Ar01 ビランチャ隊の殺戮人形②
「光をここに、刃と変じ、敵を撃ち抜け」
左手を振るう。手の甲の傍に光が集い、剣が三本形成される。アルマが携行している長剣と同じくらいの大きさで、先程兵士達に使用した光の鏃とは比べ物にならない。
「魔法か。面倒な」
アルマに複腕が襲いかかり、その陰から男が接近してくる。三本の腕に一本ずつ光剣を射出し、深く裂いて軌道をずらす。瘴気が光剣を蝕むが、それらを構成する魔力が僅かに霧散しただけに留まり、まだ剣としての形を保っている。あの瘴気の本質は、彼女が解釈した通りに魔力と似た、或いは同じようなものなのだろう。
魔法、即ち再現された現象を構成するのは魔力だ。物体を傷つけ、破壊するという性質同士で弾き合ったのか、それとも他の要因があるのかはアルマにはわからないが、少なくとも魔法との相性は悪くない。そう結論付け、光剣で魔法生物への牽制をしつつ、腰に提げた長剣を抜いて構える。
男の得物は大剣で、しかもそれを片手で扱えるだけの膂力を持っている。小柄なアルマでは真っ向から打ち合うのは困難だ。故に受け止めるのではなく、受け流すことで対処する。
大型拳銃が向けられる。剣を素早く手放し、短剣を抜いて投擲する。正確に放たれた短剣は銃口に嵌まるようにして命中し、射撃という一つの攻撃手段を奪うことに成功した。そのまま発砲すれば短剣ごと銃身が粉砕されるだろう。しかし、短剣を抜こうとすれば、それは大きな隙となる。
男が選んだのは、大型拳銃の放棄だった。顔目掛けて投げられたそれを、首を傾けて避ける。続く大剣による斬撃が不安定な体勢になったアルマを襲うが、未だ宙にある長剣を再び右手で、しかし今度は逆手で握り、敢えて受け止める。衝撃が伝わり、それに逆らわず後方へ跳躍。そしてその最中に長剣を持たない左手の指を動かし、魔法生物を足止めしていた光剣全てを男へと向かわせる。
魔力を弾く性質を持った金属で作られているのか、即座に反応した男が大剣で光剣の一本を叩き落とした。だが、攻撃を行った直後だからか、魔法生物の複腕のように時間差で放たれた残りの二本は対処しきれず、しかし辛うじて直撃は回避する。頭を狙った光剣は兜を削ぐだけの結果に終わった。それを確認し、アルマは再び左手へと光剣を戻した。
兜が外れてその場に落ち、男の顔が顕わになる。世間に疎いアルマでも、整っているとわかる程の端正な顔立ち。後ろでまとめた長い金髪が風に靡き、細められた碧眼がアルマを見つめる。
「話に聞いていた通り……いや、それ以上だな」
男が構える。右手に持った大剣の刀身に左手を添え、左半身を半歩前に出して腰を落とす。その後方で魔法生物が周囲一帯に瘴気を撒き散らし、足を入れられる場所を絞ると共に逃げ道を塞ぐ。
――次の瞬間、その場から男の姿が消えた。
違う。消えたと認識してしまうような速度で、アルマへと突進して刺突による攻撃を仕掛けたのだ。光剣を交差させて受け止めるが、その勢いは衰えることなく押し込んでいく。
突如として男の動きが変わる。アルマの回避しようとする動きに合わせて切り替える。大きく踏み込み、強引に突進を停止させ、踏み込んだ足を軸とした回転斬り。全ての光剣を迎撃に回すが、破壊されて魔力が霧散する。
「光で満たせ」
だが、ただ受け止めた時とは違って僅かに拮抗した。その間に身を伏せてやり過ごし、素早く魔法を発動させる。光剣を作った時よりも短い一節詠唱で、込められた魔力も少ない。それでも、刀身を擽るように左手の指先を躍らせれば、長剣に強い輝きが宿り、屈んだ状態から飛び上がりながらの鋭い一撃は、男の身に着けた鎧に確かに食い込んで大きな傷をつけた。
後退した男の顔に明らかな驚きの色が見える。アルマが反応し、完璧に反撃を決めたことにではないだろう。彼の視線は、自らの鎧に刻まれた裂傷に向けられていた。
魔法は、出力するまでにかけた手間と、出力する際に消費した魔力量によってその性能が決まる。種類にもよるが、手間をかければかける程、魔力を消費すればする程、それに見合った力を発揮するようになっている。今アルマが使用したものは一節詠唱の魔法で、武器に光をまとわせて強化するというものだ。武器を強化するという性質上、武器本体の性能によって話が異なる場合もあるが、基本的には一節詠唱の魔法であるため、先程使用した三節詠唱の魔法で作った光剣による攻撃よりも威力は劣る。
だが、当然例外も存在する。そもそもとして、魔法を発動させる手段は詠唱だけというわけではないのだ。大きく分けて、魔法は三つの手法によって行使される。
一つは、完全な魔力の制御。生成した魔力を直接操り、望む形に変質させるというものだ。これは手動で魔力を操るため、極めて応用が利くという特性を持つ。しかし、全て自分の手で行う必要があるため、かかる負担と手間が最も大きいという欠点も存在する。
次に、魔法陣に魔力を流して発動させるというもの。これは予め物体に魔法陣を刻んでおくことで、魔力を流して決められた魔法を発動するという形になる。万物は形状や材質が近ければ近い程似た性質を持つという性質を利用して考案された手法であり、詠唱の時に用いる魔法言語とはまた別の言葉を特定の規則に沿って記すことが前提となる。魔力を流すこと以外は何もせずに魔法を使用できるため、魔法技術において他国より何歩か先を進んでいるアミュレイト王国では日用品への導入も行われている。しかし、決められた魔法しか使用できないため応用が利かず、事前準備が必要になるのが欠点と言える。
そして、最後のひとつが詠唱である。これは魔法言語と呼ばれる言葉に、魔力を乗せて発することで行使する……言わば、世界そのものに魔法陣を刻み、発動させるともとれる手法となる。こちらは決まった言語を組み合わせて魔法を構築する、魔力制御と魔法陣の中間に位置している半自動化された手法でもある。組み合わせ方以外にも、詠唱の一部を改変させることができれば応用の幅を広げられること、半自動化されているため魔力制御よりも短時間で使用できることから、実戦で最も多く用いられてもいる。
男の鎧に刻まれた傷は、一節詠唱の魔法程度ではつけられない程に深く、大きい。少なくとも、彼の見立てではアルマの持つ剣本体の殺傷力を考慮しても、それらだけでは到底不可能だと思っていたことなのだろう。
「光をここに、広がり、昇り、括り、天地を結べ」
着地すると同時に、石畳を覆う雪へと左腕を突き入れて詠唱。反撃を受けて後退りした男はそれを止めることができないと判断したのか、距離を取ることを優先した。
その直後、雪ごと石畳を突き破り、光が無数の槍となって天へと伸びていく。建物や周囲を漂っていた瘴気を全て消し飛ばす勢いで、アルマを中心とした周囲一帯に光槍の森が出来上がった。
男は槍の群れに対し、それらを蹴り、間を縫うようにして屋根へと駆け上ったらしく、特に傷も見られない。だが、魔法生物はそれ程身軽に動けなかったようで、その巨体に幾本もの光槍が突き刺さっている。肉体の大きさが仇となり、無防備に受けてしまったのだろう。
「……人形というよりも、化け物の方が適切だな。本当に五節詠唱の魔法か?」
男が苦々し気に呟く。
レージュア王国はアミュレイト王国に比べて、魔法やそれに関連した技術が発展しているとは言い難い。正確には、アミュレイトが戦争開始前後から今までの十年弱という短期間に発展し過ぎているだけなのだが。それでも、魔法に精通しているわけではない彼の目からしても、アルマの行使した魔法は詠唱に対して威力や範囲が釣り合っていないと理解できた。
だが、そもそもの前提が異なるのだ。確かにアルマは詠唱によって魔法を行使したが、詠唱のみによって行使したというわけではない。
――アルマは、魔法を使用する三つの手法を並列して行っているのだ。
詠唱によって魔法の大部分を構築し。
魔力量や殺傷力等の細かい調整を直接制御して行い。
そして、自らの内に仕込まれた増幅の魔法陣で、最終的な魔法の規模を大きくしている。
当然ながら、このようなことができる者はそうそういない。アミュレイト王国でも、彼女を除けば一人だけだ。
魔力が霧散し、光槍の森が崩れる。そのタイミングを見計らって、魔法生物が右腕を横薙ぎに振るい、一拍遅れて男が屋根から飛び降りつつ大剣を振り下ろす。タイミングをずらした挟撃に対し、アルマは跳躍し、続けざまに建物の壁を蹴り、宙に躍り出ることで逃れた。そのまま左手で短剣を三本抜いて投擲する。男へ二本、魔法生物へ一本。それぞれの左目を狙った短剣による攻撃は、魔法生物が複腕を振り回したことで阻止された。
だが、複腕に視線が遮らせることが彼女の目的だ。その一瞬で懐から拳銃を取り出して連射する。残りの四発の弾丸は全て吐き出され、魔法生物の双眸を撃ち抜いた。
「■■■■■■――!」
魔法生物が悲鳴を上げる。人には理解できぬ叫び声が大地を震わせ、同時にその全身の傷から膨大な量の瘴気が放出された。溢れ出た瘴気は瞬く間に周囲の建物を朽ちさせ、崩落させていく。それによって土煙が立ち込めて、瘴気と共に視界を埋め尽くす。
アルマもまた同様だった。瘴気がすぐ傍に迫っている。発砲したことで崩れた体勢を整えながら着地し、すぐに後退して離れる。その最中、瘴気を振り撒きながら暴れる魔法生物の腕が左腕を掠め、袖と手袋が千切れ朽ちていった。
――直後に濃密な死の気配が迫るのを感じ、左手に握った拳銃をその方向に向ける。当然、既に弾切れであり、弾丸が出ていくことはない。いや、それ以前にアルマは引き金を引いていなかった。最初から武器として向けたわけではない。
激しい金属音。拳銃に大きな傷が入って歪む。男が瘴気を潜り抜けて大剣を突き出してきたのだ。
完全にただの鉄屑と化した拳銃を素早く手放し、爪で大剣の刀身を削るように這わせながらアルマもまた左手を男の顔へと突き出す。甲高い金属音が鳴り響き、男の碧眼が大きく開かれた。
彼女の左手は黒かった。光を照らして輝く肌。皮膚の存在しないそれは、飾り気こそないものの、滑らかな流線形を描いており、スマートな印象を見受けられた。
――端的に言ってしまえば、それは義手だった。
「っ、貴様……!」
男の反応が遅れる。金属製の爪がこめかみを深く裂き、鮮血が飛び散る。顔を横に倒すことで辛うじて直撃は避けたが、続けざまにアルマが動く。前へ左手を突き出したため、後ろに来た右腕の肘で大剣の腹を打ち、男の姿勢を崩す。その際に生じた反発に逆らわず、腕の戻される動きのまま、今度は右手に握る長剣で斬りかかった。
首を狙った一閃は、しかし男が腕を盾にしたことで防がれた。魔法で強化された長剣だが、籠手を砕いて勢いの落ちたところを関節部で挟み込まれたのだ。即座に顔の横に置かれた左手を薙ごうとするが、男の蹴りが腹部へと迫ったのを見て、すぐさま低く跳躍する。長剣を手放し、音もない程に軽やかな動きで足に乗り、逆らわず後方へと流されていく。
「星を束ね、雨を降らし、白き神秘を咲かせよう」
宙へと放り出されたまま左手を振るう。その軌跡に光が収束し、流星を模した砲撃が放たれた。輝く魔力の奔流の中で、男が大剣を構え、全身全霊の斬り上げを見舞うのが見える。光の砲撃は両断され、男の後ろで暴れていた魔法生物がそれに呑まれた。
男に向けられた一撃は縦に断たれたことで拡散したが、周囲の瘴気ごと魔法生物の肉体に風穴を開けて灼くには十分だった。余波で町が更に破壊され、最早廃墟同然となっている。だが、任務達成と見做すには不十分である。彼女は未だ中央部へ到達できていない。それどころか、男と魔法生物との戦闘で外縁部まで押し遣られていた。
「■■■■、■■■■■――!」
魔法生物が吼える。既に半分以上が削られた身ではあったが、中から溢れ出る瘴気は留まることを知らない。それどころか、瘴気が肉体の不足分を補うかのように形を成して、より禍々しい異形へと姿を変じさせていった。