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5話 初デート、その約束

 長い長い日曜日を超え、また一週間が始まった。日曜日は長かったが、多分この一週間はもっと長い。

 恋愛好きの中学生に、その話題を提供するのだ。ろくなことにならんことだけが分かる。

 憂鬱だが、時間が経てば噂も去っていく。それまでの辛抱だな。

 マイナスなことは考えずに、前向きに行こう。今日、二日ぶりに芽衣に会える。そう思ったほうが百倍いい一日になる。

 かつてないほどポジティブな気分で、学校まで走って、三分後に学校へとたどり着いた。

「はぁはぁ、ギリセーフ」

 実は遅刻しそうな時間帯だったので、結構危なかった。後一分遅かったら外周十周だった。

「はよー、危なかったな加瀬」

「ああ、おはよ」

 俺に反応したのはいつも池上と一緒にいる蓮井だ。その周りに岩田、青崎もいる。池上はコートで打っているようで、ここにはいない。とりあえずは、回避かな。

「ところで、聞いたぞ加瀬ー」

 回避、しなかったようだ。

「ん?ああ、あれね。今は疲れすぎて上手く声が出ねえから、お前らにゃ構ってられんわ」

 地べたにお尻をついて、無駄に息を荒げる。

「おい喋れよー」

 岩田が俺の頭を捕まえる。朝からこの坊主に絡まれたくないな。

「もう逃げきれないと思うけど」

「それな。池上にばれたらもう無理だよなー」

 知的な青崎とチャラけた蓮井にもしっかりと興味を持たれてしまっている。

「加ー瀬ー、お前の彼女教えろよー」

「うるさいなぁ」

 声のボリュームを上げて、そう聞いてきた。体も揺さぶってくる。こいつマジでぶん殴りてぇ。

 それとなく正面を向くと、康介が視界に入った。ラリー終わって、準備に移ったようだ。

 こっち見てるし、助けを求める瞳で見つめてみる。そうしていると、も一人康介に接触して、こっちを見ている女子がいた。由香里だ。

 あまり距離がないから、会話が聞こえてくる。

「ねえ、影山。加瀬って付き合ってるの?」

「あ?ああ、そうみたい。あいつも大変そうだよなー」

 聞こえてるぞ。面白そうに見てないで助けろよ。

「誰?」

「それは、あいつから聞けばいいんじゃね?」

「教えてよー、知ってるなら」

「多分聞けば教えてくれるぞ。隠す気なさそうだったし、ほら」

「おい康介、助けろよ」

 こっちに指さしてきて、流石に我慢しきれず声をかけた。会話を聞いてる最中も岩田の声を無視し続けたせいで、こいつの力が徐々に強くなってんだよ。

「教えろってなー、加瀬ー」

「おい、お前らさっさと準備始めろ」

「おい康介、お前も知りたいだろ?」

「いいから、ほら行け」

「ちぇー」

 残念そうに、つまんなそうに俺を解放した。全く、朝から元気な奴だな。

「よっしょっと、行くかー」

 蓮井がラケットを持って歩きだした。コートそばで球数数えているところに行くんだろう。

「後で教えろよ、加瀬」

 最後に青崎がそう言って、三人はこの場から離れてった。嵐が去った気持ちだ。

「おせえよ、何話してみてんだよ」

「なんで俺が琉生を助けんといけねえんだよ」

「そりゃ、そういうもんだからだろ。それより、誰かは言ってないんだな」

 そこが意外だった。てっきりもう全部ばれてて、芽衣にも影響が出てるかもと覚悟していたのにな。

「それは池上の気まぐれでしょ。元々こういう話好きなわけじゃないしな。どちらかというと、他人の隠してることを知りたいタイプだ」

「確かにな」

 他人の弱みを握って、その状況を楽しみたいって感じだな。つまり、性格が悪い。今の俺からしたら、その性格はちょっぴりありがたい。隠し事するつもりがないからな。

 そのとき、康介の左側の奥。俺の視界の端で、見知った顔が出てきた。その人は俺と目が合った後、少しおろおろした後、意を決したように近づいてきた。

「あの、おはよう琉生君・・・」

「うん、おはよう」

 名前のところだけボリュームを小さくしながらも挨拶してくれた。ちょっとうれしい。

「まじで結構しっかり付き合ってんのな、お前ら」

 康介がそんなことを言ってくる。

「そりゃあな」

「あの、お付き合いさせてもらってます」

「いやいや、こちらこそ。俺がさせてもらってるんです」

「いや、私が」

「俺の前でイチャイチャすんな」

「でっ!!」

 静かに俺にかなり強いゲンコツをかましてきた。まじでいたい。いたい。いたい・・・・・。

 痛すぎて、その場に蹲ってしまった。

「ってえよ馬鹿!馬鹿ゴリラ!手加減しろ、手加減」

「ああ!?なんつったコラー」

 そう言って俺の頭を掴んできた。

「かち割ったろうかー」

「いでえいでえいでえって」

 笑顔で力を入れてくるのを、どうにか抑える。人に準備しろとか言っておいて、自分はしねえのかよ。

「じゃあ、琉生君。また教室で」

「ああうん。じゃね、芽衣さん、って、そろそろやめろ康介!」

 芽衣が去ったのを機に、康介に叫んだ。流石にもういいだろうが。

 それで、素直にやめてくれた。力じゃどうやっても勝てないんだから、やめてくれよ。

「全く」

「何遊んでんだよ。さっさと行くぞ、ばか」

「おい、それはあまりにも俺かわいそ過ぎだろ」

 俺の言葉には反応せずにさっさと行ってしまった。やられてんのに俺が悪いのかよ。

 俺も遅れて康介の後に続いた。そのとき、さっき康介と話してた由香里と目が合った。なんだか、微妙に無表情っぽい顔で、ちょっと違和感を感じた。

 一瞬だけ足が止まったが、話しかけてくる様子がなかったので、気にせずコートに出て、みんなと合流することにした。

「おい、琉生制服」

「あ」

 着替え忘れた。




 朝練を終え、教室へ向かう。終わった後さっさと準備をして、足早に教室へ向かっていた。朝から質問攻めは勘弁だ。あいつらだって女子に話しかける勇気はないだろうしな。

 いつもよりちょっと早く教室についた。他の運動部が帰ってきていないからか、人は少ない。

 無言で自分の机へ向かう。少ない中身を全部出して、空のバッグを後ろのロッカーへしまった。そのタイミングで、問題の人が入ってきた。

「お!リア充加瀬君じゃーん。おはよー」

「おう、加瀬」

「・・・・・おはよ、谷口大沢」

 龍吾と亮だ。後ろから覆いかぶさってきた。くそ、面倒くさい。適度な静かさを持った教室のせいで、こいつらの声が教室全体に通っていく。

「どうよどうよ、七瀬との関係はー」

「おい、ちょっとは遠慮しろよ、馬鹿」

 ああもう、ここにいる人全員にばれたよ、くそ。

「俺馬鹿だからわかんなーい」

「ちっ」

 うざいな。とりあえずバックしまいに行け。

「いやでも、ほんと衝撃だよなー。加瀬そういうの全然興味なさそうだったしさー」

「そうか?ただ、他人のことに口出すのが馬鹿らしって思ってただけだよ。ちょうどこいつみたいにな」

 後ろから抱いてくる谷口の頭に右手を乗せた。

「俺馬鹿だからー」

 へらへらしながらそう言ってきた。ああもう、完全肯定の態勢がほんっとうにうざい。

「おはよー。朝から何してんの?」

 ああ、智也も来た。

「いやー、祝福してるだけー」

「祝福?あれ、誕生日近いの?」

「違うよー、スキャンダルだよー」

「え?まじ?」

 本当に少しは遠慮しろよ。まあもう仕方ない。

「ちょっと待て。いちいち説明すんのだるいし、みんなが来てからしてくれ」

「あれ?言っていいの?」

「もう隠せんだろうが。亮、ばらした奴に言われるとイラつく」

「いや、先に言ったの龍吾じゃん」

 だからって言っていいってのは違うだろうが。と言おうと思ったが、隠す気もなかった俺が言うのは変だと思ってやめた。

「とにかく、離せよ谷口」

「えー」

「えーじゃない」

 とりあえず離してもらって、朝の時間は席に座ることにした。朝じゃああんまり時間ないし、今の気分的に話したくはない。朝はのんびりしたい。

 席に座って、持ってきたラノベを開いた。周りの視線はオールスルーで。

 でもすぐに、文字をなぞる目は止められてしまう。

「ねえ」

「ん?」

 俺に話しかけてきたのは由香里だ。芽衣や他の女テニはまだ戻ってきていないようだが、いつも一緒にくるメンバーはどうしたのだろうか。

「・・・・・七瀬さんと付き合ったの?」

「・・・・・わざわざ聞かなくてもすぐ分かるぞ?」

「付き合ったの?」

「まあうん」

 由香里はこういう話は好きだろうからな。まあもっとも、みんな好きではあるだろうが。

「そう・・・・・」

「・・・・・どった?」

 少し冷静すぎて、違和感を感じる。

「いや、ちょっと意外だなーって」

「まあそりゃみんなそう思ってるだろうけどさ」

 というか、あんまりいてほしくないな。人集まってきちゃうかもしれないし。

「後で話すよ?」

「・・・・・そっか。うん、じゃあ」

 そう言って俺の元から去っていった。

 何だったんだろうか。なんか様子がいつも通りじゃないというか、おかしい気がした。ほぼ分かってることを聞いてくるわりに、深くまでは聞いてこない。聞こうとして、やっぱやめたか。

 まあ別にいいけど、なんでも。改めて本に意識を向けようとしたのだが、少し思いついて教室のドアに目を向けた。

 由香里が戻って来たのだから、そろそろ戻ってくるはずと思った。そして、それは当たっていた。

 芽衣だ。

 部活前に挨拶したので、わざわざ立たずに手を振るだけにとどめた。それに芽衣も応えてくれる。

 と思ったら、すぐに周りに人が寄ってきていた。大変そうだなーあれ。

 しばらくは仕方のないことだけど、芽衣は大丈夫だろうか。心配だけど、俺に出来ることはあんまない。接触すると逆に周りに刺激を与えることになる。たいして気にしないほうがいいかもだな。




 朝の会が終わった後、散々話すことになった。周りに人が集まって、集まってない人も聞き耳たてて。

 面倒くさかったので、散々話してやった亮たちに勝手に話してもらった。俺が芽衣のことを好きではなかったところとかは語られなかったが。説明が面倒くさいから二人には話していない。

 いじられ、ばらされ、ひやかされ。反応は様々で、しょうもなかった。他人の恋愛話に興味を示すとか、みんな暇なんだろうなと思う。俺はラノベを消費するので暇じゃないというのに。

 その後、今日の休み時間は大体そんな感じだった。

 そして、妙に長い時間を過ごして、放課後が来た。

「なあ加瀬。デートとか行かないの?」

 バックを取りに後ろに行ったときにそう聞いてきたのは洋平だ。いつもはすぐに部活へ向かうので、やっぱ興味はあるらしい。

「デートか。話はしてるよ」

「へー、いいねぇ」

「洋平はそういう浮いた話はないん?」

 そういう感じは全然ないのだが、好きな人くらいはいてもいいんじゃないかと思う。二次元で生きてた俺はともかく、洋平はそういうわけじゃないのだから。

「俺はないなー。そういうの疎いし」

「そんなことないでしょー。俺だって正直に話したんだからさ」

 いないのなら、俺のスキャンダルに興味を示さないんじゃないかと頭をよぎった。絶対じゃないけど、中学二年生なら、秘めた恋くらいはあるのが普通なんじゃないだろうか。

「いやー・・・・・・・やっぱないかな」

「えー、まあしゃーないかー」

 そう簡単には話してくれないか。でも、今の考えたときの間からして、絶対に好きな人はいると思う。

「林間でげろってもらうからね、ようへー」

「それはどうかなー。じゃあそろそろ部活行くわ」

「ん、じゃ、頑張ってねー」

「そっちもね、じゃあ」

 洋平は軽く走って部活に向かっていった。果たして、洋平の好きなタイプはどんな人なのか、結構興味はあるな。聞き出すのはめっちゃむずそうだけど。

 俺も部活に行こうと思って、自分の机に戻って準備を始めると、そこにもう一人が来た。亮だ。

「さっきよーへーと何話してたの?」

「ん?洋平の好きな人について、かな」

「まじ?よーへー好きな人いんの?」

「そうっぽいけど、なんも言ってくれなかったー」

「だろうな」

 洋平こそ、そういう話すごく珍しい。誰が誰のこと好きとか、そういう話題はいじられキャラとか、明るいキャラとか、そういう人に振られる話だ。真面目な洋平にそういうことを聞く人と言えば、亮くらいだ。無理に聞き出すのは、悪いって思ってしまうからだと思う。

「そういやさ、亮は教えてくれてもいいだろ?」

「は?なんでだよ」

「俺の知っておいて、それはないんじゃない」

「洋平もしゃべってないじゃーん」

 そう言いながら俺の肩をはたいてきた。そのまま俺の机に腰を掛ける。

「洋平を引き合いに出すのは罪だって」

 自分が言うなら洋平にも言わせろってのは違う。情報の価値が違いすぎる。

「別に交換条件で知ったわけじゃないしなー」

「もうほとんどばれてんだからいいだろ?俺口固いぞ」

 結構亮は分かりやすいのだ。推測でしかないが、七十パーくらいの確信は持ってる。

「お前が思ってる人と違ってるかもしれないしー」

「どーだろーなー」

「言い方うざいな」

「でもま、言いたくないならいいけどさ。付き合ってその手の話に敏感になってるだけだからね」

 いないものを問いただされる立場から解放されたから、遠慮なく聞けるのだ。まあ逆に、聞きだすための交渉材料がなくなったとも言えるが。

「そういう言い方されると逆に嫌だな。まあ確かに、以前よりは興味持ったよなー加瀬」

「そうだな。教えてくれれば、協力するぞー」

 出来ることなんて限られてるけど。

「要らんわ。告る勇気なんて、まだないしな」

「フッ、チキンめ」

「お前だって告られた側じゃん」

 確かに。

「まあ、俺も告る勇気はなかったな。だから芽衣さんはほんとすごいと思ってる」

 本当に尊敬できる。この事実だけでそうだし、あのシーンを見たらなお思う。

「情けないなー加瀬」

「だなー」

 俺も好きだったってことになってるから、確かに情けない。

「ま、勇気が出たら言ってくれ。協力は惜しまないぞ」

「気が向いたらなー」

「じゃあまた、明日な」

 バッグとラケットを持って、机に座る亮に背を向けた。

「おーう」

 その声を聞いて、教室を出て部活に向かった。




 今日もせっせと午後練を勤しんで、家でくつろいでいた。

 いつも通りだ。話題はちっともいつも通りじゃなかったが。いつもと変わらない行動をとって、一日を過ごした。でも確かに、気分だけが妙に上向きになっていて。それを自分で自覚していて。

「なーんか、不思議な気分だなー」

 ご飯を食べた後で、ベッドの上で寝っ転がって、そう呟いた。

 今日は瞼が重い。たくさん話して、頭の中も羞恥でずっと熱くて。それで、いつも以上に体力を使ったんだろう。

 どうしよっかなー、このまま寝ちゃおっかなー、とか考えていると、スマホが鳴った。

「ん?」

 机の奥側においてしまった。ベッドから出ないと取れない。出たくないなー。

 葛藤して二回寝返りを打って十五秒後、ベッドから降りてスマホを取った。電源を入れて送り主を確認する。

「まじか」

 相手は芽衣だった。やっばい油断してた。速攻マインのルームに入る。そして内容を確認した。

『通話、出来る?』

 数十秒経っちゃって迷惑かとも思ったが、すぐに通話を鳴らした。多分大丈夫だ。

 ワンコールであっさり止まった。

「もしもし」

 芽衣の声だ。二回目の芽衣との通話で、なんか新鮮だ。心拍が少し早くなる。

「もしもし、芽衣さん?」

 分かっていても聞いてしまう。

「うん。ごめんね、いきなり」

「いんや、嬉しい。毎日してもいいくらい」

 特に話すことなんてないけど。

「私も・・・・・毎日声聞きたい、かな」

「学校で聞いてるけど」

「通話だとなんか、声近くて・・・・・・・いいから」

 照れてる。可愛い。クスって少し笑ってしまった。

「確かに。じゃあ時間あるときは連絡してよ。こっちもするから」

「・・・・・ありがと」

 なんか緊張するー。

「・・・・・・・」

「・・・・・えっと」

 やばいー。落ち着け、俺。冷静に、クールに。

「良かった」

「ん?」

 いきなりそんなことを言われた。

「いや、ふぅーって。緊張してるの私だけじゃなくて」

「あ。ばれたか」

 意識せずに深呼吸しちゃってたか。

「ばれたかって、隠してたの?」

 笑いながらそう聞いてくる。

「ちょっとダサいかなーって。まあ無理にかっこつけるほうがダサいか」

「そんなこと・・・・・・・かっこいいよ、琉生君は」

 いきなりそう褒められると・・・・・流石に照れる。相手も照れてる感じだけど。

「・・・・・俺は可愛いっていうところ?これ」

「いや、そういうつもりじゃ・・・・・ない、よ?」

 これ、何にも言わずに可愛いって言えたらかっこいいんだろうか。いや、キザすぎて逆にかっこ悪いな、多分。

「じゃ、これはも少し後に取っとく」

「・・・・・・・うん」

 流れで言う事でもない気がするからな。

 何もしていないとあれなので、立ち上がってキッチンで何かしながら話すことにした。

「今日は要件なしだったか?」

「まあ、そうだよ。声聞きたかった」

「そっか。じゃあさ、デートの話しようよ」

「うん!デート」

 なんか、元気になった。その変わりように、思わず頬が緩む。

「楽しそうだね」

「る、琉生君は、違うの?」

「フッ、俺はそう簡単には外には出さないよ、感情」

 いつもの俺っぽいな。なんか、調子を取り戻せてきたかも。

「外には出さないって、内では思ってるってこと?」

「・・・・・・・まあ、それは置いといて」

「話逸らしたー」

 芽衣も言葉が崩れてきて、いい感じだ。友達と話すときみたいに話せるのが一番いいからな。

「うっせ。日にちだけどさ、次の土曜とか、どうかな?」

「私もその日がいいって思ってた」

 土曜は野球部の練習試合で午前午後両方校庭が使えない。つまり男女テニス部オフ。この日はデートに最適だ。

 天気予報を確認しても、晴れ。降水確率ゼロパー。問題ないな。

「予定もない?」

「うん!その日にしよっか」

「そだね。場所はー・・・・・」

「・・・・・ごめん、あんまり出てこない」

 まあそっか。でも、正直どこでもいいんだ。ショッピング、映画館、動物園、水族館、海、山、遊園地、観光地、どこでもいい。きっとどこでも楽しくやれる。

 コップを入れて、お茶を注ぐ。それで、どこに行くか、だ。

「まあ、これから行けるとこ全部行けばいいんじゃない?」

「・・・・・うん。うん!」

 力強い返事を二回貰った。その反応があって、少し安心する。これを思うのが最善だと思って、相手もそう思ってくれている。それが嬉しい。

 別に、どこに行こうって迷わなくてもいい。貴重な一回なんかじゃないはずだから。何回も何回もデートするはずだから、慎重に場所を選ぶ必要なんてないのだ。

「あのさ、正直迷ってたんだけど、さ」

「なに?」

 お茶を一飲みしてたら、テンションを上げた感じの声が返ってきた。なんだかるんるんしてる。

「見たいアニメ映画あるんだけど、行かない?オリジナルのやつ」

 上映中のやつだ。今大人気ってわけじゃないけど、恋愛もののやつでちょっと気になってた。前に見たすごく面白かったやつに少し似てる感じがあって。

「うん!もちろん行く!」

「そっか、良かったー」

 俺はアニメ大好きだけど、それを芽衣に影響させるのは良くないと思っていた。けど、趣味を分かってもらうことも重要な気がする。

「見つけた。こういうの面白いよね!前大ヒットしたのあったし!」

「そうなんだよね。作画とかもいいし、感動できるのいいよね!」

「琉生君ってこういうの好きなんだ?」

「え?まあ」

 ちょっと作画とか言ったの、オタクっぽかったか。

 ここで上手く隠しても、どうせいずればれる。隠す労力が勿体ないし、なにより、俺の趣味を受け入れてもらいたい。染まって欲しいとまではいかないが、否定はしないでほしいっていう気持ちがある。

「俗に言うオタクだよ」

「へぇー」

 大丈夫だろうか。キモオタではないと思うんだけど、俺。グッズとかいうほど集めないし。

「今度なんかおすすめ教えてよ」

 大丈夫だったー。

「うん、もちろんだよ!読んで欲しいのあるし!あ、小説とか大丈夫?」

「たまに読むよ?」

「そっか。じゃあ一番好きなの貸す!」

 やばい、テンション上がってきた。こっち系の話、特に布教だと言葉止まらなくなるから、止めなければな。引かれるし。

「うん!楽しみ!」

 その後、後日貸すことになった小説のあらすじを少し話したり、学校で話したこととか、部活のこととかを語り合った。

 なんだか、今日一日だけですごく距離が縮まったような気がした。みんなのせいで、なんかよそよそしくならざるを得なかった気がするから、ちゃんと話せてよかった。

 気づいたら一時間ほど経ってしまっていて、その辺でお開きにすることにした。ほぼ毎日話すって決めたのだから、話しすぎてもあれだし。

 やっばいなこれ。すごくハッピー。めっちゃハッピー。幸せ絶頂。こんなに明日に希望を持ったこと、これまでなかった。

 明日が楽しみで、早く学校に行きたい。いつもは大体休みたいって思うのに、この変化が自分でも信じられない。現実とは思えないほど、高揚感があって、身体が浮いているようにすら思える。

 アニメみたいに、ベッドでうつ伏せになって、足バタバタさせて、枕を抱いて。なんかの主人公になった気分だった。

 その気分を抱いたまま、早く寝ようと、寝る準備をして、ベッドに入った。

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