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4話 ラーメン

 いい朝を迎えた日曜日の空は、曇っていた。

 雨は降らない予報だが、これじゃあ気分と違いすぎる。最近は晴れの日が多かったのに、今日は残念だ。いつもは暑さが抑えられてるから、あまり何も思わないのだが、今日は完全に気分を害されてマイナスに倒れこんでいた。

 それでも部活は休みにはならない。風はあまりひどくないから、プレーにはあまり支障がないと思う。それに、この程度じゃ今の俺の気分をシャットアウトするには足りなさすぎる。

 気を落とさずに、学校に向かった。




「琉生、今日なんか機嫌よくね?」

 何事もなく部活が終わった直後、啓吾がそんなことを聞いてくる。

「そうか?いつもと変わんないだろ」

「気のせいか」

「いやいや俺も感じた。気分いいというか、なんかあったろ?」

 康介も参戦する。二人とも鋭いな。そんな外には出していないと思うのだが。

 隠さないとは決めたが、なんか面と向かって言うのはやっぱ恥ずかしい。ここには他の部員四、五名いるからなおさらだ。

「今日ラーメン行く約束あるからだろ、多分」

 咄嗟にそんなことを言っていた。まあ嘘ではないし、いいか。

「へぇー、いいなラーメン」

「今日は初めてのところ行くらしいから、楽しみが漏れてたんだろ」

「昼?」

「うん。ちょっと遅い時間」

 バドミントン部と部活終わりはさほど変わらないはずだが、帰宅所要時間がかなり違う。

「ほんとにそれだけかー?」

 まだ康介が疑ってくる。そんなに疑う要素ないだろ。多分からかってるだけだな。

「・・・・・啓吾と康介打ってくだろ?じゃあ池上、俺らも打とうぜ」

 嘘を付きたくはないから、それとなく話題をそらす。そこに引っ掛かるものはいなかった。

「打ってくかー」

 既に荷物を持っていた俊介が全部下ろして、ラケットを取り出す。テニス部二年池上俊介は三番手前衛。身長は高くないけど、運動神経が良く、オールラウンダーみたいな感じ。

「ま、ラーメン前の腹空かしだな」

 午前練習後のコートは使いやすい。女テニが後に使うので、使った後にわざわざ整備しなくてもいいから。すぐ帰るつもりだったけど、時間も十分あるし打っていくとしよう。

 俊介がいつも一緒に帰っている他3人は、先に帰るようで歩いて行った。

 その三人と別れたあと、俊介が出したマイボールでラリーが始まった。




 三十分くらいたった後、俺らは帰路についた。

 ラリーした後、啓吾と康介を混ぜた試合形式もやった。今日は特別いい調子じゃなかったが、この時打ったサーブは結構いいのが打てた。

 ほぼ最後まで残った俺たちは、すぐに四人で帰路についた。

「あのスマッシュサーブ凄かったな」

 まさに俺の奇跡の一撃だ。そのあと、レシーブされた俊介の頭上のボールを思いっきり空振りして失点したが。

「今日は調子よかった」

「前衛の方が打ててたろ」

「確かに」

 康介の指摘に俊介が笑う。俺は後衛なんだが、俊介がふざけて下がるから前に行かされる。まあ楽しいから別にいいけど。自分がいつもやらない役割を担うってのは、結構楽しいものだ。

「一回正面ミスってた」

「あったなそれ」

「あんさ、啓吾それが言いたいがために俺を執拗に狙うのやめろ」

 早いボール何回も打たれたら、ミスだって出るわ。俺にボレーの技術なんてないから、早いボールをボレー一撃で決めるのは難しいし。

「ストレートもめっちゃ抜きやすかった」

「容赦ねーなほんと」

 でもま、全部が全部抜かれたわけじゃないし、俊介もカバーに入ってくれたので、結構楽しくできた。楽しければ全てよし。

「あ」

 会話の途中、正門を抜けるちょっと前のところで、俺は一人立ち止まってしまった。俺の声には気づかず、三人はさっきのプレーの批評を続けている。

 俺らの進行方向と反対に歩く人に見覚えがあった。芽衣だ。

 芽衣もこちらに気づいて、視線が絡む。でもずっと止まってるわけにはいかないので、声はかけずに手を振った。隠さないと決めた以上は、したいことをしたいままにする。

 向こう側も笑顔で手を振り返してくれた。それを確認して、また進み始める。

「げっ」

 前を向くと、こっちを見てる康介がいた。さっきの一部始終を見ていた様子。

「ちょ、何今の?」

「ん?」

「どしたの?」

 気づいていない様子の前の二人も、康介の言葉に反応して後ろを向いた。

 面倒くさいことになった。いやまあいずれはバラすことだったが、今でないで欲しかった。

「いや今、えーと、女テニの七瀬だっけ?に手振ってた」

「は?」

「どゆこと?」

「さっさと行くぞー」

 二人の疑問が解決する前にこの場を離れようと一人前に出た。早歩きで校門の外を目指す。しかしそれはすぐに食い止められて、服の後ろを捕まえられてしまった。

「お前ら付き合ってんの?」

「・・・・・早く帰らない?」

 康介の的確な状況分析。この状況で俺の切実な願いは届くわけもなく。

「まじで!?付き合ってんの!?」

 俊介が心底驚いたような大きな声でそう反応した。

「そんな素振り全然なかったじゃん」

 啓吾がいつもの淡々とした声でそう分析した。

「いつからだよ!付き合い始めたの!」

 康介が俺の首を腕で巻いて、がっちりしめてくる。四足歩行の動物と戦うときにやるやつ。俺は前かがみになりつつも、ゆっくり前に進んだ。その歩みに合わせてみんな動く。

「やめろって、ちょっと足きついから」

 部活終わりにこの体制で歩くのはちょっときつい。

「いつからだー?」

 このままじゃ終わりそうにないな。

「一昨日だよ一昨日。金曜日、放課後!」

「あああのときか」

 金曜日は一緒に帰らなかったので、すぐに納得いったようだ。

「でも加瀬好きな人いないって言ってたじゃん」

 俊介が痛いところをついてくる。

「そんなん聞かれても言えるわけないだろ」

「いや、あのときのはガチでいない反応だった」

 啓吾、なんの根拠があってそんなことを言うのか。まあ全くもってその通りなんだが、適当言ってるだけだ。この話したの二、三ヶ月前だから、馬鹿な啓吾が覚えてるわけもない。

「まあ告られた方だからな」

「じゃあ琉生は好きではないってことか?」

「「サイテー」」

 二人ハモって罵倒された。まあそう思われても仕方ないかもしれないけど、せめてハモらないでほしい。

「・・・・・まあ好きではないな確かに。何も言い返せん」

「じゃあなんで付き合うことにしたんだ?」

 まだ俺をホールドしたまま、そんなことを聞いてくる。

「ちょ、一旦離せって」

 とりあえず康介の腕から脱出する。やっと普通に歩ける。

「というか、琉生、七瀬と一年の頃接点あったか?クラス違ったし」

「ないな。あんまり」

 それは俺が聞きたいことだ。面識がないわけではなかったが、深い接点があったわけでもなかった。

「罰ゲームじゃね?」

「啓吾、そんなひどいこと言うなよ」

 そうじゃないことは絶対に言いきれる。

「で、なんで付き合うことにしたんだよ」

 勝手に話がそれてくれたと思ったのに、しっかり俊介が話を振ってくる。

「今は時間ないから」

「は?加瀬喋らずに帰れると思うなよ?」

「いやいや、俺もうあんま時間余裕ないから」

 結構長くやっていたので、集合時間まであまり時間がない。帰って着替えて準備して、ギリギリだろう。

「それで逃げれると思うなよー」

 俊介が俺の肩を組むように掴んだ。

「明日話すから」

「えー」

 どうにかこの場から逃がしてもらい、俺は無事に家に帰ることができた。明日こっぱずかしいことを話さなきゃいけないと思うと憂鬱になるな。

 でもま、ばれるよりばらすほうがいいとは思ってたから、頑張って話すとするか。

 ちょっと急ぎ足で、龍吾と亮と約束した場所へ、急ぐことにした。




「おまたせー」

 時間二分遅れて、集合場所である駅前に到着した。

「おーう」

「遅いぞ加瀬ー、罰として今日奢りなー」

「いぇーい」

 勝手に喜ばれても。

「そのペナルティ大沢だけだろ」

「なんでだよ!」

「確かに」

 俺の冗談にツッコミと肯定が飛んでくる。こういう反応は、大沢のいじられキャラの宿命だな。

「腹減ったし、さっさと行こうぜ」

 こっからラーメン屋まで少し歩く。既にもう一時過ぎて三十分が経ちそうだし、部活もあって流石にお腹が空いてる。こいつらも同じはずだ。

「そうだなー、行くかー」

「場所はこっちかな」

 今回のラーメン屋の提案者は龍吾だ。スマホで場所を確認して、先頭を歩きだした。

 事前に聞いたことによると、新しくできた自営のラーメン屋だ。新しいくせにちょっと古風な、いかにも穴場っぽいところらしい。龍吾も初めて行くところだ。

 そのラーメン屋に少しワクワクしながら、その店まで足を運んだ。




「ここだ」

「ここかぁー」

「新しい、のか?」

 着いたところはいかにもなラーメン屋だった。和風でガラガラなりそうな引き扉の入り口で、瓦の屋根の昭和の家だ。新しくできたとは思えないな。

「もともと空き家で、ここに拠点変えたって感じなんじゃない?」

「それだな」

 亮に同意だな。というかそれしかない。

「とりま入ろうぜ」

 龍吾に促されて、入りずらい雰囲気のラーメン屋に足を踏み入れた。

「こんちわー」

「おう、らっしゃい!」

 いかにもな店主が出てきよった。

「「こんにちわー」」

 俺と亮も一応挨拶しておく。

 店内を見ると、全体的に油ギッシュな感じだった。どことなくぬめっとしているというか、なんというか。

 ほかに客はいないのがちょっと気になったが、細かいことを考えても仕方がないので、とりあえず食券買って席に座った。

 三人同じ豚骨ラーメンを頼んで、出来上がるのを待った。

 亮は俺の隣でスマホを出してなにかしている。俺はこの空間にスマホを出したくなかったので、両手を顔の前で結んで正面の龍吾に視線を向けていた。

 龍吾もこっちを見ている。何か言いたげに視線を送られるがなにを言いたいのかは分からない。想像はつくが。

 しばらく無言が続いた後、龍吾が口を開けた。

「いやー、楽しみだなあ」

 なんだが芝居がかった言い方だ。

「まあ、なんかよくアニメに出てくる感じ?の店だな」

「それな!めっちゃわかる」

 スマホを触りながら亮も会話に入る。

「まさに知る人ぞ知る、って感じだよな」

「まあ、客居ないけどな。穴場だからか」

 正直、他客なしの会話筒抜け状態で、この店のことはあまり話したくないな。

「昼間はな。夜とかめっちゃきそうじゃん」

「確かに!こういうところは夕方からでしょ。サラリーマンとかね」

 薄暗いのが似合いそうな店だな。

「まあ、出来上がるの気長に待つか」

 どうにか話題を終わらせたくて、そう締めくくる。

 だが、それは間違いだった。

「亮さ、そろそろ彼女作れよ」

 まさかの恋愛。終わった。

 ちなみに、龍吾はからかうときとか、ふざけるときとかしか『亮君』と呼ばない。

「いや無理だよー」

 器はいいんだけどな。運動も出来て顔も良くてリア充気質。モテ要素満載だ。

「好きな人はいるっしょ」

「いや・・・・・いるけどさぁ」

 この反応は、以前に交換条件持ちかけられて、吐かされたことがあるやつだな。

「じゃあ告れよ」

「無理だよ、そんなの」

「チキンだってそれは」

 何回も付き合った経験のある龍吾からしたらそうかも。まあ告ったことがあるかは定かではないが。

「チキンでいいよチキンで」

「俺は全然いけると思うぞ、大沢は」

 一応聞く専になっていたのでフォローを入れておく。

「まじでー?」

「ほら、加瀬のお墨付き貰ったんだし。男みせるとこだぞ!」

「んなこと言われてもなー。そういう加瀬はどうなんだよ」

 げっ。ここで反撃が来るとは思わなかった。何も言わずに会話眺めておけば。

 ここはせめてもの抵抗を。

「・・・・・谷口って大沢の好きな人知ってんの?」

「いや、うちのクラスってだけ聞いてる」

「ちょ、言うなよ龍吾!」

「いいだろ別にそんくらい。俺誰にも言わんし」

 俺は口が堅いほうだ。まあただ、面白いことは話さなきゃ勿体ないって持論は持ってる。

「それはそうとさ、さっき加瀬話そ」

「はい豚骨三丁」

 ナイスタイミングでラーメン来たな。机の上にラーメンが三つ置かれる。

「よっしゃー、食べよー」

「腹減ったー」

「流石に俺も」

 すぐさま箸をとって、手を合わせる。

「じゃ、いただきます」

「「いただきまーす」」

 俺に続いて二人も手を合わせた。三人同時にラーメンをすする。

「「「・・・・・・・」」」

 一口目で三人が固まった。何もしゃべらず、なんとなく目を合わせる。

「なんだぁ?固まっちって」

 他の客がいないからか、店主が俺らの前で反応を見ている。頭にタオルを巻いた絵にかいたようなラーメン店主だ。

 この時間停止を破ったのは、龍吾だった。

「・・・・・・・ま」

「微妙」

 龍吾が店主の目の前で「まずい」と言おうとしたのを察して、どうにか食い止めた。少しはオブラートに包めよ。

「まあ、うん」

 亮もすんなり同意した。なんだこの誰も幸せにならないラーメンは。

「まあまあ。遠慮しねえでいいよ、子供なんだから」

「・・・・・そですか」

 この店主は自分のラーメン食ったことあんのかっていう疑問がよぎる。そんくらいの味。

「参考までに、子供の正直な感想聞かせてくれよ」

「それは・・・・・」

 亮が遠慮する。そりゃ正直に言いたくはない。それをすると、ちょっとひどいことになる。

 だけど、そんなことを好む人間がこの場に一人いる。

「ほんとにいっすか?」

「おう、どんとこいだ!」

「じゃあ」

 龍吾が俺に視線で合図する。俺にも言えと?亮は心優しいから無理だとして、俺なら行けると?

 確認を取る前に、龍吾が一度息を吸った。まあ・・・・・付き合ってやるか。

「まずい」

「臭い」

「気持ち悪い」

「麵がねちょねちょ」

「チャーシュー食うと吐き気する」

「だし卵がゆで卵」

「スープまずいせいで全部まずい」

「水がないと食えない」

「逆に食えないほどじゃないのがたち悪い」

「量が多いのがうざい」

 龍吾、俺、龍吾、俺の順で、ぼろくそ言った。

 遠慮して何も言わないのは、逆に不親切だ。正直言ってこのまずさを改善する機会を与えるのが本当の親切だ。断じて、このまずさに腹が立ったとか、なんか面白そうだとかは思っていない。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 誰も何も言わない。いや、言えない空気になってしまった。店主も何も言わずに立ち尽くしている。表情を見たいけど、見えない。首まげて顔とか見れる感じじゃないしな。

 さっさと帰りたい。そう思い、俺はこのラーメンを食べ始めた。それに合わせて残りの二人も無言で食べる。そのうち店主は下がっていった。

 結構な速さで水とラーメンは減っていき、数分で熱々のラーメンを食べ終えた。お腹には妙に水分の気配を感じるが、気にせずスッと店を出た。そこまで、誰も何も話さなかった。




「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・なあ」

 二人が話始める気配はなかったので、俺から口を開けた。

「・・・・・ん?」

「・・・・・俺、付き合うことになりました」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 なんだかここでラーメンの話題に戻ると、きっとろくでもない気分になる。だから、あえて話題を思いっきり逸らした。

 どうせすぐばれることだ。明日になれば。だから、ここで言っておいたほうが、明日クラスの大人数が知ったとき、二人分衝撃が弱くなる。

 さっきまでの沈黙が影響してか、俺が電撃発表しても反応が薄かった。

「・・・・・・・付き合うって、どこへ?」

 亮がそんなことを聞いてくる。ラーメン食う前の話からして、その勘違いはないだろ。

「・・・・・えっと、未来?」

「えまじで!?」

 龍吾がめっちゃ食いつく話だ。正直、明日龍吾に教室でいじられまくるのが一番嫌だったから、ここで話せるのは結構大きい。

「ああ、そっち!?まじでか、だれだれ!?」

 亮もすぐに理解して、そう聞いてくる。

「七瀬」

 真顔を徹底して維持して、そう答える。ここで反応したら面倒なことになる。この会話を面白くない展開にするのがベスト。

「まじか!!七瀬!」

「好きだったのかよ!」

「まあ、そういうわけじゃ」

「仲いいわけじゃなかったよな?」

「接点はどこだよ」

 予想どおり質問攻め。恐らくこれから、散々話すことになるのだろうな。まあ、周りのテンションを取り戻せたし、良しとするか。

 恥ずかしい思いをすると覚悟しつつも、逃げだせるわけもない。俺はこれからゲームしようと提案して、騒がしいであろうゲーセンに向かうことにした。

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