければデメリットにしかならない諸刃の剣。

 今、彼はまさに命を燃やして踏ん張っていた。

 大剣に罅が入る。同時に、大斧から光輝く欠片が剥がれ落ち、大気に溶けるようにして消えていく。大斧を構成している魔力の量が減っていることを理解し、男は身体に更なる負荷を掛けながらも強引に大剣の向きを変え、横を掠めていくように受け流した。

 膨大な魔力が真横を通り抜け、大地に叩きつけられる感触に戦慄しながらも、男は吹き飛ばされぬよう耐え、そのまま前方へと突進する。強い輝きと砂埃が失せ、視界が明瞭になり、


「――は」


 一歩間違えていれば自らを確実に殺していたであろう一撃を放った人形は、その場所にはいなかった。

 既に振り始めていた大剣が空を切る。どこだ、と意識を周囲に巡らせる。


 雪を踏む音が聞こえた。


 男の反応は迅速だった。即座に音の出処の方へと斬りかかるだけの実力があった。だが、これまでの攻防で焦っていたのがいけなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、何故雪を踏む音が聞こえたのだろうか。その解は至極単純だった。

 彼の視界を黒い輝きが彩り、そして何も見えなくなる。

「ぐ、おぉおぁああああっ!?」

 悲鳴が漏れるのを、感情というものを映さない瞳で、アルマ・リヴォルタが見つめていた。彼女は眼球を潰したその黒く鋭い指を、何の躊躇いもなく上に曲げ、頭蓋骨に引っ掛けて地面へと投げ捨てる。そして流れるような動作でブーツの踵に仕込まれた刃を飛び出させて、倒れていく勢いを利用して首を裂いた。瞬く間に鮮血が溢れ、男の肉体から血の気が失せていく。

 激戦を繰り広げていた男は物言わぬ屍と化した。そのことに、彼女は何の感慨も見せない。

 これが彼女が殺戮人形と呼ばれる所以。命令のままに敵を殺し、心の動きというものは一切見られない。無慈悲に殺しを繰り返す、恐怖の象徴。


「……か、ふ」


 だが、それは決して、無敵というわけでも苦戦しないというわけでもない。防衛部隊の隊長と思しき男を殺すのに、魔法を使用し過ぎた――即ち、多量の魔力を生成し過ぎた。特に、最後の七節詠唱の魔法を使用した負担は極めて大きい。口からは血が漏れ、恐らく身体の中もズタズタになっているだろう。

 それでも、これが一番確実に殺せる方法だった。七節にも及ぶ大魔法を囮にするなど、誰も考えつかない。だからこそ、想定通りに虚を衝いて始末できた。


「任務は……町の、破壊」


 全身が酷く痛む。裂け、千切れ、灼けるように蝕む。しかし、それでもアルマは歩みを止めなかった。彼女にとって、養父からの命令は絶対であり、自らの存在意義そのものでもあったからだ。

 足元の小さな瓦礫を幾つか拾い、手の中に隠して進む。こうしたものでも即席の飛び道具としては有用で、生き残っている兵士と遭遇しても、これを使えば容易に武器を奪うことができる。だが、結局兵士と遭遇することも、武器を持った死体を発見することもなく町の中央部にまで辿り着いた。

 到着するまでの間に少しは回復した身体を酷使し、再び魔力を生成する。使用する魔法は一節でも問題ないだろう。設備を破壊するのに、無駄に消耗する必要はない。こういった時に爆薬等があれば楽だったのだが、生憎と持ち合わせてはいなかった。

 周りを見渡す。一番近くにあったのは下水処理施設だ。やや離れた街路沿いに川が流れているのが見えた。アルマが町に侵入した地点の近くではそのようなことはなかったため、戦闘中に随分と移動してしまったらしいことがわかった。


(call t )(he light)


 光の鏃を射出する。魔力の消費量は最小限に留めたため、その数は三本しかない。だが、施設の壁を貫き、中へと入って少しした辺りで、魔力制御の応用で光の鏃を連続して炸裂させた。轟音が響くと同時に、丁度良い感じに内部を破壊できたのか、下水処理施設は少しずつ崩れていった。

 軽く息を吐き、再び周囲に目を向ける。視界に入ったのは、この町でも一番大きい病院だった。この町の構造を考えると、非常時にも運用できるようになっているのだろう。流石にこれはもう少し強力な魔法を使用した方が良いかと考えながら、アルマは左手を翳す。


「……む」


 小さく声が漏れた。肉体のダメージが大きく、魔力制御が上手く行えなくなってきている。この病院を破壊した後に一度休息を入れるべきだ。命令には必ず従い、任務は最短最速でこなさなければならないが、あくまで任務の内容は敵国の領地に存在する町を荒らして周ること。つまり破壊活動を行う場所はここだけではないのだ。任務継続に支障が出ないようにしなければならない。

 そこまで思案し、アルマは強引に魔力を生成し、制御していく。これまでの負担も合わせてか、一瞬だけ視界が霞んで、


「――おっと、それは困るな」


 見知らぬ声。即座に反応はしたが、それに肉体の方がついていかない。声の方向に振り向く間もなく、身体に衝撃が加えられ――アルマの視界が、黒く染まった。

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