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Ar05/Al01 ドール・トゥ・ガール⑤

 結果から言えば、アルマの悪足掻きは無事成功した。本来なら今の彼女ではとても成功させられるようなものではなかったが、諦めない心が奇跡を呼んだのかもしれない。

 手順としてはこうだ。まず第一に、二番の零式――自らの身体を光に変える魔法によって、アルマ・リヴォルタという存在は光であると再定義した。第二に二番の極式によって、ある一つの光――即ち自らを世界から切り離した。

 ここで重要なのが、世界から切り離したからと言ってその存在が完全に消滅するわけではないという点だ。極式の魔法は使用者が再定義した世界という枠組みから逸脱しているだけであり、元々存在していたものを別の場所に移しているというのがその実態なのである。

 理論も法則も立つ土俵も異なるとはつまりそういうことで、だからこそアルマは自らを対象として極式の魔法を使用したのだ。全てが異なっているから干渉できないのであれば、自分もそちらに行けば干渉できるようになると考えて。

 そして第三に、空白の領域を作り上げていた魔法を認識し、実際に干渉した。具体的な手段は彼女が今まで行ってきたことと何も変わらない。魔法を構築している魔力を自分のもので上書きし、制御できるようにするだけだ。それは純粋な魔力制御でも、詠唱を後から加えて改編する手法でも良い。

 魔法に関して言えば、アルマは光を扱うものにしか適性を持たない。彼女の身体は魔力を光以外のものに変質させられるように作られていない。自ら空間に干渉する魔法を構築するという正攻法での攻略を行えなかった理由もその一つだ。しかし逆に言えば、既に完成された魔法が目の前に存在しているのであれば、自分から適性のない魔法を出力する必要などなく、彼女にとっては最早手慣れた作業でしかなかった。

 理論を詰め、法則を理解し、同じ土俵に立った。それまでが不可能に近いようなことだったというだけで、そこまで辿り着くことができたのならあとは誤差でしかない。


 何故なら――彼女は既に、養父から、彼の基準で、一人前と認められているのだから。


「うぎぃ……ぐぁ、かはっ……!」


 しかし、無理押しした代償は大きい。全身から血を流し、身体から漏れる光はその色に染まったかのような紅色をしている。いや、流れ落ちる血もまた光の粒子となって放出されているのだ。

 ジェントの二番零式は七番零式――生命を自在に作り変える魔法と併用することを前提としている。そうでないと身体を光に変換する際に莫大な反動が生じ、それによって肉体に大きな損傷を与えてしまう。アルマの適性が足を引っ張り、彼女は不完全な形でしか使用できないのが実情である。

 また、空白の領域を形成していた魔法の制御を上書きする形で奪い取ったことも彼女の負傷が著しいものになった要因だった。それなりの体積を持つ空間を切り取って隔離する――言葉にするのは簡単でも、それに必要な魔力の量は膨大である。制御を奪うにはそれ以上の魔力を要求されるのだ。過不足なく必要な量だけの生成に留めたとしても、それだけで反動は大きなものになってしまう。

 身体を光へと変えた反動に、大量の魔力を生成した反動。これだけで、アルマは今にも死んでしまいそうな程だった。

 だが、歩みを止めることはない。切り離された空間へと強引に降り立ち、動こうとしない身体を無理矢理動かして移動する。視界が霞みながらも意識を保ち、


「――ぁ」


 小さな声が漏れた。


 視線の先に、人が二人。地面に仰向けで倒れている。彼らは、彼女のよく知っている人物だった。


「ぁ、あ、ああ――」


 養父――ジェント・リヴォルタが。

 先生――デイヴ・アバーナシーが。


 今のアルマよりも遥かに、それこそ直に間違いなく死んでしまうと誰が見ても確信するくらいの傷を負って倒れていた。

 思考がまとまらない。視界が揺れる。身体がふらふらと動いてその場に頽れる。手で覆った口から音のない悲鳴が止まらなかった。


「……アルマ君」


 呼ばれて、顔をそちらに向ける。横たわったデイヴの姿が目の前にあった。視界が滲む中で見れば、全身傷だらけというだけでなく左手を失っている。

 それはまるで、もう一人の自分を見ているようだった。


「言うべきことは、手紙に記した……つもりだったが。君の顔を見ると、まだ……語らいたいと、そう思えるね。何ともまあ、不思議なものだ」

「せん、せい……」


 目から落ちるそれを拭うことなく、デイヴのことを見つめ続ける。

 デイヴもジェントも、もう永くない。絶対に助からない。皮肉にも、人を殺し続けてきたせいでそれを理解してしまっている。

 それがどうしようもなく辛く、苦しく――彼女は泣いていた。


「だが、時間もないから……一つだけ。終了と、伝えてはいたが……これが、本当に、最後の講義だ」


 喋らないでと言うことはできない。助からないとわかっているから、延命ではなく講義を受けることをアルマは選んだ。

 泣きながらも、最期の言葉を聞き逃さぬよう見つめて耳を傾ける彼女に、デイヴは嬉しそうに笑む。次第に薄れていく意識を必死に保ち、言葉を絞り出す。


「人形は……涙を、流さない。

 ――忘れるな。君は……人間だ。一人の、女の子だ」


 そして、ゆっくりと瞼を閉ざした。


「……逝ったか」


 アルマが顔を伏せて涙を流す中、そんな声が聞こえた。顔を上げれば、今度はジェントの姿がすぐ隣にある。

 彼の傷も酷いものだ。普段着ている礼服は上半身の部分が殆ど存在せず、焼け焦げている。露出した胸からは骨や臓器がはっきりと見えてしまっており、即死していないのが不思議なくらいだった。


「全てこの為とは、食えん奴め。……三番で活動を維持してはいるが、傷は治せん。俺も直に死ぬ」


 それでも今殆ど流血していないのは、本人の言う通り魔法によるものなのだろう。血が流れ落ちる前に本来通る血管や臓器に直接移し、脳や他の臓器を生かしている。しかしそれもずっと続けられるわけではないし、七番の魔法で再生させていない以上傷を治せないというのも間違いない。

 ジェントが手を持ち上げてアルマの頬に触れると同時に、彼女から溢れていた光の粒子が消えた。彼は手を下ろすことなく、そのまま頬を撫でる。


「アルマ……父親らしいことの一つもできなかった身ではあるが、俺はお前の成長を喜ばしく思う。心というものを自覚し、零式や極式の魔法の行使にも成功した。お前は間違いなく、俺の自慢の娘だ」


 少しずつ彼女の傷が癒えていく。放置すれば死ぬというものから、暫く安静にしていれば命に別状はないというところまで回復する。

 完治させず、その程度に留めたのは彼女のことを考えてだろう。この魔法はあくまで再生促進でしかないのだ。何も考えずに使用すれば寿命を縮めることになる。


 ――それは紛れもなく、ジェントの愛情だった。


「家督はジーノに継がせる。あいつは政には疎いが、上手くやれるだろう。だから、お前は好きに生きろ。もうお前を縛るものは何もない」


 それと、と一度区切って手を離し、虚空へと伸ばす。彼の指先から手首にかけて少しずつ見えなくなり――再び見えるようになった時、その手には黒い髪飾りが握られていた。

 ただの髪飾りというわけではない。橙と桃の中間色の宝石が取り付けられており、細かな意匠も含めて最高級品だと誰もが一目見るだけで理解できるものだった。

 ジェントは両手をアルマの顔に近づける。下を向いているせいで垂れて目を隠している前髪を持ち上げ、髪飾りを留めて固定する。顕わになった深紅の双眸を見て、満足気に笑った。


「俺がお前にできる、最初で最後の父親らしいことだ。……本当なら、こんな時に渡すようなものでもないがな。折角の贈り物だというのに、汚れてしまった」


 笑いながらも、少し残念そうにそう吐露する。その姿を見て、アルマは涙を流しながらもどうにか笑顔を作った。口角を吊り上げ、目を細める。お世辞にも綺麗な笑みとは言えないが、それだけでジェントは嬉しそうに彼女の頭を撫でた。


「似合っていますか、養父様」

「ああ。俺の目に狂いはなかったようだ」

「それは良かったです」


 アルマもまた、彼の手を撫でる。優しく、労わるような手つきで。


「五年前を覚えているか」

「はい。五年前の今日……あの路地裏で出会い、養父様に拾っていただきました」

「一応あの日を誕生日としていたが、まさか俺の命日になるとはな。神というものがいるのなら、随分と悪辣な性格をしているものだ」

「そうですね。これでは素直に喜べません」

「……不思議なものだ。これまで自分の感情に目を向けず生きてきたが、お前の口からそのような言葉が出てくるだけで、嬉しく思える」


 ジェントが身を起こす。最早動くこともままならないはずだが、魔法で無理矢理動かしているのだろう。それ故にアルマはその行動に込められた想いを理解する。

 腕を回し、二人は抱き合った。まだ温もりを感じられる大きな身体。元々身長は高いが、実際よりも大きく思える。父親の背は大きく見えると聞いたことはあったが、それに近いものなのだろうか。


「アルマ」

「はい」

「誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」


 身体を離し、改めて顔を合わせて向き合う。


「養父様には名前と、知識と、技術と……それと、この腕と髪飾りを。

 先生には心を。

 お二人をはじめとした、多くの方からは愛を。

 全て、私が頂いた大切な宝物です。

 これらに恥じぬよう、私は私の思うままに生きていきます」


 ――そう告げて、もう一度。一人の少女(Alma)は、今度こそ綺麗な笑みを見せた。

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