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Ar04 掴み取れなかったもの②

 扉をノックする音が響く。入りなさいとデイヴが返し、ゆっくりと扉が開く。


「失礼します」


 そこにいたのはアルマの使用人となった少女、セシル・マティスだった。彼女は綺麗な一礼をし、部屋へと――デイヴの私室へと入る。


「君には迷惑をかけたね」


 椅子に座り、セシルに背を向けたままデイヴがポツリと声を漏らす。


「いえ、決して迷惑などでは。使用人としては無礼と承知の上で言わせていただきますと、アルマ様は手のかかる方ではありませんでしたから」

「そうか。では訂正しよう。君には迷惑をかけるね……本当に」

「そちらもお構いなく。迷惑ではありませんし、当然のことですので」

「……君のような子を使用人として雇えて、私は果報者だな」


 彼は机に向かい、紙に何かを書き込んでいた。脇にも多くの紙が積み重なっており、その横には判子と印璽が置かれている。


「アルマ君はどうしている?」

「部屋で眠られています」


 セシルの声色から真に問いたいことを把握したデイヴは、返事を聞いて目を閉じる。ゆっくりと息を吸い、そして吐く。握っていた筆を置いて身体から力を抜き、椅子に身を預けて、そこで漸く、そうかと一言だけ呟いた。


 少しの間だけ、部屋から音が消えた。


「……よろしかったのですか?」


 静寂を破ったのはセシルだった。デイヴからは見えないが、今の彼女の表情は硬くなっているに違いない。声もやや強張っていた。

 だが、決してそれだけではないのを彼は知っている。今の言葉も最後に確認しておく程度のものだろう。故に、改めて確固たる決意を伝えるべく口を開いた。


「ああ。もうあちらにも伝えてある。君こそ、降りるなら今しかないが」

「私も問題ありません。仮面を被って生きることには慣れていますから」

「頼もしいな」


 背を向けたまま苦笑する。どことなくセシルの雰囲気も柔らかくなったような気がして、気が楽になった。

 デイヴにとって、彼女は誰よりも信頼できる。だからこそ、彼女の心が安定していると自分も嬉しくなる。無論、セシル以外でも――それこそアルマでも、彼の大切な者が幸福を感じていたり、落ち着いていても同じく嬉しくはなる。

 だが、その大切な者の中でも、セシルは特別な存在だった。


「この戦争が始まって、もう十年になるのか……」

「デイヴ様は今年で二十九でしたか」

「それで独身なのは何とも言い難いよ。父上は十代で結婚し、丁度二十になる頃に私が生まれたからね。まあ、他に一人も遺さず逝ったから、それはそれでまた言葉にしづらいのだが。母上に一途だったと言えば聞こえは良いが、世継ぎを遺すのも貴族の務めだろうに」

「デイヴ様がそれを仰られますか」

「耳が痛いな。……母上は私が三つの頃に亡くなられたそうだからね。正直なことを言うと、母というものを知らなかった分、相手にそういったことを求めてしまいそうで不安なんだよ。誰かに甘えることなく育ったものでね」


 そこでセシルが盛大な溜息を吐いた。あまりに唐突であったため、デイヴは何事かと思い勢いよく振り向く。


 気持ち悪いものを見るような視線を向けられていた。


「気持ち悪いです。凄く」

「ああうん、すまない。いや、言わなくてもわかっているからせめて言葉と視線のどちらかにしてもらって欲しい」

「正直今まで仕えていた方にこんなことを打ち明けられるとか思っていなかったです。幻滅しました」

「待て。私が悪かったから少しずつ距離を取るのをやめてくれ」


 音もなく一歩ずつ下がっていくセシルに懇願する。悪いのは自分だが、それでも急だったこととショックで冷静な思考を行えなくなっていた。


「大丈夫です。三割程冗談ですので」

「そうか、それなら……三割? ……と、兎も角。父上が亡くなったのは戦争が始まってすぐだったからね。一応世継ぎがどうとか言っている場合ではないというのもある。忙しなく駆け回って体調を崩したところに流行り病となれば文句は言えないが、相続の準備も全くできていなかったんだ。結局私まで各地を駆け回らなければならなくなってしまった」

「私を拾うまでにそのような経緯があったのですね」

「……懐かしいな。確か一年目だったね」


 互いに顔を合わせて小さく笑う。

 二人が出会ったのは戦場となった町だった。アルテア領とマーティア領の丁度境目、国境上に存在していたその町は、言うまでもなく最初に戦禍に晒されていた。


「元々小競り合いは多発していたが、どうしてこうなってしまったのやら……」


 アミュレイトとレージュアの二国では、騎士団をはじめとしたそれぞれの国軍による小競り合いが起こるのは珍しくなかった。別に外交が上手くいっていないというわけではなく、寧ろ二人の国王の仲は良好である。単純に、互いの軍のガス抜きとして死者が出ない程度に争っていただけだ。要するに合同演習のようなものだ。

 だが、ある時国軍や貴族の一部が暴走し、死者が出て事実上の戦争状態に陥った。或いは、何らかの事情によって死者が出たから暴走したのかもしれない。いずれにせよ、どちらの国でも国王の独裁を防ぐ為に設立された――即ち、条件さえ満たせば国王と同等の権限を持てる機関が暴走したことに間違いはない。国王側が対処しようとしても、真っ向から対立してしまっている以上処分の王命を出すわけにはいかない。相手側が却下できてしまうだけでなく、強行しようとすれば最悪国が割れてしまう。


「正直に申し上げますと、私はこの戦争が勃発して良かったと思っています。人前で言うことはできませんが」

「私やアルマ君に出会えたからかい?」

「ええ。それに、デイヴ様は無理に背負い込んでしまいそうですから。一人くらいそう考えていれば、肩の荷も下りるでしょう」

「そうだね。過去を否定してはいけないが、そのせいで重く見過ぎてしまうことはあるかもしれない。だから……助かるよ」


 椅子ごとセシルに向き直る。笑いながらも、デイヴの瞳には楽しげな様子は一切ない。熱くも冷たく、眩しくも薄暗く、激しくも穏やかな決意と意思がただそこにあるだけだ。


「サンドリアを出す。他にも幾つか使い潰すだろう。残ったものは全部君に預ける。好きに使ってくれ」

「承りました」

「資産も好きに分配してくれて構わない。陛下に託すべきものはもう分けてある。あとは上手くやってくれるはずだ」


 どこか無機質にも感じられる声にセシルが応じる。彼女の声もまた、感情を読み取りづらいものになっていた。

 その後幾つかのやり取りをし、それらが終わる頃には日付が変わる直前だった。では、と一礼して退出しようとしたセシルをデイヴは呼び止める。まだ言っておかなければいけないことがあったのだ。


「最後に一つだけ、頼んでも良いかい?」

「何なりと」


 即答だった。その様子に気が緩み、思わず普段の笑みが出てしまう。

 だが、セシル・マティスはそれでこそだとも思う。そんな彼女だからこそ、誰よりも信頼出来るのだ。


「明日の朝は、久々に君のサンドイッチが食べたいな」


 これまでの会話からは予想もできない、何とも気の抜けた要望。セシルも彼女本来の柔らかい笑みが出て、深く一礼する。


「勅令、拝領いたしました。それでは失礼します。良き夢を――お休みなさい、マイロード」


 ――歯車が回る。

 ――動き続けている赤い歯車を止める為に、回る。


 *


「んぅ……」


 小さな呻き声のようなものを漏らし、アルマは目覚めた。活動し始めたばかりで本調子ではない頭が、何か違和感を覚えている。

 辺りを見回す。特に大きな変化があるわけではない、いつもの私室だった。精々いつもより少しだけ明るく、ベッドの横の椅子にセシルが座っているくらいだ。


「……セシル?」

「おはようございます、アルマ様。いつもより長くお眠りになられていたので、起こしに参ったのですが……申し訳ありません。あまりにも気持ち良さそうに眠られておりました故に、起こしてしまうのも悪いかと思い」


 上体を起こしてセシルを見る。普段通りに見えるが、少しだけいつもと違うようにも見える。だが、具体的にどこが違うかはわからない。気のせいかと思いながらも、アルマの口は動いていた。


「何か、ありましたか?」

「いいえ、特にこれと言ったことは。……ただ、本日はデイヴ様が外出しておられまして。恐らくそれに関連した手紙を預かっております」


 セシルの反応は普段と変わりなく、本当に気のせいだったのかと首を傾げる。

 何もないのであれば、気になるのは彼女の発言についてだ。


「先生が、外出……。その手紙というのはどちらに?」

「私が持ち続けるのもどうかと思いましたので、食堂の方へ置いてあります。朝食……時間帯としては昼食が適切でしょうか。いずれにせよ、お食事の準備が整いましたらそちらへ。その折にお渡しいたしますので」

「昼食……ということは、今は昼なのですか? ……つまり、私は寝坊したと」


 少しばかり目を大きく開いて、アルマは現状を確認する。

 寝坊。朝遅くまで寝続けること。それは理解している。


「……寝坊したのは初めてです」


 そう、それが一番驚くことだった。リヴォルタ家の養女となってから、戦場に出ていない時は規則正しい生活を送っていた。戦闘や魔法の鍛錬として養父との殺し合いを日常的に行ってこそいたものの、生活習慣そのものは健康的だったのだ。仮にも貴族令嬢である以上、そういったところには気を配るように言われていたのである。

 自分が驚き、少なからずショックを受けているということをはっきりと認識できるようになっているところにも思うところはあるものの、今は食事が優先だ。セシルだけでなく、作ってくれている者達にも迷惑をかけたに違いない。そう考え、可能な限り急いで、しかし乱れがないように着替え、顔を洗ってから食堂へ向かう。

 アルマがいつも座っている席には、セシルの言った通り手紙が置かれていた。アバーナシー家の家紋を刻んだ封蝋もされており、随分としっかりとしたものになっている。屋敷には通信機の類もあるというのにわざわざどうしたのだろうかと考えつつ、手紙を開ける。


 ――そして、手紙を読み終えた直後。


 ――アルマ・リヴォルタは、脇目も振らずに駆け出した。

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