20話 楽しいだけじゃない遊園地!
墓参りを終えてより、一日空けて。
お盆休みは全部で四日。一日中休める日だというのに、初日は思った以上に疲労してしまった。なので、その次の日の十五は家でまったりだ。
芽衣と会いたかったけど、芽衣は家の用事で夜までこっちにいなかった。残念だ。
だけどまあ仕方ないし、別にいい。なぜなら、昨日は・・・・・・・いや。
そして今日。十六日は早めに目を覚ました。その理由は言うまでもなく。
「やっと着いた、ゆーえんちだー!」
「「「おー!」」」
みんなで遊園地へと足を運ぶからだ。
「来たなー、遠かったなー」
「暑い」
「だね。でも迷わず来れてよかったね」
「そだよね!琉生いてくれてよかった、慣れてるもんね!」
「スマホありゃ分かんだろ普通」
超絶便利なスマホの地図機能と電車のアプリを駆使すれば、どこにだって迷わず行ける。ほんと、便利な世の中だ。
今日のメンバーは亮、洋平、那奈、由香里、芽衣、そして俺。吹部のメンバーを除いた感じだ。
吹部も休みっちゃあ休みなんだが、休みは二日、明日からもう部活だ。遠出は体力的に勘弁らしい。大変そうで頭上がらないな。
「雨降らなくてよかったね」
「そうだけど、出来れば曇ってほしかった」
しっかり太陽が仕事をしていて、日差しがきつい。
「暑いの苦手だもんね。水分気を付けてね」
「自分ものくせに」
「琉生君ほどじゃないよ、多分」
「そう?」
まあ俺は結構な暑さ嫌いって自負してるから、そうかもしれないな。体質的に芽衣のほうが弱そうなのは否めないけど。
「あのさ、加瀬」
「ん?」
一歩下がって俺と芽衣の会話を眺めてた亮がゆっくり話しかける。
「お前さ、七瀬さんと二人でこなくて良かったの?」
「確かに」
那奈も同意する。付き合ってるなら確かに遊園地はデートイベントか。
「いや、みんなできたほうが楽しい。ほら、さっさと行こう」
ここまで来るのにかなりの労力があったし、こんな暑い中デートだったら芽衣から持ち出されない限り、俺は行かない。楽しそうだけど、暑さ諸々含めた面倒くさいが勝つ。
「そうだな、行こうぜ!」
会話の流れで先頭を歩いてしまったが、ちゃんと亮が追いついてくれた。
そのままチケット売り場まで直行した。
「さて、最初はどこ行こうか!」
「さすがに混んでるな」
「そだねー」
今日はなわけで、かなりの数の人が右往左往している。早い時間だからまだマシかもしれない。
アトラクション乗るのにも時間がかかるかも。急いだ方がいいか。
「最初はジェットでしょ、大沢!」
「やっぱそだよな!よし行こー」
「やっぱそうなるよな」
亮と那奈の会話に隠れるように小声で呟いた。
ここには絶叫系のコースターが多数ある。それに乗ってきたと言っても過言ではない。
行先は速攻で決まり、そこにも秒でたどり着いた。その列の最後尾に並ぶ。
その途中で、俺はアクションに出た。
「よーうへっ!一緒に乗ろう?」
「えっ、俺」
「うん、洋平」
洋平の腕を掴んで捕まえた。この筋肉に守られたい。
「ちょっと、琉生が洋平と組んだらこっちどうするのよ」
「お前らうるさいんだから一緒に乗っとけよ」
当然の問題に完璧な解決策を提示した。
「はあ?ふざけんなよ」
「そうだよ、なんで大沢なんかと!」
「石野、それは俺に失礼だろ」
これも予想通りで当然の反応だな。ああもう、騒がしい。
「それに!芽衣が洋平に負けて悲しんでるよ!」
「え!?い、いや、私は別に」
遠巻きに見てた芽衣にも火の粉が飛んだ。ここまで来たらもう仕方ない。
「・・・・・冗談だよ、芽衣さんと乗るよもちろん」
変な追求が来る前に俺が引き下がった。元々無理なことは分かってたし、ちょっとした雑談だな。
「大沢となんて、悪い冗談だよ、琉生」
「なんか今日俺に厳しくない!?」
それは主に那奈だけだ。
「お前嫌われてんのか。モテると思ってたのに」
「嫌われてんの、俺!?まあモテはしないけどさ!」
「いやさ、近づきすぎると大沢のファンに燃やされるからさー」
「俺のファン邪龍かなんかなの。ファンいないけどね!?」
「いや、人じゃない?言うでしょ、類友って」
洋平が的確な分析。大沢突っ込みが大変そうだ。
「バーサーカーじゃん。俺そんなんじゃない、でしょ?」
一瞬俺に目を向けたが、仲間にならなそうと判断されて、他に助けを求めた。失礼だな、そして流石だ。ちょっと残念。
それで助けを求めたのは由香里だ。
「ちょっとは自重して欲しい。私達まで被害来そうだから」
そして容赦ないのな。
「ねね」
俺の隣の芽衣が小声で俺に尋ねる。
「大沢くんっていつもこうなの?」
「まあ大体」
確かにそこの接点は薄い。前よりは全然あるだろうけど。
「そっ、」
「七瀬は!?俺ふつーだよな?」
「へっ!?え、っとー」
そのままゆっくり目を逸らしてしまった。多分、無自覚だな。
「なんで俺の味方いないんだよ!」
「芽衣さんそれ一番きつい反応」
「え!?そうなのごめん」
まあ最後に聞かれる人のする行動としては正解だけどな。
「おい大沢。俺はまだ答え出してないぞ」
「聞かんでも分かるし」
「そういうとこだぞ大沢」
俺だけ仲間はずれとか。
「やっぱなんか今日特別俺に酷いよなみんな」
「はいはいどんまい」
「なんか加瀬雑談!」
「それより、列来たぞ」
気づけば次に乗る順番だ。大沢をいじってれば時間は倍速で進むな。
「よし、洋平乗ろうぜ」
「一番前?結構怖そうだな」
「前に一組いるし、大丈夫だろ。俺と芽衣さん後ろ行くから、石野と神谷先どうぞ」
「えー、私たち後ろで見てるよー、二人のこと」
石野がそんなことを言ってくる。果たしてそんな余裕があるのかどうか。
「いいから」
「はーい」
順番は決まり、俺は芽衣の隣。元々口数少ない芽衣だが、見た感じ取り乱している気配はない、か。
しばらくしてコースターが戻ってくる。カラカラ鳴りながら動いて目の前で停車、皆それぞれの感想を浮かべながらその場を去っていく。
そして自分らの番。
スタッフの指示に忠実に従って、しっかりと安全を確保していく。最後にスタッフさんのチェックが入って、準備は完了。
「琉生君、大丈夫?」
「え、何が」
「いや、気のせいならいいんだけど。なんか口数少ないかなって」
「・・・・・俺さ、遊園地最後に来たの、小さい頃だったんだよね」
あんまり記憶にもないが、恐らく幼稚園の頃だったと思う。遊園地なんてそんなに行くところでもないし、小学校卒業したときも行かなかった。
「でさ、俺そのときのジェットコースターめっちゃ怖がって」
「そうなの?あんまりそういう感じじゃなかったけど」
「それは、その時は小さかったから怖がってただけだと思ってた。けどさ」
正直、こうなる予感がしてたから洋平の隣で乗ってたかった。芽衣の隣で、こんな絶望的な気分にはなりたくなかった。
芽衣と二人でデートするのを避けたもう一つの理由。
・・・・・絶叫系の苦手意識。
「・・・・・これ、やばいかも」
「だ、大丈夫?」
「じゃ、ないかも」
カチカチとゆっくり上がってくコースター。身体が斜めになって、背もたれに身体を押さえつけられている感覚。自分の視野の空の面積が広くなっていく。
・・・・・怖い。
興味本位で下を覗けば、きっともっとやばい。意識的に顔を上げる。無意識的に唾を飲む。身体の体温が引いていって、夏の空気がなくなっていく。
「琉生君」
「・・・・・ん?」
「手、握ろっか」
芽衣が心配してくれている。気を遣ってくれている。嬉しい。
「いや、そっちに気を回す余裕ない。握りつぶしちゃいそう」
「あ、そう」
正直な感想だ。力をセーブできないかもしれないし、レバー握らないと死ぬ可能性あるだろ、これ。
ああ、やばい。そろそろ落ちる、死ぬ。
歯を食いしばる。口開けると舌切れて死ぬし。
あーーーー、来る!!
「は?」
魂、抜けた?
「うおっ!!」
ーーーーーーッ。
身体に浮遊感!俺だけその場に取り残されたような感覚が一瞬俺を支配し、そのあと豪風が俺の身体に打ち付けられた。
凄い圧力。目まぐるしく移り変わる風景に、
「うわっ!!」
落ちる落ちる落ちるって!!
「ちょっ!!」
・・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ。
あのくいってコースターごと曲げてくるやつやべえよマジ。死ぬわ、死ぬ。普通に落ちる。
今はグルグル回るとこ。ここは結構楽な感じだ。
「はぁ、うっ!」
上下に揺さぶられる。これはもう割と慣れた。
でもっ!
曲げられるやつは慣れないっ!しーぬーー・・・・・。
そしてどうにか、頭の中を空っぽにして無我の境地を意識して。地獄のジェットコースターを乗り越えた。
「大丈夫?琉生君」
「ああ・・・・・うん」
頭がいてえ。視界がぐらぐらする。テレビを長時間見続けたときみたいな。
「加瀬、こういうの駄目だったん、だね」
「由香里もなんだね」
「少しね」
「俺も、少しだ」
頭を振って、どうにかくらくらな気分を払おうとする。そううまくは行かないけど。
「少しじゃないだろ」
何を言う大沢。少しだ少し。頭は痛いが気持ち悪いとか、吐き気はない。ちょっと久しぶり過ぎてびっくりしただけ、うん。今の状態じゃあ言葉には、出ないけど。
「加瀬が苦手なの珍しいな」
「最後らへんは、まあ楽しかった、ぞ」
ちょっと迷いながらも洋平にグッドサインを送る。まあ、かなり盛ってはいるが嘘では、ない。と思う。
少し落ち着いてきた。まあもとより冷静ではいたけど。
「じゃあ次!行こうか!」
「また絶叫系だな」
「そうだな、そうしよう」
「え?」
大沢の言葉に当然のようにそう返事する。
「ちょっとは反論してくんないと良心が痛むんだけど」
「言い出したのはお前だ。そのあってないような良心の軋みを感じながらアトラクション楽しむんだな」
「な!?まさかなカウンターを食らうとは、思ってなかった!」
「さっきの乗る前もそうだけど、なんでそんなに余裕そうなの加瀬」
由香里に指摘されて、確かにと思った。自分らしさを自分で演出してたのか。俺がキャラを計算して演出してるってのは、自分でもたまに思う。
でも、それもきっと言い訳。それに逃げるのは良くないので、大人しく観念するか。
「精一杯の、見栄、だな」
そう言って、止まっていた足を再び動かし始めた。次の地獄を話し合いながら。
その後もかなり、やばかった。
一つ目はまたコースターで、回転しまくりのグルグル地獄だった。流石の俺も、酔ってリバースが危うかった。
二つ目は空中ブランコ。回転グルグル地獄だった。なんでこう、遊園地は回転が好きなんだ。途中からは目も開けられなくなっていた。徹夜明けの授業のほうがまだ目が開くわ。
散々だった。自分で思っていた以上に絶叫系だめかもしれん。今日ほど百二十センチに戻りたいと思った日はないな。定年退職を迎えたいと思った日も。
終わったころにはへとへとだった。ベンチに腰を下ろして、下を向く。
「流石にキツイ。死ぬ」
「流石に本当にきつそうだねー、吐かないでね琉生」
「空中ブランコやばかったからなー」
「大丈夫琉生君?」
みんな割と平気そうで。流石だな、不甲斐ない。
「大丈夫、だけど、大丈夫じゃない」
「どっちだよ」
「私は割と慣れた。感覚取り戻した感じ?」
確かに由香里は平然としている、ように見える。全く平気というわけじゃなさそうだけど、確かに慣れたらしい。
「俺はもう駄目だ。俺を置いて行ってくれ」
「じゃあお昼にするか。時間ちょうどいいしさ」
「いや、すぐ食ったら全部出る」
「まじか」
三半規管もかなり酷使している。多分喉を通らないし、通っても胃液ともに逆流してくるだけだ。
「数十分後には調子取り戻すから、行ってきてくれ」
「琉生、あれでしょ。乗る絶叫系一つでも減らしたいだけでしょ」
ばれたか。
「うぃんうぃんな関係だろ。こっちは減らしたい、そっちは時間を無駄にしたくない」
残念ながら、今は言い訳を言うにも勢いが出ない。
「私、琉生君見てるよ。ほっとけないし」
「そう?じゃあまあ行くか。そういうなら」
芽衣がいてくれるのは素直に嬉しいけど、平気そうなのに一緒に待ってもらうのは忍びないな。俺のことは放置でいいのに。
「七瀬さん、良ければその役変わってくんない?」
「え?」
そう声をかけたのは洋平だ。
「俺もちょっと、きつくて」
「だからさっきから洋平喋んなかったんだ!?」
まさかの洋平が仲間だったとは。最初のは結構余裕そうだったのに。
「お邪魔かな?」
「いんや。芽衣さん平気なら行ってきてよ」
「・・・・・うん、分かった」
快く、そう言ってくれた。気遣われることがどんな気持ちになるか、理解してくれている。出来るだけ気を遣うことも、遣われることもない方がいい。
「待って、俺男子一人なの?流石に気まずいんだけど」
「良かったな、両手に花だぞ。芽衣さんは上げないけど」
「ちょっと!大沢の花は、私たちも遠慮したいんだけど!」
那奈の言葉に由香里も深く頷く。やっぱり今日はそういう日なのか。
「ちょっとは気を遣ってね!?というか、洋平たち残るなら、俺も」
「偶数のほうがちょうどいいだろ」
「でもさ」
「それに。女子だけで行かせて、万が一俺の芽衣さんがナンパされたらどうする」
「る、琉生君、真顔でそういうのは、ちょっと・・・・・」
駄目押しの一発で芽衣にダメージが行ってしまった。赤くなった顔を両手で覆っている。
「いきなりいちゃつくのやめれー。それに、それ私たちはどうでもいいって聞こえるんだけど!」
そんなイベント十中八九起こるわけがないし、本当に心配してるわけじゃない。ただ、亮を行かせた方がなんか面白いから言ってるだけ。
「そんなの起こるわけ、」
「はよいけ。しっしっ」
面倒くさいので強引に話を切る。
「やっぱ扱い悪すぎ!?」
「まあそうだね。はよ行こー!ほら、大沢」
「・・・・・分かったよ、全くもう」
観念したようで、とぼとぼ先頭を歩いて行った。大沢のコミュ力ならどうとでもなるだろうに、何がそんなに億劫なのか。
「またあとでね、琉生君」
「行ってらっしゃい、芽衣さん」
手を振り合って、とりあえずの別れを済ませた。でも、隣で洋平がいる中でこういうことをするのは、やっぱり少し恥ずかしい。洋平だからってのもある。
「ラブラブだねー」
「・・・・・・・まね。俺優男だからね」
意外だった。洋平はあんまりからかってこないから恥ずかしかったんだけど。そういうこと言ってくれると冗談が言えるからありがたい。
「大人だなぁ」
「どうした洋平。恋愛がらみの悩み事か?」
なんかいつもと違うような。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「けど?」
「なんかすごく遠くの存在になったって思ってさ」
「・・・・・・・こっちのセリフだ、スポーツマン」
「そうかな?」
大会で結果も出してる次期部長がよく言うな。俺みたいな運動も出来ない勉強も出来ない長所の上げられない人間相手に・・・・・。
「・・・・・俺には何もないからな」
「え?」
「いや、その運動神経の欠片でも分けて欲しいくらい」
「加瀬運動できるじゃん。球技なんか俺よりよっぽど」
「中の下程度な」
分かっている。才能、というにはあまりにも知らなさすぎる。その人のことを。
洋平は自分でその分野、陸上という種目に挑戦して、努力して結果を掴んだ。覚悟を決めて自分で選んで努力をしなかった俺には、羨む資格すらない。
それを俺は分かっている。だからこそ・・・・・自分が空虚に感じてしまう。
いまさらその空虚に思うところはない。もう乗り越えた。割り切った。諦めた。
嫉妬も希望もなく、ただ自分は無難に生きると、そう決めた。正確には、一時的に。縛りではないからな。
「あ、そうだ」
「ん?」
「これ」
バッグを漁って何かを取り出したかと思えば、俺に差し出してきた。
何かと目を向けると、それはキャラクターのリーフレットだった。しかも俺の割と好きなやつの。
「おお、これ!すごい、当たったんだ」
ラノベ、漫画、グッズの専門店で特典で配られてるもので、確か数種類の中からランダムで入れられるやつだ。全部が全部知ってるわけじゃないから、結構シビア。
「うん。あげるよ、誕生日プレセント」
「まじ?やった、せんきゅ!」
これは普通に嬉しい。こういうのは普通その時限りの非売品だし、狙って当てるとなるとちょっと厳しい。こういうのはあくまで当たったらいいな、くらいで貰うものであって、狙うものでもないし。
「そういえば、昨日七瀬さんと祝ったの?」
「あー」
俺の誕生日は八月十五日。今日は十六で一日過ぎているのだ。
「・・・・・うん。それがさ・・・・・・・」
少しためらったけど、洋平になら別にいいか。暇だし、時間潰しにはちょうどいい。心情的には話したい感じのことだし。
というわけで、少し時間をかけて、昨日の嬉しかったことについて、洋平に聞いてもらった。