Ar05/Al01 ドール・トゥ・ガール②
「生命を司る神獣の三番目の心臓。悠久の蛇の忘れ物。古き大悪魔の爪の破片。……全て、アバーナシー家で保管されていたものだ。元々は王家に伝わる古代の遺産で、扱いを一任されていた。使い捨て前提なせいで普段なら使う気にもなれないものだが、貴方と戦うのであれば陛下も笑って許してくれるだろうさ」
「呆れたな。こんなことに無駄遣いするとは……まあ、こちらもエドであれば許可はしそうではあるか。俺はそういったものを使う気はないがな」
再び土で武器を作り、構える。今度は大鎌ではなくサンドリアにも劣らない大きさの両手剣。既に土の武器でも灰炎を扱えることは看破されているが、それならば逆に出し惜しみする必要もない。
先に動いたのはジェントだった。何かさせる前に決着をつけようとしているのか、その動きはデイヴの目から見ても速い。一秒にも満たない間に接近し、低く落とした腰に捻りを加えた斬り上げ。十字剣本体に飛ぶ斬撃、そして光波の三種類の刃が混ざった同時攻撃。それだけには留まらず、彼の背から二本の光剣が飛び出し、更に地面からデイヴが作ったものにも似た刃を生やしている。そして回避先に飛ばせるよう、闇の弾丸が周囲に展開されていた。
「――だが、私はそこにはいなかった」
唐突にデイヴの姿がその場から消える。次の瞬間には、サンドリアと両手剣による連撃がジェントの身体に絡みついていた。人の肉を斬る感触はせず、寧ろ硬質なものを叩いた時にも近い。よく見れば、彼が着ている礼服と剣の間には紙一枚分程度の隙間があった。
不可視の防壁。それでも構わないと言わんばかりにデイヴは攻撃の手を緩めず、ジェントの身体を勢いよく吹き飛ばす。それとほぼ同時に地面を蹴って追いつき、更なる一撃を入れて再び吹き飛ばす。このサイクルを完成させ、戦況を一方的かつ自分の流れに持ち込んだ。
だが、それでもジェントは無傷だった。今のデイヴの攻撃にも耐える防壁など俄かには信じがたい存在である。何か固有の法則を保有しているのかと考えたところで声が掛けられた。
「これはただ硬い防壁というだけだ」
十字剣を地面に突き刺し、ブレーキを掛けながら語られた内容はこれまた俄かには信じがたいものだ。体勢を整え、何度も勢いよく飛ばされていたというのに揺らぎを見せない冷静かつ冷徹な視線を寄越してジェントは続ける。
「悠久、そして忘れ物。この単語と今の動きから察するに、世界から自分の時間を一時的に切り離したのか。身体能力が上がっているのは最初の果実の影響か? ……どうだろうとも、対応できる範疇であることに変わりはない」
的確な分析と、あまり喜ばしくはない言葉。若干憂鬱な気分になりながらもデイヴが斬りかかれば、ジェントは先程よりも素早い動きでそれを躱して反撃に出る。振るわれる十字剣を灰炎をまとわせたサンドリアで弾き、一歩下がる。止まることなく両手剣を突き出し、その切っ先から灰炎の奔流を放つも、灰炎は途中で裂けて拡散した。
十字剣の軌跡に集った光は動くことなくその場に残留していた。これが灰炎の奔流を裂いたものの正体。今までは光波として放っていたが、そうはせず軌跡に留めておいたのには理由があるのだろう。デイヴはそれがわからない程の間抜けでもないし、ジェントの意図も読めていた。
(光の刃として設置しておくことで移動可能範囲を狭めた。言うまでもなく忘れ物への対策だな。存在を消失させられるからと言って、安易に使えば再出現したところを刈られるだけだ)
何度か十字剣が振るわれる度に光の刃が増えていく。先程の空間を繋げる魔法も併用しているのだろう。しかもそれだけではない。光波を放ち、ある程度拡散したところでその場で静止させた。そんなこともできるのかと感心しつつも、厄介なことになったとデイヴは冷静に事態を把握する。
拡散しているため当然だが、光波は十字剣の軌跡に留まっているだけの光の刃よりも非常に大きい。下手に動けば腕の一本や二本くらいあっさりと持っていかれるだろう。デイヴに傾いたように思えた勝利の天秤は、すぐにジェントの方へ戻ってしまった。
「そんなに魔法を使って、身体の方は大丈夫なのかい?」
「生憎と魔力の過剰生成の反動で肉体を傷つけたことがないものでな」
それはまた羨ましい話だ、と嘆息する。しかし、それはそれで付け入る隙になるとも考えられた。恐らくこれは魔力への免疫機能が極めて強力であるが故のことだ。裏を返せば、魔力によって肉体への負担がないに等しいせいで、その生成を利用した肉体のリミッター解除は行えないとも言える。あれは命を脅かし、物体を破壊するという魔力の特性が作用して初めて成立する技術なのだから。
つまり、身体能力を向上させ続け、既に限界まで削られている動きの無駄を今よりも更に削ぎ落せば――今よりも強くなれば、必ずジェントにも限界は訪れる。そう判断してしまえば、後は実行に移すだけだった。
ジェントはデイヴの身体能力が先程よりも上がっていることを三番目の心臓の影響かと推察していたが、それは正しい。だが、三番目の心臓の効力はそれだけではない。寧ろそれはおまけ程度でしかなく、その本領は別のところにあった。
「生命よ芽吹け――育ち、咲き誇れ、世界に示せ」
それはまるで詩のよう。デイヴが口遊むと、周囲に生えていた葉の落ちた木々に変化が訪れる。瞬く間に緑が宿り、加えて本来ではありえない大きさにまで成長したのだ。
木々の枝葉が伸びてデイヴを守るかのように取り囲む。これが三番目の心臓を喰らった者が得る力。その存在の格を一時的に神獣と同じ領域にまで押し上げる。そしてその者の血となって全身を巡り、神獣の権能の一端を行使できるようにする――紛れもなく、世界の理を乱し壊す力だった。
少しずつ三番目の心臓が自らに馴染んできたことをデイヴは実感する。身体の内より活力が溢れ、感覚が研ぎ澄まされていく。有形の魔法が崩れ霧散したことで大気中を漂っている魔力の流れすらも感じ取れる。人間の身では届かない力が肉と心を昂らせている。
だが、まだ足りない。時間が経過するだけで強くなっているデイヴだが、それでも眼前の相手に一発叩きこむのは困難だろう。謙遜ではなく、確信を持ってそう判断する。
ジェントは強い。素の状態で戦えば十回に三回勝てるか否かといったところだ。単純な武技では上回っていても、鍛え上げられた知覚能力に人類最高峰の頭脳と戦略級の魔法が噛み合って手が付けられない。優秀な血を取り込み続けた各国の王族にも劣らない実力を有している。いや、劣らないどころか一部には勝っているかもしれない。
果たして何があればこんな怪物が生まれてくるのか。デイヴの記憶が正しければ、リヴォルタ家は代々魔法に秀でている家系だとかそんなことは一切なく、寧ろ武に秀でた一族だと聞いていた。突然変異なのかもしれないが、そんな一言で片づけて良いようにはとても思えなかった。
「……さあ、始めよう」
身体の内側に意識を向ける。先程取り込み、まだ使用していなかったその力を――古き大悪魔の力を、起動させる。
次の瞬間、デイヴの身体から深紅の魔力の嵐が吹き荒れた。
彼の意思に関係なく、膨大な量の魔力の生成と放出が行われる。デイヴを取り囲んでいた枝葉が呑まれるが、大量の魔力を浴びているにもかかわらずそれらが崩壊するといったことはなかった。
古き大悪魔は契約と支配によって万物を己のものとしたという伝承が残っている。そして、それとは別に無尽蔵の魔力を生成できるといった話もある。
今のデイヴは正しくそれと同じ状態だ。神獣の権能と併用することで、支配した生命をより上位の存在に昇華させる。神獣と同じ領域まで存在の格を押し上げられたデイヴの身体は、大悪魔の支配を受けた魔力にも耐え得るものになっている。
強烈な負担が彼を苦しめると同時に、人間という種族から逸脱した回復能力がそれらを打ち消していく。決して命が脅かされていないというわけではないのだ。そしてそれは、その負担によってデイヴの肉体のリミッターが外れていくということでもあった。
地面が爆ぜる。音を超えた速度での踏み込みにジェントの対処が遅れる。転移でもないのに転移にも等しい速度で彼の眼前に現れたデイヴは、サンドリアでの刺突を見舞う。溢れ続ける魔力を燃料として灰炎がより猛々しく燃え盛り、刀身の軌道の延長線上へと凄まじい勢いで広がっていく。これまでとは比べ物にならない出力での灰炎の奔流。放ったデイヴ自身もその規模に目を見開くが、それよりも驚くべきはジェントの方だ。辛うじてサイドステップでの回避に成功しており、お返しと言わんばかりに十字剣を突き出そうとしているのが見えた。
その直後、槍のように先端の尖った幾本もの太い枝がデイヴの後方から飛来する。反撃から迎撃に動きを切り替えようとするジェントに左の両手剣での斬り上げを放って妨害する。後を追うようにして軌跡を埋め尽くした灰炎が十字剣を弾き、遂にその手から放させることに成功した。
「三番零式」
ジェントの姿が消える。一拍遅れて枝の槍が彼のいた場所に殺到するが、既に魔法を解除したのかそれらまでその場から消失することはなかった。
だが、デイヴの感覚は彼の居場所を既に掴んでいる。跳ねるような動きで即座に追いつき、左足を振り下ろすような回し蹴りに続けてサンドリアでの追撃、そこから更に両手剣を振り下ろした。速度も威力も跳ね上がった鮮やかな連撃だが、ジェントは冷静にそれらを捌く。格闘術にも長けているのか、素手だというのに的確に剣の腹を打って軌道を捻じ曲げ、遅れて放たれた灰炎はすぐに身を引いて躱す。更に攻撃直後の無防備な身体に反撃の一撃を加えようとし――その場から飛び退く。それとほぼ同時に地面から槍が生え、退かなければ貫かれていたことを示した。
「罪人は牙を剥き、そして栄光を得る――二番五式」
そこでジェントが初めて詠唱した。これまで魔力制御のみで魔法を扱ってきた男が、初めて。悪寒が走り、上体を後方へと倒す。その直後、デイヴの頭があった位置を通るように、白一色が瞬いた。
変質させた魔力によるレーザー。照射された時間は十分の一秒にも満たない。だが、その火力はまともに受けれるものではないと直感する。戦慄しながらも身体を戻そうとした瞬間、視界を再び白い輝きが満たす。
それはギロチンの刃を模した光の大刃だった。流石にレーザーの速度には劣るが、それでも一瞬でデイヴの首に迫る。今から武器を振るうには遅すぎて、上体を逸らしたままでは機敏に動けない。つまり、弾くのも躱すのも間に合わない。故に、身体を使わない方法で迎撃するしかない。
肉に大刃が食い込むか否かというところで、デイヴの身体から放出されていた魔力が指向性を持って放たれる。大量の魔力は大刃と正面から激突し、彼の首に大きな衝撃を与えながらも大刃を空へ押し戻した。その間に伸ばした枝で自らの身体を絡め取り、幹の方へと引き寄せ、体勢を整える。
(今の魔法は火力特化と見て良いだろう。詠唱したのもあるが、これまでとは比べ物にならない威圧感があった。……しかし、ここまでやってまだ余力を残しているとは)
だが、手札を切らせていることに変わりはない。魔力制御だけでなく詠唱を加えた魔法は、これまでと比べて火力だけでなく発動速度も卓絶していた。普段から詠唱していないのは慣れさせたところに奇襲を仕掛ける意味合いもあるのかもしれないが、切り札としての側面も持っているように見える。それを早期に切らせたのは大きなメリットだ、
分析を行いながらも動くことはやめない。枝を伸ばして絡ませ合い、複雑怪奇な足場を形成する。次々に枝を蹴るという三次元的な動きでジェントに接近し、深紅の魔力をまとわせた両手剣による縦回転斬りを繰り出した。しかし、今もなお身体能力は強化され続けており、それに伴って速度も増しているのにも関わらず、予め軌道を読まれていたように最小限の動きで躱されてしまう。
(だが、それで良い。今の先読みは視認してからでは間に合わなかったことの証だ)
生成される魔力量を意図的に増やして身体に更なる負担をかける。自身を追い詰めることでまだ残っているリミッターを強引に外し、着地したところに殺到する無数の光剣をサンドリアによる回転斬りで全て弾く。一拍遅れて灰炎がその軌跡をなぞり、一瞬だけ二人の視界を遮った。
それと同時に、灰炎の環の内側から食い破るようにしてジェントに向けて枝の槍と土の刃が突き進んでいく。視界が晴れた時には既に作られていた光の盾によって止められたが、押し込むように両手剣の腹でそれらを叩き、更に灰炎による爆発で加速させる。今のデイヴの剛腕と爆炎による加速には耐えられなかったらしく、光の盾が砕け散った。だが、攻撃がジェントに届く前に槍と刃の先端が見えなくなる。離れた空間を繋ぐ魔法だ。
「読み通りだ」
彼の横でデイヴが笑う。灰炎の爆発で加速させたのは両手剣だけではない。デイヴ自身も押し込むと同時に両手剣を手放して大きく迂回するように移動し、展開された魔法の影響を受けることなく接近していたのだ。
「ああ、俺の読み通りだ」
灰炎を灯したサンドリアの一閃が空振り、闇で形成された槍がデイヴの左目を抉る。頭部へと侵入し、貫いた闇が彼の頭を蝕み始める。身体に侵入した部分から皮膚が闇のように黒ずんでいく。
「悪いが、ここまでが私の読みだ」
それでもなおデイヴは笑った。地面に突き刺さったサンドリアの柄頭に手を乗せ、傷口が広がることも厭わずに跳躍する。傷は灼けるように熱く、闇は凍えるように冷たい。常人なら動くどころか失神している程の痛みを強靭な意思で捻じ伏せ、ジェントの顔に魔力を帯びた強烈な踵落としを見舞った。
防壁が割れ、デイヴの黒い靴が顔の肉に食い込んでその身体を大きく吹き飛ばす。勢いは殺されたが、それでも大砲にも劣らない威力があったはずだ。現に防壁を砕いた余波だけで地面が罅割れていた。尤も、普段とは比較できない程の力を得たデイヴが暴れていたり、自領ではないとはいえジェントが周囲に気を配ることもなく魔法を使用しているせいで、既にここら一帯は荒れ果ててしまっているのだが。
素手で闇の槍を掴んで引き抜く。左目を失い、頭部も貫通していたため重傷どころではないのだが、驚くべきことにデイヴの肉体は少しずつ修復が始まっていた。闇に蝕まれたところも黒色が引いていき、元の色を取り戻している。
「神獣様様だね」
直に眼球も再生するだろう。貫かれるとわかっていながら躊躇いなく攻撃を仕掛けたのはこれを見越してのことだ。だが、必要となれば神獣の心臓を捕食し取り込んでいなくとも同じことをするだろうと自分では考えている。
生命を司る神獣の権能を行使するとはこういうことだ。一つの生命を本来の形から逸脱させることもできれば、逆にその生命の本来あるべき形に戻すこともできる。毒や病に侵されようとも、闇に蝕まれようとも、それら全てを排して浄化することすら容易い。神の御業にも等しく、神獣と呼ばれる所以でもあった。




