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7話 芽衣の悩み、とても大きくとても些細な

 昼食場所で適当に暇を潰して、時間になったところで店を出た。

 映画の上映時間に余裕を持って、歩き出した。昼食場所は一階、映画館は四階だから、結構歩く。二人並んでエスカレーターに乗って上の階へ上がった。

 さっき聞いたゲーセンの騒がしい音を聞きながら前へ進み、程なくして、シネマの黒絨毯の雰囲気ある空間に足を踏み入れた。

 そこで飲み物を買って、放送を待った。ポップコーンはどうするか聞いたのだが、どちらでもという事だったので、頼まなかった。俺は買わない派だ。

「楽しみだね」

 少し周りの雑音を気にして、大きな声で言ってくる。意識して声を出したせいか、なんとも違和感のある台詞だ。

「まあ、そうだね」

 これ以外に返事のしようがない。まあでも、このことも含めて会話すればいいんだけど、大きな声で話すのはなー。

 でも、これだとなんか素っ気ないよなー。とか思っている間は、なにか話せるわけもなく。二人の間には沈黙が流れていた。

 もうそろそろ中入れるし、わざわざ静かな場所に行くわけにもいかないので、このまま待ち続けておよそ三分後。中に入って席に着いた。

 要らない広告とか、撮影禁止の警告を大人しく眺めてから、映画が始まった。




 九十分ほどの映画を見終わった後、ゆっくりするためカフェに来ていた。芽衣は名前の長い甘そうなやつ、俺はコーヒーを買って、向かい合っている。

 ここは昨今学生に大人気のチェーン店。来るのは初めてだ。こんな店、中学生男子は来る機会、デートくらいしかないだろうからな。甘いものは好きだが、ちょっと眠かったのでコーヒーにした。ミルクは入れる。

「芽衣さん、ここ来たことあるの?」

 興味本位で聞いていた。

「まあ、二、三回くらいかな」

「ふーん・・・・・おいし」

 それとなくズッとすすったコーヒーは美味しかった。コクのある味わいな感じで。いや、大体インスタントしか飲まないから、判断材料が少なすぎる。

 でも、こんなにも違うのなら、本格的に入れるのも悪くないかもな。

「にしても、映画面白かったな」

「うん!なんかドキドキしちゃった」

 ジャンルは恋愛アニメだからな。二人で見るのにはうってつけだ。だけど、暗い内容もあって。

「でも、悲しい話だった。少し涙出ちゃって」

「終わりがね」

 エンドで、ヒロインが死ぬのだ。それは命の儚さが上手く描かれていたと思う。

「ハッピーエンドじゃなかったのはあれだったけどね」

「うん」

「・・・・・俺は、あの同級生の嫉妬のシーンが、おお!ってなった」

 ヒロインが主人公を好きになって、元々そのヒロインに片思いをしていたヒロインの友人が、嫉妬で主人公を襲ってしまうのだ。そこに、ヒロインが割り込んで。かっこいいシーンだった。ヒロインが。

「あそこ、私も凄くときめいちゃった」

「・・・・・」

「・・・・・な、なに?」

 やべ。机に肘をついて、まじまじと眺めてしまった。どうにか冷静に。

「いや、感情豊かで羨ましいって思ってさ」

「羨ましい?」

「うん。俺はさ、なんか物語に入り切れないんだよね」

 こういう物語に触れすぎたせいかもしれない。この演出上手いとか、この展開凄いとか、作画流石だなとか、制作側からみてしまう癖がある。元々感情が薄いので、豊かな人を羨ましいと思ってしまう。

「そうなの?」

 ゆっくり頷く。

「映画で泣けるのっていいと思う。俺そういうのないから」

 生まれてこの方、感動泣きを経験したことがない。母親が死んだときも、あんまり泣かなかった気がする。

「琉生君、クールでかっこいいよ」

 それはものの言いような気がする。『感情死んでる』が変換語句だしな。

「まあ別に、どうでもいいんだけどね。泣き顔とかかっこ悪いしね」

「でも、そんなこと聞いたら、見てみたくなっちゃうよ」

「お寿司屋で、罰ゲームでもやる?」

 ワサビを大量に入れれば、涙くらい出ると思う。意味の違った涙ではあるが。

「私辛いのちょっと苦手なんだけど」

「それでこそ、罰ゲームじゃない?」

 嫌な事でないと、罰ゲームにならない。

「琉生君、意外と容赦ないね」

「まあやらないけどね。俺はいけるけど、食べ物は美味しく食べないと」

 軽くワサビをつけるとか、ワサビ醤油を使うとか、その程度が一番おいしい。

「そうだよね」

 芽衣が軽く笑って、ドリンクを一飲みした。俺もつられてコーヒーを口に運ぶ。

「そもそも、私が見たいのは琉生君が感動したところだから」

「それは、あんま期待できないよ?」

「いつか見れるよ、きっと」

「・・・・・そうかもね」

 軽く微笑んで、そう言った。確かに、長い時間を共有すればそういうこともあるかもしれない。芽衣と一緒にいると、芽衣の感受性のおかげで、俺も感情を感じやすくなってる気がする。

 別に感情が出にくいことを欠点だなんて思ってことはない。けど、感情豊かになることは成長だと思う。

「これからどうしよっか」

「何かしたいことある?」

 芽衣の質問に、そう聞き返した。この後はノープラン。したいことをすればいいけど、それがなければ少し難しい。

「んー・・・・・洋服、とか?」

「あーー、なる、ほどね」

「あれ?微妙な反応」

 正直な反応が出てしまった。

「いや、いいと思うよ。俺ファッション興味ゼロだから、コーディネートして欲しいくらい」

 それしてくれたら、楽でいい。これからのことを考えると、ラフな格好しかできないようではいけないと思うから。でも。

「でも、俺いい感想とか言えんよ?」

 興味ゼロ、もちろんセンスもゼロだ。

「私もあんまおしゃれじゃないよ?」

「俺と比べると、相対的に神だけどね」

「・・・・・琉生君の感想が欲しいだけだから」

 少し恥ずかしそうに言うから何も言わないけど、いやそれはそれできつい。可愛い、綺麗くらいしか言えないのでは。

「琉生君がいいと思ってくれるだけでいいよ」

「・・・・・そう。まあなら、そうしようか」

「うん!」

 することもないし、俺としても有意義な時間を過ごせそうだ。だけど、俺には少し荷が重いような。

 ま、まあ気楽に行けばいいと思う。気負い過ぎても仕方がないし、主観全開でどっしり構えるとしよう。




「・・・・・ふぅ」

 買った缶のジュースを飲み、ため息とも似た声を出した。息を吐き出す音とともに。

「疲れた?」

 モールの休憩スペースのソファに腰かけた俺の隣に、芽衣が座って聞いてきた。片手には小さいペットボトルのミルクティー。

「いや、それほど。ただちょっとね」

 あれからおよそ二時間ほど。色々な店に回って、服を見た。芽衣が積極的に動いて試着したり、させられたり。それを一通りして、一息ついている。

「ん?」

「自分の感性のゴミさに呆れたというか」

 自由に喋った。気楽に思ったことを言った。そしたら、なんか自分が自分で情けなくなった。

 例えば、芽衣がスカートを試着すれば。

「似合ってる。けど、スカートって寒くない?」

 ワンピースを試着すれば。

「ワンピースいいね!一枚で済むし、凄く楽そう」

 ショートパンツを着れば。

「動きやすくていいと思う」

 足を覆うパンツを着てくれば。

「虫とか気にしなくてよさそう」

 主観で話すとこうなった。始めの感想、機能性ばかり。しかもあんま的を射てない。そして決まって、似合ってるしか言えていなかった。

 もっと気の利いた言葉をかけられればな。ああもう、時間戻してやり直したい。

「そんなことないよ。私凄く楽しめた」

「そう?」

「だってなんか面白かったんだもん」

 そう言って思い出し笑いを始めた。そう思ってるのなら、もっと早い段階で注意してほしかったと、文句を言いたくなったが、笑ってる笑顔見てたら、なんかどうでもよくなった。

「ま、狙ってたんだけどね。うけると思って」

「絶対嘘っ。なんか妙に真剣に言っててさ、真面目なんだとは思ったよ」

 軽く目の端を拭いた。

「まあ楽しければオールオーケーでしょ」

 これ以上続けたくなかったので、無理やり締めくくった。

「無理やり締めくくった」

 ばれてるし。

「それより、ありがとねこれ」

 手に下げた袋を上げて言った。中に入ってるのはもちろん洋服だ。

「ううん。私も楽しかったよ」

「そう言ってもらえて何より」

 仕立ててもらった服は、俺には勿体ないくらいのおしゃれ服だ。勿体なさすぎて着れなさそう。まあ間違いなくデート用だな。

 その後は一旦会話を止めて、二人で飲み物をゆっくり飲んだ。結構歩いたから疲れているはず。これから少し歩くから、休憩は大事だ。

 ゆったりとして数分後。飲み終わったのを確認してから立ち上がった。

「じゃあそろそろ」

「うん。・・・・・ちょっと名残惜しいね」

「まあ、またくればいいよ」

 終わりが来るのは仕方がない。その都度また始めればいいと俺は思う。この関係は、長く続くと思うから。

「トイレ大丈夫?」

「うん」

 映画観終わってから二人とも一度行っている。水分補給したとはいえ、帰るまでなら問題ないか。

「あ、一つ寄りたいとこある」

「なに?」

「文房具買いたい」

 この前、オレンジのボールペンを切らしてしまったのだ。

「うん、分かった。行こ」

「ありがと」

 自販機の傍にあるゴミ箱に二人のゴミを捨ててから、一階の文房具屋に並んで向かった。

 二階からエスカレーターで降りて、一階フロアの端にある文房具屋まで歩く。ここからだと意外に距離がある。

 あまり意識せずに歩いていたせいで、芽衣が少し後ろにいることに気づかず歩いていた。いや、多分芽衣の速度が下がったのだ。そのタイミングで、俺の服の裾を掴んで制止を促してくる。

「ん?あごめん、ちょっと速かった?」

「・・・・・あの、さ」

「?」

 少し俯いた様子で止まっている。良く見えないけど、顔が赤い。

「・・・・・・・」

 少し観察していると、芽衣の視線の先に何があるのか分かった。それで何が言いたいのかが分かったので、言葉を聞く前に俺が動いた。

「・・・・・!」

「手、繋ぎたいんでしょ」

「・・・・・うん」

 ゆっくりと、恐る恐る俺が差し出した手に手を重ねてきた。小さくて柔らかくて温かい手。ただでさえ熱い頭に、さらに熱が入る。

「・・・・・手汗は酷いかも」

 口では強がった風に喋ってても、頭の中は結構やばい。心臓バクバク、身体ほてほてだ。

「・・・・・余裕そうなのに」

「流石に・・・・・これは、照れるって」

 実際芽衣も顔凄く赤いし。俺は大丈夫だと思うけど。・・・・・思うけど。

「さ、ササっと行こ」

「う、うん」

 止まってたら余計熱が溜まると思い、歩き出した。今度はしっかり芽衣の速度を意識して。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・芽衣さん、大丈夫?」

「う、うん!大丈夫・・・・・」

 あんまり大丈夫そうじゃないような気もするけど。これから緊張しすぎて、まともに会話できないのでは。

「・・・・・緊張するけど・・・・・・・私、嬉しくて」

 握られた手に軽く力が入る。ちょっとだけ手を引き寄せられる。

「嬉しいから・・・・・いいの」

 少し違和感のあるテレを隠した笑顔を俺に向けてくれた。

「そ、っか」

 こういう表情を見て芽衣の感情に直接触れると、自分との温度差を自覚してしまう。俺が感じなかったことで、生み出さなかった感情で。その違いに、心に何かが居残るような感覚にとらわれる。

 もちろんそれを表に出すことは出来ない。まあ、大きく後に引くようなものでもないし、今だけ感じる違和感みたいなものだ。

「ま、俺の手ならいつでも貸すよ」

「・・・・・うん!ありがと!」

 本当に嬉しそうに笑う芽衣を見て、俺もつられて笑顔を見せた。

 俺はいまいち決まらない感情を持っているが、別に今それを熟考する必要はないと思う。気持ちに嘘はついていない。それならこれは、間違った行為なわけがないのだから。




 欲しかったボールペンを買って、そのまま駅まで手を繋いで歩いた。序盤はなんか緊張で話せなかったが、慣れてきて少しずつ自然な感じになっていった。

「あ、琉生君」

「ん?あ」

 二人で来た道を帰ると見えるものがある。海だ。

「きれー」

 スマホのカメラを向けて写真を撮っている。確かに、日光を水が反射して、綺麗だ。フリー素材にありそうな写真。

「そうだねー。もうちょっと遅ければ、夕日でもっときれいだったろうね」

「そうだね。いつか一緒に見ようね!」

「うん」

 なんか今日を通して、芽衣は一層明るくなった。最初は自虐的な発言をして、暗いものを内に持ってる感じだった。だけど、さっきの手繋ぎとか、今の約束とか、結構積極的になった。

 そのいい傾向にほんの少しだけ、笑ってしまった。近かったけど、聞かれてないようで良かった。

 そのまま特に何事もなく、電車に乗って最寄り駅を目指した。

 乗り換えを一回して、もうあと一本で最寄りまで行ける。

「なんか、凄い混んでるね」

「だね。休日なのに」

 何かあったのか、軽く満員だ。ドアの傍を片方陣取って、壁際に芽衣を置いて、それを覆うように俺が立った。

 俺が軽く周りを見ると、芽衣が少しあくびをした。

「芽衣さん眠い?」

「・・・・・ちょっとだけ」

 睡眠不足は仕方ない。俺だってそうだし。

「座れれば良かったんだけど」

 あいにく席は満席だ。

「ううん。あと少しだし、大丈夫」

「そっか。まあぼーっとしてていいよ。着いたら教えるから」

 俺はコーヒー飲んだから割と大丈夫だ。寝不足で学校行くことも少なくないし。

「ありがと」

 そう言って、少し俯いた。今日は沢山歩きもしたから疲れもあるはずだ。俺も足の疲れはある。ここで満員電車はきついな。

 でも、そうはいってもたかが数分だ。途中で人減ってくれればいいんだが。

 その期待はバッチリ外れることになった。

 むしろ、出ていく人以上に入ってくる人が多い気がする。車内はゆっくりと狭くなって、芽衣との距離が縮まってしまった。

 普段もこの電車で人が減るのは俺と芽衣の最寄り駅だ。結局最後までこのままらしい。

 あと二駅。乗り換えが出来る駅だからか、人が増えた。

 芽衣を壁ドンするようについている右手が疲れて、自然と左手が右腕を掴む。

 俺がその体制になったところで、電車はまた揺れ始めた。あと二駅。俺たちのポジションだと、すぐそこのドアが空くから少し嫌だな。まあ動けるわけないんだけど。

 次の駅の到着アナウンスが鳴る。出入りがあるので、芽衣に影響が出ない程度にさらに詰める。

 そのときだった。

「・・・・・ん?」

 左腕にほんの少し痛みが走った。棘が刺さったみたいなチクッとした痛み。

 曲げた左腕まで目線を下げると・・・・・・・正直意味が分からなかった。

 ・・・・・・・寝ぼけた芽衣が、俺の腕に噛み付いている、ように見える。いや噛み付かれている。唾液の水分感じるし。

 なに、これ。そんな感想を頭に浮かべながらも、状況の意味不明さに、放心してしまう。

「芽衣、さん?」

 ようやく出た言葉はそれだけ。だけど、それだけで十分だったらしい。我に返ったようにハッとした表情をして、口元に手を当てて「しまった」みたいな顔をしている。意外とわかるものだな。

「あ、あの、その」

 あたふたしながらみるみる涙目になっていく。目が泳ぎまくってるし、顔は青くなっているようにも見える。

 そのタイミングで電車は駅に到着し、すぐそこのドアが開かれた。

「ご、ごめんなさい!!」

 空いたとたん、周りに余裕で聞こえるほど大きな声でそう言い、頭を下げてきた。そして、俺の腕を潜って空いたドアから飛び出してしまった。

 俺はすぐには動けなかった。手を捕まえることも失敗した。体が動かなかった。

 その場で止まって、噛まれた腕を確認する。感覚でも分かったが、二つの点のような噛み跡。それを見て、俺はありえない事実を確認しては、常識が否定するというループを幾度か繰り返してしまった。

 だがそれもすぐ意識して止める。今は先決すべきことがある。最後に降りる人の後ろに付いて、電車から降りてすぐ走り出した。




 降りる人が少なかったおかげで、どうにか視界に収めて芽衣を追えた。

 駅の階段を上り、改札を通る。今度は階段を降り、駅の外へ。階段じゃあまり距離を詰められない。そもそも俺はあまり足早くないからな。

 それでも女子よりは上だ。芽衣は曲がって線路沿いに行った。人が多くて走りづらいけど、どうにか抜けて、線路とボーリングセンターに挟まれた一本道に出た。

 ここに出れば人通りは一気になくなる。芽衣の背中もはっきり見える。一直線を全速力で駆けた。

 もう時刻は夕方。夕日が街をオレンジに照らす。走り出す電車の音を背中で聞いて、電車とは逆方向に進んだ。

 俺が早くないと言っても、女子と比べられるものでもない。着実に距離はなくなり、すぐに芽衣に追いついた。前後に振られる手を右手で掴む。

「芽衣さん!」

 一歩二歩とゆっくり速度を落とし、やがて止まった。軽く息を整えてから、また口を開く。

「芽衣さん・・・・・芽衣さんは」

「ごめんなさい」

 言葉を遮って芽衣が言ったのは、弱弱しい謝罪だった。背を向けたまま涙を流しているのが分かる。少し震えているのも。

 俺の心中との温度差。芽衣にとってそれほど重みのある行動だったらしい。

「わ、たし・・・・・か、隠してることが」

「芽衣さん。芽衣さんは、何なの?」

 必要な質問だ。恐らく、芽衣さんの根幹にかかわる秘密。

 俺の常識の範囲外であることは、分かっているつもりだ。自分の思考が否定しても、きっとすぐに否定できなくなる。

「私は・・・・・・・」

 長い沈黙。その中でゆっくりこっちに向きなおって、顔を向けてくれた。

「・・・・・・・・・吸血鬼、なの」

「・・・・・・・そっか」

 俺の常識よりも重い言葉が、脳に浸透してくる。ゆっくりと常識を塗り替えていく。そのおかげで、時間をかけたものの、返事を返せた。

 涙を拭きながら、芽衣が続ける。

「・・・・・・・私、血を吸っちゃう衝動があって、さ・・・・・さっきはぼーっとしすぎて」

「・・・・・・・」

 大体は分かっていた。不自然な噛み跡で。噛むといえばゾンビかとも思ったけど。

 それでも、やっぱまだ驚きが体を支配している。気づけば、心拍もかなり上がってる。体の反応は正直だ。

「・・・・・嫌だよね、こんな化け物」

 自嘲気味に軽く笑って言った。

「こんな普通じゃない生き物、怖いよね。気持ち悪いよね」

「いや、芽衣さん」

「ごめん、ね。隠してて。最低だよね、私。本当に・・・・・最低だ」

「芽衣さん!!」

 再び涙を流す芽衣の肩を両手で持って、強く名前を呼んだ。俺はどうしても心から伝えたいことがある。芽衣は信じてくれないかもだけど、それでも、知って欲しい事がある。

「それは、個性だよ!」

「・・・・・え?」

「いや、正直すっごく凄い!凄いと思う!」

 俺の語彙力がやばいことになっているが、仕方のない事だ。俺は、高揚しているのだから。未知に対して恐怖ではなく、好奇心を抱いている。

「え?」

「だってさ、こんなのファンタジーじゃん!みんなが夢見るあり得ない世界!画面の中でしか成立しえないはずの存在!それが存在するって凄い事だよ!」

 少し過剰になってみた。周りに人がいなかったから出来ること。心の内はもう少し冷静だけど、自分を認められない彼女を認めてあげたいと思った。

 でも、言ってるうちに気づいた。この言い方は、良くないなと。

「・・・・・でも、私は普通じゃない」

「・・・・・・・」

 そうだ。普通じゃないことを、俺が強調してしまった。

 誰だって普通であることを望む。平凡よりも才能を求めるのが人間だが、普通よりも特殊を選ぶ人は少ないと思う。

 周りと違っていることを人は嫌う。それだけで虐げられることもあるから。他の誰かに理解されないことが多いから。

 きっとそれで芽衣は辛かったと思う。みんなと同じように、普通に過ごしていたことは知っている。でもその裏で、周りと違うことを確信している心は、きっと傷ついたと思う。周りに隠していることがあるという意識が、自分を苦しめたと思う。

 その気持ちを考えずに軽率な発言をしてしまった。

「・・・・・危険、だよ」

「違う!!」

 しっかりと否定する。

「芽衣さんは、危険じゃないよ」

「琉生君・・・・・」

「芽衣さんは芽衣さんだ。危険じゃないし、最低じゃないし、気持ち悪くないし、怖くないし、化け物なんかじゃない!」

 全部を否定する。芽衣さんの言っていることは全部間違っている。少なくとも、俺の中では。

「・・・・・・・でも、もう私には琉生君の隣にいる資格なんて・・・」

 声が震えている。

「資格なんていらない。芽衣さんなら、芽衣さんだから、俺は一緒にいたい」

 自分で自分が分からなくなってくる。俺は芽衣を好きではないと言った。なのに、今ではこんなことを言っている。取り繕っているわけではない、はずだ。

「・・・・・琉生君は、そんなこと言ってくれるんだ」

「俺はさ、こういう人だから。魔法とか、異世界とか、大好物な人だから。芽衣さんが自分のこと嫌いでも、俺は嫌いになんてならないよ」

 好きって言えればいいんだろうけど、その言葉を無意識に避けてる気がする。

「・・・・・琉生君は、許してくれるの?隠し事してたこと」

「許さないよ。許すべきものなんて何一つない。芽衣さんは悪くないんだから」

「私を・・・・・こんな私なんかを、傍にいさせてくれるの?」

「なんなら、血くらいごちそうするけど?」

 死なない程度なら、別に問題ない。せいぜい貧血になるくらいだろう。その程度で芽衣が喜ぶのなら安いもんだ。

「一緒にいてよ、芽衣さん」

 まだ一緒にいたい。可愛くて優しい笑顔を見ていたい。穏やかで居心地のいい空間を感じていたい。自分の変化を楽しんでいたい。芽衣と一緒に、たくさんの経験を積み重ねたい。

 この程度の事実で終わらせるなんて、嫌だ。

「・・・・・いいの・・・」

「ん?」

「・・・・・いいのかな?」

 涙を拭きながら、薄っすら笑ってくれた。小さな声だけど、そこには明るさが灯っているように聞こえた。

「いいのかな?私こんなに、幸せで」

「いいんじゃない。あって困るもんでもないし」

「・・・・・・・うん、ありがと」

 目の端に涙を残しながらも、満面の笑みで力強く応えてくれた。

 色々あったけど、全て綺麗にまとまった。いや、綺麗ではなかったけど、そんなことどうでもいいのだ。

 どんなにかっこ悪くても、どんなにダサくて汚くても、そんなことどうだっていいのだ。この可愛くて微笑ましい笑顔を前にすれば、些細な事だ。

 きっとまだ問題はある。それでも、解決は難しくないだろう。俺は芽衣のことを、自分のために考えると決めた。

 根拠はないけど、きっとあまり困難じゃない。絶対面白く、楽しくなる。そう予感しながら、芽衣につられて俺も笑っていた。

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