表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

3話 モーニングコール

 人生の分岐点とも言える金曜日を超えて、今週の疲れを癒す休日がやってきた。その始まりはいきなり六時からだ。

 今日の部活は午後から。いつもだったら八時まで寝てるのだが、今日は朝早くにやりたいことがあった。

『おはよう、七瀬さん』

 起きてすぐに連絡を入れた。時間もうちょっと待ったほうが良かったかもしれないが、どんな朝を過ごしているのか知らないので、余裕のある時間に送っておくべきだと思った。

 返信を待つのと同時に、いつものルーティーンを終わらす。コーヒーを片手に部屋に戻ったところで、返信があった。

『おはよう、加瀬君』

 着信を確認して、ルームを開いたと同時にもう一つ。

『初めてのメッセージ、嬉しい』

『ちょっとやってみたかった』

 いかにも付き合ってるっぽい。

『朝早いけど、いつもこの時間に起きてるの?』

『これだけのために早く起きた』

 ここは正直に答えておく。女子テニス部だから俺が部活午後からなのは知っているはずで、この時間に起きてるのはちょっと不自然だ。相当健康な人ということになってしまう。

 ちょっとだけ長く間があいた後に、返信が来る。

『嬉しい。ありがと』

 てっきり『ごめん』って言うと思った。芽衣は結構気を遣う人だと思ったから。自分のせいで俺に朝早く起こさせてしまったと、それを謝ると思った。

 だから、こういう反応をしてくれたことに、ちょっと俺も嬉しくなった。

『こちらこそ。朝大変だよね、要件はないから』

『あのさ』

 導入から入ったので、コーヒーを飲みながら次のメッセージを待つ。

『なんでもない。ありがとね、やる気出た』

 そんな言葉が返ってきた。

 別に何か言いかけてやめたのなら、それを詮索したりはしない。代わりに、少しわがままになってみよう。

『じゃあさ、明日は七瀬さんが起こしてくれない?俺を』

 少し間を置いた後返信が来た。

『うん、もちろんっ!』

 さらにもう一押ししてみる。

『通話、お願いしてもいいかな?多分メッセじゃ起きないし』

 流石にピロリンじゃ、起きれる自信がない。

 またまた少しの間が空く。そして、ちょっと長い返信が来た。

『うん!絶対起こすよ。時間ぴったりに起こすから。六時でいいかな?』

 予想外のやる気だ。これは一時間前から起きて待機とかしそうでちょっと困る。

『それでいいけど。あの、直前に起きてね?』

『あ、うん、そうする』

 朝一に通話とか、寝起きで声とかやばいかも。今になってそれに気づいてしまった。俺が早く起きようかな。

『じゃあまた。部活頑張って!』

『うん!そっちも!』

 そのメッセージを最後に見て、俺はスマホを閉じた。早起きして眠いはずなのに、一日をいい気分で始められた。




 気持ちのいいスタートを切った土曜日の午後練は、調子のいいプレーが出来た。と言っても、ミスが少なかった程度だが。

 午後練が終われば、その後はあっという間に土曜日が過ぎ、日曜日に。

 その日曜日は、いつもとは違った感じで起きることになった。

 ♪ーーー

 着信音。いつものアラームとは違う音。一瞬鬱陶しいと思った後、意識が覚醒して身体を起こした。

 もう何回かコールを鳴らしてしまったので、慌ててその着信に出た。

「もしもし」

「もしもし、加瀬君おはよう」

「ふぁー、おはよう、七瀬さん」

 寝ぼけた声で、挨拶を交わした。寝起きじゃ、格好がつかない。

「眠い?」

「眠い。いつものことだけどね」

 スマホを耳に当てたまま、ベッドから立ち上がった。そのままリビングに出る。

 もう一度、ちょっと長いあくびをスマホに気にしながらすると、電話の先でちょっとした笑い声が聞こえた。

「ん?」

「ちゃんと寝起きだって思って」

「まあ寝起きだし」

 顔を洗いながら、芽衣の声を聞く。

「あのさ・・・・・このまま部屋出てもいいの?」

 水で目を覚まさせて、タオルで顔を拭きながら、「ん?」と答える。少しなんのことか考えた後、言いたいことが分かった。

「いや、そのさ」

「ああ、部屋出ても大丈夫なのかってことね。大丈夫、まだ誰も起きてないから」

「そう、なんだ」

「まあ流石に俺も親にばれるのは避けるよ」

 俺の場合、父さんだけだしあまり問題にはならないけど。からかってくるのがうざいから、こっちから言う事はなにもない。

「そっか。恥ずかしいよね、なんか」

「まあ、そだね」

 モーニングコーヒーの準備をする。朝はこの一杯がないと始まらない。

「朝いつも一人なの?」

「うん。コーヒーも朝食も自分で」

「なんか大人だね」

「そんなこと・・・・・いやまあ、ちょっとはそうかな」

 俺は今は親が一人になってしまったから、自分でやらなくちゃいけないことが増えた。そう考えると、普通の中学生よりは幾分か大人だと思う。

「朝は家の人早いから」

「そうなんだー。朝食って料理とかするの?」

「朝は適当に済ますけど、夕ご飯は作るよ」

「すごい!料理も出来るなんて」

 そんな尊敬されることでもないと思うけど。料理なんてレシピ通りやれば失敗しない。

「簡単なものだけだよ。七瀬さんは料理できる?」

 なんとなく聞いてみる。

「まあ、ちょっとくらいなら」

「そう。じゃ、今度食べさせてよ、七瀬さんの料理」

 凄い彼氏彼女っぽいイベント。

「あんまりすごいのは作れないよ?」

「いいよ、そんなの。七瀬さんが作るのに意味があるんだから」

「・・・・・うん。じゃあ今度」

「うん」

 メニューのバリエーションが少ない俺からすれば、俺の知らない料理を教えて欲しいな。

 ここで一回沈黙が訪れる。話がひと段落ついて、出来たコーヒーを一口飲む。コーヒーはマグカップに口をつけて、湯気を感じながら少しずつ飲むのがおすすめ。

「あの、さ」

「ん?」

 マグカップから口を離して返事をする。

「いや・・・・・その・・・・・」

 なんだかすぐに話し出さない。言いずらい事なのかな。

「その・・・・・かた」

「・・・・・ん?」

 流石に何が言いたいのか分かりかねるな。かた?

「・・・・・呼び方、なんだけど」

「ああ、呼び方か」

 呼び方ね。確かにちょっと言いずらい?かも。

「苗字にさん付けなんだって思って。加瀬君って他の女子呼び捨てだったから」

 確かに、石野、神谷、真島って呼び捨てで呼んでるな。多分さん付けのほうが少ない。

「俺大体そうするから、なんか違うほうが自分的にいいかなって思ってたんだけど」

「そうなんだ。まあ、加瀬君がそう思うならそれで」

 でも確かに、考えてみれば少し他人行儀な気もするな。恋人にしては一番違和感のある呼び方かもだ。

「・・・・・芽衣さん」

「ッ!?」

 電話越しでも、びっくりしてるのが分かる。

「じゃあ芽衣さんって呼ぶよ」

「いいの?」

「嫌って言っても戻さないことにする」

 嫌じゃないだろうし。そもそも変えてほしいから、この話題を振ったんだと思う。

「・・・・・うん。ありがと」

 ちょっと声量が下がりながらも、そう言った。

 ただ、俺だけ変えてもフェアじゃない。

「琉生君」

「あ」

 俺から振ろうと思ったのに、先に言われてしまった。

「・・・・・私は、琉生君って呼ぶね」

「俺から言わせようと思ったのに」

「そう呼びたかったの。なんか、すごくそれっぽいね」

「最初はぽいことしたくなるよね」

 まあ、ぽいだけじゃないから、そういう空気が流れるのは当たり前なんだが。

 でもまだ付き合って間もないのに、展開は吹っ飛ばしてる気がする。俺も芽衣も形から入るタイプかもしれない。

「芽衣さん、人前で俺のこと呼べるの?」

「よ、呼べるよ。・・・・・多分」

「多分、ね」

「か、琉生君は呼べるの?」

 慌てた様子でそう聞いてくる。加瀬って言いかけたし、まだ馴染まないか。

「みんなの前じゃ、芽衣って呼んじゃうかも」

「よ、呼び捨てっ!?」

「いやだって、みんなそうだからさ」

 みんなを苗字呼び捨てで呼ぶ中、一人だけ名前さん付けは俺からしたら少し違和感、周りからしたら大きな違和感だ。

「か、隠さないって決めたもん。だから、みんなの前でもいつも通りにする!」

「そうだね」

 そのおかしな決意表明に少し笑ってしまった。けど、なんかやるぞーって感じで頑張る意思が感じられて、それはいつも通りじゃないんじゃないだろうか。

 まあ、最初はそうでも、慣れていくうちに自然になっていくだろう。

 コーヒーが半分になったところで、トーストを焼き始める。今日はトーストとバターで軽く食べる。

「あ、朝大変だよね?」

「いんや、別に。特にすることはないし、することは喋りながらしてるし」

「そっか。このせいで遅刻とかしないでよ?」

「そんな間抜けやらかさないって」

 そのあと、少しどうでもいい話を話して、俺が朝食を食べ始めるタイミングで、向こうも朝食があるのでお開きにして通話を切った。朝から三十分くらい通話しちゃって、会話したせいか、なんだかもう起きてから数時間たったみたいに、身体の調子が良かった。

 今日は色々話せてよかった。芽衣のことを少しでも知れた気がする。多分、これからも少しずつお互いのことを知っていって、知られていって、そんな風に二人で時間を過ごすのだと思う。その時間を楽しんで、相手のことを把握して、自分の真意を見つけるのだと思う。

 これから訪れるであろう経験が、今から楽しみになった。

 今日は早くから体を動かそうと思い、速攻で準備をして早い時間帯に学校へ出向いていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ