13話 食事会(2)
いつもよりちょっと賑やかな食事は割と早く終わった。遅めの夕食でお腹が空いていたからだろう。
料理で全く手伝わなかった分、片づけをすることにした。いつも通り食器を手際よく洗っていく。いつもより使った食器が多いことがちょっとおかしく思える。
「手伝うよ、琉生君」
「ん?じゃあ拭いてくれない。えっと・・・はい」
タオルを手渡す。それを受け取って、俺の隣で濡れた食器を丁寧に拭いていく。
「私は・・・・・することないですね」
「うん、葵さんは休んでていいよ」
三人いても邪魔になるだけだし。ここは年上が働くべきだ。
「あの、聞いてもいいですか?」
「どっちに?」
「どっちもです。お二人はどうやって付き合ったんですか」
あ、そう言う事か。いかにも中学生っぽい。
「それは」
「私が・・・・・告白したの」
「芽衣さんそんなに照れなくても」
少し顔を赤くして俯いた。今更だと思うんだが。
「へぇー、芽衣さん凄いです!」
目を輝かせて言った。なんだか楽しそうだ。
「そ、そうかなぁ」
「はい!だって普通そんな勇気ないです」
「直接してきたからね」
「え、本当ですか!?すごい・・・・・」
それは俺も思った。実際満身創痍っぽかったけど、それを実行できる人は相違ないと思う。俺も無理だ。
「だって・・・・・・・好きだったから」
それ言うのは俺も照れるからやめて欲しい。動く手を少し早める。
「そうですかっ」
両手を口元に当てて、葵も少し照れているようだ。
「「「・・・・・・・」」」
少しの沈黙が流れる。が、すぐにまた葵が口を開けた。
「あの、お二人はどこで知り合ったんですか?」
「ん。それは・・・・・いや、同じクラスになったのは二年からだけど」
正直俺も知らない。どうして芽衣に告白されたのか。一年の頃はあまり繋がりがなかったはずだ。特別記憶に残ることも俺にはない。
「芽衣さん、俺もファーストコンタクトにあまり覚えがないんだけど」
「そうなの?琉生君にとっては普通のことだったのかもね」
「琉生さん」
葵が呆れたような声を出した。割と遠慮ないんだよな。
「面目ない」
「ううん、大丈夫だよ。えっとね、去年の六月くらいだったかな」
それは、私が部活に慣れてきた時の頃の話。その日の天気は曇っていた。
ジャージを上下着て、少し肌寒い日。それなのに、私は凄い量の汗をかいていた。
「どうしよ・・・・・」
一人ぼっちの部室で、膝を抱えて蹲っていた。
怖い。どうしよ。動きたくない、出たくない。負の感情が渦巻いて、自分が追い詰められてるような気がして。心臓が激しく脈打って。
憂鬱と後悔が自分の中を駆け回って、私はパニックになっていた。
泣いていた。
ガラッ
「ッ!」
だ、誰かが入ってきた!中途半端に開いていた扉が完全に開けられる。
入って来たのは男子。大きなあくびをしながら私のいる部屋に足を踏み入れた。
「ん?」
私に気づいて足を止めた。泣いているところを見られて、何を思われただろうか。彼は硬直して、私を一瞥する。
見られちゃいけないところを見られたような、そんな気分だった。どうにか泣き止んで、ちゃんと説明しないと。
「ち、違うのこれはっ、だ、大丈夫だから・・・・・無視して・・・・・」
だけどすぐには収まるわけもなく、震えた声で最後は音が消えてった。一度鼻をすすっても、声が出せなかった。
「・・・・・・・ああ、なるほど」
「え?」
「壊しちゃったのか、それ」
彼が私に近づいて、腰を下げた。視線の高さを合わせて、手を伸ばしてくる。
「えっと、」
「ああ、しかも陸上部のか」
私の手から壊れたタイマーを取って、そう言った。
「う、うん。踏んじゃって」
「ふーん」
部活には慣れて来たけど、怒られたことは一度もない。道具を壊したらどれだけ怒られるのか。しかも他の部活から借りたもの。
怖い。みっともない。情けない。
・・・・・嫌だなぁ。
「はぁ、仕方ないな」
「え?ちょっとそれっ」
彼が動いた。壊れたタイマーを持って、そのまま部室を出ようとする。
「いいよ。今回は」
肩代わりしてくれようとしている。知り合いでもない私をかばってくれようと。
「で、でもっ」
「そもそもこれ床に置いたやつが悪いし。絶対俺らの誰かだし」
でも、不注意で壊したのは私。悪いのは完全に私だ。誰かが代わりに怒られるなんて。
「これ借りてんのは俺ら男子で、その道具の管理責任を問われるのも俺ら。君が気に病むこと一切ないから」
「そんなの、そんなわけ・・・・・ないよ」
ちゃんと部室にあったものだ。管理が特別悪かったわけでもない。そんなの屁理屈でしかない。
「・・・・・・てたら、こうするしかないじゃん」
「え?」
小声で何か言った。鼻のすする音と重なって聞き取れなかった。
「何でもない。とにかく、これはいいから。一個貸しで」
「あ、待って!」
私の制止も聞かず、壊れたタイマーを持ったまま部室から出て行ってしまった。
そうして、私の小さな事件は無事解決した。
「とまあ、こんなことがあったんだけど」
「あーね、なるほど」
思い出した。そんなことあったな確かに。言われてみれば思い出すものだ。
「へぇー、かっこいいですね琉生さん」
「そう?割と大したことなくない?」
泣いている女の子と遭遇したら、誰だってそうすると思うけど。
「進んで怒られる人なんてそういませんよ」
「そうだよ!私にとっては大きなことだったの!」
「そっか」
まあ泣いてたくらいだし、そうなのだろう。芽衣は小心者みたいなところあるし。
「それでさ、私のせいでペナルティで走らされて」
「ああそっか。そのあと謝りに来てたっけか」
確かスポーツドリンクを渡されたな。お詫びとか言って。
「そうそう。疲れてるのに私のことフォローもしてくれて、凄い尊敬した。優しくて、そんな風に何気なく人に手を差し伸べられて・・・・・・・そんなところが、好きになったの」
恥じらいながらそう言った。そこまで言われると・・・・・。
「あ、琉生さん顔赤いですよ」
「あ、本当だ。珍しい」
「・・・・・・・あーうん。俺すげーグッジョブだなー」
正直自分ながらいいことしてるな。かっこつけてそんなことしてたんだろうけど、それでもそんなこと出来る時期が俺にもあったとは。
「そうですね、凄いです!」
「うん!」
「・・・・・あのさ、話題変えてくんない?」
ここまで照れたのは初めてだ。隠せないほど照れるなんて、自分らしくない。
その後も葵の恋愛への好奇心が切れることはなく、しばらくその話を続けられてしまった。一度羞恥の制御が外れた俺は、なんだがいつもより火照ってしまった。
「じゃあ芽衣さん送ってくね」
夕食の後は三人でゲームをやって、もう十時を回っている。外は真っ暗だ。
「はい!私はもうちょいやってますね」
テレビの前でゲーム機を持ちながら言う。なんだか似合わないな。
「はまった?」
「いえ、今日は相手にならなかったので、次は戦えるくらいには強くなろうと思って」
「葵ちゃん弱かったもんね」
確かに、殆ど通常攻撃しかしてなかったし。
「こういうのは経験なくて」
「それ凄く偉いけどね」
テスト前ですらゲーム禁止しない俺からしたら考えられないな。
「あれまだ本気じゃないけどね」
「まじですか。頑張りますっ」
「じゃあ行ってくる」
「じゃあね、葵ちゃん」
「はい。あの、」
葵が芽衣を引き留める。少し目線を下げてから、もう一度芽衣の目を見て、また口を開ける。
「また、会えますか?」
「!・・・うん!もちろん!」
少し驚いた後、すぐににっこりしてそう返した。
「そういえば、葵さんはいつまでいるの?」
ちょうどいいので今聞くことにする。
「すみません、詳しいことは聞いてないんです。確か、五日くらいって言ってました」
「そっか。じゃあそれまでにまた連れてくるよ」
今日で二日目なので、少なくてもあと三日か。ということは、あの日も間に合いそうだな。
「絶対来るよ」
「はい!じゃあまた」
「うん、またね。葵ちゃん」
長く言葉を交わして別れを済ませて、芽衣と一緒に玄関の外に出た。
もう外は静まり返って、夜風が冷たく肌をなでる。夜の空は引き込まれそうな暗さで、月は薄く輝いている。
いつもはこんな時間には外に出ないので、なんだか変な気分になる。ちょっとワクワクするような感じ。
「長居しすぎちゃったね」
芽衣が歩きながら話始める。
「そうだね。大丈夫?寒い?」
「ううん、大丈夫。夜風気持ちいいよ」
「だね。もう夏もあっという間かもね」
ゲームして過ごせばすぐだ。それまでにテスト二回あるけど。
「楽しみだねー」
「俺暑いのは苦手だけどね」
百歩譲って暑いのはいいんだが、汗をかくのがどうにも気持ち悪くて面倒くさい。
「私は寒いほうが苦手かな」
「そうなの?」
「うん。冬苦手。雪は綺麗で好きだけど」
この辺は全然雪降らない。一、二月くらいだとたまに積もるけど。
「逆だね。冬俺好きだよ。虫いないし」
「そっか、確かに。私も着込んだら大丈夫かな」
「まあ、まだまだ先の話だけどね」
春にする話ではないかもな。でも、こういう話をすると先に楽しみを見いだせてなんかいい。
静かな学校の正門の前を通る。ここに来る時と違う道で芽衣の家に向かっている。
「この時間の学校ってなんか不気味だね」
「そうかな?行ってみたくない?」
「琉生君ホラーとか好きなの?絶対怖いの出るよ!」
「俺ホラーは信じてないから。まあ好きっちゃ好きかな。得意じゃないけど」
パソコンでたまにホラーテイストのゲームとかやるし。幽霊とかは所詮作り物だから、あまり怖くはない。
「そうなの?凄いね。私全然無理だぁ」
イメージ通りだな。絶叫の姿が目に浮かぶ。
「今度お化け屋敷とか一緒に行こうね」
「ちょっとぉ!話聞いてた!?」
「聞いたからこそ、だな」
怖がる芽衣、見てみたいなあ。といっても、お化け屋敷の記憶は自分にもないので、正直大丈夫かは分からないけど。
「もうっ!でも、遊園地とかは行きたいな」
「日本一怖いお化け屋敷のとこ行こう」
「私絶対無理だからねっ!」
二人で撃沈ってのも全然ある。ゾクゾク系は多分いけるけど、びっくり系だと俺も死ぬ。
薄暗いトンネルを通って、また外に出る。後は十字路の信号を渡って、小道に入ってしばらく歩けば芽衣んちだ。
「芽衣さん、葵さんどうだった?」
「すごくいい子だった。可愛くて、大人しくて、料理私より出来そう」
「そっか。まあ打ち解けてて良かったよ」
最初は硬かったけど、一緒に作業したからか仲良くなってた。葵が最初から柔らかく接してたおかげでもあるだろう。
「いい子だから・・・・・ちょっと心配」
「ん?大丈夫だよ、俺は」
葵もかなりかわいいと思うけど、今は芽衣一筋だ。葵に惹かれることはない。絶対に。
「ううん、そう言う事じゃなくてね」
「ん?」
「・・・・・まあ、なんでもない。葵ちゃんのことも信頼してるしね」
芽衣は少なからず信頼してくれてるけど、心配くらいはするか。俺とは違うだろうし。
一度芽衣が気になる表情をしたが、特に何の変化もなく明るい笑顔で話を続けた。どうやら気のせいだったらしい。
そのまま芽衣の家までいつも通り話して、家まで送り届けた。